クーデレ皇帝陛下。
戦争後の祝賀会から三週間後。
場所はバハルス帝国、皇城の小さな応接室。
カルカが帝国を公式訪問したのは、聖王国復興後の経済立て直しのため。
戦争で減った備蓄を補うための穀物・鉄製品・建築資材などの交易について話し合う。
帝国側とは、
数年間復興用物資の関税を少し安くする、帝国商人が聖王国へ入りやすくする、聖王国からも特産品を輸出する。
などを正式な会談で話した。
正式な会談は既に終了。
官僚達も退出している。
カルカも帰るだろうと、ジルクニフは外を眺めていた。
「ジルクニフ陛下。もしこの後、少しだけお時間をいただけますか?」
すっと顔をカルカに向ける。
「まだ何かあったか?」
組もうとしていた脚を戻した。
「公的なお話ではありません」
カルカは視線を斜め下に落とした。
「……一人の王として、ジルクニフ陛下に相談したいことがあります」
ジルクニフは警戒した。なぜ俺?と疑問符を頭に浮かべる。
「私は先日、南部をもう一度視察しました」
「それで?」
「その結果……少し、大きな改革をしようと思っています」
真っ直ぐな視線。
ハイライトの無い目でジルクニフはそれを見ていた。
カルカはもじもじと話し始める。
「ですが、私はこういうことに慣れていません。お兄様やケラルトに相談すれば、きっと私を支えてくれます。でも……」
沈黙。
「肯定してくれる人間ではなく、欠点を探してくれる人間が欲しいと?」
「……はい」
ジルクニフは目を細めた。
「貴方は、私とは全く違う方法で国を治めてきた方です。だからこそ、聞いてみたいと思いました」
目を逸らさない。
(相変わらず、煩わしい女だ)
ただ、断る理由もない。
「一時間だけなら付き合おう」
「ありがとうございます!」
カルカがヒールを鳴らして近付く。嬉しそうに笑顔を見せた。
「まだ何も助言してないぞ、何故礼を言う」
侍女が紅茶と菓子を新しく置き、ジルクニフが下がらせる。
完全に二人きりになった。
カルカは穏やかに微笑んでいた。
ジルクニフは内心面倒に思っていた。
(俺は昔からこういう女は嫌いなんだ)
カルカは能力がある。頭も悪くない。
民衆人気もある。宗教的権威も。美貌まで。
なのに、誰かを切る決断を嫌うのがジルクニフには腹立たしかった。
(王という立場で全員から好かれようとする。そんなことは不可能だ)
自分は貴族を粛清した。家族さえ殺した。
恨まれた。
鮮血帝と呼ばれた。
でも必要だからやった。
だからカルカのそれはジルクニフにとって、王として責任を負うことから逃げているように見えていた。
なら、現在は──
違う。
聖王国での戦争。
カルカ自身が戦場に立ったこと、国民を自ら守ったこと、復興を指揮したことを聞いている。
カルカは口を開く。
「南部で、色々な方と話しました」
農民。商人。町の代表。下級神官。兵士の家族。
「戦争で家を失ったのに、以前と同じ税を求められている村がありました」
「領地を跨ぐ度に通行料を取られるので、復興資材を運ぶだけで価格が上がるという商人も」
「王都へ陳情を出しても、領主の許可がなければ届かない地域もありました」
ジルクニフは口をつけていたカップを置いた。
「領主が横領していたのか?」
「全員ではありません。ただ……制度そのものが、領主が善良であることを前提にしすぎていると思いました」
「そうか」
ジルクニフはゆっくりと瞬きした。
「まず、戦争で大きな被害を受けた地域の税を二年間減らそうと思っています」
「南部だけか?」
「いいえ。北でも被害が大きければ同じです」
「それなら」
「……あっさりですね」
「南部だけ減税すれば、"戦争でもっとも戦った北部が損をした"という不満が出る。だが被害額を基準にするなら説明がつく」
「で、これは……」
「悪くない。ただし二年経った瞬間に元の税額に戻すな」
「何故です?」
「急に負担が倍になれば、立ち直りかけた家が潰れる可能性がある」
そこでジルクニフが提案したのは、
一年目に大幅減税。
二年目に少し戻す。
三年目に通常。
段階的に。
「なるほど……」
カルカは小さな紙を取り出してペンを走らせる。
「何をしている?」
「忘れたくありませんので」
「もう一つ。領地を跨ぐごとの通行料を、減らしたいと思っています」
「それは揉めるぞ」
ジルクニフは即座に言った。
