ルプスレギナ視点です。
こういう頭良い女の子に弄ばれるザナック好きなんですよねぇ
「ザナック様と親睦を深める、っすかぁ」
アインズ様からのお言葉を思い返しながら、私は廊下を歩いていた。
ユリ姉はもう一度、ザナック様と二人で過ごしたらしい。お菓子を食べて、チェスをして、それなりに楽しく過ごしたと聞いている。何故か途中で紅茶が果実水に変わったらしいが、それについて尋ねるとユリ姉は少しだけ困った顔をして、「本人の許可なく話すことではありません」と答えた。
まあ、それはいい。
問題は、その後だ。
『……それと、触るのでしたら、次からは許可を取るようにと言われました』
あの時のユリ姉の真顔を思い出して、私は一人でくすくす笑った。
庭園で初めて会った時にも思ったけれど、ザナック様は面白い。アインズ様がわざわざ蘇生させた人間というから、最初はもっと大仰な人物を想像していた。英雄だとか、天才だとか、あるいは何か珍しい力を持っている人間だとか。
けれど実際に出てきたのは、小柄で、丸っこくて、妙に礼儀正しくて、ちょっと触るとすぐ顔を赤くする元王子様だった。
特に強そうにも見えない。
怖そうでもない。
むしろ。
弄ったら、かなり面白そう。
「ルプスレギナ様、お待たせしました」
声に振り返ると、廊下の向こうからザナック様が歩いてきた。
今日は魔導国で用意された服を着ている。生地そのものは上等なもの。深い黒色のベストに、きちんと整えられた透けるクラバット。その下から覗く首は少し太く、頬は相変わらず柔らかそうだった。そして、この時期には涼しそうな短パン。
私と目が合った瞬間、ザナック様はほんの僅かに身構えた。
あ。警戒してる。
「こんにちはっす、ザナック様! ルプスレギナ・ベータっす!」
私は大きく手を振った。
「こんにちは。本日はよろしくお願いします」
「そんなに固くならなくてもいいっすよぉ。私、今日は何もしないっすから」
「……今日は?」
「細かいこと気にすると禿げるっすよ」
「まだ十八なんですが」
即答された。
思わず吹き出す。
「いやぁ、いいっすねぇ。やっぱりザナック様、反応が早いっす」
「褒められている気が全くしません」
「褒めてるっすよー?」
「本当ですか?」
「半分くらい」
「やっぱり」
ザナック様は小さく息を吐いたが、庭園で初めて会った時ほど怯えてはいなかった。少なくとも、私が笑っただけで肩を跳ねさせるほどではない。
それだけでも、少し面白い。
私はザナック様を用意していた部屋へ案内した。
と言っても、何か大層なものを準備したわけではない。小さな丸テーブルと椅子が二つ。軽い菓子と、ユリ姉から「紅茶は避けてください」とだけ言われていたので、果実水も用意してある。
ザナック様はそれを見ると、ほんの少しだけ安心したように目元を緩めた。
なるほど。
ユリ姉が言わなかったことについて、何となく察する。
けれど聞かない。
今は、それより面白そうなことがある。
「今日はゲームするっす!」
「ゲーム、ですか?」
「はいっす。お互いに自分のことを三つ言って、そのうち一つだけ嘘を混ぜるんすよ。相手がどれが嘘か当てる、それだけっす」
「なるほど」
ザナック様は席に座ると、少し考えるように顎へ手を当てた。
「嘘を見抜くゲームということですか」
「そーっす。ザナック様、こういうの苦手そうっすねぇ」
「何故そう思うんです?」
「顔に出るからっす」
「……そんなに出ていますか?」
ショックを受けた顔。かわいい。
「めちゃくちゃ出てるっす」
少なくとも私には。
ザナック様は少し不満そうに眉を寄せた。
「では、ルプスレギナ様からお願いします」
「いいっすよぉ」
私は指を一本立てた。
「一つ。私、甘い物が好きっす」
二本目。
「二つ。実は虫が苦手っす」
三本目。
「三つ。姉妹の中では一番真面目っす」
「三つ目です」
「早っ!」
間髪入れず返された。
思わず身を乗り出す。
「ちょ、なんでっすか!?」
「いや……」
ザナック様は申し訳なさそうに視線を逸らした。
「その、ルプスレギナ様が一番真面目というのは、どう考えても……」
「どう考えても?」
「……違うかな、と」
「ひどくないっすか!?」
「すみません!」
謝った。
本当に謝った。
その顔があまりにも真面目なので、私は堪えきれずに笑った。
「正解っす! いやぁ、でも即答されるとは思わなかったっすねぇ」
「分かりやすすぎますよ」
「あれぇ? じゃあ次はもうちょっと難しくするっす」
「次は俺ですよね?」
「そうだったっす」
ザナック様は少し考えたあと、指を一本立てた。
「一つ。俺は甘いものが好きです」
「知ってるっす」
「……もう知られてるんですか?」
