アインズ視点。
めちゃくちゃラブコメしてるのでは!?
月光に照らされるバルコニー。その縁に立つザナックの姿に、俺は思わず足を止めていた。夜風に揺れる金色の髪が、静かな光をまとってきらめいている。淡い表情を浮かべて空を見上げるその横顔は、あまりにも美しく、幻想的だった。頬は夜気に染まりほんのりと赤く、冷たさの中に確かに宿る命の温もりが、やけに愛おしく胸に迫ってくる。
「……ザナック」
名を呼んだ瞬間、内心のざわめきを自覚する。見惚れていたことに気づき、少しだけ自嘲しながら、わざと落ち着いた口調で声をかけた。
「部屋から姿が見えなくなっていた。急にいなくなったので、少し心配した」
振り向いた彼は、小さく肩を竦める。
「す、すみません……。ココルさんに少しだけって、俺が無理矢理お願いして……」
弁解を口にしようとするその声を遮るように──
「ぶぇっくしっ……!うぅ…」
突然のくしゃみが、静寂を破った。肩をすくめて震える彼の鼻先は、赤くなっている。
「……上着はどうした?」
「えっ……あ……部屋に置いてきました。すぐ戻るつもりだったので……」
彼の無防備さに、思わずため息が漏れそうになる。夜気は冷たい。もし、風邪を引いてしまったら……。俺は黙ってローブの前を開いた。
「このままでは風邪を引く。入れ」
「え、えぇ!? そんな、大丈夫です!アインズ様の服を汚してしまいますし……!」
「汚れるものか。……いいから、早く」
言い終えると同時に、俺は彼の腕をそっと引いた。驚きと戸惑いに目を見開くザナックだったが、おずおずと、恐る恐るローブの中へ身を寄せてくる。
その動作が、あまりにも慎ましく、頼りなくて──俺の中に湧いたものを、すぐに名前で呼ぶことはできなかった。
ひんやりとした体温が、触れたところからじわじわと伝わってくる。だがその冷たさすら、今は愛おしいと感じる。……できることなら、この温もりがずっと傍にあればいい。そんな願いが心の奥底から湧いてくるのを、俺は否定しきれなかった。
──────
部屋に戻ってから、ザナックに一枚羽織らせた。フードが付いたオーダーメイドの上着が彼の体を温める。採寸できずに作らせた為、上着はやはり大きかった。だがまあ、普段使いするにも困らない大きさだ。すっぽりと覆い隠される彼の姿が、どこか幼く見えて微笑ましい。
そして、彼が身に着けている淡い紫のネグリジェは、俺が用意させたものだ。
ボブカットの金髪、翠玉のような瞳、ややたれた目尻──そのどれもが、この服装と驚くほど調和していた。客観的に見ても、似合っていると思う。
スリッパは俺の私物だが、オーバーサイズが逆に、彼の小ささと愛らしさを際立たせていた。
「そうだ、飲み物を持ってきたのだったな。……ほら、回復用のポーションだ。水もあるからな」
俺は机の上から小瓶を取り、彼の手にそっと渡す。
「お気遣い……ありがとうございます」
「それと、君は苦味が苦手だっただろう? 口直しに果実水も用意した。リンゴ味だ」
そう告げると、彼は目を丸くして口を開く。
「へっ? な、何故それを……!?」
「ん? 君が昼間に紅茶を飲んでいた時、顔を顰めていたからな。そう思ったんだ。違ったか?」
「……いえ、合っています。……すみません」
小さく頭を下げるザナック。謝る必要などないのに。
「謝ることはない。……それに、かわいらしいくせじゃないか」
そう言った俺の言葉に、彼ははっとしたように目を伏せた。唇を噛みしめ、言葉を押し殺すような顔。
どこか、自分を恥じているようにも見えた。
「……いえ……凄く、情けないです」
「フッ……そうやって気にしている姿も、……」
言いかけた言葉を飲み込み、俺は軽く咳払いをしてポーションを促す。これ以上の軽口は流石に彼に嫌われそうだ。
「……飲んでおけ。体が冷えているだろう」
「……いただきます」
コクリ、と喉が鳴る音。
口にした直後、眉間にほんの少し皺が寄る。
苦味を耐えているのが、見ていてわかる。
彼は、俺の手前、懸命に我慢しているのだろう。小さな肩がわずかに震えていた。
──うん。やっぱり、可愛い。
ポーションを飲み干すと、すぐに果実水へ手を伸ばし、ごくごくと喉を鳴らして飲む。
「はあ……おいし」
それはとても小さな声だったが、確かに俺の耳には届いた。見れば、彼の瞳にはわずかに涙が滲んでいて、眉を下げて、ふわりと笑っていた。その顔は、子どものように無垢で、素直で──そして、たまらなく愛おしかった。
俺は椅子に腰を下ろし、執務室から持ち出した書類を広げる。眼鏡をかけ、魔法で暗視の効果を宿らせた。ほぼ伊達だが、意味はある。そうすることで少しだけ、気持ちが切り替えられる気がした。だが、ザナックは不安そうな顔でこちらを見ていた。
