ザナック視点から。
自傷描写注意⚠
(……浮かれてた)
ほんの少し優しくされたからって、「たいせつ」なんて言葉を信じて、嬉しくて、キスまでして、調子に乗って。
(……最低だ……っ)
俺なんかが。アインズ様のような至高のお方に、何を期待してた? あの人が笑いかけてくれたのは、気まぐれだ。……臣下が潰れないための、慈悲。優しさの皮を被った施し。
(なのに俺は……っ)
涙が出なかったのは、きっと涙を流す資格すらなかったから。
───────深夜。
ナザリックの浴場には、今、誰もいない。
ほんの少しだけでいい。
少しだけ、罰を与えれば、また"普通"に戻れる気がしていた。
(普通…? ふつうってなんだ…?……愛される側の人間のことか?)
アインズ様と、対等に……"友人"として、いや、それさえも俺にとっては……。
(浮かれた罰だ。身の程を忘れた罰だ)
俺は手首を出すと、ナイフを──静かに当てた。
「……、っ」
ぴしり、と赤い線が走る。……これでいい。
それから、気が済むまで幾度も肌にナイフを滑らせた。なぞると、指先は鮮やかな赤に染まる。こんなことをアインズ様に秘密でしているのが、悪いことな気がして……彼に申し訳なく思う。
(…………すみません、アインズ様……)
この罪深い考えも、いっそ切り落とせたらどれほど楽だろう。
───────
───
風呂から上がると、いつも通り、俺はアインズ様の寝室にいた。アインズ様は寝ない。けれど、俺は命じられている。
『眠るときは、私のそばで。……何かあればすぐ気づけるように』
俺が倒れた日からそれが、もう"義務"になっていた。最近寝付きが悪かったが……彼と寝ることで、だいぶマシになってきたと思う。腕の傷には包帯を巻いた。長袖の寝衣で隠して、いつも通りを装う。
(バレない。きっと、バレない──)
「……ザナック」
突然、その名を呼ばれた。
「はい……?」
振り返ると、アインズ様は静かに立っていた。
その手には、俺が体を拭くのに使ったタオルが。──滲む、赤。
「ザナック。何だ、これは……」
(……あ)
なんで、気をつけていたのに。気づかれた、と、思った瞬間、心臓が凍りつく。
──────『アインズ視点』
見た瞬間──息が止まった。
メイドの報告で、「ザナック様が怪我をしているかもしれない」と確認した。タオルについた、赤。
それを見た自分の思考も、世界の音も、ぜんぶ──静止した。だから、ベッドにぎこちなく腰をかける彼に声をかけた。
「……ザナック」
低い。まるで自分の声じゃなかった。
震えた声で呼ぶと、彼がびくりと肩を跳ねさせた。
「…………ごめ……んなさい……っ」
なにが? なんのことを?
そんな問いすらできなかった。
俺は、彼の腕を、そっと取った。
「……だめだ……隠さないでくれ」
「は、ぁ……っ……あ、ごめんなさ……」
半ば強引に袖をまくる。
彼の手首には、赤く、細く、けれど深い線が
いくつもいくつも、刻まれていた。今にも、痛みと苦しみと自己否定が、皮膚を突き破って溢れ出しそうで。
「ザナック……っ……」
理性が壊れそうだ。俺は、彼を、強く抱きしめた。
「……どうして……っ、どうしてこんな……」
震える彼の体が、痛いほど細くて、小さくて、儚くて、……世界のすべてと引き換えにしても惜しくないほど、愛しかった。
「ごめんなさい……俺……っ、俺なんかが、浮かれて、調子に乗って、アインズ様を……」
「違う。」
言葉を遮る。そして、もう一度、深く抱き込む。
(……分かった。なら、もう俺が……君をとろけるほど甘やかしてやる)
「ザナック」
彼の頬に、骸骨の歯を押し当て、キスを落とした。
「う、ひっ……!?」
怯えきって、小さく震えた声。
もう一度、頬に。
そして額に。
「んく、ぁ……あ……っ、アインズ……様……っ」
耳元で、彼が声を洩らす。
眉を下げて、潤んだ目をして、首を横に振って、必死に拒もうとする。
「だめですって……俺なんかに……そんな……っ」
震えた涙声で、抵抗しきれない、ふらふら宙にさまよう小さな手。
そんな彼の髪を撫でて、頭を包むように抱きしめる。
「いいや。君がいい」
「っ……でも……っ」
「君じゃなきゃ、だめなんだ」
そう囁いて、耳の下に、またひとつキスを落とす。
「は、え……」
もう彼は、びくびく震えながら、俺の胸に顔を押しつけてくるだけだった。
「……ザナック」
「……うっ……ぁ、……うぅ、何で、……」
