アインズ視点。
ザナックをたっぷりと甘やかした昨夜。だが、まだ彼が心配だ。痩せたことで、あの魅力に気づく者が出てくるかもしれない。……いや、前から十分魅力的だったが。いや……あの体型は彼のチャームポイントと言ってもいい。そこを含めてザナックという存在だ。それに彼が痩せたことによる心配はそれだけじゃなかった。ザナックはつい二日前に倒れたばかりなのに。俺は猛反対した。まだ療養が必要だと。だが、彼が泣き出してしまって。あの、ザナックが。しかも、ベッドで眠ろうとせずに、"部屋の隅"で膝を抱えて、声を押し殺して壁に額を押しつけ、小さくなって泣いていた。だから俺の隣に常に居ることを条件に許可を出したのだ。
(部屋の隅っこにハマってる姿はちょっと可愛いかったけど……)
「──魔導国としては、この件に関しては貴国の内政を尊重しつつ、適切な支援と監視を継続する用意があります」
俺の隣にぴったりと立つザナックが、キリリとした声でそう言った。
(……おお、さすがだ)
言葉に詰まりもせず、堂々と。年若い補佐官とは思えないほど、的確な発言。その眼差しは真っ直ぐに外交官たちを見据え、芯の通った姿勢を崩さない。昨夜、部屋の隅で可愛いストライキを起こしていた青年を、そのまま抱き上げたくなる衝動と戦ったのは記憶に新しい。だが……なぜそのシャツの襟を、もう少しだけ高くしてこなかったんだ君は。外交官たちの視線が、どうにもおかしい。いや、正確には"視線が一か所に集中しすぎている"。見るな。それは俺のだ。首筋。襟の隙間から、指先ほどの赤。金髪が動くたび、まるで「ここです」と言わんばかりに覗く。──キスマークのようなものに。
「………………」
(……やっぱり昨夜の……?)
思い当たる節しかない。昨夜、シャツのボタンを外して、肌に口づけたときの感触がまだ残っている。その時の痕だ。いや、その時に"つけてしまった"痕だ……!
(お前は何をやっているんだアインズ!! いや、鈴木悟!!!!)
心の中で激しく自分を殴打する。外交の場に、俺は何を持ち込んでしまったのだ。彼の肌に、そんな印を……! しかも複数……!!
「──この件に関して、アインズ・ウール・ゴウン陛下のご意見を伺えますか?」
はっとする。向かいに座る他国の老臣が、穏やかな笑みを浮かべながらこちらに目を向けていた。が──その眼差しの端っこで、また、ザナックの首を見ていた。
(……そんな目で、彼を見るな。……目をそらせ)
なのにザナックはというと、そんな色っぽい跡を曝け出しておきながら、本人は全く気づいていない。
「陛下、補足としてよろしいでしょうか」
凛とした声音で口を開き、資料を持ち上げて前に出るザナック。金髪が揺れて、痕が、チラッと──また見えた。
(見るな)
(……見るな)
(隠せ)
なのにザナックは、まっすぐな眉で、きりりと表情を引き締め、堂々とした口調で補足を述べた。
「──以上が、魔導国としての補佐的立場からの分析です。今後の協定に関しましては、こちらの予算案をご参照いただければと」
惚れ惚れするほど有能だ。端正な話し方、堂々とした態度、若さを感じさせない胆力。それなのに。
(なんでよりによってその無防備な……!!)
俺が、悪い。分かっている。だがそれ以上に、外交官たちの観察眼が鋭すぎるのが悪い。斜め向かいの他国の重鎮達が、こっそり隣の参謀に耳打ちしている。
「補佐官殿、随分守られているのだな」
「あれは陛下の印か」
「若いのに出世が早いのも納得だな」
聞こえてる。俺の耳には全部聞こえてる。
(耐えろ、俺……耐えるんだ……!!)
