ネイア視点。アイザナのイチャイチャと痴話喧嘩があります
オリジナルマジックアイテムがあります、注意
魔導王陛下達は随分前に部屋に戻った。場所を取るのは申し訳ないからと従者様と同じ部屋で過ごされているそうだ。なんと、謙虚な方なのだろうか、魔導王陛下。単身で聖王国まで来てくださり、お力を貸してくれるというのに、そんな細かな気遣いまで。私は感動に胸を押さえた。尊敬するべき王の姿を思い出す。
「ところで、従者バラハ」
「は、はい!」
神官の一人に声をかけられ、私は現実に戻る。
「お前の持つ弓は何だ?」
「あ、はっ。魔導王陛下がこれを使えと、この任務の間だけ貸してくださった武器です」
「……それを少し見せてくれないかね、従者バラハ。その弓に不味い魔法がかかっていないか調べよう」
「はい、魔導王陛下も是非他のものに見せてくれと仰っていたのでついでによく見てみてください。とても持ちやすいですよ」
神官に渡すと、弓が緑色に光る。それは一瞬だったが、神官は微笑んで弓を返して来た。
「確かにすごいなこの弓。握りやすいし、加工も滑らかだし、」
あ、良かった。魔導王陛下から貸していただいた武器を褒められ、なんだか自分まで褒められたような気になる。
「何よりこれは魔法のアイテムだ。それに何重にも魔法の効果がかけられている。いいものを預かったな」
その瞬間、私の笑顔は凍りついた。
(え?)
「え?」
「ん?」
「え……?」
「私にも貸して欲しいくらいだ、なぁ、これを皆に見せても?」
「あ、は、はい! 是非! 丁寧に扱ってくださいね」
「分かっている。こんな高価そうなもの、誰でも気を遣うさ」
その言葉にまた凍りついた。
(やっぱりこれすごい弓なのね! 薄々勘づいていたけれど! ど、どうすればいいの……)
「わ、わた、私……これをどう扱っていけば……」
「陛下はこの弓について何か言っていたか?」
「国で大量生産すると……」
「なるほど……。ん? そこまで震えるな従者バラハ。壊してもお前に払えん額にはならんだろうよ」
「そ、それでも怖いのですが……」
神官の一言に安心したけど、だからと言って油断できない。試作品を壊してしまったらまた作り直さなきゃだし、絶対に気を付けなきゃ。
────────
小都市、ロイツ。
カストディオ……──レメディオス団長は白馬を雄々しく騎士団の先頭で走らせていた。
「んっ!」
レメディオス団長は地面に聖王国の旗を突き立てる。
「ヤルダバオトよりこの地を救うための戦いを開始する! 正義を!」
「「正義を!」」
レメディオス団長の声に聖騎士達が続く。
門の上に居た亜人の夜警も鐘を打ち鳴らす。そこにいた亜人は、直立した長い毛の山羊に似ていた──種族名はバフォルク。バフォルクが持つ槍は門の上からでも下を通る長さがある。神官達は馬から降り、即座に天使を召喚する。聖騎士達も馬から降り、破城槌を持つ者達を守るために盾を持った。ただ、十人ほどは馬に乗ったまま都市の側面へと移動して行く。
「バラハ嬢。あれは小数の兵を周囲に展開させ、収容所にいる亜人が此方の情報を持って逃げるのを阻止する役目かな? もしも逃げられたら、ここで勝利を収めても大局的には敗北だからな」
「そ、その通りです! 仰る通りです!」
聖騎士団の戦術を一目で看破する。やはり魔導王陛下はさすがだ。
(でも、何故だろう……魔導王陛下はどこでその戦術を学んだのかしら)
「陛下はそこまでの知識をどこで手に入れたのですか?」
「ん? 知識というのは……ああ! 先ほどの予想のことか? ふむ、ああいった戦術は私の友人から色々と教育を受けて、な。あとは実戦で確かめたり、まぁ、色々だ。しかし、ここでも通用するとは思ってもみなかったぞ」
