ザナック視点。
アイザナ、聖王国デート。
戦後、二ヶ月半弱。二週間前、やっと魔導国に帰って来た。二週間の間も魔導国の天幕の片付けや使い終わった物資の片付け、運びに時間を使い果たした。
この国、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の魔導王陛下アインズ様の執務室。アルベド様から預かった手紙を開封する。
どうやら聖王国からのものらしい。
聖王女──今は聖女王陛下のサインが入っていて、直筆だ。
蝋を剥がし、丁寧に紙をめくる。
中には綺麗な字の手紙。
内容は、戦後復興が一区切りついたこと。
戦没者が全員戻り、療養も順調なこと。
正式同盟を祝いたいこと。
魔導王陛下と外交補佐官ザナック殿にもぜひ参加してほしいこと。
「祝賀会……ですか」
横にいるアインズ様にも聞こえるように呟いた。
「……。正式な国賓としての招待……らしいな」
手紙を覗き込んだアインズ様が言った。
「また聖王国へ行くことになるとは思いませんでした」
ほろりと出た言葉にアインズ様は食い気味に反応する。
「嫌か?」
「まさか」
少し笑って、答えた。
「今度は戦争も何もないですし……楽しみです、聖王国は戦争ばかりであまり街等は見れてなかったので……」
「……街を歩くのが好きなのか?」
「王子だった頃は外交にはあまり出してもらえなくて……まぁ見ての通り華がありませんから。普段街を歩けるほど時間もありませんでしたし、憧れはあります」
少し昔のことを思い出す。
一度外に連れ出してもらったこと。その時の国民の顔。
俺には期待していない顔。
ずるずると思い出す。ラナーの誕生日会に参加した時のこと。誰も俺に声をかけないし、誰も俺に興味がない。なんで来たと言われた。いつものあの態度では、俺が不評なのは当然だ。それに別に来たかった訳じゃない。招待されたから家族として参加しただけだ。
窓から見下ろした街の姿を思い出す。
家。民。何の不自由もなく幸せに暮らさせてやりたいと、幾度も思った。
だが、同時に自身にもそうして欲しいと願っていた。適度に働いて、あたたかく帰る家があって、家族と一緒に食事を取り、眠る。
俺は贅沢者だった。王族という立場、権力。欲しいものなら大体手に入った。だから本当に欲しいものなんて諦めるしかなかった。そんなものまで欲しがっては、本当にただの傲慢な王子ではないかと。
「何を言ってるんだ? 君はこんなにも愛らしいのに」
さも当然かのようにアインズ様の口からすらすら出てきた言葉に俺は俺の感傷タイムは破壊された。
「ぶべッ……! そ、そういうことを言うのは世界で貴方だけですよ」
振り向くと頬を両手で挟まれた。ひんやりした骨の感触が肌に刺激になる。
「うっ」
「何故だ? そんな訳はないだろう。俺は君をそういう目でも見てるのだから、少なからず誰か君に好意を──」
「そういう目で見ないでください……!」
俺はとりあえず胸と腹を庇うように腕で隠して後ろに下がった。
「無理だ。君は魅惑的過ぎる」
どこがそういう目で見られてるのか分からないのでどこを隠せば良いのやら。腹から太ももへ手で隠した。
するとアインズ様はしょんぼりする。
(太ももか!)
「今はそういう目で見るのはやめてください……!」
「そうか夜ならいいのか」
納得したようにアインズ様は近付いて来る。
「わっ、うわっ……それは揚げ足取りですよ! ……もう、夜でいいですから、とにかく変なことしないでいただけます!?」
「わかったわかった」
足が浮いたかと思えばアインズ様に抱き上げられる。
「ひゃおわっ……!? 何をしてるんです!」
「充電」
「じゅーでん、ですか……」
じゅーでんはやはりよく分からないが、ここ二ヶ月半弱寂しかったのだろう。
「あの、浮かされてるとなんとも言えないような感覚がして……抱き締めて安定させてください」
俺は両腕を伸ばした。
「……」
「アインズ様?」
「君は一挙手一投足が可愛い過ぎる……」
はぁ、とわざとらしくため息を吐いたかと思えばアインズ様はぎゅっと俺を抱き寄せた。
「あ、あのっ……」
「どうした?」
「おかえりなさいませ」
「何故今」
「言ってなかったかなと……」
「そうか、ただいま」
ぐに、と首に骸骨の歯が当たる。
「んひゃぁ……! な、な、……っ」
「何かあったのか、猫みたいな声を出して」
「変なことしないって言ったじゃないですか……!」
俺は右手で渾身のチョップを頭巾越しにアインズ様の頭に食らわせた。
「あたっ」
そして、祝賀会当日の朝──。