顔には出さず、骸骨の顔という仮面の奥で心を冷や汗でずぶ濡れにしながら、なんとか会議を進行する。最後までまるで気づかないまま、本人は涼しい顔で資料を整えている。首筋のことなど、まるで世界の外だ。真面目な顔で会議を進めるその姿を見て、俺は改めて思う。
(本当に、かわいいな。)
だけどお願いだから。その痕は、今度から隠してくれ。
(いや、違う。俺が悪いんだから、今度からは、つけないようにしよう。)
「──こちらの指標は、あくまで経済的な目安であり、今後の支援の強制力を持つものではありません」
ザナックが、低く凛々しい声で説明を続ける。
その言葉に、周囲の外交官たちは皆神妙にうなずいていた。
(うん……いいぞ、ザナック。君は本当に有能だ……それに、かっこいい……!)
堂々たる態度。資料を手にした立ち居振る舞い。どこからどう見ても立派な補佐官だ。それに何より。
「……アインズ様の理念は、決して支配ではありません。我々は"選択肢を提供する側"なのです」
この発言、かっこよすぎないか?
(……今のは……完全に俺の考えを汲んでくれた)
そうだ、言った。ふたりきりで話した時に、俺は確かに言った。「支配したくない。ただ、与えられる側の視点に立ちたい」と。
(覚えててくれたのか……! 俺の、そんな愚痴みたいな言葉まで……!)
思わず胸を押さえたくなる。いや、押さえてしまった。会議中なのに。完全に不審な挙動。
だが、誰も気付かない。ザナックに視線が集中していて。
「──ですので、支援という形を通して"互いに選び合う関係"を目指すのが我々の基本理念です」
(ザナック……ザナック……! 君は……君はもう、俺の……)
俺のかわいい補佐官で、愛しくて、もうたまらなくて。
(昨夜の、あの柔らかい微笑み……俺に頬を預けてくれた時の震える声……首筋にそっと触れたときの、あの熱……)
金髪が揺れた。ちらり、と。また首筋の痕が覗いた。──あれをつけたのは俺だ。
(……俺の手で、俺の歯で……)
外交の場において、なんたる不祥事だ。だがそれを上回る満足感と、勝ち誇りがこみ上げてくる。
(誰も知らない。あの時、彼がどんな顔をしたか……!)
(恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、「…アインズ様ぁ……っ」と、上目遣いで見てくるあの表情……)
(お前らには見せない…)
あぁ、優越感が込み上げるのを止められなかった。俺が骸骨で良かった。どんなに心乱れていても表情は変わらないのだ。俺は冷静なふりをしつつ、乙女のように精神世界でクルクル回転していた。───だが、思い出しすぎた。昨夜、触れた、柔らかな肌、ぷにぷにの腹部、あの時の……ふにゅ、と沈む胸の感触。首筋を震わせて啼いたあの声。
(やばい。やばい。やばい。やばい。)
……まずい。
(ナ、ナザリックの至高の統治者が会議中に性欲で動揺!? そんなことが、あってたまるか!!)
(くっ、物は無いのに性欲はあるってホントややこしい身体だなあ……)
ぐっと拳を握る。外見上はいつも通り。骸骨という仮面に守られているからこそ、平静を保てる。だが、内心では──
(ザナック、君は……君は、かっこよくて、有能で、俺だけに甘えて、その顔を知っているのは、世界で俺だけだ。)
(ずるい、ずるい、ずるい……!!)
(あんな可愛い顔しておいて、今はキリッと澄ましやがって……!?)
「──この案については、陛下と相談の上、詳細な再検討を行う予定です。次の議題に移ってよろしいでしょうか?」
ザナックが、堂々と会議を取り仕切っている。
完璧だ。俺の友人が、補佐官が完璧で、かっこよすぎて、つらい。
(ああ、どうしよう……)
会議が終わったら。たぶん俺は、この可愛い補佐官をまた抱きしめてしまうだろう……。……今度は、人目のない場所で。