ヤルダバオト戦、目前
突如、轟音が都市内に響く。
急いで塔の外のバルコニーに出ると、都市中心に巨大な炎に包まれ、ヤルダバオトが出現していた。
「ネイア、見る」
シズさんが指さした先には。
「あっ、あれは……」
ぞろぞろと多種多様な亜人達が遠くで行進していた。
「新たな亜人達の軍勢……みんなに知らせないと!」
私達は城から降りる通路を走った。
「ヤツら、アベリオン丘陵に残っていた亜人をかき集めてきたんだわ。……シズ先輩はザナックさんを連れて逃げてください」
「そんなっ」
「ネイアは?」
「逃げません!」
私は逃げる訳には行かない。
「あの時……最後まで陛下のおそばに仕えられませんでした……私が弱かったせいで。だけど、魔導王陛下の薫陶を受けた者として、私は前に進まなければならないんです!」
「ネイアさん……」
「陛下が守ってくださった人々が、騎士団が守ってくれた人々が……一人でも多く逃げられるよう、戦います。……だから、シズ先輩。あなたに私の願いを託します。魔導王陛下を探しに行って」
「問題ない」
「えっ」
「私が行く必要は無い」
「シズ先輩、それはどういう……」
「見る」
また、シズさんが指したのは。
亜人達の軍勢の中から、魔導国の旗が次々と上がっていく。
夜風にはためいていた。
「魔導国の……旗?」
その少し後ろ、亜人達の中、骸骨の馬に乗っているのは魔導王陛下だった。
──────
階段を降りていき、門を通る魔導王陛下の前に私達は止まった。
「ここで会うとは奇遇ではないか、バラハ嬢。私の補佐官は無事かね?」
「ま……魔導王陛下! 信じておりました! シズ先輩がああ言ってくれたので……。補佐官様もしっかりとお守りいたしました!」
目も頬も熱い。涙が止まらない。けれど笑った。
シズさんが無言でハンカチで拭いてくれる。
いつの間にか魔導王陛下を支持する会の民兵達も集まって来ていた。
「私はヤルダバオトに敗北した後……アベリオン丘陵に落ちた。多少時間がかかったが、あの地を魔導国の支配下に置いたのだ」
すると、 それまで黙っていたザナックさんが肩を震わせている。
顔を上げると、想像の倍以上は涙に塗れていた。
「どうしてっ……どうして教えてくださらなかったのですか! メッセージを飛ばしても連絡が取れなくて、俺……本当に…………っ」
魔導王陛下がその高級そうなローブが乱れるのも構わず馬から降りた。少し焦ったようにも見えた。
「本当に……死んでしまったのかとっ……」
その言葉で私も引っ込んでた涙が出そうになった。
鼻水と涙だらけの顔に魔導王陛下は手を添えた。
「君が俺に依存し過ぎるのは良くないと思った」
「え…………?」
ザナックさんは目を瞬かせた。
「俺が死んだと仮定して、魔導国がちゃんと運営されるのか試した。君にも、俺が死んでいなくなってもちゃんと……」
「死んだらなんて言わないでくださいっ……いなくなった場合なんて考えたくないですっ……! たくさん、約束したのに…………どうして破るんですか……諦めなくていい、離さないって……」
取り乱し、ザナックさんは魔導王陛下のローブを掴んだ。
「……すまなかった」
小さな声だった。
「俺が、悪かった…………ひどく不安にさせてしまったな」
ぽつりと言うと、ザナックさんの背中に手を回して少しだけ抱き寄せた。
「ネイア、また泣いてる」
「でも、これはまた違う涙です」
シズさんがハンカチで拭いてくれて、また「鼻水がついた、ショック」と言ったところで、魔導王陛下がやっとハッとしたように辺りを見渡した。
「……あ、あー。これは、だな、私はその……」
黙る。この先に言うことが見つからないようだった。
だけど民兵のみなさんは誰も驚いた顔をしていなかった。
あの三日間、ザナックさんがどれだけ魔導王陛下を想って心身を削っていたのか、ずっと見ていたからだ。
「安心してください魔導王陛下。他言はしません」
「みんなもう分かっていますよ」
口々に民兵達は言った。
「そうか、感謝する」
魔導王陛下が言うと、民兵達は嬉しそうに微笑んだ。
「さて、ヤルダバオトとの戦いに決着をつけるとするか」
ザナックさんを抱き、馬に乗ってザナックさんを自身の前に乗せた魔導王陛下。きっとたぶん、骸骨の馬の背が痛くないようにローブの上に乗せていた。
ザナックさんは少し恥ずかしそうに目を擦っていた。
馬について行き、都市の中心部から少し離れたところまで来た。
「始めるか」
「魔導王陛下!」
家屋の屋根の上から力強い声がした。
サーコートを夜風に揺らしながら、茶髪の女性が立っていた。
よく見れば、聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ様だった。
「なっ……」
魔導王陛下は見上げる。
「な、………………何故そんなところに?」
魔導王陛下は首を傾げた。
(それは確かに)
「ああ、ヤルダバオトに挑んだらこんな所へ吹き飛ばされたのです」
確かに屋根には破壊跡があった。
