朝チュンみたいな……
絆され
ザナック誕生日会兼歓迎パーティの翌朝。
朝日が薄く射し込む部屋の中、静寂の中で微かな寝息が聞こえていた。俺の部屋のベッドの真ん中──そこに寝ていたのは、ザナックだった。柔らかく乱れた寝具の中で、小さな体がもぞもぞと動く。そして次の瞬間、彼は眉間にしわを寄せ、頭を押さえながらうめき声を上げた。
「うう……? ここは…」
ゆっくりと上体を起こした彼は、寝ぼけ眼でぐるりと見渡す。自分のものではない部屋に戸惑う様子を見せながら、やがて隣に立つ俺の姿を見つけると、わずかに安堵したような顔を見せた。ふむ、可愛い。
「起きたか……体調はどうだ?」
声をかけると、彼はこくんと頷きながら、頭を抱えて呻いた。
「あーー、頭が、ガンガンします……」
乱れた金髪が額にかかり、どこか無防備なその姿に、昨夜の出来事が否応なしに脳裏に蘇る。子供部屋の壁紙の色を本気で論争したり、吐く寸前の異常テンションだったり──まるで夢のような時間だったが、たしかに現実だった。
「そうか。……二日酔いだな」
俺がそう言うと、ザナックは困惑の色を浮かべて首を傾げていた。少しの沈黙のあと、俺は意を決して、口を開く。
「その……ザナック。昨夜のことだが……」
言葉を選びながら、俺は彼の目を見据えた。軽く流せる話ではない。もしも、彼があの言葉や態度を酔った勢いではなく本心から口にしたのなら、俺もまたそれを真摯に受け止めるべきだと思った。
「君が……本気で考えているなら……俺も、真剣に向き合おうと……」
しかし、その時──
「……なんの事ですか?」
ザナックはまっすぐな瞳で俺を見返してきた。その表情に、昨夜のあの騒動を微塵も覚えていないことがありありと表れていた。
──……まさかの、記憶なし。
俺はその場に崩れ落ちそうになる気持ちを、ギリギリの理性で踏みとどめた。酔っていたからな、なんて、納得できる訳無かった。
───そして夜。
仕事を終え、部屋へ戻ろうとした矢先、廊下の突き当たりに立っていたザナックと鉢合わせた。
「あっ、アインズ様。お疲れ様です」
いつものように軽く会釈をしてきた彼に、俺も小さく頷き返す。昨夜のことを思い出して、少しだけ気まずい。
「君も……今日は早く休め」
「はい。あの、ちょっとだけいいですか?」
「ああ」
そのまま、廊下の壁際に並んで立つ。廊下の奥の窓の外には星が瞬いていて、妙に静かな夜だった。
やや間を置いて、彼はぽつりと口を開いた。
「自惚れかもしれないですけど……」
珍しく言い淀むようにしてから、彼は俺の顔を覗き込む。
「アインズ様って、俺に……よく笑いかけてくださってますよね?」
(……え?)
一瞬、思考が停止する。俺に表情はない。骸骨に、笑みなど存在しないはずだ。そもそも、俺が笑っているように見えるということ自体、ありえない。
だが──
(いや、確かに……)
ザナックといるとき、俺はどこか、安心していた。自覚は無いが、笑ってしまっていた心当たりはある。彼は、こんなことを言うためだけに待ち伏せていたのか……!?
「そんなことは、ない。俺は……常に公平に──」
「違うんです」
俺が否定しようとしても、彼は静かに遮った。だがその声音は、冷たくはなかった。
「皆様と話してるときのアインズ様と、俺と話してるときのアインズ様、ぜんぜん違います」
どこか誇らしげで、けれど少しだけ照れているような、年相応の笑顔。俺は、何も言えなかった。
「別に……それが嫌だとか、そういうのじゃないです。ただ、すごく嬉しいんです」
「……ザナック……」
「だからその、もっと笑いかけていただきたいな、と……」
その言葉に、心の奥が掻き乱されるような感覚を覚えた。──俺は、彼を特別視していた。それを本人に見抜かれていた。にもかかわらず、彼はそれを責めるどころか、「嬉しい」とさえ言った。
(どういうことだ)
俺の中の何かが、揺らぐ。冷静になれない。情けない。
「アインズ様……?」
俺を覗き込むように、心配そうな声。思わずその目を直視できず、俺は目を逸らした。
「……何でもない。部屋に戻るといい」
「はい……おやすみなさい」
彼が去ったあと、しばらく俺は動けなかった。
俺は、どうすればいい?
