カスポンド視点から
あの神話のような大戦から三日。
王城の中央バルコニー。
白い柱に囲まれたこの場所は静かな冬の風と微かな民達の声が聞こえて来る。
「西区画の食料は?」
「本日夕刻には届きます」
「では一部を南側へ。負傷者の多い区画を優先してちょうだい」
下では妹のカルカが復興指揮を執っている。
「……いつの間に、随分……大きくなったんだな」
思わず出た言葉に自分でも驚いた。
カルカはもう成人している。けれどいつまでもその姿に寂しげな笑顔の少女を重ねてしまう。
「聖王女様ですか」
横にいた聖騎士団副団長のグスターボが訊く。
「ああ」
見下ろし、その顔をしばらく眺めた。
「もう……私が守らなければいけない存在ではないのだな。……寂しいな」
そう言うとグスターボは少し考えて、
「それでも、カスポンド様が兄君であることには変わりありませんよ」
「くははっ」
私が大きく笑うとグスターボは目を瞬かせる。
「君は妙なところを突いてくるな」
「申し訳ありません」
「褒めているんだよ」
幼いカルカを思い出す。
友達が出来たと飛び跳ねて喜ぶ姿。ケーキを頬張る横顔。心から楽しそうに走り回る姿。
自分が泣いてあの子に謝り、縋った時の優しい顔。
「十五歳のあの子に国という重責を負わせたことを、ずっと後悔していた。ずっと……わだかまりがあると思っていた」
「……」
「だが、それは私の罪悪感であって、カルカの人生には何の影響も無かったのかもしれない」
「聖王女様は、御自身で王になることを選ばれたのだと思いますよ」
「ああ」
微かに、遠くから私を呼ぶ声がした。
「兄様ー! お兄様ーー!」
廊下、いや、その下の階段。カツカツとヒールの勢いよく登ってくる音。
グスターボと振り向くと、カルカが書類の山を持って立っていた。
そして、ずいと近付く。
「随分お暇そうですねお兄様」
「いや、カルカ。私は今、この国の未来について非常に重要な──」
ドン。白いテーブルにそれが置かれた。
「南北の政治調整をお願いします。これに目を通していただけますか」
「……ハイ」
書類に私が手をつけ始めるとグスターボがこっそり一歩下がった。
「グスターボ副団長」
「ハイ」
「聖騎士団の再編計画です」
さらに脇に抱えていた書類を置いた。
「後に団長が合流するので二人で確認して話し合うように」
「承知いたしました」
カルカは満足そうに笑うと去っていく。
パラパラと紙をめくりながら無言の時間が流れる。
「……平和だな」
「……ええ」
──────『カルカ視点』
大広間には私とレメディオス、ケラルト、カスポンドお兄様、グスターボ副団長、従者ネイアさん、パベル兵士長が揃っていた。
大広間に戦死者名簿があり、各人が担当地区から戻って来ていた。
「第七区画、確認完了。名簿と一致しました」
レメディオスがクリップボードを腹に押し付けながら紙を覗き込んで言った。
続いてグスターボ副団長。
「こちらもです。身元不明者は三名いましたが、先程家族による確認が取れました」
「神官団側も照合済みです」
ケラルトが紙をめくって戻す。
「東側の避難区画も、行方不明者の申告はありません」
ネイアさんが書類の束を机に置いた。
「一人も?」
「いません」
私が訊くとパベル兵士長が答えた。
「不自然なくらいだな」
カスポンドお兄様がふと呟いた。
遺体も全て蘇生可能な程度。
瓦礫に潰されたような者もいない。焼失して判別不能の者もいない。
最終的に誰一人行方不明ではない。
確かに、不自然なくらい──まるで
「良いではないですか! 奇跡ですよ!」
レメディオスが声を上げた。
「まぁ……そういうことにしておきましょう」
ケラルトが横で微笑んだ。
パベル・バラハ兵士長とネイア・バラハ従者は親子だ。
彼らは同じ机で名簿を確認している。
「ネイア」
兵士長が穏やかな声でネイアさんの書き込みを指さす。
「はい?」
「そこ、一つ飛ばした」
「えっ……あ、本当だ」
「焦らなくていい」
「……はい」
私は微笑ましく思った。こうして父娘が一緒に仕事を出来ている。
そして、最後の一枚を確認し終えた。
「これで……最後?」
「ああ」
カスポンドお兄様。
「全員です」
ケラルト。
「なら、あとは魔導王陛下に任せればいいのですね」
レメディオスが満面の笑みで拳を握った。
「……明日すぐではないけれど」
名簿を閉じる。
「もう少しで……皆が帰ってくるのね」