ネイアちゃんの戦闘とレメディオスの戦闘です
亜人の陣地に大きな動きあり──その報告を受け、私は正門に隣接した市壁──亜人の兵力のほとんどがある方面に向かった。そして、やがて正門が見えてくる。左側の側塔へと入り、市壁への階段を一段飛ばしで駆け上がる。
持ち場に急ごうとした時、正門市壁左側部隊の指揮官である聖騎士が立ちふさがった。
「魔導王──陛下はいらっしゃってないようだな」
「魔導王陛下は今回の戦いには参加されません」
民兵の一人が驚きの声を上げる。
「あんた魔導王様のお付きの従者だよ──あ、いや、ですよね?」
「あ、はいそうです」
「じゃあ、何か知っているのですか?」
「……魔導王陛下はヤルダバオトという強敵と戦う為に魔力を温存しなければいけません」
「俺たちだけで……?」
「敵うはずないじゃないか!」
そんな声が兵たちから上がる。
「なぁ、その後ろのは誰だ? 神官か? それにしても防御が薄いような……」
ハッと振り返るとそこにはザナックさんがフードを被ったまま立っていた。
「こんにちは、私も魔導王の従者でございます。今回の戦いに参加させていただきます」
礼をすると、
「あんたが魔導王様に付けられたっていう聖王国の従者か?」
「……ぶっ!?」
私は吹き出した。
「違います逆です!! こちらは魔導王陛下の特別外交補佐官のザナック様です!!」
「どうも、よろしくお願いいたします」
ザナックさんはフードを取って頭をさげた。
「ザナック……」
「どこかで聞いたような……」
兵たちがざわめく。
「し、失礼いたしました! ザナック様!」
皆が頭を下げ出す。
「いえ、そこまでする必要は……」
「そうです、魔導王陛下の従者様がついてくれるのです、皆、頑張りましょう!」
私は拳を握った。
「私達の国を守れるのは、私達です。自分の大切なものは自分で守るほかないんです。だから私は戦います」
「私も、期待に応えられるか分かりませんが、精一杯サポートをさせていただきます!」
────────
「敵進撃を確認!! この場所を守る者達は戦闘準備に入れ!!」
遠くから大声が聞こえる。皆一斉に戦闘配置に付く。万を超える軍勢が一気に動き出し、市壁を揺らすような感覚さえある。太鼓がどこかで打ち鳴らされ、
「伏せて!」
ザナックさんの指示が飛ぶ。その次の瞬間には、巨大な矢が次々と壁に突き立つ。ところどころ壁も崩れていた。そして第二射。
聖騎士の中から魔法が詠唱される。
「恐れるな!
「敵の矢弾も無限ではない! 今は耐えるんだ!」
私は壁に沿って伏せ、隠れた。
そして、第三射。
遠くでうごめく
「ううっ」
私が放った矢は真っ直ぐに飛んでいき、
「ネイアさん!」
感動してる暇もなくザナックさんに手を取られ、引かれる。
「逃げて! ここに反撃が来る!」
私も叫んだ。
太い矢が高速で飛んで来る。巻き込まれた民兵もいた。
そして、ドンと一度大きく太鼓が鳴る。それから四回繰り返し。敵左翼からも聞こえてきた。
(……太鼓を打ち鳴らす回数で作戦が決まってるんだ。右翼と左翼はそれで連絡を取り合っている。敵陣地まで斬り込み、太鼓を奪って適切に鳴らせば、敵の連携を──といっても無理だけど)
半壊しつつある胸壁の隙間から覗く。立ち止まっていた大群が押し寄せて来ている。息が止まった。これからは一方的ではない、互いに血を流し合う戦いが始まる。
皆、一斉に弓を打つ。私の矢が一撃で敵を倒していくのを見て、民兵達から感嘆の声が上がる。調子に乗って身を乗り出した私に風切り音が近付いて来たと思えば光の幕のようなものが展開される
(敵の魔法攻撃!?)