「ユリ姉から聞いたっす」
「共有されてる……」
少し遠い目をしてから、二本目。
「二つ。俺は乗馬が得意です」
三本目。
「三つ。俺は、兄上と仲が良かったです」
声の調子は、ほとんど変わらなかった。
表情も。
けれど。
私は少しだけ目を細めた。
「三つ目っすね」
ザナック様の眉が上がる。
「……何故?」
「なんとなくっす」
本当は、なんとなくではない。
三つ目だけ、言葉を選ぶまでにほんの少し間があった。声も変わらない。顔も変わらない。けれど一瞬だけ、目がこちらではなく、どこか遠くを見た。
「正解です」
「やったっす!」
「しかし、俺もそんなに分かりやすかったですか?」
「ザナック様は顔より間に出るっすねぇ」
「……なるほど」
少し悔しそうだ。
面白い。
そこから何度か続けた。
私が「料理が得意」と言えば、ザナック様は少し迷ってから嘘だと見抜いた。ザナック様が「朝に強い」と言えば、私は即座に嘘だと当てた。
「何故分かったんです?」
「今朝も眠そうな顔で廊下歩いてたからっす」
「見られてたんですか!?」
「見てたっすよぉ」
「声をかけてくださいよ……」
「眠そうで可愛かったから、そのまま見てたっす」
「えぇ!」
段々、声が大きくなってきた。
最初は一言一言を選ぶように話していたのに、今では普通に私へ突っ込んでくる。敬語は崩れない。それでも、距離は明らかに近くなっていた。
私は果実水を一口飲みながら、次は何を言おうか考えた。
少し意地悪なものがいい。
反応を見たい。
「じゃあ次はぁ……私、人間が泣いてる顔を見るの、結構好きっす」
ザナック様の表情が止まった。
「それは……三つのうちの一つですか?」
「あ、今回は一個だけっす」
「ゲームのルール変わってません?」
「まあまあ。当ててみてくださいっす。本当か嘘か」
ザナック様は私をじっと見た。
さっきまでより少し長く。
「……嘘、でしょうか」
「ぶっぶー。本当っす」
「…………」
無言になった。
目が僅かに泳ぐ。
あは。
やっぱ怖いんだ。
「引いたっす?」
「少し」
素直だ。
「怖くなったっすか?」
「まあ、はい」
これも即答だった。
私は少し意外に思う。
普通なら取り繕うと思った。ザナック様の性格的にアインズ様の配下を前にして、怖いなどと言えば機嫌を損ねる可能性くらい考えるだろう。
けれどザナック様は、困ったように笑った。
「ルプスレギナ様なら、俺を殺そうと思えば一瞬でしょうし。怖くないと言えば嘘になります」
「へぇ」
「ただ」
ザナック様はグラスを置いた。
「アインズ様が皆さんを信頼されていることは分かっています。それに、今のところ俺へ酷いことをするつもりもないのでしょう?」
「どうしてそう思うんすか?」
「本当に俺を苦しめたいなら、わざわざ一緒に遊ぼうなんて誘わないと思っただけです」
私は少し黙った。
この人。意外と。
いや思ってたよりずっと。
「変な人っすねぇ」
「何故です?」
「怖いって言いながら、信用するんすね」
「怖いことと信用できることは、……別では?」
その答えに、今度は私が黙った。
なるほど。
怖い。
けれど、信用する。
嫌いではない。
面白い考え方だ。
人間というのは、もっと単純に私達を恐れるものだと思っていた。恐怖を隠して媚びるか、恐怖に負けて逃げるか、どちらか。
けれどこの人は怖いと言った上で、普通に座っている。
逃げようともしない。
「ザナック様」
「はい?」
「ちょっとこっち向いてくださいっす」
「何でです?」
「いいからいいから」
訝しみながらこちらを向いた頬へ、指を伸ばした。
むに。
「むぐっ!?」
柔らかい。
やっぱり。
「何するんですか!」
ザナック様はすぐに頬を押さえた。
「確認っす」
「何の!?」
「ユリ姉が言ってたんすよぉ。ザナック様、すごく触り心地がいいって」
「ユリ様ぁ!?」
すごく嫌そうな顔。
「頬も柔らかいっすねぇ」
「触らないでください!」
「お腹も触っていいっすか」
「え、ええっ」
「駄目っすか?」
目を潤ませて言った。
「ど、どうぞ」
ザナック様は顔を赤くした。
「なら、遠慮なく」
下側からベスト越しに揉んだ。
「うひゃっ……」
「へええ」
面白い声。
両手で揉んだ。へそをつんとつつく。
「あひゃんっ」
ザナック様は体を大きく揺らした。
「あははは!! かわいい声!」
「そんなに笑わなくてもいいでしょう!」
「もっかい触っていいっすか?」
「もう今日は閉店です!」
「一回だけ!」
「何でそこに拘るんです!?」
しばらくそんなやり取りをしているうちに、さっきまで少し残っていた重たい空気は完全に消えていた。
結局、お腹はもう触らせてもらえなかった。
残念。
