※この作品はR-18です。

ザナック蘇生if/アイザナ   作:アイザナ大使

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ラナー視点です。
成長してからは「優しくて天才のお姫様」として認められたけど小さい頃は苦労したのかも




本当のラナー

 

 

 

 

 

────『オウジョサマ』

 

 

やめて、私そんな名前じゃないわ。

けれど誰も聞いてなどいなかった。白く整えられた小さな部屋に、甘ったるい声が満ちる。

「今日はお外でお花を摘みましょうね、オウジョサマ」

「絵本を読みましょう。今日はうさぎさんのお話です、オウジョサマ」

「舞踏会の練習もございますわ、オウジョサマ」

いいえ。私は──

ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

私には私の名前があるのに、誰もそれを呼ばない。

けれど、丁寧に名乗る必要はない。

この人たちは誰も、私を「人」として見ていないのだから。ある日、私はお父様──ランポッサ三世のもとに出向いた。王国の税制度について、新たな案を提案するためだ。まだ六歳の私に、重税がどうこう言ったところで誰も真に受けないだろう。けれど、村の焼け跡を絵で見たの。飢えた子供たちの顔を、本で読んだの。だから私は考えた。どうすれば税を軽くして、兵を養って、民を守れるのか。

「お父様。軍の一部を国有農地に配置して、余剰作物の買い上げ制度を設けてはどうでしょう。流通が偏っているのは、民の生活に不安があるからです」

言い切った。声も震えず、視線も逸らさなかった。

お父様は私の顔を見た。驚いたように眉を上げて、それから──

「ほう、ラナー。お前は、花嫁修業の一環でそういうことも学ぶのか?」

私の声ではない。お父様が見ているのは、私ではない。

「王女のくせに、面白いことを言う子」──それだけ。

私は笑った。柔らかく、そう、完璧に。教えられたとおりに、王女様らしく。

「……はい、父上。少しだけ、遊びのつもりで、……考えてみたのです」

それで"満足"したのか、父は微笑んで、私の髪を撫でた。温かい手だった。

───でも、重い。重すぎて、泣きそうになった。

書庫に行っても同じだった。

本を開けば、すぐに誰かがやってきて、「それよりもお人形で遊びましょう」と言う。政治書に触れようとすれば、絵本と差し替えられる。

私が知りたいのは、うさぎが靴を履く理由ではない。人が、人として生きる方法だ。

でも誰も、私の疑問に答えてはくれない。

答えどころか、耳を貸すふりさえしない。

王女様らしく、微笑んで、スカートを揺らして、愛らしくあること。

それだけを、誰もが望んでいる。

そう、だから私は──

王女様ごっこをしている。

この檻の中で、演じている。

名前を奪われ、心を隠して、今日も「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ」は、誰にも見えないまま。

でもいつか。

誰かが、私の名前を、心から呼んでくれる時が来るなら──その日を、ほんの少しだけ、夢見ている。

 

 

──────翌日。

午後のおやつを食べ終えた頃、私はこっそり書庫を訪れていた。私のいつもの特等席、本の積まれた机の奥の席。誰にも見られない私に相応しい、面倒臭い干渉を受けない特別な場所。……だけど、今日は先客がいた。それは私のお兄様。ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。

ザナックお兄様は、本を広げて熱心に読んでいた。

「…ん? あ、ラナーか。悪いな、お前の席だったか」

どう声をかけるべきかと、

思わず立ち尽くしてお兄様を見つめていた私に、声がかかる。

「いえ、特にそういうわけでは……! お好きな席でどうぞ、お兄様」

ふんわりと柔らかく、言葉も角が立たないように笑みを浮かべた。可愛いらしい妹を、模して。

「嘘つけ。いつもここで、コソコソと熱心に本を読んでるだろう?」

「へ?」

私の口から間の抜けた声が出た。メイドやお父様には一切気付かれていなかったのに、何故、このひとには気付かれたのか。私を、見ていたの? ずっと?

「お前、成績良いのにこれ以上勉強してどうするんだ? 何を目指してるんだ?」

「違います。何を目指してる訳でもなく、私は……知りたいんです! この世の何もかもを…知りたい。理解したいの…」

なのに、理解できないの。私は、お父様やメイドがわからない。何を考えて、何を思っているのか。

どうして、私は王女様なのか。

「ふーん。変なやつだと思ってたけど……お前も普通なんだな」

それまで口を閉じていたお兄様が、妙に納得したように言った。

(私が変人だと……?)

