お兄様大好きなラナーちゃん。天才の中で予想外のことしてくる奴っていうキャラ好きなんですよね。
作者がめんどくさがりで他サイトの小説の中にこれを入れられないのでハーメルンだけの限定公開です。お得。
王国の人間が、一人蘇生された。
その話を聞いた時、私はまず、自分の記憶を探った。
リ・エスティーゼ王国にいた人間。
魔導王陛下が、自ら蘇生させるだけの価値がある人物。
誰だろう。
ガゼフ・ストロノーフ?
真っ先に浮かんだのは彼だった。
王国最強の戦士。魔導王陛下が直々に配下へ勧誘したこともあると聞いている。彼ならば、まだ理解できる。
あるいは、王国の滅亡によって失われた何らかの技術を持つ者。
特殊な才能を有していた者。
私の知らないところで魔導王陛下の興味を引いた、何か特別な人間。
いくつか候補を並べてみた。
けれど。
「ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ様です」
メイドさんからその名前を聞いた瞬間。
思考が、止まった。
「…………え?」
聞き間違いだと思った。
私がそんな間抜けな声を出すことなど、滅多にない。
けれど、仕方がないではないか。
「ザナック……お兄様?」
「はい」
聞き間違いではなかったらしい。
私は微笑んだまま、瞬きをした。
一度。
二度。
そして、もう一度。
何故? 最初に浮かんだ疑問は、それだった。
何故。
どうして。
よりにもよって、お兄様なのだろう。
もちろん、兄を愚かだと思っているわけではない。
王族として最低限必要な知識は持っている。
現実を見る目もある。
貴族の扱いにもそれなりに長けているし、少なくともバルブロお兄様よりはずっと王に向いていた。
けれど。
それだけだ。
お兄様は天才ではない。
ガゼフ・ストロノーフのように、人外の領域へ足を踏み入れるほどの武もない。
私のように、物事を一目見ただけで何十手も先まで理解するような頭脳もない。
特別な魔法が使えるわけでもない。
希少な才能があるわけでもない。
歴史に名を残すような偉業を成し遂げたわけでもない。
言ってしまえば。お兄様は、とても普通の人だった。
王族として生まれた人間の中では多少優秀。
それだけ。
少なくとも。
──魔導王陛下が、自ら死者の世界から連れ戻すほどの人間ではない。
「……本当に、お兄様なのですか?」
自分でも馬鹿らしい質問だと思った。
「間違いございません」
やはりザナックお兄様。
私の、二番目の兄。
王国が滅びる直前、反乱を起こした貴族達によって殺されたはずの人。
そのお兄様が。
生きている。
そして。魔導王陛下によって、蘇生された。
「…………どうして?」
思わず、声に出ていた。
説明を求めたつもりではない。
ただ、純粋に分からなかったのだ。
何故?
お兄様の何を見た?
どこに、それほどの価値を見出した?
何があった?
私の知らないところで。
お兄様と魔導王陛下の間に。
いったい、何が。
「近いうちに、ザナック様とお会いいただくことになります」
「……私が?」
胸の奥に、小さな違和感が生まれた。
嬉しい。
そう感じるべきなのだろうか。
懐かしい。
そう思うべきなのだろうか。
確かに、もう二度と会うことはないと思っていた人だ。
けれど、それ以上に。
知りたい。
どうしてお兄様だったのか。
何故、魔導王陛下はお兄様を蘇らせたのか。
死ぬ前のお兄様と、今のお兄様は何か違うのだろうか。
「……そうですか」
私は微笑んだ。いつものように。
誰にも、その内側を悟られないように。
けれど。頭の中では、一つの疑問だけが、何度も何度も回り続けていた。
何故、お兄様なの?
