止められた時の中、眼窩の赤い光が動いた。
時間操作対策をしていたアインズだけはこの時の中では動ける。
そして、ヤルダバオトが口角を上げた。
「あの人間達があそこまでやれるとは……」
「見直したか?」
「ううむ、アインズ様ほどではありませんが……人間にしては強い方でしょう」
「そうか、彼女達でもお前に致命傷を与えられるということか?」
「それはまだ分かりません。が、ここから私は本気を出しますよ」
そう言いながらヤルダバオト──憤怒の魔将は一気に後方へ飛んだ。
上空へ距離をとった。
アインズは三人の前に立つ。
そして、途切れていた音が繋がる。
「──え?」
カルカが目を瞬かせた。
先程まで目の前にいたはずのヤルダバオトがいない。
代わりに、アインズが三人の前へ立っていた。
「魔導王陛下?」
「来るぞ。先程までと同じつもりで戦うな」
「何を──」
上空。
赤い光。
カルカが顔を上げた。
遥か頭上に移動していたヤルダバオトが、両腕を広げている。
「
空が、赤く染まった。
「なっ……!」
突如現れた巨大な岩塊が、炎を纏ってこちらへ落下してくる。
「散れ!」
アインズが叫んだ。
レメディオスは咄嗟に横へ飛ぶ。
カルカとケラルトもそれぞれ左右へ離れた。
隕石が空中で爆ぜた。
「きゃああっ!」
「カルカ様!」
爆風。熱。
無数の細かな岩片。
ケラルトの身体が木の葉のように吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
防御の姿勢を取る暇もない。
「ケラルト!」
レメディオスが手を伸ばす。
だが。
「よそ見か?」
「っ!」
目の前。
いつ接近したのか、ヤルダバオトの巨大な顔。
拳。
「要塞!」
聖剣を盾のように構える。
激突。
「ぐ、うううっ……!」
先程は受け止めた。
だが。
今度は違う。
「な──」
剣ごと腕を押し込まれた。
鈍い音。
「ぐあっ!」
レメディオスの身体がくの字に折れ、そのまま後方へ弾き飛ばされた。
空中で一度。
二度。
回転する。
「姉様!」
ケラルトの叫び。
レメディオスは何とか姿勢を戻そうと足をばたつかせた。
だが間に合わない。
建物の尖塔へ背中から激突した。
石壁が砕ける。
「がっ……!」
瓦礫と共に屋根を転がった。
聖剣サファルリシアだけは離さない。
「……っ、は……」
肺から空気が抜けた。
脇腹が焼けるように痛む。
左肩もまともに上がらない。
「まだ……だ……」
震える腕で身体を起こす。
「姉様!」
ケラルトが降下しようとする。
「行くな!」
アインズが制した。
「奴の狙いだ!」
「──!」
ヤルダバオトは既にケラルトの背後にいた。
「遅い」
巨大な腕が横薙ぎに振るわれる。
「っ!」
ケラルトは両手をかざす。
だが、衝撃で魔法は発動されない。
「う、ああっ!」
後方へ飛ばされる。
遠くの家屋の壁へ激突する直前。
「
アインズが現れた。
ケラルトの背中を片腕で受け止める。
だが勢いは殺し切れない。
二人まとめて石壁へ叩きつけられた。
「ぐっ……」
「魔導王、陛下……」
「喋るな」
アインズが壁から離れる。
ローブの肩口が大きく裂けていた。
ケラルトは口元を押さえた。
指の間から赤い血が滲む。
「
自分自身へ魔法を使う。
白い光。
痛みが幾分か引いた。
「姉様にも……」
「先に自分を治せ」
「ですが──」
「彼女はまだ動ける」
アインズが視線を向ける。
その先。
砕けた尖塔からレメディオスが飛び出した。
「おおおおおっ!」
「本当に、無茶を……!」
ケラルトが顔を引きつらせた。
「悪くない」
アインズは呟いた。
レメディオスがヤルダバオトへ肉薄する。
「聖撃!」
聖剣サファルリシアが青白く輝く。
横薙ぎ。
ヤルダバオトは腕で受けた。
「ぬっ……!」
皮膚が裂ける。
だが。
ヤルダバオトはその腕で剣ごとレメディオスを捕らえた。
「しまっ──」
「捕まえたぞ」
「離せ!」
レメディオスが暴れる。
「姉様!」
