ルーン武器貸与と会議と、ザナックに詰め寄るケラルトちゃん
ルーン弓は本物のルーン武器です。
「そうだ、バラハ嬢にこれを貸そう」
そう言った魔導王陛下がローブの中に手を入れると、弓を取り出した。
(──は?)
どうやって服の中に入っていたのか皆目見当もつかない。その弓は深い黒色の木でできていて、少し古そうだが奥深さもある。そして、特殊な文字が刻まれていた。
「名はないが……ルーンなる古き技術で作られたものでな。これを魔導国で大量に生産しようと思うのだが……君にこれを貸与して、使った評価を貰いたい。」
もしかして、これは魔導国の宝クラスのものなのでは?という思いがよぎる。でも、他人に、しかも他国の従者に貸すくらいなのだからそこまでのものではない? だが、魔導王陛下ならどちらもありえる。私は恐る恐る弓を受け取る。ずしりとした重み、握りやすい。
「率直な意見が欲しいんだ」
「そ、そ、そんな、私などが……」
唇を震わせる。
「弓を扱う者の意見だからこそ価値があるのです」
ザナックさんが補足した。
「う! 畏まりました。ネイア・バラハ、この弓を大事に、そして心を尽くし使わせていただきます」
「うむ、よろしく頼む」
「ありがとうございます、ネイアさん」
私は頭を下げた。
「そうだ、もうひとつ。他の面々に見せる時は私が貸したと言っておいてくれ。性能が良ければ宣伝になる」
「承知しました! 」
拠点に着いた頃には、ザナックさんと私はすっかり打ち解けていた。こんな状況で……と言われるかもしれない。けれどこんな状況だからこそそれが救いだった。聖王国解放軍の拠点は、岩がちの山に穿かれた天然の洞窟だった。一角には地下水が湧き、横幅が広く、馬も入れるだけのスペースがある。さらに、人の半分程の高さを持つ青白い光を放つキノコが生えており、照明を必要としない。部屋分けもされてあり、木材で作られた簡単な家具も置いてあった。
「魔導王陛下、申し訳ございません。」
洞窟にグスターボ副団長の声が響いた。
「陛下を迎えるような場所ではございませんが……奥の会議室で今後のお話をさせてください」
「うむ」
魔導王陛下は頷く。その後ろからフードを目深に被ったザナックさんが現れる。また、影で顔が見えない認識阻害の魔法をかけてあるようだ。
────────
青白い洞窟の奥、岩肌に背を預けて待っていたのは神官団団長、ケラルト・カストディオだった。
「皆さん、お怪我は?」
「ない」
答えたのは列の先頭に居たその姉、聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ。
「姉様は相変わらずでお元気そうですね」
「あぁ、私は元気だぞ?」
ケラルトは姉の、通じさなさに目を細める。
「さて、それで魔導王陛下は……?」
「今、最後尾で馬車を降りている。ケラルト、礼儀はちゃんとするんだぞ」
「姉様に言われたくないですね……姉様こそ敬語は使えていますか?」
「バッチリだ」
レメディオスは堂々と親指を立てた。呆れたような疲れたようなため息が後ろの聖騎士達とケラルトから漏れる。
「この後、会議の予定がある。ケラルトも同席するだろ?」
「えぇ。もちろん」
「ならついてこい。こちらの部屋で魔導王陛下を迎える準備を手伝ってくれ」
「分かりました」
ケラルトは姉の後をついて行く。よく、生きて帰ってくれた……なんて、言えないけれど。ケラルトは目元を擦って、早足でレメディオスを追った。
────────
「カストディオ団長。魔導王陛下が補佐官様と従者バラハと共にお見えになりました」
「入ってもらえ」
レメディオスの声に聖騎士が布を捲り上げる。聖騎士や神官達は立ち上がって迎える。
「皆、聞け。この御方こそ魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下である。このたびは我が国の困難を見過ごせないとわざわざ単身で助けに来て下さった。そして、魔導王陛下の外交補佐官様は、従者として同行されている。魔導国の正式な使節として迎えろ! 失礼のないように!」
その言葉に聖騎士や神官達は一斉に魔導王に頭を下げた。皆が頭を上げると、魔導王達が口を開く。
「お初にお目にかかる。アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。国としてではなく、個人的に君達に力を貸したいと思う」
「お初にお目にかかります。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の特別外交補佐官です」
「まず、これからの方針を固めたいと考えています」