そして。
────扉の向こうに、お兄様がいる。
そう考えると、不思議な気分だった。
死んだはずの人。
もう二度と会うことはないと思っていた人。
それが、今はこうして一枚の扉を隔てた向こう側に立っている。
魔導王陛下によって蘇生された、私の兄。
ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。
何故、お兄様だったのか。
その疑問については、未だに明確な答えが出ていない。
魔導王陛下が直々に蘇生させるほど優れた人間だったとは、私には到底思えなかった。
無能ではない。
王族として見れば、むしろ優秀な部類だろう。
現実を見る力もある。人を見る目も悪くない。責任感もあるし、土壇場になれば驚くほど肝が据わっている。
けれど。それだけだ。
歴史に名を残す天才でもない。
比類なき武人でもない。
未知の技術を持つわけでもない。
私の知るお兄様は、魔導王陛下がわざわざ死者の世界から引き戻すような人間ではなかった。
だからこそ。
私は今日の再会を、少し楽しみにしていた。
お兄様自身ではなく。
お兄様を見れば、何か分かるかもしれない。
そう思って。
扉の外から、小さく声が聞こえた。
「……入っていいのですか?」
お兄様の声。
懐かしい、と感じるほどではなかった。
ただ。
ああ、本当に生きているのだ。
そう思った。
やがて扉が開く。
軋む音。
そして。そこに、お兄様が立っていた。
私は微笑む。
どの表情がもっとも適切だろう。
昔のままの笑顔では面白くない。
今の私は人間ではない。
ならば少しくらい、変わったところを見せてあげた方がお兄様も喜ぶだろう。
「──あら、お兄様……お久しぶり、ですわ」
普段よりも甘く。
わざと、少し蕩けるような声で。
お兄様の眉が、ほんの僅かに動いた。
警戒した。おかしい。少し面白い。
お兄様は私をじっと見ている。
視線が、頭から足元までゆっくりと降りていく。
黒い薔薇。翼。変わった瞳。
悪魔となった今の私。
驚くだろう。
嫌悪するだろうか。
それとも、警戒するだろうか。
いくつか反応を予想した。
そして。
「……本当に、生きていたのか、ラナー」
出てきた言葉は、思ったより普通だった。
「あら」
思わず、心の中で呟く。
もう少し面白い反応を期待したのに。
「うふふ、ええ。こうして、またお兄様とお会いできて……とても嬉しゅうございます」
嘘。
別に、会いたくて仕方がなかったわけではない。
お兄様は好きでも嫌いでもなかった。
少なくとも、クライムのように、失えば世界の全てを壊してでも取り戻したいと思う存在ではない。
死んだと聞いた時だって。
ああ。死んだのか。
そう思っただけだった。
けれど。
この言葉を言えば、お兄様はどう反応するだろう。
それには少し興味があった。
私は距離を詰める。
一歩。また一歩。
お兄様の肩が僅かに強張った。
分かりやすい。
昔よりもずっと。
いや、昔から、お兄様は案外分かりやすかったけれど。
「……なんというか。前より……悪趣味になったな」
…………。
あ。
それは。
「まぁっ! お兄様ったら、相変わらずお口が悪い……。ふふ、ぞくぞくしますわ……」
これは本当だった。
ぞくぞくした。
久しぶりに会った妹に向かって、最初に出てくる言葉がそれなのだ。
悪魔になった私を見て。
恐ろしいでもなく。
化け物でもなく。
悪趣味。
お兄様らしい。とても。
私は両手を胸の前で組んだ。
「その皮肉交じりの優しさ……昔と変わりませんわね。ああ、お兄様ったら、やっぱり最高ですわ……!」
「最高って……俺、そんなに高評価なのか?」
私はお兄様を改めて見た。
少し丸い頬。ずんぐりした身体。
そして。
あのお腹。
「ええ、ええ、そうですとも……。ずっと私の中で、"理想の"お兄様ですわ。お腹はぽよっとしてても、言葉は鋭く、とても優しい……」
お腹の部分は、本当。
昔から、あのお腹は少し好きだった。
お父様にもバルブロお兄様にもない。
妙に柔らかそうな、押したら沈みそうな。何故か安心する形。一度くらい、思い切り触ってみたいと思ったこともある。
「やめろ、妙にねっとりしてるし、何より褒められてる気がしない」
お兄様が数歩下がる。
私は同じだけ進む。
また下がる。
進む。
面白い。
「会いたかったんですよ……お兄様。ずっとずっと、どんな形ででも再会したくて」
もちろん、これも嘘。
私は微笑みながら、お兄様の目を見る。
さあ。
どう返す?
