ユリ視点。
ユリ姉可愛いですよね
小ネタ入れてるけど気付いてくれる人いるかなぁ。
「ザナックと親睦を深めて欲しい。だが、無理にとは言わない。ゆっくり自分達のペースで彼と付き合っていって欲しい」
プレアデスが集められ、アインズ様から直々にその命令は下された。
命令。確かに命令だ。けれど僕は半分はアインズ様の願いだと思っている。
『触り心地……悪くないです』
頬に触れたあの感触。すべすべで柔らかかった。
今思えば、不敬な気もする接触だ。
一度彼に会って、謝ろう。
そう決めた僕は菓子と飲み物──それと軽い遊戯のセットを用意した。
「改めてこんにちは。ユリ・アルファです」
「こんにちは、ザナックです」
呼び出された彼はやはり緊張していて、中庭で待っていた僕は思わずくすりと笑ってしまった。
それでも彼はびくりと肩を揺らす。
「申し訳ありません、つい。私は貴方を取って食ったりしませんよ。ご安心ください」
僕は跪いた。
「えっ……そ、そんな! 俺などにそのような体勢をとる必要はありません!」
「いいえ、ザナック様。貴方は特別なのです。アインズ様が大切にされているご友人だからでもあります。ですが、私にとっても貴方はとても興味深く、守りたい特別な存在なのです」
「え、あ、あの……」
眉を下げ、ぽっ、と頬を染める彼も可愛らしくて微笑んだ。
「さぁ、お席にどうぞ」
白いテーブルクロスの裾がそよ風に揺れた。
テーブルの上にはケーキスタンドの上に並べられたマカロンやカップケーキ、クッキー。そして、ナザリック特製の紅茶。
ちょこんと席に着いたザナック様は緊張で肩を強ばらせていた。
「どうぞ力を抜いて。お茶でもどうぞ」
色濃い赤が昼の光に照らされて輝く。
ザナック様は震える手でカップを取った。
(砂糖等は入れないのかな)
口を付ける。
「お、美味しいです」
こくりと一口飲んだザナック様。
だが。どこかおかしい。
体が小刻みに震え、呼吸が浅い。
まさか毒? でも、試飲までした。僕も事前に飲んだ。
「どうされたのですか? "何か入っていましたか"!?」
そう言うと、びくりと大きく肩が跳ねた。
「うっ……」
立ち上がり、背中をさする。
「す、すみません……こわ、くて」
怖い?
もしかして、僕が威圧的に見えすぎたのだろうか。
「苦、くて……」
水滴が紅茶に落ちた。
その丸い頬を涙が伝う。
「昔から、苦味が苦手で……毒が、恐ろしくて……」
「っ……申し訳ございません! 僕が、知らなかったばかりに」
「いえ……こ、こんな、ことに、なったのは……初めて、で」
がたがたと震える口も肩も抑えて、ザナック様は安心させようと僕の腕を撫でた。
「ユリ様のせいではありません、へへ」
さらに柔らかく笑ってみせた。
その笑顔が、かえって胸に刺さった。
こんなにも震えているのに。
涙まで流しているのに。
それでも彼は、僕を安心させようとしている。
「……少々、お待ちください」
「え?」
僕はすぐに紅茶のカップを取り上げた。
「こちらはもう飲まなくて結構です」
「で、でも……せっかく用意していただいたのに」
「いいえ」
少しだけ強い口調になってしまった。
ザナック様がまた肩を揺らす。
「あ……申し訳ありません。怒っているわけではありません」
僕は声を落とした。
「無理をしてまで飲んでいただきたいものではありませんから」
「……」
「他のお飲み物をご用意いたします。甘いものの方がお好きですか?」
ザナック様は少し迷ったあと、小さく頷いた。
「……果実水、が」
「果実水ですね。かしこまりました」
すぐに控えていたメイドへ声をかける。
しばらくして運ばれてきたのは、透明なグラスに注がれた淡い橙色の果実水だった。
薄く切られた果実が浮かび、冷たい雫が表面を伝っている。
ザナック様はそれを見て。
ほんの少しだけ、表情を緩めた。
「あ……」
その小さな変化を、僕は見逃さなかった。
「こちらなら大丈夫そうですか?」
「はい」
両手でグラスを持つ。
慎重に一口。
こくり。
もう一口。
先ほどまでの震えが、少しずつ収まっていく。
「……美味しいです」
今度は、本当にそう思っている顔だった。
よかった。
思わず胸を撫で下ろした。
「それなら安心いたしました」
「すみません。本当に……」
「謝らないでください」
「でも」
「知らなかった僕にも責任があります」
「いや、知らないのは当然で……」
「では、お互いに謝るのはやめましょう」
「え?」
「僕は知らなかった。ザナック様も、こうなるとは思っていなかった。それで終わりです」
ザナック様はぽかんと僕を見た。
やがて。
「……はい」
小さく笑った。
先ほどより自然な笑顔だった。
「その方が、助かります」
よかった。
本当に。
僕は少し迷ってから、隣の椅子へ腰を下ろした。
「……もし差し支えなければ」
「はい」
「紅茶が苦手なのは、苦味だけが理由ではないのですね」
ザナック様の指が止まった。
しまった、踏み込みすぎただろうか。
「話したくなければ、もちろん」
「……昔」
彼は、ゆっくりと口を開いた。
「兄に、紅茶へ変なものを入れられたことがあって」
「……」
