アインズ視点です
突然過去に飛ぶ
国宝の鎧を身に付けた、リ・エスティーゼ王国の第二王子、ザナックが俯いている。顔を上げたザナックの瞳が、まるで俺の内側を見透かすように向けられる。
「どうして……そのように狭量なのですか?」
「……狭量か」
「何を狙っているのですか?」
「何を狙っているのか、」
言葉を受け取り、自分の中で反芻した。
ユグドラシルの、かつての仲間達がこの世界に来ているかもしれない……そう願っていたけれど……。
「何を狙っているか、難しいようで簡単なことだな。」
少し考えて、素直に答えた。この王子には話していいかなと思ったからだ。それにたぶん、隠しても仕方がない。
「私が狙っている……求めているのは、たった一つ」
「─────"幸せ"だ。」
「幸せ?」
「人であろうと何だろうと、求めるのはやはり……幸せ、なんじゃないかな?」
「そのためであれば、他者の幸せを奪ってもよいと……?」
淡々と怒りを滲ませた声でザナックは聞き返して来る。
「当然じゃないか。私の大切な者たちが幸せになるためなら、それ以外の者などどうなろうとかまわない。」
この感覚が人間の感覚とズレていると気付いている。だが、俺は本気で、そう思っている。
創造主と共にいられない彼ら──子供のように大切なNPCたちをせめて幸せにしてやりたい。
「君だって、自国の民の幸せと引き換えに、他国の者たちが苦しむとしたらどうする? 幸せを諦めろと言うのかい?」
その瞬間、ぐ、と彼の眉間に皺が寄った。
「っ……!極論だ!!」
ザナックはテーブルを叩いて立ち上がる。
だが「失礼しました、陛下」とすぐに落ち着いて座った。
「いや、気にすることはない」
「……魔導王陛下ほどの、知恵と力を持たれる方が、それ以外の方法をお持ちではないのですか?」
「……あるかもしれない、だが目の前に簡単に幸せを手にする手段があるならそれに飛びついた方がよい。"幸運の女神に後ろ髪はない"だったか?」
「ふ、変わった女神ですね……。」
「あっ、失礼、別に陛下の信仰する神を愚弄するつもりはございませんでした、お許しください」
彼は堅い表情から、一瞬微笑んだがすぐに戻ってしまう。それでも今までとはどこか違う、どこか柔らかさを帯びた表情だ。
真剣に議論する時、クスリと笑った時、自分の失言に気付いた時。人間って、こんなにくるくると表情が変わるんだな。
「気にしないでくれ、特に信仰しているわけではないからな」
それに、"幸運の女神に後ろ髪はない"というのはことわざだしな。
「さて、そういうわけだ。私の守るべき者の幸せのために、君たちには不幸になってもらう。納得できたかね?」
彼は少し俯いて、口を開いた。
「ハァ………そうですね。自国の利益を追求し、自らに従う者たちを幸せにすることこそ、上に立つ者の役目と言えます……」
「さて、次は私が質問する番かもしれないんだが……そうだ、ガゼフ・ストロノーフの持っていた剣は今、誰が持っているんだ?」
ザナックの着ている鎧は間違いなくガゼフの着ていた物だった。
「その鎧も彼が着ていたものだろう」
「剣はブレイン・アングラウスという男が預かるという形で持っています。」
「ブレイン・アングラウス?あぁ……あの男は、今回こちらに来ているのか?」
あの青髪の男、居たら間違いなく厄介だな。
「いえ、王城に残っているはずです」
「……なら、君たちをどのような魔法で全滅させたとしても、何も問題はないな」
そう言うと彼はふっと笑って、
「負けるつもりはございませんが、あまり苦しくない魔法で優しく殺していただけると幸いです」
負けるつもりは無いと強気に言っておきながら……
"優しく殺して欲しい"なんて冗談を言える余裕、やっぱり王族ってのは、肝が据わってるな。
「ふむ、そうだな……。せっかくここまで話した仲だ、君ぐらいは、できるだけ優しく殺すとしよう。」
