ザナックは弟ポジションが似合う
みんなの弟
ザナックを蘇生してから、二十一日が経過した。
彼は、実によく働いてくれている。声をかけなければ延々と動き続けてしまうところが、唯一の困りどころだろうか。NPCたちとも順調に関係を築いている。とはいえ、未だ紹介できていない者や、顔を合わせる機会の少ない者も多い。今日は、そのうちの一人──副執事長、エクレアと引き合わせる予定だ。エクレアは人間に対しても比較的友好的で、かつてはツアレの教育にも熱心にあたっていた。
口調が少々大仰なのは相変わらずだが、根は実直な性格だ。信用に値する。ザナックとも、うまくやってくれるだろう。
────ナザリック地下大墳墓、第九階層の広間。
俺はザナックとエクレアを引き合わせる段取りを整えていた。広く静かな空間に、先にザナックと俺が入る。
「ここで待とう」
「はい、承知しました。……ところで、アインズ様。本日お会いする副執事長殿は、どのような方で?」
「……ああ、そうだな。会えばすぐに分かる。……来たようだ」
ザナックが気配に反応し、広間の扉の方へ目をやった。が、誰もいない。首を傾げ、周囲を見回す。
「……?」
キョロキョロと視線をさまよわせる様子が妙に愛らしく、ほんの一瞬、笑みがこぼれそうになるのを抑えながら告げた。
「──下だ」
「えっ?」
ザナックが戸惑ったまま視線を下へと向けた、そのとき。
「やあ!」
高らかな声と共に、そこに現れたのは、フサフサの黄色い毛を整え、胸元に黒いリボンをちょこんと付けた一羽のペンギンだった。その堂々たる立ち姿に似合わぬ可愛らしい外見に、一瞬ザナックは目を見開いた。だが、すぐに膝をつき、深く頭を下げる。
「失礼いたしました、無礼をお許しください…」
その真摯な態度に、エクレアが一瞬、目を見開いた。その表情には驚きが浮かんでいる。約一月前、王国から受け入れた有能な人間たちの中には、初対面でエクレアに対し戸惑いを隠せず、不遜な態度を取る者も少なくなかった。それに比べれば、ザナックのこの礼節ある対応は、エクレアにとっても新鮮だったのだろう。
やがて、エクレアは小さく頷き、胸を張って名乗る。
「私はナザリック地下大墳墓第九階層の副執事長──エクレア・エクレール・エイクレアーだよ。どうぞ、エクレアと呼んでくれたまえ!」
そう言って、ふわっとした白いおてて──いや、翼を差し出した。ザナックはその手に優しく触れ、握手をして丁寧に応える。
「エクレア様。よろしくお願いいたします。ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと申します。……"長いので"、ザナックとお呼びください」
一瞬の沈黙。そして、エクレアがぽつりと呟いた。
「……負けた……」
思わず吹き出しそうになったのを、またしても感情抑制でなんとか乗り切った。
……やはり、この組み合わせは正解だったようだ。
─────────『エクレア視点』
ナザリック地下大墳墓、第九階層の広間。
呼び出されたと聞いて、足早に向かう。用件は、副執事長として新たな客人と顔を合わせることだとか。
噂には聞いているし彼の歓迎会で会った、そしてシズ様に誘拐された時も。アインズ様が蘇生させたという、元王国の王族のひとり。だがうろ覚えだ。端的に言えば、目付きが鋭くて、体つきがちょっとふくよかで……見かけた時はどこか影がある青年だった。
名前をうろ覚えのまま広間の扉を開け、ぺたぺたと音を立てて歩いていくと、すでにアインズ様とザナック様がいた。だが、ザナック様は──見えないのか、まるで誰も入ってこなかったかのように首をかしげて、きょろきょろと周囲を見渡していた。
(……ああ、これはいつものやつだ)
身長差という壁に阻まれるのも、もう慣れっこである。案の定、アインズ様が「下だ」と一言。ザナック様が慌てて下を見ると──ようやく私に気づいた。
「やあ!」
声を張って挨拶する。彼はぱっと目を見開いたかと思えば、次の瞬間、膝をついて深く頭を下げた。
「失礼いたしました、無礼をお許しください……!」
(…………おや?)
これは、予想外だ。
たいていの人間は、第一印象で戸惑いを隠せず、妙な間を取ったり、半端な礼を見せたりするものだ。
だが彼は、まるで当たり前のように、真摯に、礼を尽くしてきた。少し驚いて目を見開いたのを自覚しつつ、私も礼儀正しく名乗る。
「私はナザリック地下大墳墓第九階層の副執事長──エクレア・エクレール・エイクレアーだよ。どうぞ、エクレアと呼んでくれたまえ!」
翼を差し出して握手を求めると、彼は迷いなくその手を取り、丁寧に応じてくれた。
「エクレア様。よろしくお願いいたします。ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと申します。……長いので、ザナックとお呼びください」
その名乗り口調と節度、そして最後の「長いので」というひと言に、不覚にもクスリと笑ってしまった。
「……負けた……」
彼は、礼儀を尽くすという行為の本質を理解している。──これは、見どころがあるかもしれない。
後日、アインズ様から「掃除に関しても教えてやってほしい」と頼まれ、私は喜んでその役を引き受けた。
「掃除なら、一通りは……自室の整理整頓程度なら出来ますが、本格的な掃除道具や手順については、正直……」
と、ザナック様は少し申し訳なさそうに言った。
元王子であることを思えば当然のことだ。だが、彼の言葉には掃除に対する驕りも恥じらいもなく、ただ素直な学びの姿勢があった。まずはモップの持ち方から始まり、掃除布の畳み方、道具の管理、どの順序で拭いていくか──彼はまるで、乾いたスポンジのように知識を吸収していった。指示されたことを即座に理解し、繰り返せばすぐに身に着けていく。
「……よくできた、ザナック様。これなら、明日からは一人で任せられそうです」
「ありがとうございます、エクレア様。もっと上手くなりたいです。……俺、こうして手を動かすの、好きなんです。心が落ち着くというか……」
その言葉に、ふと胸があたたかくなった。
真面目で、素直で、よく気がついて、礼儀正しい。
どこか弟のような存在に思える。
「ザナック様。こちらへ」
私が呼び付けると、彼は当然のように目の前に膝をつき、目線を合わせて来る。ぽん、と。頭に翼を置いた。一瞬、ザナックが目を見開いて動揺した。
「エクレア様…………?」
彼は首を傾げた。その仕草がやはり守りたくなる。
翼を少しだけ撫でるように動かした。
「私のことは、様付けで呼ばなくてもいい」