「あ、アインズ様は……眠られないのですか? 俺も、何かできることがあれば……お手伝いします!」
必死な様子で申し出るその姿に、俺は思わず微笑む。
「私は見ての通りアンデッドだ。食事も睡眠も不要なのだよ。心配をかけて、すまないな」
けれど、彼はまだ納得していないようだった。視線を逸らさず、まっすぐに俺を見る。
「で、ですが……精神や、心の疲れがあるはずです……! 少し、お休みになられた方が……!」
「……うむ。確かに、体の疲労は感じないが……精神的な疲れは、ないとは言えないな」
思わず吐き出した本音に、自分でも少し驚く。そして、彼を見つめ返す。
「だが、君の方が……よほど辛いだろう。君を蘇生して、まだたったの十七時間しか経っていない。あの戦いの中で、体も心も──深く傷ついていたはずだ」
そこで言葉を止める。胸の奥に湧きあがる感情が、言葉に詰まる。
「それなのに……君は、そんな状態でも、他人の心配ばかりして……」
目を細め、そっと彼を見つめる。俺の目の前にいるこの青年は、弱くて、傷ついて、それでもなお──人を想うことをやめなかった。この温もりが、どうか、もう二度と壊れないようにと願いながら、俺は深く息を吐いた。ザナックはベッドの縁からわずかに身を引き、不満げに眉を寄せた。表情はどこか困惑と決意が入り混じったようで、言葉を吐き出すときにも、ためらいが混じっていた。
「でも……俺だけ寝るなんて、出来ません!それに……こ、ここは……アインズ様のベッドじゃないですか……っ」
彼の視線は、柔らかく整えられた白い寝具へと泳ぐ。その目には戸惑いと遠慮がにじんでいた。俺はほんの少しだけ視線を伏せ、申し訳なさを隠しきれずに口を開いた。
「……すまない。君専用の部屋を用意するのが遅れていてな。綺麗で、すぐに使える部屋がここしかなかった。私のベッドが嫌だったら、今からでもメイドに命じて客室を整えさせる。ソファは狭くて窮屈だが……」
そこまで言いかけたところで、ザナックがぷるぷると首を振った。ひざ掛けをぎゅっと胸元に抱きしめ、まるで小動物のように身を縮めている。声は小さく、けれどはっきりとした意思を持っていた。
「いえ……だ、大丈夫です……! 俺は、その……部屋の隅で寝ますので……! アインズ様は少しでもベッドで、お休みください!」
彼の提案に、俺は息を呑んだ。あまりにも頑なな態度。譲ろうとしないその心根は、優しさからくるものであると分かっていた。だが、それでも──
思わず立ち上がっていた。
椅子を押しのけ、ザナックとの距離を一歩詰める。体を傾けて、彼と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「だから、何度言ったらわかるんだ。君の方が……っ重傷だったんだぞ……!」
押し殺した声で言うと、ザナックはきょとんとした表情を見せ、それからわずかに目を伏せた。
だが次の瞬間、しっかりとした眼差しでこちらを見返してくる。言葉に迷いながらも、確固たる信念がそこにはあった。
「ですが……この部屋も、ベッドも……アインズ様のものです。アインズ様が使うのが当然で……俺なんかが、寝る場所じゃ……ありません……!」
かすれた声。言葉の端ににじむ自信のなさが、どうしようもなく胸を締めつけた。俺はゆっくりと首を横に振った。語気を強めるつもりはなかったのに、思いがあふれて自然と声が上ずる。
「君は……私の、友人だ。だから、私のベッドを使う権利が君にもある!」
ザナックはわずかに頬を赤くし、視線をさまよわせながら、叫ぶように言い返す。
「む、無理ですそんな事……! は、恥ずかしくて……! 俺はアインズ様が心配なんです! だから、お願いです……寝てください!」
彼の一途な言葉に、俺の胸に複雑な感情が込み上げてきた。愛しさ、切なさ、そして何よりも──彼に心配をかけさせているという悔しさ。
「いいや……俺は、君が心配なんだ。君がベッドに寝るべきだ。……寝てくれ!」
言葉がぶつかり合う中、ザナックはついに耐えきれなくなったように叫んだ。声が震え、目の端には涙のような光が一瞬きらめいた。
「アインズ様が寝てくれないのなら……俺も眠りにつけません……!」
その一言は、まるで最後の訴えのようで──俺は不意にため息をついた。
「……はぁ、─────なら、私はベッドで寝ることにする」
言葉にすると同時に、ザナックの表情がぱっと和らいだ。安心したように、小さく息を吐き、口元が緩む。だが──次の瞬間、俺は静かに追い打ちをかけるように付け加えた。
「……だが、"君も"ベッドで一緒に寝ることが条件だ」
「へ……?」
ザナックは一瞬固まったかと思うと、見る見るうちに顔を真っ赤に染めていった。
目を瞬かせ、信じられないというように首をすくめて──その反応がまた、あまりにも愛おしかった。