アインズ様本人とのイチャつきはもちろん萌えですが
他キャラとザナックを絡ませるのも良い
礼拝堂の扉を押し開ける。
冷たい空気が流れ出してきた。光の届かない奥から、這い寄るように。けれど、その中にも確かに"陽"はあった。
高窓から差し込む淡い昼の光が、堂内を斜めに照らしている。その光を縫うように、空気中の埃が金色に染められ、ゆるやかに舞っていた。広い空間には張り詰めた静寂が満ちていた。
微かな息づかいさえ、罪深く思えるほどに。黄金の装飾が施され、光を受けて鈍く輝く柱、彩色されたステンドグラス、その先に──それはあった。純白の棺。棺の周囲には、手入れされた花が静かに咲いている。
この礼拝堂には誰も入れないはずだが、花は毎日、新しいものへと変えられていた。俺が命令したわけでも、部下の気まぐれでもない。ならば誰が?
……答えは決まっている。俺だ。今日も、俺は白い百合を一輪、手にしてここへ来た。無意識に足が向いていたんだ。たぶん、そうなんだろう。理由などない。
棺のそばまで歩み寄ると、俺は立ち止まった。
視線を棺の蓋へ。指先を、そっと伸ばす。魔法で封印された蓋は、俺の意思に応じて静かに開く。花びらのように舞う魔力の粒子の中、彼が、いた。
ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。
死してなお、穏やかな寝顔を保ち続ける、あの男。戦の末に命を落とした王子。かつて敵であり、短くも言葉を交わした相手。──安らかに見える。その表情に、 苦悶も、怨嗟もない。かつて命を賭して俺に挑み、矜持を貫いた男が、こんなにも穏やかで、綺麗に眠っている。……まるで、すべてを許して、すべてを受け入れていたかのように。
「……お前は、どうして笑っているんだ」
そんなはずはないのに、そう見える気がして、苛立ちとも焦燥ともつかない感情が胸に湧き上がった。
いや、胸など無い。臓腑も、血も、もうこの体には存在しない。ならば、これは何だ? 何が、俺の心をざわつかせている? 彼の顔を、俺はじっと見つめた。眠るようなその表情は、敵に敗れ、辱められ、死に至った人間の顔とは思えない。あまりにも、静かで、美しかった。
俺の手が、彼の額に触れようと伸びていく。だが、ほんの数ミリ手前で止まった。
触れてしまえば、何かが壊れてしまいそうだった。
この距離感が、今の俺にはちょうどいい。これ以上は近づけない。そうだ、これは──死者と生者の境界線。いや、もう俺も、生者とは言えないんだが。
「……なぜだ、俺は……」
理屈では割り切れる。ザナックは、かつての敵国の王子にすぎない。 死してなお保管する理由など、どこにもない。 ……それなのに、俺は彼をここに残した。
まるで、手元に置いておきたいと言わんばかりに。そんな感情は、もうこの身体には存在しないはずなのに。存在してはいけないはずなのに。それでも、俺は彼を保存したことは事実だ。綺麗に整え、花を添え、冷たくも静かな場所に。
「……部屋に戻ったら、掃除の命令でも出すか。……いや、それより先に……花を……」
言い訳のように呟く。これは義務だ、責任だ。そう言い聞かせたい。だが、これは違う。
俺は……彼を忘れたくないんだ。棺の蓋を、そっと閉じる。あの顔が見えなくなることに、ほっとするような、寂しさを感じるような──。次は、いつ来ようか。三日後か、一週間後か。いや、明日も……来てしまう。そうしなければ、落ち着かない気がするんだ。
二日後─────
「昨日来たくせに、また来たのか」とでも、言いたげな顔をしているな。
……もちろん、何も言わない。何も、返ってこない。
ザナックは、ただ静かに眠ったままだ。だけど、あの短い会話、彼のあの最後の笑顔。あれは……偽りじゃなかった。俺も、それに敬意を評したい。それだけじゃない、俺は彼の中に何かを感じ取った。
これは───友情だったのではないか?
