でもまだ恋愛感情とは思ってない
早くお付き合いしろ
目が覚めた時、視界には天井と……アインズ様が居た。
「……っ、」
目が合った瞬間、心臓が跳ね上がる。
近い。顔が近い。さっきと変わらず、アインズ様は俺を抱きしめたまま、じっと見つめていた。
「起きたか、ザナック……」
名前を呼ばれただけで、また鼓動が早まる。
骨の腕の感触。冷たいのに、包み込むような優しさで、妙に落ち着く。いや、落ち着くどころじゃなく、むしろ、ドキドキが止まらない。
「……あ、あの……アインズ様……」
「ん? 苦しいか?」
「い、いえっ……そうじゃなくて……その……」
息が詰まる。
顔が熱い。体も熱い。風邪のせいだけじゃない。
アインズ様が少しでも触れるたび、背筋がぞわっとして、どこか、こう、……むず痒いような……心が、なんというか、変になる。
(なに考えてんだ、俺は……っ!!)
慌てて視線を逸らす。
だめだ。だめだろ。アインズ様には、アルベド様という正妻がいて……。それなのに、俺は、こんな……ただ抱きしめられてるだけで……っ!!
(俺なんかが、嬉しいとか、幸せとか、気持ちいいとか……思っちゃだめだろ!!)
「……ザナック?」
気づけば、顔を伏せたまま、肩が震えていた。
馬鹿みたいだ。浅ましい。少し触れられただけで、体が火照って、胸がいっぱいになって、こんなにも嬉しくて……それを自覚した瞬間、涙が出そうになった。
「……すみません……俺……」
「……謝るのは、私の方だ」
静かな声に、思わず顔を上げた。
アインズ様が、俺を見下ろしていた。優しく、切なげに。
「倒れるまで……気づけなくて、すまなかった」
その声は、本当に申し訳なさそうで、心の底から、俺を心配してくれていることが伝わってくる。
「痩せているのは……分かっていた。だが……ここまでとは……」
そっと、骨の手が俺の腰に触れる。
ほんの一瞬、なぞるように。
思わず息が詰まる。
「っ……ぁ……」
腰。腰は、だめだ。触られただけで、背筋が跳ねて、変な声が出る。恥ずかしい。嬉しい。気持ちいい。どうしていいか分からなくて、顔が熱くなる。
「ザナック……」
低く、優しい声音。その響きに、胸がぎゅうっとなって、涙が込み上げてくる。
(こんなの、幸せすぎて、泣きたくなるだろ……)
「君は……この魔導国のために、よく働いてくれている」
アインズ様が、俺の髪を撫でた。
額に手を当てて、熱を確かめるようにそっと撫でる指先が心地よくて、目を細めてしまいそうになる。
(ああ……だめだ。これ、だめだろ……っ)
なのに、止められない。この幸せを拒むことなんて、できない。ほんの少しでもいいから、甘えたい。そう思ってしまった。
「だから、命じる」
アインズ様は、真っ直ぐに俺を見て言った。
「ザナック。君は……しばらく、休暇を取るように。何があっても、安静にしていなさい」
「……っ、え……?」
「君が倒れるような働き方をさせたことを、私は後悔している。だから……今度こそ、君を、ちゃんと労わらせてほしい」
甘くて、優しくて、どうしようもないほどあたたかいその言葉に、俺は返事をすることもできず、ただ、うつむいてしまった。骨の指が、そっと俺の手を握る。ぺたぺた、ぎゅうぎゅう。さっきと同じ、優しい圧。涙がこぼれる前に、俺はまた、アインズ様の胸元に顔を埋めた。
「……わかりました……」
震える声でそう答えると、また頭を撫でられた。
アインズ様の骨の手は、冷たいはずなのに、こんなにも優しい。
(……ずっと、このままでも、いいのに)
そんなことを思ってしまった自分を、また少しだけ恥じながら。けれど、拒まずに、甘えてしまう俺がいた。幸せだ。
─────────『アインズ視点』
「……ザナック!!」
その名を、何度呼んだだろう。
こんなにも掠れた声が出るとは、自分でも思わなかった。倒れた彼の体は熱く、細くて、そして──軽すぎた。片手で抱えられてしまうほどに、重みがない。
(どうして、こんなになるまで……っ)
彼の体は、俺が見ていたはずのものだった。同じ城に住み、同じ時間を過ごしていた。俺は知っていたはずだ。……少なくとも、知ろうと思えば、知ることはできた。それなのに。
「ザナック……っ、すまない、本当に……!」
言葉が、零れる。止まらない。こんな時、肉体があれば、彼の熱を分けてやれるのに。涙が出れば、彼の辛さを映せるのに。けれど、俺にはそれができない。だからせめて──
「……大丈夫か? まだ痛むか? 喉か?胸か……?」
焦点の合わない目で俺を見つめるザナックに、必死で問いかける。骨の手で額に触れ、汗を拭い、頬を撫でる。
「……冷たくて、気持ちいいです」
その言葉に、心臓が跳ねた気がした。
(……ああ、ザナック……)
どんなに弱っても、彼は俺に微笑みを向けようとする。震える声で、俺の名前を呼ぶ。
俺に……甘えることを許してくれる。
こんなにも優しい、儚い存在を、俺は
(守れなかった)
この胸に湧き上がる焦燥と罪悪感は、何だ。
統治者として? それとも、大人として?
──いいや。どちらでもない。
これは、彼を"大切に思う者"としての感情だ。
「……ザナック」
俺は彼の腰にそっと手を当てる。
骨の手越しでも、分かる。細い。削げている。
布越しの体温が、熱のせいでやけに生々しく伝わってきた。指先が震えそうになるのを堪える。
口に出せば、呪いのような後悔が漏れてしまいそうだった。
(気づくべきだった……あの小さな手も、目の下の隈も……)
俺は王として、彼を使いすぎたのだ。
そして……それに甘えていた。
「君は……この魔導国のために、よく働いてくれている」
真実だ。
何の誇張もない。
いや、それでは足りない。もっと、称えるべきだ。
「だから、命じる」
目を見つめる。彼の、怯えるような、熱に浮かされたような瞳。
「ザナック。君は……しばらく、休暇を取るように。何があっても、安静にしていなさい」
そうでなければ、また彼を失ってしまう。
「……わかりました……」
小さな声で、彼はそう答えた。
ぐっと胸に押し寄せるものがある。
(ありがとう、ザナック……信じてくれて)
頬を撫で、手を握る。
彼の手は震えていたけれど、握り返してくれるその力は……愛しくて、泣きたくなるほど温かかった。
「……ザナック」
君が倒れる前に、俺は、もっと触れたかった。
君の笑顔を近くで見たかった。君の小さな声も、手も、名前も、もっと──知りたかった。けれど。今からだって遅くはない。君が"生きて"いる限り、俺は……。彼に触れる手は、儀式のようで。これは、償いであり、そして──愛の始まりなのかもしれない。ザナックは、顔を俺の胸に埋める。
安心したように、安堵したように。
(……このまま……)
どうか、この時間が、永遠に続けばいいとさえ思った。この時、ようやく自覚した。彼はただの補佐官などではなかった。ナザリックにとっての"駒"でもない。ザナックは、俺にとって──大切な人だった。