それと同時に硬直し、腹部にトンという軽い衝撃。見れば、足元にはバリスタの太い矢が転がっていた。矢尻はハンマーで殴りつけたようにひしゃげている。
(魔導王陛下からこれを借りていなければ……私は腹部を貫かれていた……)
背筋が凍った。恐怖で涙が滲む。けれど、
ザナックさんの横顔。こんな状況でも一切の恐怖を見せない。
「ふぅ。ふぅ。ふぅ……。がんばれ。がんばれ、わたし!」
たかが一本矢を受けただけで戦えないなどありえない。震える膝を叩いた。
立ち上がり、登ってきた亜人達を弓で射ていく。一体、二体、三体、飛んでいるのを一体。目まぐるしく標的が変わる。
────────
「一列目! 盾、構え!」
レメディオスの張った声が戦場に響く。門を包囲するように並んだ民兵達が、全身を完全に隠せるほどの大きさの盾を構える。盾の下部には指の長さほどのスパイクが付いている。
「盾、下ろせ!」
盾を持った民兵達は掛け声と同時に盾のスパイク部分を地面に突き立てた。即製の金属壁だ。
「二列目! 盾、構え!」
二列目の盾はスパイクが付いていないもの。これで一列目と二列目の頭上を蓋をするように覆う。
「三列目! 長槍隊、前進! 続いて四列目長槍隊前進!」
三列目と四列目は長槍隊。彼らは盾隊の隙間から槍を突き出した。
「騎士達よ、彼らを悪魔の恐怖から守るのだ!」
レメディオスが拳を握って叫んだ。
「
聖騎士が剣を掲げた。
「よろしい、では始めるぞ。門、上げよ!」
再びレメディオスが声を張り上げた。落とし格子が上がっていく。
「来い、亜人ども! この門の先へは、一匹たりとも通さん!」
言葉通り亜人達は突撃してくる。レメディオスは亜人達に背を向け、走った。民兵の盾に手を当て、跳び越える。亜人達が突進するが、門をくぐったあたりで何匹かが転んだ。その位置には大量の油をまいてあった。人喰い
「今だ! 投げろ!」
レメディオスの指示により、火炎壷が民兵の頭を飛び越えた。門の付近で割れる音と共に業火が吹き上がる。門のあたりで止められていた亜人達が炎に包まれる。
レメディオスは黒煙に突っ込んでいった。
「はあああぁー!」
「んっ、ふっ!」
そして、徐々に薄くなっていく黒煙の中、三匹の亜人がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。一匹は獣の上半身と肉食獣の下半身を持つ戦士。
一匹は四本の腕を持つ女の亜人。
最後には黄金の装身具を多数つけた、純白の長い毛を持つ猿にも似た亜人。味方であるはずの亜人の群れはその三匹に任せて一歩も近付いて来ない。この亜人達がレメディオス以上か同格だったとしても勝算はない。逃げろ、とレメディオスの勘が言っている。
(逃げて何になる! 私は引かない。ここで死ぬなら……こいつらにひとつでも傷を付けてから……死ぬ!)
「聖騎士サビカス、聖騎士エステバン」
二人は「はっ!」と返事をし民兵をかき分けて前へ出る。
「お前達、私があのうちの一匹を殺すまで他の二匹を抑えることができるか?」
「お任せください!」「身命に替えましても!」
ふう、と息をつく。レメディオスの勘はこの二人は死ぬと言っている。だが、数分稼げれば良いだろう。
「俺は三人が相手でも構わんぞ」
獣の戦士が言った。
「フン、お前こそ。私と戦ったことをあの世で後悔するんだな」
猿に似た亜人が笑う。
「ヒヒヒヒ……では、人間のお嬢さんはヴィジャー殿に任せるとしようか。人間のお嬢さんや、自己紹介をさせてもらおうか。わしはハリシャ・アンカーラといって、こちらがナスレネ・ベルト・キュール殿という」
ヴィジャーと呼ばれた獣の亜人はふん、と鼻を鳴らした。
「その剣、なかなかの業物と見た。お前の名前を聞いておこう」
「レメディオス・カストディオ」
「お前がか……」
ヴィジャーは声を高ぶらせる。
「お前がこの国最強と言われる聖騎士か! ハハハハ……これはいい! 俺の名は、ヴィジャー・ラージャンダラー。お前を殺せば、俺の名は"魔爪"として広く知れ渡るだろう」
「戯言を……!」
聖剣による一撃。受け流され、腕に傷を付けただけになったが上々だ。
「うっ!」
ヴィジャーが呻く。