そう思った瞬間、胸の奥に、微かな衝動が生まれた。もう一度……もう一度だけ、話したい。自分勝手だと分かっている、彼の死を侮辱する行為だ……。それが叶わないと知っていても──
「あぁ…………俺は、わがままだな…」
ザナックを蘇生させる。
その考えが頭を支配して、計画性のないままに行動に移しそうになる。だが、先のことを冷静に考えると、問題が山積みだ。ただ蘇生して、やったーとは行かない。アルベドや、プレアデス辺りが猛反対しそうだ、いや、俺の命令なら聞かせることが出来る。だが、それでは意味がない、ザナックが………彼が受け入れられる環境にしなくては。
「また、来る」
俺は彼に挨拶をして、
そっと棺を閉じて礼拝堂から出ていく。その日の午後、守護者達とプレアデスを集めた─────。
緊張で体が固まるような感覚がした。だが、守護者たちにこれを伝えないと始まらない。
「よく集まってくれた。お前達に重要な話がある。……私はザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフを、蘇生させたいと考えている」
重く、低い声が会議室に響いた。静寂が、音のように広がる。
「……アインズ様?」
最初に反応したのはアルベドだった。戸惑いと困惑がないまぜになった瞳で、椅子に座る俺を見つめる。デミウルゴスは静かに眉をひそめ、隣にいたシャルティアは僅かに目を見開いている。
コキュートスは何も言わず、ただ黙って俺を見つめていて、マーレも戸惑った様子で、アウラは少しだけ驚いた顔をして、俺の言葉を真剣に聞こうと待っている。
「彼は、敵国の王子でした。王国は、既に我らによって滅ぼされ……"彼の存在に意味は"……」
「それでも──」
俺はアルベドの言葉を遮り、ぎゅっと指先を組んだまま言葉を吐き出した。
「彼の死に、私は納得できなかった。ああ……私の命令の結果で、彼は……あの場所で、無残に、辱められた。」
その言葉に、空気が変わった。
俺の声は震えていない。だが、静かな声がかえって心に刺さるようだった。
「私は……王として、全体を見て、最善を選んだつもりだった。いや、最善だった。だが……彼にもう一度会うことを……ずっと考えていた」
「あ、アインズ様……っ?」
アルベドが心底怪訝そうな顔でつぶやく。片眉がピクピクと痙攣している。それほど不可解な事を言っている自覚はあった。
「彼は……ただ、自分の民を救いたかっただけだ。……必死に頭を下げて、私に食い下がった。……命乞いじゃなかった。国のため、民のため……それが、"王"の姿だった」
これ以上嘘を重ねるのも、誤魔化すこともしたくない。俺は顔を上げて、強い意志を示す。
「彼を見て……"ああ、これが本物の王なのだ"と心の底から思った。……あれほど、命を懸けて他者のために動ける者を、私は他に知らない」
沈黙が落ちる。
「私は……彼のことを、認めたい、友と呼べるようになりたい。一国の王子としてではなく、一人の人格として、誇りある存在として──認めた上で、再びこの世界に迎え入れたい。……それが、私のわがままだとしても、お前達に伝えたかった」
俺は立ち上がり、そっと胸に手を当てた。
「ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、王国の亡霊ではない。魔導国が拾い、価値ある命としてもう一度生きるに足る人物だ。──私は、そう信じている」
部屋の空気が揺れる。守護者たちの視線が、俺に注がれる。ナザリックの主としての尊厳を最低限保ちつつ、俺の正直な気持ちを伝えた。
そして、デミウルゴスが、静かに立ち上がった。
「私は、アインズ様のご決断を尊重いたします」
「……デミウルゴス」
「ザナック殿が持っていたもの──それは、たとえ敗者のものであっても、理想たりえる。……それを拾い上げ、未来へ繋げるのが、我らの強さでありましょう」
デミウルゴスは穏やかに微笑んだ。
「そして、そのような者が"アインズ・ウール・ゴウン陛下に選ばれた"という事実は、今後の外交や統治にも意味を持つと考えます。理と情、その両方を併せ持つ者こそ、真の支配者に相応しい」
アルベドは一瞬、迷いを見せたが──最後には深く頷いた。
「……私も、アインズ様のご意志に従います。……ただひとつお願いがございます。どうか、その者が"魔導国の忠臣"とも、なれるよう……私供も無論ご協力しますが、陛下自らも導いてくださいませ」
アルベドの言葉が俺の中に重く響く、そして俺は静かに頷いた。
(……もう、あんな後悔はしたくない)
「──ああ。彼を導くのは、私の責務だ。」
友を失うのは、もう御免だ。──俺は、そう告げて、椅子に座り直した。
沈黙の中で、最初に動いたのはデミウルゴスだった。
