何故か惹かれる、ってのがいい
ザナックが
───ザナックがなつきすぎている。彼は貴族の謀反で死んだ。だが、ほぼ直接俺が殺したと言っても過言では無い。それに、王国を滅ぼしたのも、彼の兄や父が亡くなるに至ったのも、俺が原因だ。
俺は、彼の全てを奪った男に他ならない。
最善だったか?と問われれば違うが、後悔なんてしていない。むしろ、今までの何もかもが歯車のように噛み合い、俺とザナックを引き合わせたように感じている。
あんなに多くの命を奪っても何も感じなかった。
アンデッドとなり、この世界に来てからは、人間らしい感情が日に日に薄れていった。それなのに、ここ最近───そう、ザナックをナザリックに連れてきた辺りから、俺の中で何かが生まれている。というより、小さな欠片が…こう、奥底から浮き上がって来てるような。もしかしたら…ザナックが俺の失われかけた人間らしい感情の破片を繋ぎ止め、取り戻させてくれているのかもしれない。
懐いてくれているなんて贅沢な悩みだ。しかも彼に俺が救われているのは今はっきりと分かった。それでも、もし……彼が悲しみや俺に対する憎しみを押し隠して過ごしているのだとしたら?
(本人に聞いたところではぐらかされるかもしれない。それでも……俺には、何ができるのだろうか。)
─────その日の夜にザナックに聞いてみることにした。パチパチと暖炉の火が弾けている。彼は膝にブランケットをかけ、眠そうにしながら俺の部屋のソファで本を読んでいた。眠気に瞼を引かれ、体がゆらゆら揺れている。
「なぁ、ザナック。」
今なら、本音が聞けそうな気がする。そんな予感がした。
数秒遅れて、顔を上げる。とろんとした瞳でこちらを見て、首を傾げた。
「…はい?」
傾げた仕草や、金色の髪がふわりと揺れ、瞬きのひとつさえも、妙にゆっくりに見えた。
「…君は、どうして」
言葉が詰まる。
彼はニッコリと笑って、俺をまっすぐ見つめていた。その微笑が、胸の奥をざわつかせる。
「……?」
「どうして…そんなに、俺に尽くしてくれる、懐いてくれるんだ。君は…俺をどう思っている…?」
視線がぶれて、彼から目を逸らした。言葉にした途端、時間が凍りついたように空気が静まる。
「俺を…憎んでいないのか」
それは問いかけではなく、祈りのようなものだった。もしも俺を憎んでいてくれたなら、君に向けてしまったこの弱さから目を逸らせた。
「どうしてです?」
ザナックの声は、ただ不思議そうで、優しかった。
「俺は…君に諦めさせないと、我慢させないと、誓った。……俺にへりくだる必要なんてない。俺に従うことも……ない。ここは狭い世界だけれど……もっと、自由に…」
「……俺は、貴方に目覚めさせてもらってから……不自由なんてしたことありませんよ。むしろ解放されたような気持ちなんです。」
そう言って、ザナックは隣にいる俺の腕に、頭をそっと預けた。ぬくもりが、やけにリアルで、俺の動きを止めた。
「確かに、最初は緊張していました。怖いと感じたことも、少しだけあります。でも……」
彼の声が、ゆっくりと染み込んでくる。
「貴方が褒めてくれる。気にかけてくれる。撫でてくれる。包んでくれる。……こんな贅沢な毎日が過ごせるなんて、俺は、もうこの幸せを手放したくないんです。」
「……俺は君と、対等な関係に、友人になりたい。」
本当に、それだけだったはずだ。
今は違う。
君の笑顔を見るたびに、欲が生まれてしまう。
「フフフ、俺もです。お慕いしていますよ」
俺だって──いや、俺の方が……!
って、何張り合ってるんだ。
"友人"としての言葉に決まってる。それ以上を求めるなんて、あまりにも……あまりにも、贅沢すぎる。
「……ありがとう。これからも、よろしく頼む」
この気持ちに名前をつけるのは、今はまだやめておこう。胸の奥に、そっと仕舞い込むだけでいい。
─────その夜、俺は眠れなかった。
まぁ……そもそも、アンデッドには睡眠は不要だが。
灯りを落とした自室の天井を、ただじっと見つめている。隣の部屋からは、静かに寝息を立てるザナックの気配。
……思い出してしまう。
「お慕いしていますよ」
あの言葉、笑顔、無防備な甘え方。
俺の腕に、ためらいもなく頭を預けた体温。まるで、全部を許していると言わんばかりだった。
本当に、何もかも……赦してくれるのか?