だがすぐにバトルアックスを振り上げる。それを間合いを詰めてかわす。聖剣で押して地面に突き刺させ、武技を発動させる。
「剛撃!」
「要塞!」
ヴィジャーも武技を発動させた。聖剣の突きを防がれる。
「剛爪!」
「んっ……ぐ、剛撃!」
後ろに飛び下がる。
「肉体向上! 超貫通!」
ダッ、と一気に踏み込んだ。レメディオスの突きがヴィジャーを貫いた。傷口からは鮮血が吹き出し、流れていく。
「ふっ!」
剣を抜き出した。けれどヴィジャーは高笑いする。
「ハハハハハッ! 面白い……!」
何が面白いのかレメディオスには理解できなかった。何故なら圧倒的にレメディオスが押している状況だからだ。あれでも致命傷ではないだろうがかすり傷でもない。なのにヴィジャーは笑う。
「来い! レメディオス・カストディオ!」
言われるまでもなく間合いを詰めた。剣を振り上げて肩を切り裂くように下ろす。
「っ……斬撃!」
「回避」
するりと後ろに下がられ、斬撃は外れた。
「縮地」
ヴィジャーは武技を発動させ、前にスライドするように移動する。気付けばバトルアックスを振り上げていた。
「回避!」
避けきれず、肩を薄く裂かれた。けれど、
(カルカ様……)
肩に手を当て、目を伏せた。そしてヴィジャーを睨む。
「どうした、レメディオス・カストディオ。肩をやられただけで目付きが変わったな」
「……」
レメディオスは答えない。だが確かにその目の奥には闘志が燃えていた。ヴィジャーはまた薄く笑う。そして武技を発動させてバトルアックスを上空にかざした。ぶん、と横振りする。
「縮地」
「流水加速!」
剣と斧がぶつかる。金属音が鳴った。
「剛爪!」
爪が脇腹を引き裂く。けれどレメディオスは動かなかった。呻き声ひとつ上げない。むしろ、流水加速によって研ぎ澄まされてきた。
「ふん、まだまだだぞ! 剛爪! 剛撃! 縮地!」
後ろに回られ、レメディオスは振り返り足を踏みしめた。
「要塞!」
受けきれた。けれど、レメディオスの身体はボロボロだ。腕が痺れ、膝が震えた。だがレメディオスは立ち直す。
「来い!」
「……何故倒れん」
ヴィジャーが目を見開いた。
「私の背に、守るものがある。ただそれだけだ」
レメディオスは淡々と答える。呆れたように首を振り、ヴィジャーがじりじりと下がる。
「面白い女だ……。剛撃!」
バトルアックスを後ろまで引き、前へ振った。
「……くっ、要塞!」
受け止め、弾かれるようにレメディオスは後ろに飛んだ。そして攻撃はまだやまない。
「縮地! 剛撃! 剛爪!」
バトルアックスの一撃と、爪の攻撃。
「要塞!」
一撃は受けた。だが、威力を殺しきれず足元の石が砕けた。そして二撃目の爪が肩に来る。先程の傷が抉られる。レメディオスはわざと避けず、浅く食らった。
「……空斬!」
振り上げたバトルアックスで弾かれた。
「ハハ! そんな薄い斬撃で俺を殺せるものか!」
弾いた瞬間、バトルアックスが外に流れる。そこをレメディオスは狙った。
「流水加速」
頭が割れるほど痛んだ。視界が一瞬揺れた。それでも踏み込んだ。
「剛撃」
ヴィジャーが爪で止めようとする。
「縮地」
身を低くし、それをすり抜け、距離を詰めた。
そして、
「聖撃」
聖剣が肉を裂く。骨に届く。砕く。心臓まで。
ヴィジャーはバトルアックスを振り上げようとする。レメディオスは剣を止めた。レメディオスの頭上で、バトルアックスが止まる。レメディオスはそのまま睨んだ。
「ハハハハ!」
ヴィジャーがまた楽しげに笑った。
「ぐっ……ゲハッ……」
血を吐く。黒い毛が赤く染まっていく。
「最強の名は伊達ではない、か…………」
ドスン、と倒れた。土埃が舞う。ヴィジャーの瞳が揺れている。
「レメディオス・カストディオ……なかなかに有意義な戦いだったぞ」
ヴィジャーは動かなくなった。レメディオスは剣を撫でた。
「私は楽しんでなどいない……だが、お前は強かった」
「情けないのう、ひなっこ」
ナスレネの声。
「まさかヴィジャー殿を倒すとは」
ハリシャが髭を撫でていた。
見ると、聖騎士エステバンとサビカスが倒れている。
「それじゃ、どうするかね。ナスレネ殿。そこらにいる人間の盾でも打ち破って先に……」