「ふ、普通…ってなんです?」

擬態出来てなかった。なら、お兄様から学べばいい。普通の妹になるために。

「さあな。普通に、頑張ってる?」

お兄様は首を傾げる。何故疑問形。

「それって、褒めてるんですか」

「褒めても貶してもない。」

したり顔をしてお兄様は胸を張った。

「そうですか、では」

この人、ただの阿呆だ。

そう思った私は、サッと会釈をしてその変人(おにいさま)に背を向けた。

「まてよ、妹。」

去ろうとすると、後ろからお兄様に右腕を掴まれる。

「なんです?」

鬱陶しく感じながらも、ニッコリとした笑顔を作ってから振り返る。

「俺たち……あまり会わないだろ? ここで会ったのもきっと必然だ。せっかくだから、一緒に本を読もう。」

そこにはぎこちない笑みを浮かべたお兄様がいた。

「申し訳ありません、私、舞踏のお稽古が……」

愛らしくも申し訳なさを滲ませた妹の声で応じる。

「いいだろ? 妹なんだから」

お兄様は言い切った。子供だ。

「いや、その前に私は王女……っ」

と言いかけると、ぐいっと強引に本の山の中へ連れ込まれる。

「ちょっと、……!」

「その前にお前は俺の妹だ。だから兄の言うことに従え」

「……そういうの、よくないんですよ。むりやりは。」

「ふ、フフッ………"かわいくないな"その顔。それでも王女かよ」

そう言われて、初めて気がついた。

私は眉間にしわを寄せ、いーっと口を歪めていた。

王女らしからぬ表情。もっと冷静に対応できたはず。なのに、なぜ……。

頬に手を当て、もにゅもにゅと揉んで"調整"をする。良くない。これは良くない。

「何してるんだ?」

お兄様が、ぽかんとした顔で訊ねる。

「調整です……。これは王女として良くない顔なので……!」

私がそう言うと、お兄様は無言になり、上がっていた口角が真一文字になる。

「なぁ、お前、もっと素でいいぞ」

「これが素です。」

私は即座に返す。ハッとして頬を押さえ、微笑みを携えた。

「それはすまなかった。」

口ではそう言いながらも、お兄様は、ふんっと鼻で笑っていた。

 

 

──────────

───────

 

 

お兄様を談話室に呼び出した私は、もう十年も前のことを思い出していた。

あの後、お兄様とは付かず離れず。

でも、お兄様はだんだんと阿呆では無くなっていったし、私も、お父様のことは理解できなかったけど、代わりに分かったことがある。

私は、王族で、王女様だから"価値"があった。

それ以外で私に価値を見出していたお兄様や、クライムが不思議だった。ほんの少しだけ。

私の行動源はずっと"興味"や"疑問"だった。

クライムに向けたこれは、本当に愛なのか。時折疑いたくなる。いつか、終わってしまうものなのかもしれない。

だから、私は行動する。

愛を象るために。

そう、お兄様に向かうコレも、きっと。

─────はぁ、と息を吐く。

布袋から、お兄様に焼いてきたクッキーを取り出す。用意したお皿に、丁寧に並べていく。

「食べてくれるかしら。毒が入ってる、と疑われるかもしれない」

ザナックお兄様は、ここに来てから、少なくとも私が見かけてから日に日に痩せていっている。

お兄様が昔好きだと言っていた、甘くて柔らかい、口の中でほろほろと砕けるクッキー。

(試食してみたら美味しかったから、クライムにもプレゼントしましょう)

お兄様はまだ利用出来る。その"価値"がある。

お兄様は、あのままだと死んでしまう。

私だって心まで悪魔になったわけじゃない。死んで欲しくないと思っている。それに、あの"ぽよぽよ"は昔から私のお気に入りだ。

「ふふ、ふふふ」

───ふと、クッキーを盛り付けたお皿を覗く。

陶器のお皿に映った私の顔。頬はほんのり染まって、柔らかく上がった口角、下がった眉。

ああ。

私───"本当の妹の顔"が出来たのね。

 

 

 

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