戦いの続きです。腐女子ネイアちゃん。爆速で駆けつけ、去っていく魔導王。
梯子の前に一人、強そうな亜人がいた。石を放ってきた
「ラゴン族、ジャジャン様が指揮官の首を取ったぞ!」
まずい。この状況で矢が尽きた。誰かに借りなければと思った瞬間、肩を叩かれる。
「ネイアさん、これをどうぞ」
刀を血振りしていたザナックさんだった。紺色のローブの中からまるで魔導王陛下のように矢筒を取り出す。
「っありがとうございます!」
そして私が狙ったのは、
聖騎士の首を高々と掲げるジャジャン。弓を思い切り引いた。一撃が頭部に刺さり、ジャジャンが呆気なく崩れ落ちた。
「ラゴン族、ジャジャン! このネイア・バラハが討ち取った!」
歓声はない。当たり前だ、戦場なのだから。だが、亜人を怯ませることには成功したようだ。
「うかつにあの人間に近付くな! 豪王の鎧を着ているぞ!」
「豪王バザー? バザーの鎧?」
「間違いない!」
亜人達は私が弓兵だと知りながらも、警戒し踏み込めないのだ。
「うお! また……あの鋭い眼光……」
(鋭い……確かに睨んでいるけど)
「殺戮に飢えた目だ! あの、多分、人間の雌、ただものじゃないぞ!」
(多分……雌……)
「弓を見ろ! 凄まじい弓だぞ! 腕ばかりじゃない!」
(ふふん!)
「狂眼の射手!」
(…………え?)
「なんだ、その名は! 知っているのか?」
(…………いやいや)
「あの雌は人間の二つ名持だと言うのか!」
(…………ちょ!?)
「悪鬼のごとき凶相と凄まじい腕を持つ人間の弓使いがいるとは昔から聞いたことが……それがあれか!」
(それはお父さんよ!)
「狂眼の射手! バザーを殺した弓使い!」
何故か「狂眼の射手」という二つ名が亜人達の中で出来上がって広がっていく。
「──みんな、防げ! あの娘に、彼女に亜人達を近寄らせるな!」
「おう! 隊列だ! あの訓練を思い出せ!」
「俺が前列に行くぞ!」
二十人程の民兵が盾となるよう動いてくれる。
「奴らを射殺してくれ! 俺達があんたを守る!」
「分かりまし──」
ばさりと翼が羽ばたく音。音のした方へつがえた矢の先を向ける。そこには飛び上がった
「ぎぅ!」
絶え間なく次の攻撃が来る。鉤爪で顔を狙われた。後退するが避けきれず顔に激痛が走った。顔を振ったおかげで目を裂かれることは避けたが、左頬の肉を抉られた。口の中まで繋がる大きな切り傷。舌の上にはいっぱいの血の味。
「ううっ!」
右手で剣を抜き、
「すまん、バラハさん!」
壁に追い詰められていた民兵達が防御隊列を組んでくれる。
「俺達が死ぬまで奴らを通さない!」
気が弱そうなその男は、決して膝はつかないと強い気迫と共に立っていた。
「ありがとうございます!」
口の中に溜まった血を吐き出してから言った。
「お願いします……!」
倒れ伏している民兵達みんなが誰一人として持ち場を離れずに私を守って死んだのだ。
その時、横にいた男の人が言う。
「骨が見えてるぞ……」
「そういうことは言わないでください。言われたせいで非常に痛くなってきました」
「あ、ああ、すまない」
聖騎士としてある程度の実力があれば、低位の回復魔法くらいは使えた。けれど従者階級の私には無理だ。左手をこの戦闘中に使うことは諦めた方が……。そう考えていると、「ネイアさん」と声をかけられる。この呼び方は。
「ネイアさん。こちらに」
「?」
不思議に思いながらも、ザナックさんのそばに寄る。すると、
「
「え?」
緑色の光に体が包まれ、左腕と頬の傷が治っていく。
「痛みはありませんか?」
眉を下げたザナックさん。
「あ、ありません」
そこで、パキッと音がした。また指輪が割れ、残り七個となる。
「みなさんもこちらへ」
民兵達を集め、ザナックさんは詠唱した。
「
民兵達の傷が癒されていく。
「ありがとうザナックさん……! いや、様……!」
「様はいりませんよ」
「……あ、ありがとうザナックさん!」
「ありがとう!」
