バザーと対峙。
アイザナののろけがあります
馬を降り、ロイツ都市内の奥へと向かう。
「……弱ければ奪われる立場となる。だからこそ、強さを求めるのだ」
「……」
ザナックさんは顔を逸らした。ギクシャクした空気の中私は挟まれていた。というかザナックさんが離れるのだ、魔導王陛下の横を。なので自然に私が真ん中になる形になる。
「この先に敵の首魁がいるようだ。ついてくるかね?」
「あ……はい!」
私の方を見て魔導王陛下は仰った。けれどその言葉はザナックさんにも向けれられたものなのだろう。やがて、広場に出た。そこには、普通のバフォルクの一回り大きい亜人の姿があった。魔導王陛下が言った通り、バフォルクの長のような風格だった。角がねじまがり、体毛は銀色。亀の甲羅のような紋様が入った緑色のブレストプレート。動物の毛皮らしき赤茶色のマントを羽織り、左手には大粒の宝石が埋め込まれたラージシールド。右手には薄い黄色の刀身を持つバスタードソードという装い。
「我が名はバザー"豪王"バザーだ」
その亜人は立ち上がって名乗る。
「まさか……亜人王?」
私は魔導王陛下の隣で震え上がった。
「新手のアンデッドに……隣のはネクロマンサーか? なかなかやるな。この都市を、俺の部族をここまで追い込むとは……。生きる者全ての敵を操りし、おぞましき魔法の使い手よ。お前の名を聞こう」
バザーが剣を突きつけたのは私にだった。
「それと貴様……亜人か? 顔が見えないのは種族の特性か?」
その次に、ザナックさん。剣を突きつけられてもピクリとも動かない。けれど魔導王陛下はやはり指先が動いた。
「私がお前達にアンデッドを差し向けた存在。アンデッドの王、ここより北東の国、魔導国を支配するアインズ・ウール・ゴウン魔導王である」
「魔導王よ、それではそっちの女と亜人はなんだ?」
「私の従者達だ。それでどうするかね? 殺されたいか? それともひれ伏すのか。好きな方を選ばせてやろう」
「王の名に懸けて、ひれ伏すのは一度で十分だ」
バザーは盾を前に剣を横に構え、身を低くした。
「ふむ……。それでは少し……遊んでやろう。──君達は見ていたまえ。さて、始めよう。
魔導王陛下の手に、漆黒の剣が現れる。
(なんで魔導王陛下は武器を?)
魔導王陛下は魔力系の
(ここに来るまでに魔力を大量に消費したから? それは不味いんじゃ……。陛下にはヤルダバオトと戦っていただくために来てもらったのに……)
多数のアンデッドを召喚する魔法を使ったのだから、魔力がかなり減っているということはあり得る。
(あのアンデッドを召喚する魔法はよほど高位なものなのかな……でもそういえば魔導王陛下は"遊んでやろう"と仰られた……なら、本当に?)
亜人と対峙する魔導王陛下の後ろ。肩越しにその亜人を見た。やはり非常に強そうで、私が何人居たとしても役立ちそうにない。けれど魔導王陛下は王に相応しい堂々たる態度を取っている。
「盾突撃」
最初に動いたのはバザーだった。盾を真正面に構え、突進。魔導王陛下は正面から受け止めた。巨体の全力での突進に耐えきれず、魔導王陛下の体は後ろに大きく飛んだ。いや吹き飛ばされた。綺麗に両足で着地していたが。二人は同時に踏み込み、剣をぶつけ合う。二人の攻防はあまりにも速く、視認できたのは剣がぶつかりあった瞬間の硬直だけ。片手で豪剣を振るうバザーに驚けばいいのか、それとも
(あれだけ剣を振るっているのに、どちらも傷を負っていない……。というか魔導王陛下、少し凄すぎ……)
(何かすごい魔法でも使っているの?)
(このまま行けば魔導王陛下の勝利は確実。いえ、それを狙って長期戦に持ち込まれるおつもりでは?)
アンデッドには疲労は存在しない。戦闘における動揺なども。その全てがバザーに不利だ。
突然、魔導王陛下が大剣をバザー目掛けて投げた。すると、バザーを中心とした半球状の光が生まれる。投げられた大剣と拮抗する。光の障壁は消え、大剣はバザーの体を微かに傷つけた。
(まずい!)