「させるか!」
レメディオスは走った。
「聖騎士達よ! 民を守れ! カルカ様の民を、誰一人死なせはせん!」
レメディオスは叫ぶ。一匹倒した。だがそれが何だ。まだ残っている。ヴィジャーと同格の亜人が二人。考えるだけでレメディオスはくらくらしてもうすぐにでも倒れそうだった。
「ヒヒヒヒヒ……ナスレネ殿、お前の力で後ろのヤツらを消してはどうかな?」
ハリシャは肩を揺らして笑う。
「そうじゃな」
ナスレネはその言葉に頷いた。
「──
範囲攻撃魔法がレメディオスの隣を通り過ぎる。
「はっ……!」
レメディオスは息を呑む。
「──
民兵の前に骸骨からなる異形の壁が出現した。そして
「何じゃアイツは……」
「アンデッド……おそらくエルダーリッチじゃろう」
「……魔導王陛下!?」
レメディオスは目を丸くした。前線に行ったという補佐官の元へいるのではないのか、と。
「レメディオス団長殿。助勢に来た」
「遠慮なんて言ってる場合じゃないのですまないが。助かる。……感謝する。共に戦ってくれ!」
「あぁ」
その短い返答と共に、魔導王アインズはレメディオスの隣へ歩み出た。
黒煙の中、ナスレネが四本の腕をゆらりと広げる。その指先に再び魔力が集まった。
「ならば、まずは後ろの弱い者から焼くとしようかのう」
「させるか!」
レメディオスは駆け出そうとした。だが、足が一瞬だけもつれる。ヴィジャーとの戦いで受けた傷が、身体の奥で悲鳴をあげていた。
その隙を逃さず、ナスレネの口元が歪む。
「
炎の塊が民兵達へ向かって放たれる。
「
アインズの静かな声。地面から無数の骨がせり上がる。絡み合い、組み上がり、民兵達の前に歪な白い壁を作る。火球はその壁に着弾し、炎と骨片を撒き散らして消えた。
民兵達がどよめく。
「……助かる、魔導王陛下!」
レメディオスは短く言い、剣を握り直した。
「礼は不要だ。私はこの国の王ではない。ゆえに、最後に剣を振るうべきは君だ、レメディオス団長殿」
「ならば道を開けてくれないか。私は、カルカ様の民の前に立つ」
「承知した。君の剣が届くまで、私が繋ごう」
その言葉に、レメディオスは一瞬だけ目を見開いた。そして、笑わなかった。ただ剣を構えた。
ハリシャが髭を撫でる。
「ヒヒヒヒ……奇妙な共闘じゃのう。聖騎士とアンデッドか」
「奇妙で結構。私はカルカ様の民が助かる道なら……それが茨の道だとしても突き進む」
「茨で悪かったな」
アインズが呟く。
「そういうことではありません。言葉の綾です」
レメディオスが振り向いてつっこむ。
「……そうか?」
顎に手を当てたアインズが首を傾げる。
その時、ナスレネが舌打ちをした。そして四本の腕を一斉に掲げた。その周囲に火球が複数浮かぶ。
「一度に全部焼けば、その骨の壁も足りぬじゃろう!」
「
魔導王が片手を上げる。
ナスレネとハリシャの背後から迫っていた亜人の群れが、糸で縛られたように硬直した。突撃の勢いを失い、何匹もがもつれて倒れる。
だが、ナスレネとハリシャは止まらない。
「ほう。抵抗するか」
「この程度で、わしらを止められると思うたか」
ハリシャが笑う。魔導王は頷いた。
「そうだな。君達ほどの者が止まるとは思っていない。だが──雑兵が止まれば十分だ」
「レメディオス団長殿。右の魔法詠唱者を」
「任せろ!」
レメディオスが地を蹴った。
ナスレネがその動きを見て、四本の腕のうち二本を前へ、二本を上へ向ける。魔法と肉弾の両方で迎え撃つ構えだ。
「近づけると思うか、人間!」
「
片手をかざし、アインズが詠唱した。
地面から巨大な肋骨が生え、トラバサミのようにナスレネを拘束した。
「流水加速!」
視界が研ぎ澄まされる。
「縮地」
距離を潰す。ナスレネの顔が驚愕に歪む。
「剛撃!」
聖剣が振り下ろされる。ナスレネは拘束から逃れようとじたばたし、攻撃をかろうじて杖で受け止める。金属音が鳴り響く。
「まだじゃ!」
「そうか」
レメディオスの肩から血が滲む。
「聖撃!」
刃がナスレネの腕を裂き、胸元に届いた。ナスレネが悲鳴を上げる。それでもなお、残った腕がレメディオスの首を狙った。
「