王都ホバンス。
転移で移動し、切り替わった視界には、
煙や怪我人──ではなく。朝市、荷車、パン屋、修繕中の家、走り回る子供、建物にかかる足場という光景。
壁にはまだ焼け跡やヒビが残っている。
完全に復旧した訳では無い。
けれどその街は生きていた。
パーティーは夜に行われる。
昼間は特に正式な予定もなしなので、カルカ女王からは
「せっかくですからゆっくり街を見てください」と言われていた。
「よし、全ての店を回ろう」
「一応、国賓ですよ」
「国賓が街を見て悪い理由もあるまい」
「それはそうですけど……」
前はゆっくりなんて見てられなかった街、市場。
焼きたてのパンの匂い。爽やかな果物の匂い。
日差しに照らされて輝くアクセサリー。
袋に丁寧に包まれた菓子。
色とりどりの布。
鮮やかな花。
俺は眺めるだけにとどめておいた。
アインズ様は時々足を止めている。
たまに、聖王国の民から「魔導王陛下だ」という声が上がる。
以前のような恐怖一辺倒ではない。頭を下げる人だっていた。
「先日は、ありがとうございました……」
「……うむ」
俺は嬉しくて、戸惑いながら答える彼の姿が可愛くて、思わず小さく笑った。
そして、少し歩くと、店の前に試食が並べられたチョコレート専門店があった。
深い茶色のチョコレートは表面がつやめいていて、一口サイズにカットされて並べられていた。楊枝が横に置いてある。
表面には薄く光が反射していて、角のひとつひとつまで滑らかだった。
ほんの一口。試食なのだから、取ったところで店の者に咎められることもないのだろう。
……どんな味なんだろう。
苦いのだろうか。それとも見た目より甘いのか。あの艶のある表面が口の中でゆっくり溶けて、それから甘さが広がるのかもしれない。焼き菓子とは違って噛まなくても消えていくのだろうか。
一つくらいなら。
いや、試食なのだから一つ食べるくらい別に構わない。そもそもこれは客に食べてもらうために置いてあるものだ。なら食べない方が店主の厚意を無駄にすることになるのではないか。
……いや、そこまで考えることでもないか。
それにしても、随分綺麗な色をしている。
端の方にある少し小さな一切れなら、ほんの一口で──
「ザナック」
「っ、はい!?」
はっと顔を上げた。
アインズ様が俺ではなく、その先を見ている。
釣られて視線を戻す。
……チョコレート。
そこで初めて、俺は自分がどれだけ長い間それを見つめていたのか気付いた。
「欲しいのか?」
「……え」
「随分熱心に見ていたぞ」
「み、見ていただけです」
「……一般メイド達の為に買って行こう。各階層守護者達の分も」
「そ、そうですね」
店内に入るとカランカランと軽い鈴の音が迎えてくれる。
髭を蓄えた少し太め──俺が言えることではないが──な店主がこちらを見てギョッとする。
まぁ当たり前だ。骸骨のアンデッドがいるのだから。それにこの国と共に戦った魔導王だ。
だが、彼はとても優しい人なのであまり誤解されたままなのは気分がよくない。だが今ここで、実はこの人はすごく優しいアンデッドなんです、と言ったって信じてもらえない。
気まずい空気を破ったのはアインズ様だ。
「この五十個のセット二つと、十五個の袋詰めを一つくれるか」
「は、はい! すぐに! ……ラッピングは……」
「いや、簡単に袋に入れるだけでいい」
「……かしこまりました」
会計を済ませ、店を出て少し歩くとアインズ様は立ち止まった。
「……? 何かありましたか? 忘れ物ですか?」
「いいや、ほら」
アインズ様は懐から先程の十五個の袋詰めのチョコレートを取り出す。透明な袋に、赤いリボンで袋を留めていた。
「……?」
「君に」
「え?」
先程のことを思い出し、俺は顔が熱を持った。
「もしかして……」
「君は甘いものが好きだろう……それに、熱心に見ていたから食べたいのかと思って」
「い、いいのですか……」
「ああ、受け取って大事に食べてくれ」
震えて受け取る。
「ありがとうございます……アインズ様……」
「うん、その顔が見れただけで俺は満足だ」
「そ、その顔って」
「とても嬉しそうな顔」
すぐに頬を揉んで確認する。
「変な顔してませんか?」
「こら、変える必要はない。君は……ずっと俺の隣で笑っていてくれ」
手首を掴まれて止められる。骨の指ひとつひとつが俺を傷つけないように優しい。
「は、はい」
俺は満足そうに手を離した彼の胸に頭をやわらかく預けた。
「……ザナック?」
「俺、ずっと笑顔でいますね」
ずっと、この人の隣に……いられたらいいのになあ。