(面白いやつだし、殺す時は……なるべく苦しまないように即死魔法を使うか……。)
「……感謝いたします」
俺が彼をどのように殺害するか深く思案しだしたあたりで、ザナックは、ハハッ、と笑った。
まるで何も恐れていない子供のように、無防備に。そして、俺の出した水をゴクゴクと飲み干す。
「っ………!」
思わず、
右手が動いてしまった。
何故だか彼の手を、止めそうになった。
(何を……、毒が入っていたらどうする!? いや、そんなものは入れてないが……)
「おいしかったです、陛下。」
コトッ、とコップを置いて彼は笑った。
「………………」
その笑顔が、俺の全てに焼き付いた。
─────────
約一時間前の対話を思い出していると、アルベドが言いにくそうに声をかけて来る。
「アインズ様……」
「何だ? アルベド」
「王国の貴族達が、魔導王陛下にお会いしたいと申し出ております」
「連れてこい」
貴族達は目の前に着くなり、跪いて「我々は御身の足元にひれ伏したいと思う者たちです」と言う。
「───まずはこれを、陛下に」
革袋を差し出され、警戒しながらも受け取る。
そこで何か、違和感を感じた。
だが、俺は気にせず紐を緩めて中身を確認すると、あの王子の……ザナックの
首が入っていた。
彼は、貴族の謀反で殺されたか。
「丁重に葬ってやれ」
袋をアルベドに渡す。彼女は、それをそっと受け取った。
「それで、こいつが着ていた鎧はどうした?」
横にいるアルベドには感情の乱れがはっきりと伝わっていただろう。
俺は乱暴にドカッと椅子に腰を下ろす。
貴族達は驚いた様子で口を閉じる。
「どうしたの? アインズ様の質問に対して答えないと言うの?」
アルベドが淡々と、貴族達に答えるように促した。
「い……いえ、そのですね………王子の死体のある天幕に残っていると思われます」
「フッ、そうか分かった、お前たちよく働いてくれた。この働きに釣り合うだけの褒美をやろう、何が欲しい?」
自分でも驚くくらいに低い声が出た。
「私を、家族をお助けください!」
「魔導王陛下、私は御身に絶対の忠誠を誓います!」
次々に助命を嘆願する声が飛び交う。
「分かった分かった、ならばお前たちとその家族を殺す事はやめよう」
自分の主君を裏切り、その首を差し出してなお助命を乞うなんて───
怒りさえ通り越して、もはや呆れるしかない。
「アルベド、彼らを"ニューロ二スト"のところに送ってやりなさい」
「フッ……かしこまりました」
柔らかい微笑みで答えるアルベド。
貴族達はアルベドについて歩く。ぞろぞろと歩きながら「魔導王陛下、万歳!」と喋る様子が虫ケラにしか見えなくなる。
ああ。これでは、ナーベラルと同じでは無いか。
アルベドと貴族達が去った天幕には、コキュートスとアウラ、マーレが残る。
「アウラ。」
「はい、アインズ様」
「ニューロ二ストにはあの者らが死を望まないかぎり、絶対に殺さないようにと言っておけ」
「かしこまりました、アインズ様!」
去ろうとするアウラの腕を力強く掴んでしまう。
「……?」
「───死を望んでも、しばらくは殺さないようにともな」
振り返ったアウラに俺はそう言い放ち、「はい!」と元気よく返事をするアウラを見送るとゆっくりと椅子に腰掛ける。
まるで何もかもが色褪せたように──。
「興味がなくなったな」
本当に不思議と全てがどうでも良くなってしまう。
「コキュートスを指揮官に副官をマーレとする。お前達が直接力を振るうのも許可するので、……誰一人として生かして帰すな。」
あの貴族達は仲間を、単騎で敵の王と対峙した主君を殺すことに抵抗がなかったのか。
けれど、そんなことを俺は本当に気にしていたわけじゃない。
ただ約束を違えられたことが許せなかった。だから俺は……
まるで子供みたいに怒っているんだな──。
ザナックのあの笑顔可愛いですよね