今の魔導王陛下は素手だ。私は障害物の影から出ていこうと立ち上がった。
「──あれ?」
魔導王陛下のその手には真っ黒なハルバードが握られていた。
「魔法を詠唱せず、どうやって……。それにお前が投げた大剣はどこに行った……」
バザーは目を見開いていた。
「単なる無詠唱化だ。気にするな。……さて、私の部下より教授されてはいるのだが、さほど自信はない。へたくそだろうから先に謝っておこう。」
魔導王陛下がハルバードを構えた。得体の知れない圧力がそこに生まれる。魔導王陛下が遠心力を用いてハルバードを振るう。持ち手を滑らせ、バザーの足元を狙った。防御が難しいからこその攻撃、持ち手の長い長柄の武器だからこそできる技だ。バザーが剣を下げてそれを受け止めようとする、だがハルバードが飛躍した。フェイントだ。かなりの腕力あっての技だが、バザーは刹那、それを受け止めた。やはり魔導王陛下は剣が得意なようだ。武術の流れに沿った攻撃である、だが動きには少しぎこちなさを感じた。私にもまだ目で追えるほど。
「
剣から噴出した砂が壁になり、魔導王陛下を襲う。
「素気梱封! 剛腕豪撃!」
私の知らない武技。それと、豪撃の上位武技を発動し、倍の速度で飛びかかった。その踏み込みの衝撃で、砕けた石畳の鋭い破片が弾丸のように跳ね飛んだ。あろうことか、その破片は障害物に隠れているザナックさんの方へと一直線に向かっていく。
「かぁぁぁああ!」
「ふん!」
魔導王陛下はその一撃を受け止める直前。手にしたハルバードの柄を限界まで滑らせて長く持ち、後方へ向かって一閃させた。パァン!と破片がザナックさんの目の前で粉砕される。そのまま遠心力を利用してハルバードをくるりと手元へ戻し、バザーの豪撃を完璧に受け止めた。
(戦いの最中に背後の従者まで完璧に守り切るなんて、なんという視野の広さ!)
「はは!」
バザーはせせら嗤う。ガリッという金属音。
「まさか! 武器破壊……!」
だが、バザーはまたしても目を見開いた。
「欠けてもいない!」
驚きの叫び。
「なんだ、その武器は!」
先程とは様変わりして後退したバザー。魔導王陛下は追撃することなくハルバードを振り回して空へ優美に曲線を描いた。
「……いや、私が魔法で作り出した武器だぞ? そんなに簡単に壊れるものか」
「魔法で作り出した武器など脆いだろうが!」
「ほう。今までに武器を作り出す相手と戦った経験があるようだが、固定観念に囚われるのは危険だぞ? 時にはお前が破壊できないような武器を作る相手もいるということだ」
魔導王陛下はハルバードから手を離す。ハルバードは空気中に溶け込むように消えていった。そして何かを掴み取るような仕草をする。今度はその両手にはそれぞれに黒色のロングソードがあった。
「……さて、次はどんなことをしてくれる? まさか今のが必勝の策というわけではないだろう? もっと私に経験を積ませてくれないか?」
一歩、近付く。
「……隠し玉があれば、早めに使った方がいいぞ? 私は役に立たない敵を生かしておくほど優しくはないのだから」
「ふ、ふふ! 何を言っているアンデッド! 確かに俺の攻撃を全て防いだのはあっぱれだ。実に見事だ。だが、それは防御に専念していたからこそではないか。……俺には分かるぞ、お前は疲労することがない。ゆえに時間をかければいつか俺に勝てると考えていることがな」
(見破られている!)