「改革というのは誰かに得をさせれば、今まで得をしていた誰かが損をする場合がある。全員が笑って終わる政策だけを探していたら、何も変えられないぞ」
カルカは少し俯く。
「……以前の私なら、そこで全員が納得する別の案を探したと思います」
顔を上げた。
「でも今は、それだけで民を幸せにできる訳ではないと分かったのです」
「……。それで?」
「反対されても減らします」
(ほう)
「なら、三年かけろ」
一年目は通行料を七割。
二年目、四割。
三年目王国共通の定額料金だけ残す、または廃止。
同時に王家が街道修繕費を少し肩代わり。
「……ジルクニフ陛下は優しいのですね」
「……」
紅茶を吹き出してカルカの顔にかけるのを全力で制御したジルクニフ。
「は?」
だが声は抑えられなかった。
「反対する貴族にも準備期間を与えるのでしょう?」
「違う。追い詰め過ぎると反乱するからだ」
「ふふ」
「何がおかしい」
「それから……南部の声が王都へ直接届く場所を作りたいんです」
「具体的には?」
南部の貴族だけではなく、
町の代表、商人組合、神官、村長など。
定期的に集まり、王都へ意見を提出できる南部復興評議会を作る。
ただし決定権はない。最終決定は王。
「そうか」
「……反対されるかと」
「民衆に決定権まで渡せば話は別だ。だが情報を集めるだけなら有用だ」
ジルクニフはもう完全に脚を組んでいる。
「ただし同じ人間を十年座らせるな」
「何故?」
「そいつら自身が新しい権力者になる。三年程度で一部を交代させろ」
「なるほど……!」
(俺は教師か?)
「最後が……一番、反対されると思います」
「言ってみろ」
テーブルへ頬杖をつく。
「各領地の徴税記録と、復興支援金の使用記録を……王家へ提出させます」
ジルクニフが目を見開き、固まる。
「……本気か?」
「はい」
「これをやれば、"嫌われる"ぞ」
唇に指を当て、ジルクニフは言った。
「分かっています」
「南部だけにやれば、弾圧だと言われる」
「ですから、北部にも同じ制度を導入します」
ジルクニフが黙る。
「南部を疑っているから調べるのではありません。王国全体で、同じ基準にしたいんです」
「……誰の入れ知恵だ?」
「私です」
「本当に?」
「ちょっと酷いです」
しばらくカルカが出した書類を眺める。
「カルカ女王」
「はい?」
「私は貴女が嫌いだった」
「…………えっ」
ジルクニフは平然としたまま続ける。
「能力も人気もある。魔法も使える。それなのに誰にも嫌われたくないような政治をしていた」
脚を組み直す。
「腹が立った。使えるものを持っているくせに、使おうとしないように見えたからな」
カルカは眉を下げてしょんぼり。
「だが」
顔を少し上げる。
「今の貴女は昔ほどではない」
「……」
「何だ、ショックか」
「"嫌いだった"?」
「……は」
「過去形ですね?」
「そこを拾うな」
カルカがぱあっと笑う。
「つまり今は、嫌いではないのですね?」
「政策の話に戻るぞ」
「ジルクニフ陛下」
「戻るぞ」
──────
───
お茶のおかわりが三杯くらいになった頃。
空気が少し柔らかくなっていた。
「そういえば、ジルクニフ陛下は、魔導国の補佐官──ザナック様と親しいのですよね? ご本人から聞き及んでいます」
「……まあな」
姿勢が正された。
「ザナック様、素敵な方ですね」
「……分かるか」
ほんのわずかジルクニフが前のめり。
「ええ、外交補佐官としてはとても頼もしくて。でも魔導王陛下と一緒にいると、表情が少し幼くなるというか」
「そうなんだ」
ジルクニフは手を広げて同意する。
「お詳しいのですね」
カルカは笑う。
「観察力は統治者に必要不可欠だ」
「魔導王陛下も、ザナック様には随分甘いですよね」
「あれは甘いという範囲なのか?」
紅茶を飲んでいたジルクニフがカップを離して呟く。
「この間なんて祝賀会でお二人が……」
「何があった?」
「ザナック様がお酒に酔ってしまって」
「詳しく」
「……『俺のこと好きですか』と」
(何だその最高の状況は)
「で、魔導王はなんと?」
「『好きだ』と」
「当然だな」
口角上がるのが止められない。
「その後ザナック様が『アインズ様も俺のです』と」
「もう一度言ってくれ」
「え?」
カルカは不思議に思いながらも繰り返す。
(ザナック……!!)