ゲームはその後も続いた。
勝敗を数えてみれば、ほとんど互角だった。ザナック様は嘘そのものを見抜くというより、言葉の選び方や間、普段との違いを拾っているらしい。
政治の世界で生きてきたからだろうか。
強くはない。少なくとも戦いでは、私の足元にも及ばない。
けれど。
だからといって弱いわけでもない。
ユリ姉が少し気に入った理由も、何となく分かってきた。
「じゃ、最後っす!」
「まだやるんですか?」
「これで終わりっす。負けた方は罰ゲーム!」
「聞いてませんよ!?」
「今決めたっす!」
「横暴ですね!?」
「さあ、ザナック様からどうぞ!」
「……本当に自由ですね、貴方は」
呆れながらも、ザナック様は考え始めた。
少しして。
「一つ。俺は肉料理が好きです」
「はい」
「二つ。俺は王国にいた頃、友人が沢山いました」
「はい」
「三つ。俺は……ここへ来てから、少し楽しいと思っています」
少しだけ。
空気が変わった。
私はザナック様を見た。
彼は笑っていない。
でも、暗くもない。
「二つ目」
答えると、ザナック様は目を瞬いた。
「……正解です」
「友達、いなかったんすか?」
「いませんでした」
あっさりしている。
「一人も?」
「まあ、立場も立場でしたから」
その言葉に、ほんの少しだけ何かが引っかかった。
けれどザナック様はすぐ、いつものような困った笑顔に戻った。
「では、三つ目は本当ということになりますね」
「そうっすねぇ」
「……笑わないんですか?」
「なんでっす?」
「いや。俺がここを楽しいと言うのは、少し変かなと」
「別に変じゃないっすよ」
私は椅子の背にもたれた。
「楽しいなら、楽しいでいいじゃないっすか」
ザナック様は少しだけ目を見開いた。
それから。
「……そうですね」
小さく笑ったその顔を見たら。
なんとなく今度は弄らなくてもいい気がした。
だから。
「ちなみにザナック様、さっきの三つ目言う時だけちょっと笑ってたっすよ」
「え?」
「だからすぐ本当だって分かったっす」
「…………」
耳が赤くなった。
やっぱり弄る。
こっちの方が面白い。
結局、最後の勝負は私が勝った。
「ということで、罰ゲームっす!」
「……嫌な予感しかしません」
「大丈夫っすよぉ。簡単っす」
「何です?」
私は机越しに少し身を乗り出して。
頭を差し出した。
「撫でてくださいっす」
「…………はい?」
ザナック様が固まった。
「聞こえなかったっすか?」
「聞こえました。ただ、意味が分からなくて」
「頭、撫でるだけっす」
「俺が?」
「ザナック様が」
「ルプスレギナ様を?」
「私を」
「……何故?」
「罰ゲームだからっす」
「俺への罰になってます?」
「早く早く」
困り切った顔をしながら、ザナック様は恐る恐る手を伸ばした。
途中で一度止まる。
「本当にいいんですか?」
「いいっすよ」
指先が帽子と髪に触れた。
思っていたよりずっと慎重で、壊れ物にでも触るような手つきだった。
一度。
二度。
ゆっくりと頭を撫でられる。
「……」
あれ。
意外と。
「んー……」
「ど、どうです?」
「悪くないっすねぇ」
「そうですか……」
ザナック様は少し安心したらしい。
そのまま何度か撫でる。
優しい。
本当に。
なんというか。
妙に優しい。
「ザナック様」
「はい?」
「もうちょっと強くてもいいっすよ」
「こうですか?」
「そうそう」
「……何で俺はルプスレギナ様の頭を撫でてるんでしょう」
「細かいこと気にしちゃ駄目っす」
「やっぱり罰ゲーム……ではないですよね?」
手が離れる。
ちょっと残念。
ザナック様は立ち上がると、服の裾を整えた。
「今日はありがとうございました。思っていたより楽しかったです」
「思ってたより?」
「……正直、もっと酷い目に遭うと思っていました」
眉を下げて。
「ひどいっすねぇ!」
「人間が泣く顔が好きな人に言われたくありません!」
「あははは!」
本当に。
面白い。
庭園で見た時は、ただ柔らかくて小さい人間だと思っただけだった。
アインズ様が何故この人を特別扱いするのかも、よく分からなかった。
今だって、全部分かったわけではない。
でも。また遊びたい。
それくらい。
「ザナック様」
「はい?」
「また遊んでくださいっす」
ザナック様は少し驚いたあと。
穏やかに笑った。
「もちろん。俺でよければ」
またそれ。
俺でよければ。
どうしてこの人は、いちいち自分をそんなに低く言うのだろう。
まあ。
今はいいか。
「じゃあ次は、もうちょっと激しい遊びにするっす!」
「普通のでお願いします!」
「追いかけっことか!」
「絶対追いつけないでしょう!」
「狩る方は私っす!」
「だから嫌なんですよ!」