黒い剣が空を走った。ナスレネの腕に突き刺さり、その軌道を逸らす。ほんのわずか。だが、レメディオスには十分だった。
「はあああぁっ!」
聖剣が肉を裂いた。
ナスレネの身体が大きく傾く。四本の腕が力を失い、地面に膝をついた。
「人間が……私を……」
「私は一人で斬ったわけではない」
レメディオスは荒く息をしながら言った。
「魔導王陛下のおかげだ」
ナスレネが倒れる。
残ったハリシャの顔から笑みが消えた。
「……いや、これは困ったのう」
「困っただけで済むと思うな」
レメディオスが剣を構え直した瞬間、ハリシャは懐から小さな透明の石を取り出し、奥歯で噛み砕いた。
「ヒヒヒ……聖剣か。怖いのう、怖いのう。じゃが、斬れぬならただの飾りじゃ」
「何を──」
レメディオスが踏み込む。
「流水加速!」
視界が研ぎ澄まされる。血の匂い、煙、骨の壁、民兵達の震える息。
「縮地!」
距離を潰し、聖剣を振り下ろす。
「剛撃!」
刃はハリシャの肩を捉えた。だが、金属を叩いたような硬い音が鳴る。白い毛の下の皮膚は裂けず、剣は弾かれた。
「な……!」
「ヒヒヒヒ! 効かん、効かんぞ!」
ハリシャの拳がレメディオスの腹にめり込む。
「ぐっ……!」
呼吸が詰まった。足が浮きかける。だが、レメディオスは踏みとどまった。
「レメディオス団長殿」
アインズの声が横から飛ぶ。
「斬撃に耐性を得ている。おそらく打撃なら通る」
「打撃……?」
「剣で斬るな。叩け」
「無茶を言う……!」
レメディオスは歯を食いしばった。
ハリシャが両腕を広げ、笑いながら迫る。
「どうした、聖騎士。剣が効かねば何もできんか!」
「……できるさ」
レメディオスは剣を逆手に持ち替えた。
「私は、民を守る剣だ。斬れないなら──叩き折る!」
ハリシャの拳が振るわれる。
「要塞!」
受ける。腕が軋む。傷口が開く。足元の石が砕ける。
「
ハリシャの足元に黒い螺旋球が生まれ、白い身体が一瞬だけ浮いた。
「今だ」
「分かっている!」
レメディオスは踏み込んだ。
「流水加速!」
頭が割れるほど痛む。
「剛撃!」
聖剣の柄頭を、ハリシャの顎に叩き込む。
鈍い音が鳴った。
「ご、が……っ!」
ハリシャの身体が揺れる。だが倒れない。
「まだ、じゃ……!」
「ならば、もう一度だ!」
レメディオスは剣を振るわない。柄頭で、鍔で、剣の腹で打つ。聖騎士らしくない、泥臭い攻撃だった。
「ヒヒ……剣士が、そんな戦い方を……!」
「私は剣士ではない。聖騎士だ!」
ハリシャの拳が肩を抉る。レメディオスの視界が赤く染まる。
それでも、背後から民兵達の声が聞こえた。
「団長!」
「レメディオス団長!」
倒れられない。
レメディオスは血を吐きながら笑った。
アインズが片手を上げる。
「
骨の檻がハリシャの胴を一瞬だけ縛る。
「長くは持たん」
「十分だ!」
レメディオスは最後の力で踏み込んだ。
「肉体向上!」
足が悲鳴を上げる。
「流水加速!」
視界が白く弾ける。
「剛撃!」
聖剣の柄頭が、ハリシャの胸骨を打つ。
「聖撃!」
今度は刃ではない。聖なる力を帯びた打撃が、胸の奥へ叩き込まれた。
ハリシャの目が見開かれる。
「ヒ、ヒヒ……これは……効くのう……」
白い身体が後ろへ傾いた。
「聖騎士……レメディオス・カストディオ……か」
ハリシャは笑ったまま、崩れ落ちた。
その瞬間、レメディオスの膝から力が抜ける。
「……カルカ様……」
剣を地面に突き立て、倒れることだけは拒もうとした。だが身体はもう限界だった。前へ倒れる。
その身体を、黒いローブに包まれた腕が受け止めた。レメディオスは立ったまま、アインズの胸に額を預ける形で崩れた。
「……おっと。すまないが、俺は妻以外、男女問わず抱かないことにしているんだ。浮気になってしまう」
「誰か変わってくれるか?」と聖騎士達にアインズは問いかける。
「これとこれを飲め。治癒と回復のポーションだ」
レメディオスを支える聖騎士は懐から出されたそれを受け取る。
「ありがとう……魔導王陛下……」
俯いているレメディオスは言う。
「……受け取っておこう。それでは私はここを去る。後の亜人達は任せた」
「分かった、任された……」