王城の中のとある治療室。
ミイラのように包帯を巻かれたレメディオスがベッドから上体を起こす。
「よし」
「何がよしなんですか」
腕を組んだケラルトが立ち塞がる。
「ケラルトか、おはよう」
レメディオスは疲労から先程まで爆睡していた。
「聖騎士団のところへ行く」
だが立ち上がろうとする。
ケラルトが片眉を上げ、呆れてため息を吐きながらその硬い肩を押した。
「何をする、ケラルト」
「せめて座っていてください」
「もう動ける」
「昨日と同じことを言いますね」
「昨日も動けたからな」
レメディオスが腕と肩を回す。
「血まみれでしたけどね」
ケラルトがそれを止める。
「ふふ、ふふふっ……」
くすくすと笑いをこぼしながらカルカが後ろから現れる。
「ごめんなさい……なんだか、嬉しくて」
カルカの目が潤む。
「二人とも……生きているのね」
一滴。目尻から涙が落ちた。
レメディオスの笑顔が固まる。
ケラルトも目を見開いた。
カルカがまた笑う。
「その顔、驚いた顔、ふふ……すごく似てるわ」
一歩。二歩。そして、カルカは二人を抱き締めた。
「私達、ここにいますよ」
レメディオスがベッドの上で、犬のようにカルカの腕に擦り寄る。
「ええ、生きてて……よかった」
ケラルトが涙を堪えて肩を震わせる。
「私……二人と友達でいて、よかったわ」
溢れる涙を真っ白なハンカチで拭うカルカは心からの声を漏らした。レメディオスとケラルトとはもう二十年近くの付き合いになる。
だからこそ、恥ずかしがらずにこうして言葉にしたかった。
「はい、私もです」
ケラルトが顔を上げた。
レメディオスはカルカの右腕を枕にして、完全に眠っていた。無防備に口を開けて。
「……相当疲れていたのかしら」
「やはり聖騎士団のところへ行くなんて無理じゃないですか……姉様」
カルカは苦笑し、ケラルトはため息を吐く。
「……ん、カルカ様ぁ……カルカ様は……」
腕の中でレメディオスが寝言を呟く。
「何か言いたそうだわ」
「なんでしょう……」
カルカは顔を寄せて真剣に聞き入る。
「……カルカ様はぁ……聖……女王さま……んー」
ぐはは、と笑ってレメディオスがベッドに落ちた。
「っ! ……全く貴女、危なかっかしいわ、昔から……」
叱責するようなセリフでいて、カルカの声色はとても柔らかく、とても慈悲深い聖母のような表情で親友の頭を撫でていた。
「姉様には敵いませんね」
「……それで、ケラルト。すぐに神官団を動かしてちょうだい。生存者の治療と蘇生された方々の受け入れ準備も」
「承知しました」
ケラルトもレメディオスの髪を撫でてから答えた。
「私は復興計画と魔導国の支援についての会談を。レメディオスは戦死者の捜索と聖騎士団の指揮をお願いする予定よ」
「はい、分かりました。では、」
ケラルトはヨダレを垂らして眠る姉に深く毛布をかけた。
「行って参ります」
「よろしく頼むわ」
カルカは一礼したケラルトを見送る。
その背中が遠く小さくなるまで。
「ねぇ……レメディオス。全部、全部終わったら……沢山労わせてちょうだいね」
深く眠ったはずのレメディオスの口角が上がる。
レメディオスの側を離れたカルカはそれには気付かなかった。
────『ネイア視点』
戦後、二日目。
魔導国に提供された天幕の中、物資を運んでいた時。
「すまない。ここで休ませてくれるか」
低い男性の声。
「あっ、はい!」
反射で答えたが、どこか聞き覚えのある声だった。
扉幕を片手で捲り、黒ずくめの細い男性が現れた。黒い帽子、マスク、上着。
一瞬分からなかった。けれどすぐに気付く。
「…………父、さん?」
だって、死んだと思っていたんだ。父さんが守っていた砦は破壊されたと聞いたし、ずっと兵士長についての噂も耳にしなかった。
「ネイア」
声が弾んでいる。
そして両腕が伸ばされた。
けれど止まる。腕は元の位置に戻された。
何かを堪えるように。
「……怪我は、ないか」
「うん……ケラルト神官団長に治していただいたの」
「そうか」
会話が終わった。
二人して向かい合って立ったままだ。
気まずい雰囲気が流れる。
(それだけ!?)
何を話せばいいんだろう。
思えば、父と話すことなんてここ数ヶ月めっきり減っていた。必要最低限以下かもしれない。
理由は無くはない。父のことが苦手になってしまっていたからだ。
悪い人ではない。
でも、胸を張って好きだと言えなかった。
父譲りの目つきのせいで、どんなに苦しい思いをしたか。今だって、睨まれていると間違われて面倒事になることもある。
そこで、思い出した。
──『私の好きな瞳だ』
心が暖かくなる。自然と頬が緩む。
──『ネイアさんが心配なのです』
『弓を扱う者の意見だからこそ価値があるのです』
『少し心配になってな』
『
『ああ、君の正義を見つけることができたのか。それは……よかったな』
『任せておけ』
『私のことは、アインズでいい』
『ネイア嬢! ザナックを頼む!』
私にかけられた。優しい言葉の数々。
魔導王陛下──アインズ様に認められたこと。
補佐官様──ザナックさんと横に並んで弓矢を放ったこと。
不安な時に父ならどうするかと思案したこと。
「父さん」
「……なんだ」
「私……父さんの目に似たの、ずっと嫌だったの」
「……そうか」
「みんなに怖がられて。睨んでないのに睨んでるって言われて。何度も、父さんのせいだって思った」
「それは……すまなかった」
私は首を振った。
「でも」
自分の目元に触れた。
「魔導王陛下が……好きな目だと言ってくださったの。誰かにとってそう思える目なの」
目元を指先で撫でた。
「魔導王陛下の補佐官様と一緒に戦ったんです。何度も。何度も。最初は守られてばかりで、申し訳なくて。でも……だんだんと私の目で、弓で……守れるようになってきて。頼ってもらえるのが嬉しくて。誰かを守れるのが嬉しくて。誰かを守れる目なの」
私は伏せていた目を開けた。
父さんと目を合わせる。照れくさくて逸らしそうになる。
「不安な時、怖い時、父さんならどうするかなって、何度も考えた」
声が震えた。
父さんは瞳を揺らしていた。
「あのね。私……父さんのこと、ずっと尊敬してました」
父さんが一歩近付く。
そして迷う姿を見せる。
私は、今にも下がりそうなその黒い影に体当たりするように抱きついた。
「っ……!」
息を呑む音が降る。
「生きてて、よかった……!」
びくともしなかった。だから頭と頬をめいっぱい擦り付けた。
そこで初めて父さんの腕が背中に回る。深く、深く抱き締められた。
「……ネイア」
「うん」
「おかえり」
「……ただいま、父さん」
ずるりと鼻水をすすり、頬を濡らす温かく心地よい感覚と背中を撫でる大きな手に身を任せた。
「……父さんも、おかえりなさい」
「ああ、……ただいま、ネイア」