ケラルトが手を伸ばす。
「
光線。
ヤルダバオトの肩に突き刺さる。
「ぐっ……!」
僅かに力が緩んだ。
その瞬間。
「
カルカ。
青白い光柱が横からヤルダバオトを貫いた。
「ぐああっ!」
レメディオスが解放される。
「カルカ様!」
「早く離れて!」
「はい!」
レメディオスが飛び退く。
「
雷鳴。
巨大な雷が再びヤルダバオトへ落ちた。
「ぐ、おおおおっ!」
炎が弾ける。
だが落ちない。
むしろヤルダバオトは笑っていた。
「クハハハ……!」
「……しぶといな」
アインズが呟く。
「それはこちらの台詞……だ」
ヤルダバオトの指先から炎が散る。
「
黒い炎。
「カルカ様!」
レメディオスが叫ぶ。
「っ!」
カルカが回避しようとする。
ケラルトが手を引こうと伸ばした。
その隙。
「二人まとめてとは好都合だ」
ヤルダバオト。
「下がれ!」
アインズが二人の前へ割り込んだ。
拳。
打撃を真正面から受ける。
「ぐっ……!」
骨の腕で止める。
だがヤルダバオトはもう一方の腕を振り上げていた。
「魔導王陛下!」
レメディオス。
拳が腹部に突き刺さる。
「──っ!」
アインズの巨体が折れるように後ろに。
そのまま地面へ。
「魔導王陛下!」
カルカが叫ぶ。
アインズは都市の中央広場へ落下した。
ドォン!
石畳が陥没する。
土煙が立ち込める。
「アインズ様!」
遠く。
地上から小さな声。
ザナックだった。
「っ……!」
アインズの眼窩の赤光が揺れる。
骨の指を石畳へ。
ゆっくりと上体を起こす。
「……痛いな」
ぽつり。
立ち上がった。
上空では。
「貴様っ!」
レメディオスがヤルダバオトへ突進する。
「うおおおおおお! 流水加速!」
ヤルダバオトは体を傾けた。
「魔法抵抗突破化、
避けられた代わりにカルカの魔法攻撃が当たる。
「ぐあっ……!」
「
龍の形をした雷撃がヤルダバオトの身体を駆け巡る。
上がって来たアインズが両手を下ろす。
ヤルダバオトは一度大きく体勢を崩した。
効いている。そう判断したレメディオスがヤルダバオトに再び接近した。
ケラルトは猪突猛進していく姉に
カルカも両手をかざした。
「魔法抵抗突破化、魔法二重化、|聖なる光線《ツインペネトレート・マジック・ホーリー・レイ》」
身体中が裂け、雷の焦げ跡もあるにも関わらずヤルダバオトは立っていた。
ゆっくりと炎の翼が羽ばたく。
「ここまで叩き込んでもまだか」
アインズが警戒を強めた。
「……
ヤルダバオトが詠唱する。カルカを厄介な後衛と認識したのか、一気に目前に現れる。
「っ!」
レメディオスが駆け付けようとするが少し遠い。アインズも消耗していて反応が遅れた。
──ガンッ!!
両腕をクロスさせてカルカは防御した。が、大きく吹き飛ばされる。風圧で近くまで来ていたレメディオスの髪が揺れた。
「カルカ様ぁぁっ!!!」
「大丈夫……ではないけど、生きてるわ、安心してレメディオス」
両腕をだらりと下ろしたカルカ。
「体も痛いし、腕がものすごく痛いけれど、折れてるかしら」
それでも立っていた。鎧の力でもあり、魔法で盾を張ったおかげでもある。
「
すぐにケラルトから治癒魔法が飛んで来る。
「ありがとう」
ふと、カルカは頭の違和感に気付く。兜が無くなっている。地面に落ちたか衝撃で破壊されたか。
問題はそこではなかった。その下につけていた、マジックアイテムである冠。
「ひ、ヒビがぁ……」
壊してしまった!?とカルカは軽くショックを受ける。
亀裂。
その隙間からはほんの僅かに白銀の光が漏れている。
「カルカ様……その冠……」
ケラルトが気付く。レメディオスも振り返る。
アインズも見た。そこに確かに大きな魔力が込められていることを察する。
カルカは考える。
ヤルダバオトの本気とも渡り合えるようになってきた。
この四人の連携にも一体感が出てきた。
だが通常の戦闘では限界がありそうだ。
「カルカ女王、それはなんだ」
カルカは指先でそれをなぞる。
「……これは」