「……そうか」
ジルクニフは少し思い出す。
自分がザナックのは腹を揉んだ後、見てもいないのにアインズが何となく察した。
圧をかけられた。
(ああ、この化け物にも愛情と嫉妬という感情があるのか)
と、妙に腑に落ちた。
「……魔導王もザナック殿のことになると随分分かりやすい」
「ですよね!」
「あ、それで……その、祝賀会のあの後、」
カルカは少し赤面しながら語る。
「あのあと?」
「キスを」
「……」
「かなり……その……深い……」
ジルクニフは静かにカップを置く。
「カルカ女王、詳細を」
「えっ、ええっ……しょ、詳細!?」
「見ていたのだろう?」
「ええ、それはまあ、ばっちりと見ました……」
「別に興味があるわけではない。魔導王という存在の感情表現を把握するのは外交上重要だ」
何を仰ってるのかしら、とカルカは思った。
けれど温かい目で詳細を語った。
夕方。空がピンクとオレンジ色に染まり、二人の顔を染めていた。
一時間の予定が二時間ほど経っていた。
「……随分長く話したな」
時計を見たジルクニフ。
「本当ですね」
仏頂面のジルクニフに対し、カルカはとても嬉しそうだった。
「今日はありがとうございました。政策のことも、それ以外も」
「礼はいらない」
「また相談しても?」
「内容による」
「では、またお茶会をしましょう」
「何故そうなる」
「お友達になれたので」
「……は?」
カルカは本気の目だ。
「違うのですか?」
「いつ友人になった」
「先程から?」
「自分が言ったくせに疑問形になるな」
カルカは少し悲しそうにする。
「……嫌ですか?」
「嫌だ」
「そんなぁ」
「まぁ、予定が合えば、茶くらいは付き合う」
カルカの顔が晴れる。
「はい!」
(何がそんなに嬉しいんだか。というか表情に出すぎだ)
数日後──。
ローブル聖王国。カルカの執務室。
帝国から分厚い封筒が届く。
開けると中には、カルカが話した改革案をジルクニフがさらに整理した資料が詰まっていた。
余白にびっしりと赤ペン。
ここは期限を明記しろ、責任者が曖昧、など。
最後には、
【全体としては悪くない。詰めが甘い部分だけ直した。
──ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス】
「ふふ……」
カルカが笑みをこぼす。
ケラルトが覗く。
「随分楽しそうですね」
「お友達から手紙が来たの」
「……お友達?」
「ええ!」
カルカは満面の笑みを咲かせた。
同時刻。帝国。
「陛下、聖王国への資料は発送済みです」
側近が言う。
「そうか」
ジルクニフは片手にペンを持って机に頬杖をついていた。
「随分熱心に添削されておりましたね」
「あのまま実施されて失敗すれば周辺国にも影響が出る」
「なるほど」
神妙な顔をした側近。
「……何だ」
「いえ。ご友人が増えたようで何よりです」
「誰が友人だ」
カルカ・ベサーレスという王を、ジルクニフは今でも自分とは相容れないと思っている。
綺麗すぎる。甘いところもある。自分なら選ばない手段も多い。
ジルクニフは机の端に置いていた聖王国産の焼き菓子を手繰り寄せる。
一つ取って、一口。
「甘いな」