レメディオスが地図を机の上に広げた。
「その前に。協力する以上、貴国の現状を率直に話してもらいたい」
魔導王は続ける。
「解放軍の様子を見る限りかなり厳しい状況のようだ。この場に来られない聖王女殿は恐らく……」
「そこまで察しておられたとは」
グスターボが目を伏せた。
「聖王女様は負傷し、療養中だ……だが、指揮は麻痺していない」
レメディオスは眉根を寄せた。グスターボはその横で苦しげな顔をする。
「当面は、占領された都市を解放、捕虜にされた民と物資を取り戻したいと考えています」
「この近くにロイツという小都市がある。そこに王族がとらわれているのではないか、という情報を手にした。事実であるならば、何としてでも助け出したい」
レメディオスが地図を指さす。そして睨み合うように見続けている。
「強大な
「グスターボ……魔導王陛下は"ヤルダバオトの討伐"に助力してくださるのだぞ……」
口を引き結んだレメディオスがグスターボに軽く睨みを利かせた。
「も、申し訳ございませ──」
「よい。団長殿、どうか許してやってくれ。そして、私は全てやってやることはできないが解放を手伝う。出来ることはしよう」
「よ、よろしいのですか……!?」
ネイアとレメディオスは同じ顔で同じ考えをした。魔力の温存をしなければならないのでは?と。そこまでしてもらう義理などないはずだ。むしろ、色々貰ってばかりだし、とネイアは思った。
────────『ケラルト視点』
会議は終わり、皆それぞれの部屋に戻ったり会議室に残って話をしたり、割と自由にやっていた。私は気になることがあった。会議中、一度だけ挨拶をした魔導王の従者だという…………オトコ?
顔もフードで見えないし、名も名乗らなかったのに誰も気にならないのかしら。種族さえも分からない。私は思い切って話しかけることにした。もちろん反撃する魔法の用意はした。
「…………」
背筋と、紺色のローブが伸び、佇んでいる姿はまるで影。その背には魔導国の紋章を背負っている。そして、ブツブツ何か独り言をしているので声をかけづらい。
「あの、魔導王陛下の従者様、ですよね」
そんなこと分かりきっているけれど、そう声をかけざるをえなかった。
「はい。そちらは神官団団長、ケラルト・カストディオ様ですよね。何か御用でしょうか?」
そっぽを向いていた黒い靴先がこちらを向く。足先以外を、隠した長い紺のローブも波打った。少し年下の男の子の声だ。こちらの名前は完璧に知られているのに私は彼のことを何も知らない。目の前にいるのに顔さえ見えない。暗いせいだとか、フードを被っているからとか、そう思っていたが違う。フードの影みたいなのに、ただの影じゃない、頭の方から首元にかけて黒い影がかかっている。ここはキノコの光で照らされているにも関わらず。認識阻害の魔法か。恐らく、皆の意識から遠ざけるようなものもある。相手の強さによって魔法のかかる具合は違うみたい。私には全く効いていなかった。だが、この顔にかかった影の魔法はより強力なようだ。
「顔を隠す魔法……随分と強力な防護ですね。味方である私たちにも素顔を見せられない理由があるのですか?」
私は少し探りを入れるように尋ねた。
「ええ。私はあくまで魔導国の裏方であり、顔を広く知られることは外交上、不都合が多いのです。それに、ただのしがない男の素顔など、カストディオ団長様がお気に留めるようなものではありませんよ」
言葉遣いは丁寧だが、姿勢や声のトーンからどこか政治の場に慣れた者の振る舞いを感じる。ただの従者とは思えない。
「お名前も伺えないのでしょうか? 会議中も『補佐官』としか紹介されていませんでしたし」
「ご不便をおかけしますが、どうか補佐官とお呼びください。ここではそれが私の役目ですので」
のらりくらりと躱される。この男、相当な交渉事に慣れている。姉の直感とは違うが、私の神官としての目が、この男が只者ではないと告げていた。
「ただの補佐官、ですか」
私は声を少し低くした。
「魔導王陛下がわざわざ単身で助勢に来られるほどの事態です。それに同行する特別な外交補佐官が、名もなき者であるはずがありません。現在、聖王国は未曾有の危機にあります。魔導国からの支援は大変ありがたいですが、素性も分からない方と作戦行動を共にするのは、防衛を預かる立場として不安が残ります」
補佐官は黙ってこちらを見ているようだった。影で表情は見えないが、はっきりとした視線を感じる。
「あなたの振る舞いは一介の従者のものではない。ここで身元を明かしていただけないなら、姉や他の方々にも報告し、あなたへの警戒レベルを引き上げざるを得ません。それは、魔導王陛下との連携において、あなたにとっても本意ではないはずです」
