ネイア視点から。ヤルダバオトと魔導王の戦闘。
ロイツ解放戦から三週間。
魔導国から提供された天幕に泊まりつつ、街の民は家の建て直しを行なっていた。それだけではない。皆が被害を受けたにも関わらず、皆が率先して炊き出し等に参加していた。そっちで水が足りなければ運び、あっちで木材が足りなければ分け合う。
未だ戦時下であることに変わりはない。それでも、人は三週間もあれば僅かな日常を取り戻すものらしい。
「ネイアさん、こちらも美味しいですよ」
天幕の中、私とザナックさんは遅めの朝食を取っていた。
甘い丸パンを食べていたところ、スープもすすめられた。
一口飲む。
「んっ、たしかに。美味しいです!」
向かい側には魔導王陛下が腰掛けている。
「ザナック、朝食はそれだけか? 私が出せばもっとあるぞ。食べなさい」
魔導王陛下が頬張るザナックさんの口元に触れた。
「た、足りますって……」
目を逸らした。
「いや、君はここに来てから少し痩せてきている。もっと食べるべきだ」
「そ、れは、運動したからでしょう」
「いいから」
微笑ましいやり取りを横目に私はパンを口に詰め込んだ。
「そうだ、バラハ嬢、午後の予定をもう一度いいかな?」
魔導王陛下は片手でパンをザナックさんの口元に押し付けながら私の方を振り返る。
「はい。午後より司令部にて、聖王女陛下、カスポンド殿下、カストディオ両団長を交えた会議があります」
「そうか。食べ終わり次第、視察しながら歩いて向かうとしよう」
「はい、陛下」
「むぐぐ」
ザナックさんは押し付けられたパンをまだ食べている。
「ザナックさんを待ちましょうか」
「ふみまへん」
「ゆっくり食べてくださいね」
──────
日が沈みつつある頃。魔導王陛下とザナックさん、私は司令部に到着した。と、同時にミシミシと建物が鳴る。
バルコニーの方へカスポンド王兄殿下とカストディオ団長の姿を見つけた。
空から巨大な火球が振って来て、バルコニー前の壁を破壊し、土埃が迫る。
逃げてきた二人と聖騎士達と一緒になってバルコニーの方を見た。
だんだんと土埃が消えていく。
指輪を外した魔導王陛下のような覇気に足がすくむ。
そこには、怒りを堪え歪んだような顔、炎に燃える翼を生やした魔皇ヤルダバオトがいた。
「私を出迎えてくれたことに感謝をしよう、人間たちよ」
カストディオ団長がカスポンド殿下を後ろに下がらせた。
「さて、初めましてだな。魔導王、アインズ・ウール・ゴウン殿」
剣を構える音。カストディオ団長だ。
だが、カタカタと震えている。何度も柄を握り直し、腰を低く落とす。
「……任せろ。元々、私の仕事だろう」
そう言って魔導王陛下が私達に影を落とす。
「陛下、私達のことは心配しないでください。補佐官様をお守りします」
「なっ」
私がそう言うと、フードを被った補佐官様は声を漏らす。
魔導王陛下は軽く頭を下げた。
「ありがとう」
「フハハハハ!!」
それを見たヤルダバオトは堪えきれないといった様子で笑い出した。
「お前達はあとでゆっくりといたぶりながら殺してやる」
ヤルダバオトは背を向ける。けれどそこに無防備さは一切感じない。
「私はこの都市の中心にある時計塔で待つとしよう」
そして、飛び立って行った。
「……カスポンド殿、時間を稼ぐ。民達に都市の中央から避難するよう告げて欲しい」
バルコニーに歩き、魔導王陛下は空を見上げた。
「陛下!」
私は陛下の元へ走った。
「陛下……私は、私は…………信じております」
「……あぁ、必ず戻る。ザナックをよろしく頼む」
こそりと囁かれた言葉に私は頷いた。
すると、骨の手が差し出される。
「?」
「握手だ」
「っはい!」
そっと両手で握った。
魔導王陛下が遠くで空に飛び上がる。戦闘が始まったようだ。
全てを呑み込むような巨大な光球。それが都市をまるまる包み込んだかと思えば、次の瞬間には灰の竜巻が起こり、炎が吹き出す。
魔導王陛下は決して引かなかった。それどころか途切れず攻撃を続けている。私はその光景を見て、綺麗だと思った。
まるで、神が武闘しているような姿だった。
青い雷が落ちる。
(私は、弱い。)
(でも、ヤルダバオトのように力を持つだけでも決して正義にはならない)
(魔導王陛下……私は、貴方を信じて…………)