また指輪が割れる音が連なった。二つ割れる。残り五個。
「バラハさん、ザナックさん、ここはもうダメだ。あんた達は逃げてくれ」
「私は……!」
(この武器を返さなくてはならない。私が逃げる理由なんていっぱいある。けれど、もし魔導王陛下から借りた武器を持った私が逃げた場合、陛下に敵意を持つ者達はなんて言うだろう。だったら──)
「……まだ戦えます! ザナックさんの治癒のおかげでまだ立てます!」
私は弓を構えた。引いた。途中から狙ってなどいなかった。けれど一撃で当たるおかげで私は負傷せずにいられた。
「ぐうっ!」
そんな声が聞こえて、見るとザナックさんの太ももが裂かれ、血が足首まで垂れている。
「平気です。前を見てください」
ザナックさんは刀を、私は弓を握り直した。
バザーの鎧で攻撃は受け止める。攻撃の後隙に矢を打ち込む。
私は片手で剣を突き、弓を引き、剣で亜人を斬り裂く。怪我は治ったけれど蓄積した疲労が足をふらつかせる。ふう、と息をつくと横から亜人が襲ってくる。
「っ!」
「ネイアさん!」
刀で斬り捨てられ、亜人は倒れる。ザナックさんが目を見開いていて、
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「はい……すみません!」
民兵の一人が倒れる。
亜人の一匹を倒す。弓を構える。獲物を睨む。引く。
ドガッ!と鈍い音がして、横目で見ればザナックさんが腹を殴られていた。
「ぐっ、ふ……!」
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたザナックさんは立ち上がり、右手を空にかざした。
「っ……
そして叫んだ。
十個程の光球が浮かび、光の矢となって周囲の亜人に直撃する。
また指輪が割れる。左手薬指の指輪を除いて残り三個だ。
民兵の二人が倒れた。そして、──前も横もザナックさんと私の周りは敵だけになった。
「ふっ」
なんだか笑えてきた。私はたぶん、もうすぐ死ぬ。ザナックさんだけでも、逃げて欲しいけど……。いや、魔導王陛下のことだ、ザナックさんが緊急脱出できる手段を残してあるだろう。
でも、もっと……生きていたかったな。
私は最期に弓を構えた。
そして、私は────死んだ、
はずだった。
「危ないところだったな。バラハ嬢」
瞑っていた目を開ける。やはりその声の主は──
「……ま、魔導王、陛下……?」
魔導王、アインズ・ウール・ゴウン陛下だった。
「ここは私に任せて休んでいろ」
頭に手を置かれた。
「すまないが、任されてくれるか」
「ええ」
返事したのは死んだはずの民兵。
「それと、これを」
毒々しいポーションと非常に綺麗で高価そうなポーションを懐から取り出す。私はそれを振りかけられた。
「うっ」
まだ体のあちこちな痛むが、疲労が回復していく。
少し目を離した隙に、魔導王陛下は血塗れのザナックさんを横抱きにしていた。私にはその光景がとても美しいものに見えた。魔導王陛下は銀色の指輪をザナックさんの指からひとつ抜き取った。ザナックさんは頭と口の端、太ももから血を流していて、魔導王陛下は何かを詠唱しながら傷口をひとつひとつ撫でている。血が止まったようで、太ももから垂れる血が途切れた。
「……ネイアさんや民兵達を先に……」
掠れた小さな声。ザナックさんから発されたものだ。
「……もう終わった。だから今度は君の番だ」
ローブの隙間からポーションを幾つか取り出し、魔導王陛下はそれをひたすらザナックさんに振りかけていく。
先程から魔導王陛下の後ろから亜人達が攻撃をしかけている。殴り、剣を突き立て、斬りかかる。けれど魔導王陛下は傷ひとつ付かないし相手にもしない。私の脳裏にバザーの時の光景が浮かんだ。そして、正面からザナックさんを襲おうとすれば、片手をかざした魔導王陛下によって亜人は吹っ飛んでいく。その間ももちろん魔導王陛下の視線はザナックさんに注がれている。