「陛下のご友人ということはやはりその方も強かったので?」
「そうだな。まぁ、彼の強さは殴り合いや魔法のぶつけ合い以外のところにあったからな。そういう意味では未だ、私は彼の強さに届かないだろう」
「ふふ、」と魔導王陛下は笑みを漏らした。まるで遠い昔のことを思い出すようにどこかを見つめていた。私にはそこに、一人の人間が見えた。
(もしかして、かつては魔導王陛下も人間だったのかなぁ……)
魔法の力によってアンデッドになるなんて怪しい。有り得るはずがない。アンデッドは自発的に生まれるものではない。けれど、
(世界は広いから……)
私の知る世界など狭い。使節団として旅をして理解した。海の向こう、山の反対側、森の奥深く、そこに何があるのか私は知らないのだ。私の迷いなど鼻で笑い飛ばし、答えを教えてくれる賢者などもいたりするのだろうか。
「何を考えているのかな?」
「あ、し、失礼しました」
「いや、責めているのでないのだが……。馬に乗りながら呆けているようだったから少し心配になってな」
心配……。その言葉に私はまた呆けそうになった。
「あ、ありがとうございます、陛下……っ」
一丸となって突っ込んで行く聖騎士達を眺め、魔導王陛下がつぶやく。
「行ったか。バラハ嬢も攻撃に参加するのであれば、もう少しだけ前に出た方が良くないかね?」
「そ、そうですね……! この弓で戦って参ります! ザナっっ……補佐官様、魔導王陛下をよろしくお願いいたします」
バッ、と頭を下げた。
「はい」
魔導王陛下の補佐官様──ザナックさんもまた礼を返してくれる。魔導王陛下も手を挙げてくれて、私はまたお辞儀を繰り返しながら、馬を少し歩かせた。声は届く、姿も十分見える程度の距離。それでも、お二人が離れた距離にいるのは……寂しい。でも……なんだか、お二人の並んでいるお姿を見ると……胸のあたりが甘く疼くような……
(いや、こんなこと考えている場合じゃないわ、ネイア! 戦闘に集中しなくちゃ!)
私は弓を構え、そのまま引いた。反動。そして、飛んだ矢は一撃で亜人を倒した。一体だけど。それでも、確かな手応え。私は笑顔で振り向いた。その時──
「──下がれ!」
その大声に全員の視線が移った。門上部の見張り台にバフォルクが一体。その腕の中には、六、七歳ほどの男の子が居た。ナイフが喉に突きつけられている。その顔には生気が感じられず、抵抗する様子もなく揺さぶられていた。
「全員後ろに下がるんだ!」
「まずいな」
「……はい……このようなこと……」
魔導王陛下の声に補佐官様は頷く。
バフォルクの声が続く。
「お前達が下がらないのであれば、この人間を殺すぞ!」
「くっ! 卑怯な……っ! 全員、後ろに下がれ!」
レメディオス団長の指示。
「おとなしく武器を捨てろ! 投降すれば命までは取らないでやる」
バフォルクは見張り台で吠え続ける。
レメディオス団長は歯を食いしばった。
「カストディオ団長殿。まずいぞ、人質が効果的だと知られれば相手に利用される」
そこへ到着した魔導王陛下が馬を寄せる。
「このままでは……奇襲をかけた意味が無くなる」
レメディオス団長は叫ぶのを抑えた。珍しく眉を下げ、焦燥に駆られていた。
「分かっております……ですが、………何か、何かないか……! 誰一人として死なず、悲しむことのない方法が……っ」
ズキリと胸が傷んだ。あの戦闘の勘において優れているレメディオス団長が焦っているのだ。そのようなもの、誰も思いつくはずがない。
「私が……私が一人で……人質を救い出して来る……」
血迷ったレメディオス団長がスタスタと歩き出す。流石のレメディオス団長でも、一人であの集団とやり合うなんて考えられない。その時、頭に過ぎった。レメディオス団長の死が。