すすり泣き、震える声が切なくて、でも、愛しくて。彼が二度と、こんな傷をつけなくてすむように。その代わりに、甘やかして、甘やかして、甘やかし尽くしてやる。
「今夜は、私が……君の心を癒す番だ」
─────────『ザナック視点』
アインズ様の手が、俺の頬に添えられる。
骨のはずなのに冷たすぎなくて、
でも優しすぎて。額に。頬に。
手の甲に、そっと触れるような口付け。
「……ザナック。かわいいな」
言われるたびに、心臓がどんどん苦しくなる。
ドクドクと耳の奥で鳴る心音が、アインズ様に聞こえてしまいそうだ。
(ああ……だめだ。とろけてしまいそうだ……)
「君のまっすぐなところも、照れながらも頑張るところも……本当に、愛らしい」また、キス。また、褒め言葉。目が合うたびに、名前を呼ばれるたびに、
全身がふわふわして、もう、自分の輪郭がどこにあるのか分からなくなる。
「手……見せて」
そう言われて、思わず手首を隠そうとした。
けれど、優しく取られて──
「痛かったな……すまなかった」
静かに口付けられる。
「ちょっ……あ、くすぐ……た……っ」
くすぐったい。だけど、気持ちいい。なぜか、安心してしまう。キスのあと、アインズ様がそっと小声で呟いた。
「……
手首が、フワリとした光に包まれ、痛みが消えていく。それだけなのに、どうしてだろう──涙が、ぽろぽろ、零れた。
「……うぅ……っ、やさしく、しないでください……っ」
俺なんかに。優しくされる資格なんて………ないはずなのに。─────そんな俺のシャツに、アインズ様の指先がかかった。
「……ザナック。ボタン、開けてもいいか?」
「……へ?」
プチ。
「え? えっ、え??」
プチ。プチ。
(え、なに? あれ? え? シャツ? いきなり、なんで? ボタン?)
プチ。ぷちぷちぷち。
(ま、ま、待て待て待て!!! これ貞操の危機!? いや、でもアインズ様になら……って、俺、キモっ!!!)
考えが追いつかないうちに、アインズ様が首筋に顔を寄せてきた。
「ん……っ、ふ……っ、ア、アインズ様……っ」
骨の歯が、そっと押し当てられる。噛むわけじゃない、優しく、愛撫するように。
(だ、だめだ……これ、だめなやつだ……っ。と、と、止めないと!?)
抵抗しなければと思うのに、体がまったく言うことをきかなかった。首筋から肩へ、次々にキスが落とされて、俺はもう何も言えなかった。ただ、抱きしめられ、触れられ、愛されるだけで、自分が崩れてしまうようだった。
(……アインズ様……俺、あなたが……)
──そしてそんな甘い夜が、明けた。
翌朝─────
鏡の前で、俺は寝癖と必死に格闘していた。
「うぐぐ……ふぐぬっ……」
髪の毛が絡まって、いつも以上に跳ねていた。
ブラシでがしがしと梳かした後、仕上げに手ぐしで整えていると──ふと、首筋がチラリと見えた。
「ん? ……あれ」
鏡に映る……その赤い跡は、なんだ?
「……あ、なんだこれ?」
首をひねってよく見る。肩、鎖骨、首筋──赤く、小さな痕。歯の表面を押し付けられたような、歯形のような……キスマークのような。
「な、な、な、なんだこれ!!?」
思わず声を上げて鏡の前で立ち尽くす。すると、廊下からナザリックのメイドさんの「えっ?」という声が。俺は咄嗟に口を塞いだ。
「……あの……昨晩……の、……アインズ様……が……」
ほわわーんと、頭の中に昨夜の記憶が蘇る。
ぷちぷちとシャツが開かれていく音。冷たい歯が首筋に当たる感触。何度も口づけられた、あの夜。
「っ、……う……うおおおおっ!?」
顔が真っ赤になって、目の端が熱くなる。
はふ、はふ。口が開いて、息が整わない。
(これ、マーキング……だよな……? いや、違うだろ!! でも、なにこれ…嬉しい……)
(……誰にも見られたくない。でも、消したくない……)
(ほんと気持ち悪いって……俺、顔やばくないか……っ)
なのに。指でそっとその痕をなぞる自分がいた。
(……アインズ様……)
頬を赤らめながら、そっとシャツの襟を引き上げて隠す。それでも、内側でずっと、胸の奥が、きゅうっと鳴っていた。鏡に映る、真剣に眉を上げて、顔を真っ赤にした目つきの悪い小太りな男の姿。それが可笑しくて。
(俺、凄いキモいな……でも……嬉しい……)
今日も、アインズ様に会う。
手を握られて、名前を呼ばれて──
きっと、また。
(……俺、また浮かれるな。浮かれるな……)
そう思いながら、ふう、と息を吐く。急いでシャツを整えて、いつもの"補佐官"の顔に戻る努力をした。でも、冷めやらない興奮が、それを邪魔する。