サブタイトル楽しい
使い方分からないけど楽しい
食事が終わり、静寂が訪れた。
テーブルの上にはまだ温もりの残る紅茶が置かれている。俺はそれを手に取り、そっと口をつけた。
「……ふ、うっ」
一瞬、顔を顰める。苦い。相変わらず舌に馴染まない味だ。しかし、これはこれで悪くない。そんなふうに思いながら、俺はベッド横に座る男を見た。
アインズ・ウール・ゴウン。
不気味なまでに完璧な骸骨の王。自分を"蘇生"した張本人。
「……アインズ様。ひとつ、お聞きしても?」
アインズ様が僅かに肩を揺らした。
今まで堂々としていたのに、やはりこういう時の反応は妙に人間くさいな。
「な、なんだ……?」
ローブの裾を引きずって振り返るアインズ様に、俺は少し考え、それから静かに問いかけた。
「なぜ、私を蘇生されたのです?」
その瞬間、彼の動きが止まり、眼窩の中の赤い光が揺れた。
しばしの沈黙。
やがて彼は「あー……」と呻くような声を出した。
顎に手を当て、言葉を探すかのように何度か唸り、最後に「うん」と頷いた。
「……必要だったからだ」
「ほう…」
「その……魔導国の未来に、お前がいたほうがいい、と思ったんだ。決して個人的な感情とかではなく、あくまで戦略的な理由だ。」「……たぶん」
その言葉は、少し早口でぎこちない響きがした。
「なるほど」
それが可笑しくて、笑ってしまった。
彼の言葉がどこか……"何か"を誤魔化しているようにも聞こえた。だが、それを責めるつもりはない。
「では、その期待に応えられるよう、私も動かねばなりませんね」
この人に着いて行ったら楽しくなりそうな気がする、行く先は想定してたものより、そんなに悪いものじゃない。そんなふうに感じて、自然と口からこぼれていた。
これはただの再確認でも、追従でもない。──俺が決めた事だ。
「あ、あぁ。無理はするなよ?」
「ええ、まずはリハビリからですね……」
そう言って、ふう……と一息ついてから、慎重に足を床へ下ろす。
「焦るなよ。」
ベッドのふちに手をかけて立ち上がろうとすると
俺を見守りながら、アインズ様はその大きな手でそっと肩を支えてくれた。こんな感覚、初めてだ。
その手の重みと温もりに、思わず目を見開いた。
支えられていることに慣れていないせいか、それとも、彼の手が驚くほど優しかったからか──。
「あ、ありがとうございます……」
「これを使って歩けるか?」
アインズ様は、当たり前のように空中の見えない空間から、金色の杖を取り出す。
そして、取り出した杖をそっと、俺の右手に握らせた。俺が驚いたのはその感触だった。
「はい……」
アインズ様の手は骨のはずなのに、
"冷たい"のに
何故か"暖かい"気がした。そのぬくもりが、俺の胸の奥に静かに染み込んでいく。
「急がなくていい。」
彼は俺の背中に手を回し、そのまま静かに扉の前まで導いてくれた。
扉が開いて、ぎぃ……と軋む音が妙に耳元で大きく聞こえた。
──────廊下には豪華に装飾された柱が並ぶ。深紅の絨毯に杖をついて、一歩一歩踏みしめて歩く。
「ふ、不思議な、感覚だな……おっと、」
歩くという行為が当たり前だったのが嘘のように慎重に足を動かした。
「……もっとゆっくりでいい」
俺は、歩行の難しさに悩みふらつきながらも、背中を支えてくれるアインズ様を見上げた。
「すみません……お手を煩わせてしまい」
「……無理もない。蘇生直後で体力が戻っていないのだろう。それに、二週間程寝ていたからな。」
「そんなに……」
眠っていた時間の事を考え出すと、きっと逃げてくれたはずのラナーとクライム、謀反を起こした貴族達の生死や現在の様子が気になってくる。
これだけの時間があれば、あのふたりは逃げ切れているだろうか。
アインズ様は、俺の首を受け取りはしたが……きっと裏切りに対して不快感があったのだろう。
だから、俺は蘇生されたのか……?
なら、国民はどうなったんだろう。楽に死なせて貰ったのだろうか……それとも。
「……おい、?」
息が詰まる。俺は俯いた。アインズ様の声が遠くで霞む。
「……」
杖をつきながらも今にも止まりそうな程ゆっくり歩く。
(もっと、俺に出来た事は確実にあったはずだ、それなのに)
あぁ、俺はいつもこうだ。
全てにおいて行動が遅い。幼い頃、ラナーのことをもっと気にかけていれば、あいつが「純真なお姫様」を演じだす前に気付けていれば………俺たちの関係は何か変わっただろうか。いや、そもそもラナーに頼りきろうとするその精神が……。
今考えるべき事では無いのに、今まで考えないようにしてたのに。大量の過去の記憶と俺の脳内の後悔の言葉が流れて来る。ぐるぐるぐる、と頭の中を激しく回るように。
俺が、ラナーの様に賢ければもっと先を見通して行動出来たのだろうか。俺に、父上の様に慈愛と人望があればエリアスも貴族達もついてきてくれたかもしれない。バルブロ兄上の様に、俺にもっと自信と威厳があったなら早くに王位継承出来ていただろう。
廊下に響くアインズ様の規則正しい足音が、唯一俺の正気を保たせている。
たらればの話を考えるなんて俺らしくない、だけど………しなかったことにもやった事にも後悔が溢れて来る。
俺は王国の為に何が出来た?