「おやめ下さい!! レメディオス団長!」
「……っ」
私が肩を止めると、レメディオス団長は俯いた。
「時間が、ないな。しょうがない、私が局面を変化させよう」
そう呟いたのは魔導王陛下。
「「よろしいのですか……?!」」
レメディオス団長と声が被った。
「────タ……」
と一瞬魔導王陛下の声。そして、意識が途切れた。
────────
「
伝言を終えたアインズはゆっくりと手を下ろした。そして
「こんなことになってしまってすまない、ザナック」
「何故アインズ様が謝るのですか。俺の方こそ申し訳ございません。主に従わぬ亜人の可能性を考えておりませんでした。このような計画にないことが起こったのは俺のせいです」
「そんなことを言えば俺だって考えていなかった……だが、起こってしまったものは仕方ない。君にこれを授ける。これで人質を聖騎士団の後ろに連れて来てくれ」
「……そのようなことができるのですか? 畏まりました」
ザナックは目を丸くする。長くこの人のそばにいるつもりだが、やはり魔法や魔法のアイテムに関して知識が遅れていた国に所属していただけあって無知なことも多い。
「白翼の守護だ。持つと背中に翼が現れ、身体強化もしてくれる」
純白に発光するたまごのような石を受け取ったザナックの後ろに、彼の身長を優に超える大きな翼が現れる。その翼は付け根から羽先まで真っ白で、淡く光っていた。
「飛べるか」
飛べ、と願うとザナックの足先がふわりと浮く。
「うわ、うわ……」
宙を漕ぐように足を動かし慌てるが、段々と安定して飛べるようになって来る。アインズと同じほどの目線に飛ぶ。アインズと目が合った。
「──天使みたいだな。やはり、俺のお嫁さんは可愛い」
「ぶふぉあっ……!」
吹き出した。戦場のど真ん中で言われることではない言葉が飛んで来て、ザナックは空中で大きくふらついた。
「おっと……!」
彷徨う両手を捕まえられる。空中でバランスをとる為に指を絡ませられ、手を強く繋いだ。
「あ、危ないのでそういうのはやめてください……!!」
顔を顰めてザナックは主──恋人を叱った。
「なんだその顔、かわいいな」
「どあっ……!? 言ったそばから!!」
「すまん。怒ってても君はかわいいよ」
「やめれませんか!? ソレ!」
ザナックは顔を赤くする。怒りなのか羞恥心なのかもう分からない。だが、ザナックが空中でもがく姿が愛おしくてアインズも吹き出してしまいそうなのだった。
「ふ、行ってらっしゃい。ザナック」
「はい、行って参ります。必ず無事に人質を連れ帰ります」
敬礼したザナックにアインズは手を振り返す。その愛らしい背中を小さくなるまで、いや、見えなくなっても見送っていた。
ザナックが丁寧に人質を運び出す。最初に連れ出した人質の子供に向けた慈悲深い視線や、抱かれる人質達が羨ましいとか、そんなことばかりがアインズの頭の中を占めていた。
「終わりました。外側に出ていた人質達は連れて来ました。それと、さらに人質を連れられても面倒なのでバフォルク達を一箇所にまとめて閉じ込めておきました。魔力感知も完了しました」
「ありがとう、ザナック」
そう言いながらアインズはザナックの手を自然に握った。
「あ、あの……」
「労いだ」
なら、揉む必要はあるんですか?と聞きたかったがザナックは呆れたような視線を向けるだけにした。
「さて、」
アインズは手を離す。少し名残惜しく思ってしまったのがなんとも言えなくて、ザナックはぬくもりの残る手を胸に当てた。
「そろそろ始めよう」
指を鳴らす音と共に、戦場は動き出す。
────────『ネイア視点』
パチン。途切れた意識が繋がる音がした。
(タ……?)