この感情は、どこへ向かう?
翌日の昼過ぎ、食堂を通りかかった時のことだった。ふと視線をやると、カツ丼を食べているザナックがいた。白いご飯の上にさくさくのカツ、とろとろの卵。彼はそれを頬張りながら、幸せそうに目を細めていた。食べている時がやはり一番可愛い。彼はこっちに気づいたのか、目が合うと、嬉しそうに手を振ってきた。
あ、い、ん、ず、さ、ま。と唇が動いていて。
「………………っ」
自然と手を振り返していた。心がまた少しだけ、揺らされた。
───ザナックが昼食を済ませ、午後のゆったりとした時間。昼から続いた文書整理と報告書の確認に、俺は少し疲れていた。隣に座っているザナックもまた、慣れない仕事に苦労を見せていたが、それでも最後まで一つ一つに目を通していた。その真面目さが微笑ましく、頼もしくもある。やがて──静かな部屋に、規則的な呼吸音が響く。見れば、ザナックは椅子に座ったまま、ぐったりと身を預けて眠っていた。肩から落ちかけた上着を直そうと近づいた、そのとき──
「……っ」
俺のローブの裾を、彼の小さな手が掴んでいた。まるで、何かを頼るように。怯えを隠すように。
(……なぜ、こんなに……)
俺は彼の体を支えるように座り直し、その顔を覗き込んだ。睫毛の影が落ちる頬。穏やかな寝息。
こんなに近くで見るのは初めてかもしれない。静かに胸を満たす、温かいもの。そのとき、ザナックがうっすらと瞼を開けた。
「……もっと、近くに…」
夢の中にいるような声だった。
誰に向けた言葉なのかも分からない。
俺はただ、そこにいる彼から目を逸らせない。目の中に吸い込んでしまおうとするように、じっとりと釘付けになっていた。
──────
他国からの使者がナザリックを訪れ、俺とザナックも共に応接した。外交補佐官としての仕事も慣れてきて、ザナックは少しずつ自信をつけていっているようだ。笑顔をよく見せるようになり、それが他国の者からも好評らしい。最近、ナザリックに用事があれば必ず俺に挨拶に来る、小綺麗な年配の男が目につく。丁寧な言葉。真っ直ぐな眼差し。俺の目から見ても、ザナックとは気が合っているようだった。距離感も自然で、正直……俺よりも仲が良さそうに見えた。今回も「魔導王に挨拶を」とは言っていたが、俺とは二言三言交わしただけで、その後はザナックとずっと談笑している。
完全に、俺は蚊帳の外。
だが、それ自体は構わない。問題は別にある。
その男がザナックを見る目、話す時の声音や仕草───他とは明らかに違う。まるで、特別な人間を見るように。一瞬だけ、俺と目が合った。だが、男は、興味もなさそうにすぐ視線をザナックへと戻した。………怒りがふつふつと湧いてくる。感情抑制が働く前に、思わず睨みつけた。その男のこめかみに穴が空くほどに。いや、空いてしまえ。その男はザナックに対し、柔らかな笑みを浮かべてこう告げた。
「いやはや、ザナック殿は聡明で、礼儀正しい。貴国にこんな方が仕えておられるとは、羨ましい限りです」
「ふふ……ありがとうございます」
頬を染めて頭を下げたザナックが、照れたように微笑んだ。その笑顔に──胸が、鋭く刺された。
(……そんな顔、俺にしか見せてほしくない)
ぎゅう、と胸が締めつけられるような感覚に襲われる。
(……なぜ、こんなに……?)
俺はザナックのどこにこれほどまで心を乱されているのか───答えはもう、薄々わかっている。でも、認めたくなかった。
会談後、廊下を歩いていたとき。隣に並んだザナックがふと足を止め、こちらを見上げる。そして、目を細めて軽く首を傾けて言った。
「……俺、ナザリックにいられて、幸せです」
その言葉が、何よりの刃だった。
お前は、何も知らないままに。
俺の胸に、どれほどの想いを投げ込んでいるのか。