アインズ視点から。
むにむにしたい
──怒っていた。
いや、これはもはや怒りではない。それ以上の、もっと本能的な、「奪われた」という、
おぞましくも抗えぬ、"執着"だった。
「……ザナック、君は危機感が欠如している……」
腕の中、軽い。小柄で、柔らかく、触れれば壊れてしまいそうなその体。あの男の前に、たった一人で、そんな無防備な状態で、"その顔"を見せたのか?
大げさだ、自分でも分かってるつもりだ。だが、止まらない。溢れてくる。
「危機感って、ジルクニフ殿は別に危なくな…」
──甘い。
ザナックは、相手の"好意"には、鈍い。
それは、ナザリックの者たちに囲まれた生活の中でもよく分かっていた。だからこそ、誰かが君に恋をした時、君は気づけない。きっとそのまま、無防備に笑って、優しくして、"奪われてしまう"のだ。
────
深紅の絨毯を踏み締めて、再び歩き出す。
「……ザナック。君は、君自身の価値を、わかっていない」
誰よりも真っ直ぐで、誰よりも優しくて。
ぽよっとしたお腹も、柔らかそうな頬も、
頑張りすぎて空回る不器用さも、それでもくじけない心も──全部、全部、俺だけのものだったのに。
思わず、腕に力が入る。ザナックの身体がぴくりと震える。
「っ……アインズ様……? 少し苦しい、かもです……」
我に返った。
「す、すまない……。力が……入ってしまった」
こんなことではいけない。俺は、至高の存在。ナザリックの統治者。魔導王、アインズ・ウール・ゴウン。それが、ザナックを前にした途端、どうして。
「……あ、アインズ様?」
覗き込まれた。瞳が、不安げに揺れている。
少し青みがかった緑色が視界の中で一番鮮明に見える。心臓が、動いた。存在しないはずの臓器が、どくん、と。
「……ザナック。少し、俺の部屋へ来てもらってもいいか?」
そう言いながら、俺は既に部屋の前に立っていた。
「……へ?」
「いや、君の健康状態が心配で……。さっき、震えていたし」
「う、あれは……その、ちょっと、その、むにむにされてたからで……」
「むにむに……?」
「あ………あー、な、なんでもないです! なんでもないですからっ!!」
ザナックは耳まで真っ赤になって、肩をぷるぷると震わせている。やはり、ジルクニフめ……どこまで、触ったんだ。どこまで、"知った"んだ。
魔法で扉をそっと閉めて、その怒りを、なんとか抑えつけながら、俺はそっと、ザナックを椅子に座らせ、肩に毛布をかけた。
「君は、もっと自分を守るべきだ。…俺が、傍にいないときも」
「……はい。よく分からないんですが、アインズ様がすごく怒ってる気がして……ごめん、なさい」
「怒ってはいない。……いや、怒っている。"君が無防備だったことに"、怒っている」
静かに、ザナックの頬に手を伸ばす。
骨の指が、そっと触れた場所。温かい。この熱は、たしかに"生"だ。
「……一度だけ、君が奪われる夢を、見たことがある、疲れて意識を失った時の夢と現実が混ざりあった…きっと俺の妄想だ。」
「……え、と?」
「だけど、誰かに、手を引かれて。君が、俺に気づかないまま……笑って行ってしまうような夢だ」
「……」
「目覚めたあと、ひどく苦しかった。こんな気持ちは……初めてだった」
ザナックは、何も言わない。
ただ、目を瞬かせていた。少し経って、目を伏せてから……ぽつりと、呟いた。
「アインズ様。……俺って、そんなに価値あるんでしょうか」……ああ。また、それを言うのか。君は、自分を低く見る。そうやって、誰にでも譲って、後ろに下がってしまう。
「前にも言ったが──俺にとって、君は"宝物"だ」
言葉にしてしまえば簡単だ。
けれど、本心だった。俺は、君の笑顔が見たい。君の安全を保証したい。君の柔らかい部分に触れたい。君の心が、俺の中でしか満たされない場所になるなら、それが理想だ。
ザナックは、顔を俯け、小さく笑った。
「……なんだか、夢みたいですね」
それは、嬉しいというよりも、信じられない、という響きだった。
だから、俺は、今度こそ正面から。
「ザナック。君を守るのは、俺だ」
「……アインズ様……」
「君を傷つける者がいれば、排除する。
君を侮る者がいれば、見せしめにする。
君を奪おうとする者がいれば──国家ごと、滅ぼす」
「……え? そこまで?」
頬を染めて切なげに眉を下げていたザナックが、眉間に皺を寄せて怪訝な顔をした。
「ザナック。君を手放す気はない。
君は、俺のものだ」
そう告げたとき、
「ふえっ……!?」
ザナックは変な声を上げた。
やっぱり、可愛いなと、
俺は思った。
それ以上に、誰にも見せたくない、とも思った。
ザナック、俺は、君を──
この両腕で、永遠に囲っておきたい。