そして薄い意識の外でざわつく声。そこで私はハッとした。聖騎士団の後ろ──私の前にはくたびれた様子の人質達。私は叫んだ。
「人質達は無事です!」
皆が振り返る。神官達がすぐに反応し、人質達のそばに数人膝をついた。
「外に居た者は全員います。攻撃するなら今です」
補佐官様が言った。
「……!」
レメディオス団長は目を瞬かせ、魔導王陛下と補佐官様を交互に見た。皆、何が起こったのか分からなかった。けれど、人質解放を二人がしてくださった事だけは分かった。
「感謝する……!」
茶色の髪が夜風にふわりと流される。その鋭い瞳が揺れた。
「──皆、武器を構えよ! 出撃!!」
力強い声。バフォルク達は人質が消えたことに混乱しているようで、そのうちに聖騎士団は全員で都市に突撃して行った。号令と共に馬を走らせ、私は弓を構えた。馬が止まると、一気に引く。矢がバフォルクを射抜き、ばたりと倒れるのが視認できた。構えて、引いて、構え、引く。援護射撃は上手くいっているようで、聖騎士団はさらに前線を押し上げる。
レメディオス団長が馬を走らせて通りかかる一瞬、『ありがとう』と口が動いていた。
その感謝が胸にじんと染みる。だけど手は止められない。
「ふっ……! はあ、はぁ」
門上部を睨んで、引く。
「こちらこそ、団長がいるおかげで私達は動けるんです…………いつか、ちゃんとお礼を言いますから」
弓を引き絞り、狙って矢を放つ。狙い、射る。腕は疲労し、目も霞んできた。それでも私は繰り返す。もう何十回目か忘れた頃、ロイツ解放戦は終わりに近づいていく。
魔導王陛下と補佐官様の馬と共に都市内へ進む。
「
文字通り死霊を呼び出した魔導王陛下。その横で私は弓を仕舞った。すると、先程最初に人質にされていた少年がとぼとぼと先を歩いている。
「あ……」
喉元からは血が出ていて、止まる気配はない。神官に治癒させないと、と思い私は手を伸ばすが、それより早く口を開いた人がいた。
「止まりなさい。君は怪我をしている」
補佐官様──ザナックさんだった。少年は立ち止まる。ザナックさんは馬から降り、少年に駆け寄った。なんとお優しい人なんだ。やはりこの人は魔導王陛下の従者なのだ。
「陛下達は正義なのですね……」
「ん? 何を言っている?」
「すみません……あ、えと、陛下は正義をされているのですよね?」
「……"私は"正義ではないと思うぞ。私の目標は……私と私の大切な者と私の子供達が幸せに生きられること……それだけであり、それが全てだ」
「あっ……う、ううっ……」
解放された収容所から、先程の少年の父親らしき人が走って来る。ザナックさんは少年の喉元を撫で、言った。
「
パキリ、と割れる音。そして、ザナックさんの左手の人差し指にはめてあった銀色の指輪が真っ二つになっている。少年の喉は綺麗に治っており、父親は目を丸くしてから少年に抱き着いた。それと同時に、魔導王陛下の眼窩の光がゆらりと大きく揺れた。
「何をしている!!」
魔導王陛下が声をあげた。聖騎士達からどんなに怪しむような視線を向けられようと、図々しい要求をされようと怒りを露わにしなかった陛下が。だがその声には怒りではなく悲しみと慈悲が混じっていた。
ズカズカと近付き、魔導王陛下がその手をとったのは、ザナックさんだった。風でフードが飛び、ザナックさんの認識阻害魔法も解かれる。けれどザナックさんはその青緑の瞳を真っ直ぐに魔導王陛下に向けていた。
「それは君にあげたアイテムだ!」
「ええそうです。これは私のものです。なので私がどう使おうと勝手です!」
「君の為に用意したのだ、君が回復する為に……! これで何かあった時に足りなくなったらどうする!」
心からザナックさんを案じる声。頬があたたかい。主従を超えたあまりにも純粋で深い絆。私はその光景にいつの間にか涙を流していた。
「……ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
父親はそう繰り返し、土に塗れて頭を下げた。
手が解かれ、ザナックさんは微笑む。
「頭をお上げください。……今回は助かりましたが、この子は死ぬかもしれませんでした。次は貴方が守ってください。……絶対に」
「はい……っ!」
父親はもう一度頭を地に押し付けた。魔導王陛下はまだ下ろした拳を固く握っていた。