「毒ではなかったんです。ただの悪戯でした。けれど、王族という立場上……毒殺の話なんて嫌でも耳に入りますから」
果実水の表面が、小さく揺れた。
「それから、少し」
なるほど。
苦味そのものではない。
苦味と一緒に、恐怖まで思い出してしまうのだ。
「教えてくださってありがとうございます」
「こんな話、面白くもないでしょう」
「いいえ」
即答した。
ザナック様が目を丸くする。
「ザナック様のことを知れるのなら、僕にとっては大切なことです」
「……そういうことを、真顔で言うのですね」
「変でしたか?」
「いえ……その」
彼は少し俯いた。
耳まで赤くなっている。
「慣れていないだけです」
何に。
そう聞こうとして。やめた。
今はまだ、聞かなくていい。
代わりに、僕はテーブルの端に置いていた箱を手元へ寄せた。
「では、気分転換にこちらはいかがでしょう」
「これは?」
蓋を開く。
中には小さな盤と、二色に分けられた駒。
「チェスです。ルールはご存じですか?」
ザナック様は盤を覗き込んだ。
「ああ。王国にもありました」
「それはよかったです」
「……ユリ様、お強いですか?」
「それなりには」
「それなり」
「はい」
「……その言い方をする人は大体強いんですよね」
思わず笑ってしまった。
「では、試してみますか?」
「お願いします」
向かい合い、駒を並べる。
最初の数手。
ザナック様は慎重だった。
派手な手は打たない。
危険な位置へ無理に駒を進めることもしない。
けれど。
「……なるほど」
「何ですか?」
「いえ。とても堅実な打ち方をなさるな、と」
「……褒められてます?」
「もちろんです」
ザナック様は疑わしそうに目を細めた。
「本当に?」
「本当です」
「なんだか、地味だと言われているような」
「派手であることと、強いことは別です」
その言葉に。
ザナック様が一瞬だけ、黙った。
「……そう、ですか」
何か引っかかるものがあったのだろうか。
けれど、その顔はどこか嬉しそうだった。
ゲームは思っていたより長引いた。
こちらが攻めれば、ザナック様は受ける。
こちらが隙を作れば、すぐにそこへ入り込む。
圧倒的ではない。
けれど。
しぶとい。
とにかく、しぶとい。
「……なかなか終わりませんね」
「負けず嫌いなんです」
「なるほど」
「というより、簡単に諦めると後から後悔するので」
その言葉に。
少しだけ。
僕は彼を見る目を変えた。
やがて。
「……参りました」
ザナック様が両手を上げた。
「負けました」
「良い勝負でした」
「途中から完全に遊ばれていた気がします」
「そんなことは」
「本当は?」
「どうでしょう」
思わず、二人で笑った。
先ほどまで震えていたことが嘘のように。
ザナック様も声を立てて笑っている。
その顔を見ていたら。
ふと。
三日前のことを思い出した。
庭園で。あの柔らかそうな頬に触れて。
それからお腹にも。
「……ザナック様」
「はい?」
「その」
今度は僕が言い淀んだ。
「先日は、大変失礼いたしました」
「先日?」
「……庭園で」
「庭園」
「お身体に触れてしまったことです」
「…………」
ザナック様の表情が固まる。
「ああ」
思い出したらしい。
「いや、そのことですか」
「はい」
「別に気にしてませんよ」
「しかし」
「痛くもなかったですし」
「ですが、許可もなく」
「ユリ様」
「はい」
「本当に、大丈夫です」
そう言って。
ザナック様は、ぽん、と自分のお腹を叩いた。
その瞬間。
僕の視線がほんの一瞬。
そこへ落ちた。
「……」
「……」
沈黙。
「今、見ました?」
「いいえ」
「見ましたよね」
「見ておりません」
「いや、絶対見た」
「……」
「ユリ様」
「……申し訳ございません」
ザナック様は口元を引きつらせた。
「そんなに珍しいですか、俺の腹」
「珍しいというわけでは」
「では何です?」
「……」
言っていいのだろうか。
いや。
もう誤魔化す方が失礼な気がする。
「……触り心地が」
「はい」
「非常に」
「はい」
「……よろしかったので」
「…………」
ザナック様が無言になった。
顔が赤い。
「それ、褒めてます?」
「最大限に」
「最大限!?」
「はい」
「もっと他にあるでしょう!」
「頬も大変柔らかかったです」
「そういう話じゃない!」
また笑ってしまった。
ザナック様も、困ったような顔をしながら。
最後には笑った。
風が吹く。
白いテーブルクロスが揺れた。
果実水の中の氷が、からりとグラスに当たる。
彼は、チェスにおいて弱かった訳ではない。ただたまたま僕が今日勝っただけだ。あの動揺も大きかったかもしれない。だから、次は彼が勝つだろう。そう、次は。
だから。
「……ザナック様」
「はい」
「また、こうしてお相手していただけますか?」
彼は少しだけ驚いた顔をした。
「俺でよければ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
ザナック様が立ち上がる。
数歩進んで。
ふと振り返った。
「……でも、次は腹を触る時は一言言ってくださいね」
「善処いたします」
「善処!?」
僕は笑った。