補佐官は短く息を吐いた。
「……困りましたね。カストディオ団長殿は、噂通り優秀な方のようだ」
彼はフードに手をかけた。
「私個人の意思で隠していたわけではないのですが……今後の連携に支障をきたし、魔導王陛下の不利益になるというのであれば、仕方ありません」
顔を覆っていた黒い影が揺らぎ、霧散していく。認識阻害の強力な魔法が解かれたのだ。
フードの奥から現れたのは、少しふくよかな青年の素顔だった。
私はその顔に見覚えがあった。他国の要人の情報は一通り頭に入れている。しかし、絶対にここにいるはずのない人物だった。
「あなたは……」
「改めてお初にお目にかかります。ケラルト・カストディオ団長殿」
彼は少し苦笑しながら名乗った。
「ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと申します。現在は魔導国に身を寄せております」
私は目を見開いた。
元、リ・エスティーゼ王国の第二王子。それがなぜ、魔導王の補佐官としてこの聖王国にいるのか。あまりの事態に、私はしばらく次の言葉を発することができなかった。
「ほら、驚くでしょう?」
「いえ……ありがとうございます。確認したいことがあるのですが、貴方の正体は誰まで共有可能ですか?」
すると、ザナック様は目を伏せた。
「現時点では、必要最低限に留めていただけると助かります。カストディオ団長殿、グスターボ副団長殿、そして聖王女殿には、必要があれば私から、あるいは魔導王陛下の許可を得て明かします」
「兵達には伏せる、と?」
「はい。元リ・エスティーゼ王国第二王子が魔導国の使節として同行していると知れば、余計な混乱を生みます。今、貴国に必要なのは私の名ではなく、魔導王陛下の助力を正しく使うことです」
私は背筋が冷えた。この男は自分を政治的な駒として見れる人間だ。
「ではもうひとつ……貴方は、捕虜ですか?」
この人が魔導国に居る理由が分からない。最悪の場合……家族を人質に取られてるか、脅されている可能性が高い。だが、ザナック様は目を丸くし、ぷふっと吹き出した。
「ふ……っ……」
肩を揺らし、俯くので泣いているのかと思えば──顔を上げると顔を赤くしていて笑いを堪えている。
「な、なんなんです」
「いえ、すみません。……安心してください。違いますよ。私は一度死にました。魔導王陛下に蘇生していただきました。その後、私は自分の意思で魔導国に残っています」
「王国を滅ぼした相手を、恨んではいないのですか?」
私は一歩踏み込んだ質問をした。
「はい、全く」
ザナック様は上品に微笑んだ。
「たしかに最初は陛下のことが恐ろしかったですが……私は"今を生きています"。もちろん、洗脳などはされていませんよ。調べて貰っても構いません」
「そうですか……あともう少し聞きたいのですが。その手袋とローブ、とても高価そうですよね」
「えぇ。魔導王陛下から賜った大切な品です」
「では、その指にはめている沢山の指輪は?」
「魔導王陛下に貰いました。マジックアイテムです」
「その薬指のものも?」
その瞬間、空気が凍った。その薬指のものはマジックアイテムですか?と言う意味と、その薬指のものも陛下に貰ったものですか?という意味。どちらともとれるようなタイミングでの質問。何故、こんな質問を投げかけたかというと、魔導王の左手薬指にしてある指輪の形状と一致していたからだ。うねった装飾、輪の模様。偶然かもしれないが、宝石の色がお互いの目の色を映していた。それだけではない。魔導王陛下の部屋を出る時の気遣い、目配せだけでの会話。座る席を譲る時の仕草。ザナック様への声色。そう、私はそういうことを疑っているのだ。
そして、ザナック様は一拍も空けることなく即答した。
「いえ、"魔導王陛下"からいただいたものではありませんが」
その言葉に何か色々含みがありそうだったが、平然としたその笑顔に折れるしかない。
「そうですか……お二人がてっきりご婚約をされていると思ったのですが」
しょんぼりして言うと、「はははっ」とザナック様が快活に笑った。
「まさか! 面白いことを仰られるのですねケラルト様は」
「ふっふっふ、ザナック様こそ、面白いお方ですよ」
「またまた。ははは」
────────
「どうだった?」
部屋の前の布を捲ると、中ではレメディオス姉様が待っていた。
「補佐官様は、警戒対象です」
「敵なのか?」
「いいえ。むしろ、丁重に扱うべき相手です。逆に手を出せば──もれなく魔導王陛下の逆鱗に触れられます」
「分かった。つまり守ればいいんだな」
「雑ですが、だいたい合っています」
はぁ……と、ため息を吐いた。