「ア、インズ、様……」
「何だ、どうした? まだどこか痛むか?」
懸命にザナックさんの声を聞こうと顔を寄せる魔導王陛下。
「迎えに、きてくれて、ありがとう……ござい、ます」
「……そんなことか。当たり前じゃないか」
愛おしげに声を上擦らせた魔導王陛下はザナックさんを抱き締めた。
「怒って、ますか?」
震える左手をザナックさんは見せた。その指には二つの銀色の指輪。そして薬指に、キラリと光る赤色の宝石、金色の太い輪。きっと……いや、間違いなく婚約指輪だろう。
「……君を信じると言った。だから、怒ってないよ。これから先も、君に怒ることはない。叱ることはあるかもしれないが」
「ふふ、よかった」
くすりと笑ったザナックさん。魔導王陛下はその金色の髪を左手で撫でた。骨の薬指には、同じ装飾に同じ輪の模様、銀色の細身の輪、青緑色の宝石が光っていた。
「本当に……生きててくれて、よかった」
俯いた魔導王陛下はゆっくりとザナックさんに顔を近づける。まさか、と私は思った。けれど目線は外せなかった。
骸骨の歯と人間の唇が触れた。口の端についていた血が歯につく。それでも優しく、触れたまま。目を瞑ったままザナックさんはそれを受け入れていた。眠っているのかもしれない。
ふと、鼻の中に熱いものが流れた。慌てて触ると、指先が赤く染まる。
「あ……」
興奮で鼻血が垂れてきた。
罪悪感で背を向け、私は深呼吸する。
私は笑った。
「あぁ……」
(ここにあったんだ)
(正義とは、何か)
「分かりました、陛下」
「何が、だ?」
ザナックさんを横抱きしたままの魔導王陛下が近付いて来る。
「正義とは、何かが分かったのです」
「──ああ、君の正義を見つけることができたのか。それは……よかったな」
優しい声だった。自信はまだないけれど、私は口を開く。
「正義とは……その人の信じるもの、信じること…………だと思い、ます。何かが正義なのではなく、それぞれの信じるものが正義なのです……違うものを信じたまま互いの信念を尊重できるのが正義なのです」
目付きを気にしながらも、私は微笑んだ。
「ありがとうございます……陛下」
「私は何もしていないぞ?」
眠るザナックさんを抱えたままの魔導王陛下が首を傾げる。
「ふふ、そうですか。でも、私なりに思ったのです。お二人を見て」
「そうか……それは、少し、むず痒いな。……バラハ嬢、先程見たことは……」
「口外しません。誓います」
胸に手を当てた。
「そうか……良かった。君を信じるよ」
その瞬間、風が吹いた。と同時に、魔導王陛下が笑った気がした。骸骨のその顔が柔らかく変化したように見えた。
「魔導王陛下……後の亜人達は」
「任せておけ。彼と共に休んでいろ」
張られた障壁の中にザナックさんが座らされる。私はその肩を支えた。
「……あ、あいんずさま…………行かないで」
薄目を開けたザナックさんが手を伸ばす。
「すぐ戻る」
小指同士を絡ませ、そして離した。
「行ってらっしゃいませ、魔導王陛下」
「バラハ嬢。ひとついいかな」
「はい」
「私のことは、アインズでいい。もちろん三人の時だけな」
「はい……! はいっ! アインズ様!!」
私は何度も頭を下げた。アインズ様は片手を上げた。ただそれだけ。でも、私には十分だった。
そして少し離れたところで魔法を詠唱する。
「
眩しい光。雷が市壁の上を走り抜けた。市壁に居た亜人達はバタバタと倒れていく。それから次々と亜人達が倒されていく。
「ここ以外はレメディオス団長殿が駆け回って助勢してくれている。安心しろ」
戻ってきたアインズ様はザナックさんを再び横抱きした。そして一瞬慈しむようにザナックさんを眺めた後、
「それでは。ネイア・バラハ。しっかりと休むのだぞ。私は彼を連れて行き、ちゃんと体全体を見て癒し、着替えさせる」
そう言って、魔導王陛下は霧のように消えていった。まるで最初からいなかったみたいに。でも、いたんだ。幻じゃない。お二人の軌跡は本物だ。