必死にもがいた先にあったのは──いつも誰かの背中だった。
何もかもが手遅れで、俺じゃ実力不足で。
それでも……不気味な笑顔を浮かべながら茶を差し出す妹や、愛息子の話が長い大貴族と………ただ一緒に居るだけの未来を望んでいた。
身勝手で愚かな。そんな未来。
今の俺には何が残っている。
王族でもなんでもなくなった俺は……価値があるのだろうか。ここでも、きっと"俺"に意味も意義もない。きっと誰かの代わりにすら、なれない。
本当に、俺は……ここに居ていいのだろうか?
目の前が滲んで、自分がどこに立っているのかも分からなくなる。
こんな、俺は……。
「俺は……生きていて、いいのか」
ふと漏れたその問いは、ただ純粋な、誰にも向けられていない疑問からだった。
「ザナック。」
俺の気を逸らせるような力強い声にハッとする。
背中を支えていた手の感触が無くなり、足が地面から離れたかと思うと、ふわりと体が宙に浮くような感覚。
「無理をするな、リハビリなのだから。」
横向きに、抱き上げられた。背中と膝裏をしっかりと支える手の感触に、何故だか泣きそうになる。
アインズ様は、俺を胸元へ引き寄せた。彼のローブがそっと頬を掠めた。俺は驚いて、見上げるしか出来ない。
「え、えっ……どう…して……」
笑えばいいのか、泣けばいいのか。いや、泣いては駄目だ。だが、一体これはどういう状況なんだ。口の端が引き攣った。
「ナザリックの庭園を見せてやろう。この時期の花は、見ごろだ。」
その言葉には少しでも俺に安らぎを与えようという意図があったように思えた。
「アインズ様、……私は重いですよ」
重くないわけが無い。確信しながらそう聞くが、彼は首を傾げる。
「私の方が体重はあるだろ。それと……お前、素の一人称は"俺"なんだろう? そっちの方が気楽でいいぞ」
サラッとなんでもないように言われた一言に、また、なんて言ったらいいか分からなくなった。
「いや………"俺"、は余計な脂肪が、ふぐっ」
俺の言葉を遮るように、ぎゅっと胸に押し付けられる。
(は?)
いや。近い近い。
密着した箇所から彼の冷たさが伝わってきて、じんわりとふたりの体温がまじわる。
俺はまるで子供みたいに抱えられて運ばれ、人生最大の恥を味わっている。いや、自分で引き起こした?ことなのだから自業自得の展開か。
「そんなに緊張しなくていい。肩の力を抜け。」
「は………ハイッ」
両開きの大きな扉の前に来ると、アインズ様は片手で扉を押す。すると。ふわぁっと春の風が頬をくすぐったく撫でた。色とりどりの鮮やかな花が咲き誇る庭園が目に映る。
「素晴らしい庭園ですね……」
こんなに広く、丁寧に手入れされた庭を見た事が無い。俺は城の庭園を散歩したことは数回あるが、ここに比べればだいぶ物寂しい庭だったな。
「フフ、そうだろう」
アインズ様は機嫌を良くしたのか声を弾ませる。
「ええ、美しいですね……」
「……気に入ったのなら、これからはいつでも見に来ていい」
その言葉に、俺は目を細めた。
アインズ様の腕の中で、ゆっくりと風が吹き抜けていく。
「本当ですか? ……ありがとうございます!」
思わず、心から感謝が溢れた。
目の前に広がる色とりどりの花々に、初めて見る花があることに気づき、少し興味が湧く。……ナザリックにしかない花なのか?
そんな好奇心を感じつつ、顔が自然とほころんでしまう自分を抑えられない。
「顔が緩んでいるな」
「へっ……? そうですか!?」
慌てて頬を掴んで表情を戻そうとすると、「やめろ」と制される。
「はぁ……本当に、良かった。……ザナック」
アインズ様が、突然顔を近づけてくる。
骸骨が無言で接近してくるのが俺は恐ろしくて、避けることも出来ずに、
(は、え………? な、何、なんだ、し、死ぬ??)
すると、額がぶつかり、ごつんと音がした。
「あ、すまない……」
(ち、近っ!!)
唇がつきそうなほどの距離。
たぶん、恋人とかの距離感で彼は見詰めてくる。
俺の鼻息がもし、かかっていたら申し訳ないな……!
「いえ、大丈夫……です……」
もう、頭がぶつかって痛いだとかそれどころでは無い。近い……とにかく近い。
それと何故か、動悸がすごい。俺の。
アインズ様に抱えられてると……どうにも落ち着かない。なのに、こんな至近距離で見詰められても、嫌悪も感じない。逃げ出してしまいたいような、それともこのままこうしていたいような…………。
俺が惚けていると、アインズ様は俯いていて。
「……お前を蘇生するのにどれだけ時間と労力を使ったか分かるか。アイツらを説得するの、大変だったんだぞ」
真っ直ぐ俺を射抜く赤い光。相変わらず低く荘厳な声、だが少しだけ震えている。
まただ、アインズ様の人間くさいところ。
「……俺には到底理解出来ない程でしょう」
でも、そんな彼の柔らかいところを……もっと知りたくなる。
「そうだ。理解出来ない、理解してくれないだろうな……。」
「すみません……」
俺が軽く頭を下げると、骨の指が頬に伸びてきて引っ張られる。
「な、なんれふか? いふぁいれふ……。」
痛いとは言ってみたが、俺に気をつかって全く力の入っていない引っ張りだった。
「間違っても……死ぬなんて言うなよ」
アインズ様は顔を上げ、やや命令口調、半分懇願の様な低い声で言った。
「ふっ…………ええ、せっかく蘇生していただいたので、リハビリを経て早く歩けるようになってお役に立ちたい所存です! 魔導国の為、アインズ様の為に尽力する覚悟です。」
両手に拳を握って意気込みを伝えると、
理由は分からないが「はぁ………」と大きなため息を吐かれた。