俺が王国を滅ぼし、家族を失わせ、彼の命さえも奪ったというのに。蘇生されたあとも、怯えるどころか、俺を見つめて「幸せです」と笑ってくれるだなんて。───ズルい。そんなの、ズルすぎる。
俺の中の何かが軋む。アンデッドであるはずの俺の心が、ひどく熱い。抑え込んでいたはずの「欲」が、じわじわと顔を出す。
もっと近くにいたい。
触れたい。
あの髪を撫でたい。
声を聞きたい。
抱きしめたい。
壊してしまいそうなくらい、────。
───ああ、理性が持たない。
骨の手や指からは全く熱を感じられないはず。なのに、胸の奥はまったく冷えない。
もう、ダメかもしれない。あの笑顔を、声を、また聞きたくなってしまう。
今、もし、彼の部屋の扉を開けてしまったら──
「……っ」
立ち上がりかけた膝が震えた。
やめろ。俺は魔導王だ。ナザリックの支配者で、彼の主だ。こんな感情に飲まれて、どうする。
だが。このままでは、時間の問題かもしれない。
ザナック。君は俺の"癒し"なんかじゃない。もはや君は、俺の──
理性の最後の一線を、刃物のように研ぎ澄ませながら、俺は夜の冷たい静けさに身を預ける。
───────────
翌朝、俺はまだ少し気持ちが浮ついていた。
骨であるこの体には、眠気というものは存在しない、睡眠すら必要無い。けれど、昨夜のような精神の高ぶりは、明らかに俺の心を乱し、普段の行動にすら支障をきたしている。まるで人間だった頃のような……そんな感覚を、また味わっている。
執務室に向かう途中、ふと立ち止まった。……ザナックの部屋の前だ。触れることすら躊躇うこの扉の向こうに、俺の理性をかき乱す存在がいる。
「……いや、落ち着け。魔導王としての務めが先だ」
そうやって、自分に言い聞かせて、背を向けようとした瞬間──。
「アインズ様?」
振り返ると、そこにザナックがいた。まだ寝起きのぼんやりした顔だった。けれど、その姿にすら妙に胸が締め付けられる。
「……おはよう、ザナック」
「おはようございます。今……俺の部屋の前に?」
「いや、その……通りがかっただけだ」
動揺を隠しきれず、視線を逸らす。なのにザナックは、にこりと笑って一歩近づいてきた。
「俺も、アインズ様の顔が見たかったので、ふふ、ちょうどよかったですね」
その言葉に、俺は思わず言葉を失った。
ザナックは、嘘をつかない。彼の言葉はいつも、真っすぐに俺の中に入り込んでくる。
「朝食、ご一緒してもよろしいですか?」
「……ああ。もちろんだ」
こんな当たり前の会話に、心が震える。
ああ違う。いけない。俺は、この関係を"当たり前"だと錯覚しはじめている。けれど……この錯覚を、もう少しだけ味わっていたい。
たとえそれが、
儚い夢のようなものであったとしても───
今だけは、手放したくないな。
─────────『ザナック視点』
アインズ様と並んで歩く廊下は、どこまでも静かだった。けれど、その沈黙は不安ではなく、心地よいものだった。いつもなら、俺のような存在が肩を並べて歩くことすら畏れ多いのに。今の俺は、なぜかこの時間を共に過ごすことを許されている気がして──胸が少しだけ、あたたかかった。
「……ザナック」
不意に名前を呼ばれ、俺は顔を上げる。
「はい」
「今朝の君の言葉に、少し驚いた。昨日の話……私が変なことを訊いた後だったから……なんというか少し、距離を置かれるかと思っていた」
─────『俺をどう思っている?』
「そんなこと、するはずないじゃないですか」
即座に否定すると、アインズ様の動きがわずかに止まった。その反応が、なんだか子どものようで──思わず、笑みがこぼれてしまう。
「むしろ、もっと話したいと思ってました。アインズ様と……もっと、色んなことを分かちあいたいと」
「……ザナック」
たった一言。
でもその呼び方に、深く感情が滲んでいた。
誰かが俺の名を呼ぶ声が、こんなにも優しく響くなんて、思ってもみなかった。俺は、意を決して足を止めた。そして──彼のローブの端を、そっとつまんだ。
「……俺の気持ち…は、あれで終わりじゃないです。あの夜の言葉は、始まりに過ぎません。だから……今度は、アインズ様の言葉を聞かせてください」
アインズ様は、目を逸らした。表情を読むことはできない。でも、その沈黙の裏で、きっと心の中に嵐が起きているのだろう。彼は、誰よりも優しいから。誰よりも孤独で、不器用だから──。
「俺は、ずっとここにいます。アインズ様が言葉にするまで、何年でも待ちます。でも……逃げないでください。俺は、貴方に向き合いたいんです」
その瞬間、アインズ様が──ほんのわずか、手を伸ばした。骨の手が、俺の頭にそっと触れる。恐れるように、でも大切なものに触れるように。
「……ありがとう。ザナック」
その声は、微かに震えていた。けれど、確かに俺の心に届いた。この関係がどうなるのかは、まだわからない。けれど、俺たちは今、確かに同じ方を向いている。その事実だけで、今日という一日は、とても幸福に思えた。