「なるほど。そういう考えもあるか。確かに正論だ。しかし残念ながら違うんだ」
魔導王陛下が無防備に間合いを詰める。両手にあった剣は消えていて。
「あ、危な──」
そう叫ぶよりも、バザーが魔導王陛下の肩に剣を振り下ろす方が早かった。
「……なんだ?」
バザーは焦る。繰り返し剣を振り下ろす。
「なんだ! なんだ! これはなんだ!」
振り下ろす度に声を上げる。攻撃を繰り返し受けているはずの魔導王陛下が落ち着き払っているからだ。ピクリとも動かず。バザーは盾を構える。武技を発動し、突進した。だが、それを受けた魔導王陛下は後ろに飛ばされることも動くこともない。むしろバザーの方が僅かに後退する。
「な……なん、で」
その顔に恐怖と絶望が浮かんだ。
「武技というのは私にとって未知の技だ。特殊技術が武技へと変化したのか、それとも戦士にとっての魔法なのか不明だが、だからこそいつか同格の相手と戦うことになった場合、武技を受けた経験と知識が勝敗を分ける可能性があると思わないか? そのために、真正面からお前の攻撃を受けていた訳なんだが……お前は全てを見せてくれたんだな?」
魔導王陛下は肩をすくめる。そして、その指にはまった九個のうちの指輪を一つ抜き取る。その瞬間、異常に恐ろしく冷たい空気が周囲を取り囲んでいく。その気配は魔導王陛下が出しているものだった。
(あぁ……これが魔導王陛下……。万を超える軍勢を殺した
「であれば──もうお前と戦う必要はなさそうだ」
魔導王陛下が近付けば、バザーは一歩下がる。魔導王陛下は自分の太刀打ちできる存在ではないと理解したようだ。
「ま、待って、いや、待ってくれ。本当に少しだけ待ってくれ」
右手を上げ、バザーは手にしていた剣を落とした。
「こ、降参、だ。降参する」
「ふむ」
「俺はヤルダバオトの軍勢に関しての情報を持っているぞ。な?非常に役に立つはずだ。絶対に、役立つぞ」
「なるほど」
「そ、それにだ。ヤルダバオトと戦うつもりなのだろ? 俺は人間などよりも遥かに強い。俺に部族の者達を付けてくれれば、ヤルダバオト──ヤルダバオトの糞野郎との戦いにおいて先陣をきることを約束する。これでどうだ?」
「一度頭を下げ忠誠を誓った主を貴様は裏切るのか?」
一瞬、不快さを滲ませた声。
「……ま、待ってください! それだけじゃない! もし欲しいのであれば俺が集めた宝だってや──差し出すつもりだ。俺の命を買うには十分だと思うだけはあるはずだぞ?」
「そんなところか? 売り込みは終わったか?」
「お、わ、え」
バザーは落ち着きなく辺りを見渡す。そして魔導王陛下を見た。
「そ、そう。いや、違う。そ、それ以外にもいろ、色々とあるんだ。欲しいものがあれば俺が手に入れてきてもいい──違う。きっと手に入れてくる! 本当だ。信じてくれ!」
「ふん。お前の命など、塵芥に等しい」
ガバリ、と障害物の影から出てきていたザナックさんがローブの中に寄せられる。その衝撃で、フードが外れた。月夜の下、金色の髪が晒された。
「私にはもう手元に宝がある。お前が差し出すどんな金銀財宝より価値あるものだ」
ぶわっと耳まで赤くなっていくザナックさん。
(え、え? え? えぇ? えええええええ?!)
「ま、待って、待って。本当に待って。ね、へ、へへへ」
ついには膝をつくバザー。
「言葉を間違えたことは謝罪する。いえ、します。本当、です。おれが悪かった。本当に」
「ふむ……」
「そ、それで、どう、でしょうか。お、わ、私は貴方様のお役に立てると思うんですよ、へへ。いや、アンデッドの王様を敵にした私は本当に愚か者でした。ですので、そのミスを挽回するチャンスを頂ければ、と思いまして……へへ。後悔させません!」
バザーは両手を組んで懇願する。哀れな姿だとは思わなかった、これこそが魔導王陛下を前にした敵が取るべき行動だ。
「なるほど……。自分のミスを悟り、正そうとする者は好きだ」
「そ、それでは!」
「だが……お前は私の宝に剣を向けたな? それは──決して挽回出来ない"罪"だ」
「ひっ! ひいいぃ! ごめんなさい! い、いやだ! 俺はまだ死にたくない! 本当に、待って! 俺にはそれなりの価値が、あ、あります!」
「ない。私の宝に比べればお前など無価値だ」
「止めて! その目で俺を見ないで! こ、殺さないで!」
魔導王陛下はその白い指を持ち上げる。だがバザーは立ち上がって走る。死を目前にした者の全力疾走はこれほどまでに速いのか、と私は呑気に考える。
そして──魔導王陛下はザナックさんを再び抱き寄せ、その目を骨の手で覆い隠した。
「──
どさり、バザーが倒れた。「ア、……陛下?」というザナックさんの困惑した声が響いただけだった。