※オリキャラがいます
ココルという一般メイドさん視点です。白髪のおもしれー女。
「お初にお目にかかります。ナザリック地下大墳墓のメイド、ココルです。アインズ様の命により、少しの間だけザナック様のお傍に付かせていただきます」
控えめながらも堂々と芯のある声で挨拶を述べる。自然と背筋が伸び、深く頭を垂れる。ナザリックの者としての礼節を忘れるわけにはいかない。だが、それ以上に、目の前の人物に対する敬意が胸の奥にあった。視線を上げると、そこには金髪碧眼の青年がいた。ふんわりとした輪郭。柔らかな髪と、どこか頼りなさげな眼差し。それでも、どこか深い孤独と覚悟を宿したその佇まいに、私は思わず息を呑んだ。
「こちらこそ……短い間だと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
彼は少し慌てた様子で立ち上がると、ぎこちなく、しかし真剣に頭を下げてくれた。その仕草がどこか不器用で、でも誠実で。心が、少しだけ温かくなる。
一拍置いて、彼は少し困ったような笑みを浮かべる。
「俺は、ザナックです。えっと、今の俺はどんな立場なのか……把握出来てなくて………。昔は王子という役職があったのですが、今はただのザナックです……ハハ」
乾いた自嘲の笑い。それが、心をざらつかせた。
「はい、アインズ様からお聞きしております。……ザナック様、一旦椅子に座ってお話しましょう。」
努めて穏やかに言葉を返すと、彼は一瞬驚いたように私を見た後、少しだけ安堵したように頷いた。
「あ、申し訳ございません……余計なことを喋ってしまって」
「いえ、ザナック様が謝られることはありませんよ。どうぞ、ゆっくり腰掛けてください」
言いながら、私はそっと彼の背中に手を添える。その身体は思ったよりも小さく、少しだけ震えていた。
「ありがとうございます、ココル様……」
「"様"は不要ですよ。」
苦笑交じりに答えると、彼は少しだけ俯き、目線を逸らした。
「ですが……今何者でもない俺より、アインズ様のメイドという役割の貴女の方が……」
その言葉に、胸が痛んだ。まるで自分を否定するかのように、彼は自分の存在を小さくしている。それがどれほど彼の心を蝕んでいるか、想像に難くない。私は、ふっと微笑んで彼を見つめる。そして、心に決めていた言葉を口にする。
「ありますよ。ザナック様にも役割が。」
彼ははっとしたように顔を上げる。目の奥に、信じたいけれど信じられない、そんな迷いが宿っていた。
「俺に……?」
「ええ。アインズ様はザナック様をご友人だと仰られていました。これがどれほどの意味を示すか、外から来られたザナック様は知らないでしょう。」
「確かに、友人だと言ってくださいました……、アインズ様の言葉の重みだって理解しているつもりです……でも」
彼の声はか細く、それでも何かを伝えたいという想いに満ちていた。だが、私はその続きを優しく、しかし確かに遮った。
「アインズ様には──四十人のご友人が居られました。それはかつての私どもの主でもあり、ナザリックの創造主であり、神とも呼べる存在でした」
口にするたびに、胸の奥に熱が宿る。私たちにとって、それは崇拝の対象だった。だからこそ──
「けれど、その方々は今……誰一人、残っておられません。至高の方々の代わりになる人などいません。」
その言葉に、ザナック様の肩が小さく揺れた。自分と同じように、失った痛みを知っているのかもしれない。私の声は自然と柔らかく、けれど震えぬように慎重になった。
「そんな中で、アインズ様が"友人"と呼ばれた方が──ザナック様、貴方だったのです」
「俺が……?」
彼の口から漏れた声はかすれていた。信じられない、という感情が滲んでいた。けれど、否定はなかった。ただ、受け止めきれない心が、そこにあるようだった。
「アインズ様がそのような言葉を口にされたのは、私の知る限り──本当に、奇跡のようなことなのです」
私は微笑みながら、そっと膝をついて、彼と同じ目線になった。
「ナザリックには、立場や役割を持たぬ者などおりません。もし……たとえそれが、一時の滞在であろうとも」
「……でも、俺は何もできない。ただ、こうして……」
「では、何もしていないことが罪ですか?」
言葉に力を込めた。驚いたようにザナック様が私を見る。けれど、その視線に怯まず、私は続ける。
「貴方は弱っている方の傍にいて、その心を受け止められる優しさがある。アインズ様が何を思って貴方を友と呼ばれたのか、私はすべてを知っているわけではありません。でも……それだけで、十分に価値があると思います」
沈黙が落ちた。静かな部屋の中で、時計の針の音すら聞こえる。ザナック様はしばらく視線を彷徨わせた後、ゆっくりと瞼を閉じる。そして、少しだけ、笑った。ほんのわずかに。
「……ココルさんは、お優しいんですね」
「いえ、優しいだなんて。ただ、アインズ様のご意思を正しく伝えたいだけです」
立ち上がって、姿勢を正す。胸の奥に、静かな誇りと責任を感じながら。
「それに──」
「それに?」
「貴方が居てくれて、少しほっとしました。ナザリックに、温かさが増えた気がします」
それは本心だった。どこか哀しみを抱えた彼の存在が、この空間に人間らしい"揺らぎ"をもたらしていた。ナザリックの者にとって、それは異質でありながら、同時に心地よい違和感だった。ザナック様はぽかんと私を見た後、少し頬を赤らめて目を逸らした。
