レメディオス団長の作戦会議とネイアちゃんとアインズ様の会話です。後半アイザナのキスシーンがあります
一週間後、亜人の軍勢が再び姿を現した。その数は想定を超える大軍だった。
「こちらの兵力は二万、相手は推定四万」
会議室にレメディオスの声がしんと響く。
「勝利条件は、敵軍を撤退させること」
「失礼いたします」
グスターボが慌ただしく入室する。
「グスターボか、ちょうどいいところに来た。お前のアイデアも借りたい」
「貸せるのであればいくらでもお貸ししますよ……しかし、魔導王はどうやって人質を解放したのでしょうか」
「民に、魔導王陛下のおかげだ、と説明してもまるで信じてくれないしな……」
顎に手を当て、ため息を吐いたレメディオス。
「この都市を奪還する戦いを見ていた者達は、我々聖騎士達が活躍したと思っております。……士気も高く……間違いではないのですが、」
グスターボは複雑そうに顔を顰めた。
────────『ネイア視点』
魔導王陛下の部屋前──
私は何度も深呼吸を繰り返していた。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ」
扉にかける手が止まる。
「すーー……はぁぁ……」
三回ノック。
「従者、ネイア・バラハです」
「入りたまえ」
重厚な声が返ってくる。私は魔導王陛下から数歩離れたところで立ち止まる。
「私は聖騎士団の一員として、最前線に配備されることになりました」
「ふむ」
「…………陛下の従者という役目が果たせなくなりましたので、本日はお詫びとご挨拶に伺いました」
「ヤルダバオトは私の魔力欠乏を狙っている可能性がある。ヤツの姿が確認できないのであれば、手助けすることは難しい……」
「承知の上です」
私はきっとこの戦いで死ぬだろう。死ぬのは怖い。けれど覚悟していたことだ。
「それでも、私はこの国の民として、できるかぎり人を救わなくてはならないと思います。弱者を……苦しんでいる人々を救うのは当然のことです」
真っ直ぐに魔導王陛下を見詰めた。
「ふむ……」
魔導王陛下は何かを考え込み、
「私の好きな瞳だ」
独り言のような呟き。尊敬する王から好きと言われたことで多少顔が熱くなる。けれどそういった意味ではないのだろう。
だって、魔導王陛下は──
「ならば……バラハ嬢に幾つかのアイテムを貸し出そう。使いたまえ」
空中から装備が出てきて、机にずらりと並ぶ。その中の緑色の鎧は見覚えがあった。あの豪王バザーのものだ。
「こ、これは!」
「この鎧はきっと役に立つだろう。その身を守るという意味で、な」
そして、
「それ以外にあと三つほど貸し出しておこう」
魔導王陛下が手渡したのは。
「冠、小手、それとネックレスだ。何か別のアイテムと被ったりしてはいないかね?」
「い、いえ。私はもとより魔法のアイテムは持っておりませんでしたので」
「も、申し訳ありません、陛下。これらのアイテムをお借りすることはできません」
魔導王陛下のくださったアイテムを装備したまま討ち死にでもしたら、敵の戦力を強化しかねない。
「どうしてだね?」
「……」
「それでは約束してくれないか? 必ず、私に返すと」
「…………っ、ありがとうございます。きっと……いえ、必ず生きてお返しいたします」
目頭が熱く、頬に涙が伝う。頬が温かくなっていく。
「それでは……失礼いたします」
「お待ちください。その戦い、私もご同行します」
薄暗闇から透明感を解いて出てきたのは、ザナックさんだった。
「勝手に会話をお聞きしてしまい申し訳ございません。ですが、私をどうか連れて行ってください。きっとお役に立ってみせます」
ザナックさんはフードを下ろして認識阻害を解除し、胸に手を当てた。魔導国では、レメディオス団長より戦力がないと言われていたが──逆にそれなりに強いということなのかもしれない。それに、ザナックさんは両手に合わせて十個──一個壊れたので今は九個の指輪をしている。九個のうち左手の薬指のものはたぶん違うけど、その他のはマジックアイテムだ。銀色のシンプルな輪からは膨大な魔力を感じた。