そして、二度目の都市全体に及ぶ光球。
再び天空で戦いが始まる。
紅蓮の光と漆黒の光がぶつかり合う。
見守っていると、やがて民衆が騒然とする。
漆黒の点が東の空に流れ落ちていく。
(あっ)
炎の翼をはためかせ、ヤルダバオトはその姿を現した。
けれど、全身には電流が走り、顔半分潰れ、傷口を押さえつけているが血がとめどなく溢れている。
「魔導王は死んだ」
ヤルダバオトの声が低く響いた。
「嘘よ!」
そんなことが信じられる訳がない。
「魔導王たった一人では私には敵わなかったようだな」
くくく、と嗤う。
「だが、私もしばらく休まねばならぬほどの傷を受けた。それが癒えるまでお前達の命は見逃してやる」
「絶望に泣きくれていろ。
傷を抱えた大悪魔は、転移で消え去った。
「に、逃げるなぁーー!」
──────
魔導王アインズ・ウール・ゴウンが行方不明になってから、三日。
その間どれだけネイアが心を裂いただろう。彼女の目元には以前にも増して隈があった。目つきもだいぶ悪化していた。それでも素の彼女に惹かれ、魔導王の勇姿に惹かれ、民達が集まり、魔導王陛下を支持する会などができていた。
だがそれ以上に目に見えて疲弊していたのはザナックだった。
食事量が減り、刀を振って訓練に打ち込み、彼もまた目の下に隈を作っていた。
ネイアもまた、弓の訓練を続けていた。
構え、引く。
的の狙ったところへ当たる。けれどネイアの心は満たされない。
(早く……早く魔導王陛下の救助隊を組織しお捜ししなければならないのに……何故、カスポンド様は動こうとなさらない!)
(いや、私が強ければ一人でも魔導王陛下を捜しに行けるのに……こうしている間にもザナックさんは……)
「ああ……何故私はこんなにも弱いのだろう」
「従者、ネイア・バラハ!」
訓練所に別の従者の声が響く。
民兵達が少しざわついた。
「あっ……」
「カスポンド王兄殿下がお呼びだ」
「はい、すぐに行きます。皆さん、すみませんが……」
「ああ、ネイアさんには及ばないだろうがしっかり練習しておくよ」
「またいつ亜人が攻めてくるか分からないからな」
二人の民兵が答えた。
「はい、訓練を重ねて少しでも強くなりましょう」
(弱さとは、罪ではない)
「弱くても、少しでも前を向けるように」
ネイアは司令部に呼び出された。崩壊寸前の王城の中。ネイアは歩く。
扉の前。
「従者ネイア・バラハです」
「入れ」
「失礼します」
「それでどのような用件でしょうか」
ネイアは跪いた。
「魔導王陛下の件だが」
「救助隊を出していただけるのですか?」
思わず身を乗り出す。
カスポンドは答えた。
「何度も言った通りそれは許可できない。魔導王陛下が落ちたと思われるのは東の果て。亜人の巣窟、アベリオン丘陵だ。それなりの軍勢を整えさせなければ兵を無駄死にさせることになる」
「ですが、もっと手前に落ちた可能性もございます」
「……この場にもう一人参加してもらいたい人物がいる。今から呼ぶのであまり驚かないでくれ」
そう言われ出てきたのはゼルンだった。
「使者のべーベーべ殿だ」
「ゼルン……!?」
ネイアは驚くがべーべーべは気にしない。
「彼らはヤルダバオトに反抗を企てている。彼らは王族を人質に取られ、仕方なくヤツに従っていたそうだ」
ゼルンは話し始める。
「だが人質として丘陵に囚われていた王が悪魔によって殺された。残された唯一の雄である王子はここから南西に五日ほど行ったところにある都市にとらわれている」
「どうか、救出を手伝って欲しい」
カスポンドはネイアを見つめた。
「使者殿の言う都市とは北部の要所であるカリンシャのことらしい」
グスターボが補足した。それにカスポンドが続ける。
「ゼルンと手を組み、王子を救い出した後にカリンシャを落とす」
「協力していただけるならば、ゼルン三千の兵は君達に協力しよう」
ゼルンは緊張から手を組み直した。
「この作戦が成功すれば魔導王陛下の救出隊も出せる。ゼルン達の協力があればアベリオン丘陵の探索も可能なはずだ。ネイア・バラハよ。カリンシャに潜入し、ゼルンの王子を救出して欲しい」
カスポンドが言い終えると、ネイアは俯く。
「……」
けれど頭を上げた。
「はい、分かりました」