「……アインズ様のお考え、確かに承りました。しかし、ひとつだけお尋ねしても?」
俺は頷いた。
「蘇生されたザナック殿が、我々──ナザリックに敵意を抱いた場合、どうなさいますか?」
正論だ。感情ではなく、実務として当然の問い。
俺は答えた。
「……それでも、俺は彼と話をしたい。敵意を持っていたとしても、それを含めて"彼の意志"だ。……俺は、それを受け止めたいと思っている」
アルベドが小さく息を呑んだ。
「……そこまで」
それでも彼女は、すぐに膝をついて言う。
「ですが、アインズ様の決定であれば、
我らは従います。……この身が滅びようとも、魔導国の未来のため──」
それを、手で制す。
「……違う、アルベド。これは"魔導国の未来"のためではない。……ただの、私のわがまま、それだけだ。」
真実を偽らない。これは、王の道理などではなく、ひとりの個の執着。
それを伝えることで、彼らに理解して欲しい、俺が本気だってことを。
「では───改めまして。アインズ様。貴方ただ一人の……"わがまま"として、私は彼を受け入れますわ。」
彼女は黒髪を揺らして、俺を見上げ、胸に手を当てた。
「……まだ、反対意見だと言う者もいるだろう。私はそれを責めないし、強制的に納得させることもしない。」
プレアデス達が顔を上げて、少し驚いている。
「私はお前達が、大好きだ。幸せになって欲しい、幸せにしてやりたい。」
「ふああ、アインズ様………!私を、幸せに…」
と小さな声で呟き、アルベドが息を荒くして頬を染めている。
「ん? ああ、お前達NPC、みんながな?」
咳払いすると、アルベドが涎を拭いて姿勢を正す。
「だから、お前達が彼を受け入れられるように、これから努力する。お前達にも、ザナックにも嫌な思いをさせたくないからな。」
──────その後、夜が深くなりつつある頃、アウラとマーレが、礼拝堂の掃除をしていた。
────────『アウラ視点』
夜中に礼拝堂に入るのは、なんだかちょっと緊張する。
でも、ここはアインズ様の大切な場所だから──私たちにしか任せられない、って分かってる。
静かすぎて、足音がやけに響く。マーレと一緒に、そっと扉を閉めてから、私は天井の大きな照明にあかりを灯した。柔らかく灯る魔法の光が、礼拝堂の空間をゆっくりと照らしていく。高い天井、白い壁、そして……あの棺。
(あそこに、ザナックっていう人がいるんだよね。)
アインズ様が、私たちを呼んで、彼のことを話してくれたとき、すごく真剣な顔をしてた。
「彼は誇り高い人物だった。だから、丁寧に扱ってやってほしい」って。
(うん、分かってるよ、アインズ様。)
「マーレ、花の水、先に替えてくれる?」
「う、うん……分かった、お姉ちゃん……」
マーレはちょっと緊張してるみたい。人見知りしてるのかな。私も少しだけ……不思議な感じがした。
ザナックって人はもう動かないけど、何か……ここに"想い"が残ってる気がした。それは、彼のものなのか。それとも、アインズ様の……? 私は床に膝をついて、細かい埃を拭き取っていく。ステンドグラスに色づけられた、石の床が少し冷たい。それでも、どこか心が温かくなるのは、どうしてなんだろう。
────────『マーレ視点』
「……失礼します」
小さな声でそう言って、僕は棺の周りをそっと掃除する。白くて、綺麗な百合が飾られていて……アインズ様が、毎日ここに花を手向けてたって聞いた。
それが、どんな意味を持ってるのか、全部は分からない。でも、アインズ様の声、ちょっと寂しそうだった。
(少しだけ、羨ましい)
棺の側面を柔らかい布で拭きながら、僕は思った。
(……ザナックさんって、どんな人だったんだろう。)
「ね、ねえお姉ちゃん……ザナックさんって、アインズ様にとって……やっぱり、大事な人だったのかな……?」
お姉ちゃんは手を止めて、ちょっと考えるように言った。
「うん。たぶん、すごく大切だったんだと思う。……アインズ様って、ああ見えて、人のことよく見てるから。特に、自分を偽らない人には、弱いんじゃないかな」
「偽らない?」
「うん。ザナックって人、アインズ様の前で……多分、自分をそのままぶつけたんじゃない? だから気になって、忘れられないんだよ」
「でも、そう考えたら私も気になってきたかも」と付け加え、お姉ちゃんは自信ありげに、そう笑った。アインズ様のこと、すごく見てるんだなぁ。僕は、ふと棺の蓋に目をやる。その中にいる人を、知らないままじゃいけない気がして、心の中でそっと話しかけてみた。
……こんにちは。ザナックさん。
アインズ様は、あなたのこと……今も、すごく大切に思ってます。だから、僕たちも、丁寧に掃除しますね。
そっと、埃を払う。堂内にほんの少し、風が吹いたような気がした。