「……ネイアさんが心配なのです」
駄目押しかのようにザナックさんが呟いた。
「……〜〜っ!! ザナックさん……!!」
心配なんて久しぶりにされた。というかそういう所が問題ではない。ザナックさんが私を心配だと言ってくださったのだ。
思わずその瞬間、ザナックさんを抱き締めてしまいそうになり、ぐっと抑えた。が、勢い余って手が前に出る。
「……あ」
すると、ザナックさんも手を差し出した。
「あ……えと」
おずおずと近付ける。優しく握られた。ぎゅっと強く握った。ザナックさんが目を瞬かせる。
「よろしくお願いします!」
馬鹿みたいに力いっぱい頭を下げた。
「こちらこそ、全力を尽くしましょう」
────────
ネイアが退出した後も、月明かりが青く部屋の中を染めていた。魔導王アインズと、補佐官ザナックの間にはただならぬ空気が漂っていた。
一歩、ザナックが前へ出る。その髪を窓からの光が柔らかく照らす。
「……この間は、申し訳ありませんでした」
ゆっくり礼をすると、髪が下がる。
「アインズ様から頂いた大事な物を感情に任せて使っ」
「違う」
重い声。そして──魔導王アインズは跪いた。頭を垂れる。
「俺が間違っていた。君の信念は、判断は正しい。ただ……俺は、……俺は……君が心配でならないんだ」
顔を上げ、ザナックの手をとった。まるで流れるように。
「……き、きらいになって、ないですか?」
「まさか」
アインズはザナックを胸の中に抱く。
「俺……アインズ様に嫌われるのは……それだけは、いやなんです」
重なる布の中でくぐもった声。アインズはその小さなぬくもりを愛おしげに撫でながらさらに引き寄せた。
「君が反発しただけで嫌うわけないだろう……むしろこれからも俺をそうやって諭してくれ。正してくれ。……嫌いになんかならないからな。俺はまだ愛を君に伝えきれてないんだから」
「……充分ですよ」
「いや、足りない。俺が気が済まないんだ。それに、嫌だと言っても愛してしまうと言っただろう……。その都度窘めてくれ」
ザナックの首筋に鼻先を沿わせ、アインズは小さく呟いた。
「ん……」
ザナックから甘い息がこぼれる。けれど、ザナックはその頬骨を指先で撫でる。手のひらで包み、反対側の頬骨にそっと口付けた。
「なら……わがままを言わせてください。俺がネイアさんと最前線に行くことを許してください」
「もちろん、とは言えないな。…………俺は……君を失いたくない」
じゃれつくように骨の鼻先がザナックの首筋を探る。
「……だが、止めないよ」
「……! ありがとうございます……っ」
「はぁ……」と長くため息を吐いて、アインズはザナックの肩で項垂れた。
「……ん?」
アインズは何かに気付き、ピクリと動く。
「……君、まさか、──謀ったな?」
ザナックは「ふふふ」と小さく笑う。
「自分を使って、俺が戦場に出なければいけない状況を作ったのか……? 聖王国に力を貸させる為に?」
このままでは聖王国は、この戦争は亜人に攻め込まれて終わる。魔力に余裕があるにも関わらず静観の構えをとっているアインズを動かす為にザナックは──
またため息。
「はぁ………………君は、」
そして、
「本当に……君には敵わないよ……ザナック」
呆れたような言葉だが、その声には溢れんばかりに愛おしさが満ちていた。
「ふ、はははっ」
「全く、笑っている場合じゃないだろう」
「すみません、作戦練り直しですね」
「そうだな、ははっ」
「ふふ、アインズ様だって笑ってるじゃないですか」
二人はまるで対等な友人同士のように笑い合った。
「君を信じてる」
その言葉と共に、ザナックの唇は奪われた。だが決して乱暴なものではなく、慈しむようなキスだった。
「ん、む……」
角度を変え、もう一度。そして、骸骨の歯と唇が離れた。