「……その"どんな形でも"の結果が、悪魔化後ってのがな。やっぱり、昔からどこか歪んでたな、お前。……というか俺は一回死んだしな。俺はついでだろどうせ」
鋭い。思わず笑いそうになった。
そう。そういうところだ。
お兄様は天才ではない。
けれど、人の嘘や建前に対して、時々妙に鋭い。
「お兄様のそういう冷たい視線……ああ、たまりませんっ」
これも本当。
「……お前、本当にラナーか? というか、どこの界隈でそういう性癖を育ててきたんだ」
「お兄様のおかげです」
「前向きに俺のせいにするな」
ふふ。
面白い。
思っていたより、ずっと。
お兄様は変わっていない。
いや。
少し違う。
以前よりも肩の力が抜けている。
私と話す時、王族として振る舞おうとしていない。
一人称も"私"ではなく"俺"。
昔なら。少なくとも王城の中なら、もう少し形式を守っていたはずだ。
魔導王陛下の前ではどうなのだろう。
ふと、そんなことを考えた。
この人は、ここで、どういう扱いを受けている?
何故。こんなにも自然に笑っている?
何故。魔導王陛下は、この人を蘇生した?
「……変わらんな、ラナー。でも、なんか……お前らしいよ」
その言葉に。思考が一瞬だけ止まった。
…………お前らしい?
私はお兄様を見つめる。
変わらない。
私が?
これほど姿が変わっても。
人間ですらなくなっても。
お兄様にとっては。
私はまだ、ラナーなのか。
ふうん。
なら。
少し試してみよう。
私は、ほんの少しだけ表情に影を落とした。
目元を弱らせる。
声を細くする。
これくらい、でいい。
「……お兄様」
「なんだ」
私は一拍置いた。
そして、もっとも妹らしい声音で。
「……許してくださるの? 私が……たくさん、たくさん、悪いことをしたのに」
さあ、怒って。私は心の中で待った。
『許せるわけないだろ!』
『この馬鹿妹!』
たぶん。
そういうものが来る。
お兄様は善人だ。
私のしたことを理解すれば、怒るに決まっている。
王国を売った。
多くの人間を死なせた。
お父様も。
バルブロお兄様も。
そして。
お兄様自身さえ。
私の計画の延長線上で死んだ。許せるはずがない。
むしろ。ここで許すと言われた方が、お兄様らしくない。
だから。
怒鳴ってほしかった。その方が分かりやすい。
その方が。私の知っているお兄様のままだ。
沈黙。
お兄様が目を閉じる。
そして。
「あー……それは、これから考えるよ」
…………え?
「でも、俺の中で、お前が"妹"であることは変わらない。たとえ牙が生えてようが、羽根が生えてようが、な」
ぴっ。
指がこちらへ向けられた。
私は、何も言えなかった。
…………。
予想と違う。この人は、私の予想を超えてきた。
許すとは言わない。けれど。切り捨てもしない。
罪は罪として。それでも。妹は妹。
…………なんだ、それ。
お兄様。
そういうところ。そういう予想外な人間らしさ。
そういうところなのだろうか。
魔導王陛下が。
この人を。
わざわざ蘇らせた理由。
胸の奥に何かが触れた。ほんの僅か。
羽毛が落ちた程度の、小さな揺れ。
不快ではない。けれどよく分からない。
私は自分の胸元に視線を落としそうになって。
やめた。
考える必要はない。
代わりに。
「……お兄様! やっぱりだいすきですわ」
勢いよく抱きついた。
「わっ、やめろ、飛びつくな! 重い! 痛い!」
あ。柔らかい。お腹。やっぱり、柔らかい。
「むしろ痛めつけてくれても!」
「お前ほんとに誰だよ!!!」
ふふふ。
楽しい。
こんなにお兄様と話したことが、昔あっただろうか。
たぶん。
ない。
昔の私は、お兄様にそれほど興味がなかった。
お兄様もまた、私を完全には理解していなかった。
なのに今。
人間をやめた私と。
一度死んだお兄様が。
こんな馬鹿みたいな話をしている。
不思議。本当に不思議。
だけど一つだけ。
さっきよりも、少しだけ。
魔導王陛下がお兄様を蘇生した理由を。
もっと知りたくなった。
お兄様自身を見れば、分かるかもしれない。
最初はそう思っていた。
でも。
どうやら、それだけでは足りないらしい。
魔導王陛下がお兄様を見る時。
お兄様が魔導王陛下を見る時。
そこまで見なければ。
答えには辿り着けない。
私は、お兄様の背中に腕を回したまま。
少しだけ笑みを深くした。
この観察計画は、思っていたより、ずっと面白そうだ。