手を繋ぎたい、と言えないンズ様
「どうしてもついて行きたいんです! どうか、お願いします」
俺、ナザリック兼魔導国のザナックは地に頭を擦り付けて、土下座をしていた。そしてその前に立つのは、アインズ・ウール・ゴウン。ナザリック地下大墳墓の主、そして恐れながら俺の友人……らしい。
「……顔を上げろ、ザナック。話はそれからだ」
アインズ様の静かな声が、部屋の空気を引き締める。俺はゆっくりと頭を上げ、真っ直ぐにその眼窩の中の赤い光を見つめた。
「……そこまでする、理由があるのか?」
「はい」
短く、だが強くうなずく。俺は一度深呼吸し、意を決して口を開いた。
「俺……このままただの名ばかりの魔導国民でいるのは耐えられません。こんな現状を打破したくて、階層守護者やプレアデスの皆さんが外に出て、外交や情報収集をされるのを見て……俺も、何かしらの役に立ちたいと、そう思いました」
アインズ様は何も言わず、黙って聞いていた。
「俺は、元王族で…………でも今はアインズ様に拾っていただいた身です。だから……ただ守られてるだけの存在でいたくない。力も知識も足りません。けど、それなら外で学びたい。世界を知って、少しでも……アインズ様のお役に立てるような、そんな存在になりたいのです」
沈黙。俺の言葉が、部屋の空気に溶けていくようだった。冷たい床に膝をついたまま、ただその返答を待つ。
「……ふむ。なるほど。君の誠意は伝わった」
アインズ様は一つうなずくと、後ろに控えていたアルベドとデミウルゴスに視線を送った。
「アルベド、デミウルゴス……どう思う?」
「私は賛成です、アインズ様。彼は無力なように見えて、観察眼と吸収力は高い。現地での柔軟な対応にも優れていますし、くふっ……何より……その真面目さが良いですわ」
「私も異論はありません。むしろ、現地での"緩衝材"としては有用でしょう。守護者の威圧を中和できる存在は貴重です」
ひどくないか、それ……? いや、価値を付けてもらえるだけありがたいと言うべきか。アインズ様の肩が微かに揺れた。笑ったのかもしれない。
「よし、同行を許可する。ただし、護衛としてプレアデスの誰かには必ず同行してもらうこと。異論は?」
「ありません!」
俺は再び頭を下げた。誇らしさと喜びでいっぱいだった。
「ありがとうございます……!」
よし、初の外交任務だ。きっと試練の連続だろう。でも、俺はやる。少しでも、この国の一員として──恥じないように。
(……それに、ちょっとだけ楽しみなんだよな)
外交先って、うまい料理もあるって聞いたし。
俺は、ちょっとだけ唇の端を持ち上げた。
─────────『アインズ視点』
ザナックに全力で土下座された翌日。
異国の宮廷──装飾過多ともいえる煌びやかさのなか、俺は静かに、遠くのテーブルを見つめていた。
視線の先には、ザナック。異国の料理がずらりと並んだ席に通された彼は、口元をほころばせ、目を輝かせていた。
「……これは……おいしい! な、なんだこの香辛料の使い方……!」
フォークを握る手が小刻みに震えている。丸い頬を緩ませながら、次々と皿を平らげていく。
(……ああ、喜んでるな)
その姿を見ていると、不思議と胸の奥が温かくなる。幸せそうな顔で、料理を見て、味わって、感動して、また食べて。くるくる変わる表情が……愛おしい。
(可愛い……………いやいや、冷静になれアインズ・ウール・ゴウン)
骸骨の顔に表情は浮かばないが、内心はわちゃわちゃと忙しい。そんななか、事態は動いた。
ザナックが食後に立ち上がり、外交相手の高官のもとへ行き──握手を交わしたのだ。
(……)
俺は思わず、視線を凝らした。
──ああ、近い。距離が近い。
指と指が触れ合い、しっかりと手と手を重ねるその瞬間──
(……触れた、な)
どことなくもやっとしたものが、胸の内に溜まる。外交としては成功。文句などあるはずもない。
だが、気づけば俺は、2人の握手をじっと、じっと見つめていた。想像した。手を。その温度を。
(あの感触……俺も、知りたいな)
そう思った自分に驚きながらも、俺はただ、その場で静かに見守るだけだった。
─────
握手を終え、ザナックが穏やかな笑顔で会釈する。その仕草ひとつ取っても、礼節と柔らかさを備えていて──優秀な外交官そのものだった。
(……よくやったな、ザナック)
誇らしく思う一方で、俺はまだ手の感触──彼が別の誰かと触れ合った"その瞬間"を、心のどこかで引きずっていた。
(いや、何を気にしている。これは外交だ。握手など、挨拶の延長にすぎん)
そうだ。合理的に考えれば当然の行為で、むしろ称賛すべき結果だ。……だが。
(なぜだ。俺は今、妙に落ち着かない)
ザナックは俺のほうを振り返ると、ぱっと顔を明るくして手を小さく振った。
(……あ、こっち見た)
思わず姿勢を正して、軽く手を挙げて返す。
骸骨で良かった、とこの時ばかりは思う。もし顔があれば、どう見られていたかわからない。
(……ああ、でも。そんな顔を、彼に見せられたら、きっと──)
その思考の先を、俺はぶった切った。
(駄目だ。俺は支配者だ。魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウンだぞ)
感情に飲まれるな。そう己に言い聞かせる。
でも──その夜。ナザリックに戻った後も、俺はザナックが誰かと握手した"あの手"のことばかりを、ぐるぐると考えていた。
(こんなに悩むくらいなら……あの手を……一度、握ってみてもいいだろうか)
そう思ってしまった時点で、もう手遅れだったのかもしれない。