それで無事なのは流石に団長の体、おかしいのでは。と思った。
レメディオス団長は屋根から飛び降りた。
見事に両足で地面に降りて立って見せ、魔導王陛下も「おお」と漏らしていた。
「……脚がじんじんする」
仁王立ちしたレメディオス団長は呟いた。
そりゃそうだ。そのくらいで済むのもおかしな話だが。
すると、今度は細路地から笑い声。
「うっふっふ、姉様ったら無茶するんですから」
ヒール音が近付いて来る。
「すみません。話は聞かせてもらいました。魔導王陛下がヤルダバオトと戦うのでしたら、私と姉様達は民の避難を優先します」
神官団団長、ケラルト・カストディオ様だ。
「そうして貰えると助かる」
「待ってください」
魔導王陛下が言った瞬間被せるように高い声が。
振り返ると背後には、兜と鎧に身を包み、マントを揺らす聖王女カルカ・べサーレス様が居た。その兜は顔部分が開いており、青緑の瞳が揺れていた。
「私も参加します。魔導王陛下」
「カルカ女王、傷はもう平気なのか?」
「完治しております。体調も万全です」
「カルカ様!」
悲痛な叫び。
レメディオス団長だ。
「お休みくださいと今朝も言ったでしょう! 何故部屋から出て……」
「レメディオス、私はもう平気よ」
「ですが……戦いに参加されるなど……また、あのようなことになったら……!」
恐怖に支配されたレメディオス団長の顔。手が震えていた。
「私も……戦いに参加するのはおすすめしません。私だってカルカ様を失うのは……」
ケラルト団長。
なんて。
なんて傲慢なのだろう。魔導王陛下は一度死ぬような思いをしたというのに。
それに比べ、聖王女様はなんとお優しく芯の強いお方だろうか。傷ついたのに、同じ敵にまた挑もうとする。
「二人とも、何を言うの。魔導王陛下は何度も助けてくださった。それにヤルダバオトとも全力で戦った。私達は民を守るだけで終わりですか? そうやって、綺麗なことだけしていれば私達は良いのですか?」
二人は黙った。
「私は、もう、綺麗なままではいません。私は王です。この戦場の中に立つ義務があるのです」
「ですが、カルカ様が……お怪我を……!」
レメディオス団長は狼狽える。
ケラルト団長は眉を下げ、泣きそうな顔をしていた。
二人にとっても、カルカ聖王女様は大切なのだ。
「私は死ぬ覚悟をしてここに来ました」
「駄目です! なら、なら……私が代わりに!」
「カルカ様! 姉様の言う通りです、カルカ様は安全なところまで避難してください」
「静かに!」
聖王女様が大きな声を出した。
場が静まり返る。
「ならば、皆で行きます」
「そんな……」
「カルカ様……」
「……二人とも顔を上げなさい! 私は貴女達のことが大好きです。だからこそ言います。レメディオス、貴女は私を過度に崇拝するのをやめてください。ケラルト、貴女は一人でなんでも考え込んで決めてしまうのはやめてください。……でも、こういうことを言うから貴女達を嫌ってる訳ではないのです。もう一度言います。貴女達が大好きなのです」
二人の目が潤んだ。レメディオス団長は俯き、ケラルト団長は顔を背けた。
「聖王として、カルカ・べサーレスの名において命じます、レメディオス・カストディオ! 私と共に剣を取りなさい!」
聖王女様は手を伸ばす。
レメディオス団長は顔を上げた。
「っ…………仰せの、ままに……!」
手が握られた。
「姉様……どうして……。魔導王陛下すら一度負けた相手なのよ!? ……姉様やカルカ様が傷付いたら……死んでしまったら……私……」
ケラルトは目に涙を溜める。
「だからこそ、皆で戦う。大丈夫だ、ケラルト。私がいる」
「……っ。っう……っ……どういう根拠ですかっ」
また、手が握られる。
「三人も加勢してくれるとは、ありがたい。では準備はいいか。三人とも」
「はい!」
「大丈夫だ!」
「ええ」
四人は中心部に近付き、レメディオス団長を残して空を飛んだ。
「え。あ……私は!?」
「あ、すまない」
空から魔導王陛下の声が降って来て、レメディオス団長に魔法がかけられる。
レメディオス団長が飛び、魔導王陛下の声が再び降る。
「ネイア嬢! ザナックを頼む!」
骸骨の馬に乗せられたままのザナックさんを横目で見た。
「はい! 絶対にお守りします!」
手を振った。魔導王陛下も振り返してくれた。
(初めて、名前……呼んでもらった……)
気まぐれか間違えかもしれない。けれど、それでも嬉しい。
「ザナックさん、少し離れましょうか」
「ええ」
シズさん達を連れ、危なくない範囲まで離れる。
「ここで見ていましょう。きっと、これは……」
私の人生で史上最大の戦いの記録になるはずだ。
「見届けます。陛下がまた無茶や無理をしないように」
「ザナックさんも案外過保護ですね」
「そのくらいしないと危ないんですよ、あの人は」
「ふふっ、大好きなんですね、陛下のこと」
「えっ……あっ、はい……。ふへへ、」
微笑んだザナックさんと共に、私は赤い空を見上げた。