アイザナがイチャついてます
キッスしろぉ……
ナザリック地下大墳墓、玉座の間。
厳かな空気が張り詰める中、その空間は重厚な沈黙に支配されていた。磨き上げられた漆黒の床には、荘厳な柱が連なる玉座を中心に、並び立つ者たちの姿が映っていた。そこに集うのは、アインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓う最上位の守護者たち──。
アルベド。純白のドレスを纏いながら、艶やかに佇む彼女の瞳には、主への絶対的な愛情と忠誠心が静かに燃えている。
シャルティア。豪奢なゴシックドレスに身を包みながらも、どこか落ち着かない様子で、時折ちらちらと周囲を伺っていた。
デミウルゴス。冷静沈着な眼差しの奥には、知的好奇心と分析の光が宿っている。
コキュートスは腕を組み、まるで彫像のように微動だにしない。
アウラとマーレのダークエルフの双子は、無邪気さを含んだ笑顔を浮かべつつも、その視線は鋭い──油断なく空間を読み取っている。
そして、プレアデス。
整然と並ぶ彼女たちの中にも、少しばかりのざわめきがあった。ユリはいつも通りの真面目な顔で直立不動だが、隣のルプスレギナはどこかうきうきと楽しそうに笑っている。ソリュシャンは、目元だけで退屈そうにザナックを値踏みするような気配を滲ませていた。エントマは小さく小首を傾げながら、昆虫のように無音でこちらに視線を送っている。シズは無表情で立ち尽くしていたが、敵意は無さそうだ。それに反してナーベラルは、明らかに"人間"であるザナックに対し、殺気にも似た視線を向けていた。
(うわぁ……)
ザナックは、内心でだけこっそり呻いた。
たしかに、アインズ様が「不安」と評するのも無理はない。目の前のこのラインナップ。誰か一人の機嫌を損ねただけで、あっという間にザナック処刑イベントが始まりそうな勢いだ。
──けれど、それでも逃げたくなかった。
(アインズ様の顔に泥を塗るわけにはいかない……!)
背筋を伸ばし、なるべく丁寧な所作で頭を下げる。
「この度はお時間をいただき、誠にありがとうございます。元王国の第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフです。今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます」
声は震えなかった。足も踏ん張っていた。汗は流れたが、ちゃんと視線は逸らさずにいられた。
アインズ様が小さく咳払いをし、一歩前に進む。
「皆、彼は私が直接保護を決めた者だ。決して無礼のないようにな」
その一言で、場の空気がわずかに引き締まった。
────アインズ様の私室。
部屋の扉が閉まった瞬間、俺の膝はがくりと崩れた。
「ザナック!?」
慌てた声と同時に、アインズ様の腕が支えてくれる。骨のはずなのに、やけに温かい気がした。
「……だ、大丈夫です、俺は……その……」
そう言いながらも、情けなくアインズ様の胸元に縋る形になってしまっている。逃げたくはなかった、気を張っていた──けど、それもここまでだったらしい。自分で言うが、十分頑張った。漏らさなかっただけマシか。
「本当に……? 本当に大丈夫か? 気を失いそうだったじゃないか。顔色も悪いぞ」
何度も、何度もそう聞かれて、俺はただ小さく頷くしかなかった。アインズ様の指が、そっと背中を撫でる。緊張で強張った筋肉が、少しずつほぐれていくのがわかる。頭も、ぽん、と優しく叩かれて──撫でられているのか。
(……手厚いフォロー……)
そんな言葉が、ぼんやりと頭の中に浮かんだ。
死への恐怖が元々無だった訳ではない。だが、前ならここまで動揺することはなかったはずだ、だって、俺が今いるのは自分の主の腕の中だ。あまりにも不敬。以前の俺だったら考えられない行動だ。今は、彼自身が俺を友人と言って許してくれて、慈悲をくれているからあまり無粋な事は言えないが。そもそも、世間一般的に見て、恐ろしくて腰を抜かされるのはたぶん、目の前で俺の背を撫でてくれてるこの人の方だ。もちろん……階層守護者様、プレアデス様達に俺がかなうわけない。一瞬で殺されるだろう。だが、それ以上に強いのはこの人だ。俺なんていつでも殺せる。なのに、何だろう、この感覚は。この人の胸に抱かれていると、安心してしまう。
怖かったはずなのに、今は妙に心地いい。───俺は、アインズ様の膝の上で、しばらくぼうっとしていた。
(やばいな……これ、寝そうだ……)
いやいや、駄目だろ俺。そんな無礼を働いたら、さっきの忠誠の挨拶が台無しになる。ちゃんと立たなきゃ、頭を下げて、礼を──
「……ふふっ」
柔らかく笑う声が、頭の上から降ってきた。アインズ様が笑った。あの玉座の間で見せた顔とは違う。
「ザナック、君は本当に、面白いやつだな」
「……っ、面白い……?」
「そうだ。君のように真面目で、不器用で、でも一生懸命な人間は、見ていて飽きない」
(いやそれ、褒めて……る?)
困惑する俺の頬に、またぴとりと骨の手が触れる。冷たいはずなのに、あったかい。
「な、なんでそんなに優しくしてくださるんですか……俺は、王国でも、役立たずだったのに……」
情けなくて、目の奥がじんわりする。けど、泣くわけにはいかない。
「……君が役立たずなら、世の中の王族全員が泣くぞ」
(な、何を……)
ぽそりと、そんな言葉を囁かれた瞬間、胸の奥が熱くなった。どうしようもなく、嬉しくて。
「……あ、あの……アインズ様」
「ん?」
「その……少しだけ、このままでいてもいいですか……?」
「……ああ、構わない」
さらりと返ってきた言葉に、また泣きそうになり、流石に堪えたが、代わりにニヤけが止まらなくなった。