「そ、そんな……俺なんかが」
「ご謙遜を」
私は笑みを浮かべる。アインズ様がふと目を細めて語られた「彼は面白い」との言葉を、今になって実感する。
ザナック様という人物は──まだ、ここに必要とされているのだ。
「あの……ココルさん、お願いがあるんですが…」
ザナック様が遠慮がちに、けれどどこか覚悟を決めたような声音で話しかけてくる。彼の視線は宙をさまよい、私の目をまっすぐ見ようとしない。緊張がその身を包んでいるのが、痛いほど伝わってきた。
「はい、どうぞお申し付けください」
私は柔らかく微笑みながら返事をする。彼の心が少しでも楽になるようにと願いながら。
「バルコニーに出てみたいんです……気分転換、に……駄目、ですよね」
視線を床に落としながら告げるその声は、許可を求めるというよりも、既に諦めを含んでいるようだった。まるで、願いが叶わないことを自分に言い聞かせるように。私はすぐさま彼の前に立ち、静かに手を差し出した。白い手袋をはめた指先が、優しく宙に浮かぶ。
「……アインズ様は、"彼のしたいようにさせてやってくれ"と仰っていました」
その言葉を聞いた瞬間、ザナック様は驚いたように目を見開いた。そして、ぱっと表情が緩む。
「い、いいんですか?」
声が少し震えている。子供のように無垢な不安と、信じられないという希望が混ざっていた。
「ええ。アインズ様が戻られる前に済ませれば、問題ありません」
その返事に、彼は安堵したように眉を下げ、口元にイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「フッ……アインズ様はココルさんのことを仕事に真面目だと評価しておられましたよ」
思わぬ言葉に、私の頬がわずかに熱くなる。
「えっ……? アインズ様が…? でも、部屋から出るなとは言われてませんし! "ザナックの傍に付いていてくれ"と言われたので!」
声が上擦り、動揺しつつも必死に言い訳をする自分が少し恥ずかしい。けれど、それを見たザナック様は、柔らかい笑みを浮かべていた。
「あの、もし……叱られそうになったら、俺がわがままを言ったと説明しますね」
「はい、ありがとうございます」
その言葉に、私は深く頷いた。彼の優しさが胸に沁みる。
─────
バルコニーに繋がる重厚な扉を静かに開けると、夜の空気がぶわっと流れ込んできた。ひんやりとした風が、室内の静けさを一瞬で変える。
まるで、外の世界が「ようこそ」と語りかけてくるかのように。ザナック様の金色の髪が、月光に照らされてきらめいた。その一瞬、彼の姿がまるで夢幻のように美しく見えた。静かに、慎重に足を運びながら、彼は一歩一歩、まるで外の空気を確かめるようにバルコニーへと出ていく。
「わぁ……」
感嘆の声が、ぽつりと零れた。その声音は、どこか懐かしい風景を見たかのような、郷愁と感動が混じっていた。彼は、夜空を見上げる。青や紫が絶妙に溶け合い、濃紺の天幕に白い星が点々と輝いている。どこまでも静かで、どこまでも広がる夜の帳の下で、ザナック様はそっと手を伸ばした。
指先が空を掴もうとするように震えながら動く。けれど、それは空を切るだけ。
「綺麗……ですね」
その言葉は、月明かりのように静かで、でも確かに心に届くものだった。
「ええ。先程お話した、至高の方々が創られたんですよ」
私は彼の隣に立ち、同じ空を見上げながら答える。
「空を……?」
ザナック様は私を振り返り、驚いたように目を見開いた。
「……こんなに綺麗な空、久しぶりに見ました」
「お気に召しましたか? ナザリックの空は、時間も星も、全てアインズ様のお心次第で動くんですよ」
「まるで神様みたいですね。いや、神様……なんでしょうね、やっぱり」
「ふふ、そうですね。私たちにとっては"唯一無二の御方"ですから」
ふたりで見上げる空は、静かに瞬く星が音もなく語りかけてくるようだった。ザナック様が肩の力を抜いて微笑む。
「……でも、アインズ様って優しいですよね。俺みたいな者にも、あんな風に接してくれるなんて」
「ええ、とてもお優しい方です。でもそれはザナック様が、それに値するお人だからでは?」
「ふふふ……ありがとうございます。あ、でもこの話、アインズ様には内緒にしてくださいね。なんか、恥ずかしいんで」
「ふふ、もちろんです。"内緒"ですね」
「ココルさんも、アインズ様のこと、好きなんですね」
「はい……とても、大切な方です。あんなにも懸命に、我らの在り方を守ってくださるお方は他にいませんから」
ふと、風が吹いた。ふたりの髪を揺らし、夜の静けさが戻る──そのとき。
「──随分楽しそうだな?」
低く、随分と優しい声が背後から届いた。振り返ると、漆黒のローブを纏った主が立っていた。アインズ・ウール・ゴウン。その姿に、ザナック様は小さく肩をすくめる。
「ア……アインズ様! い、今戻られたんですね」
「ココル、下がってよい」
「──かしこまりました」
一礼して私が下がると、アインズ様は静かにバルコニーへと足を踏み入れた。月光がザナック様を照らし、金色の髪がほのかに輝く。
「探したのだぞ、ザナック。お前がここにいるとは思わなかった」
そう言いながら、アインズ様はふと動きを止める。
──その眼窩の奥、赤い光が、ほんの一瞬、揺れた。月光に浮かぶザナック様の横顔に、言葉にならぬ感情が満ちていた。