2話です。
それを恋と呼ぶんだぜ
感情の芽吹き
昨夜、アウラとマーレが礼拝堂を掃除してくれていたおかげで、内装はまだ整えてはないが綺麗になっている。
昼下がり。ステンドグラスから射し込む光に照らされ、俺は礼拝堂の中を歩いていた。プレアデス達や一般メイドたちを納得させるのもまだまだ時間がかかりそうだし……。もし、ここで蘇生させるのなら、古いデザインのままだと……少し申し訳ないな。
「ここは、曲線を描くように……もっと華やかな装飾があってもいいな」
無骨な柱を指でなぞりながら、呟いた。
「絨毯も敷かないとな……やはり、色は…白か」
ここを、彼を祀るためだけの場所にしたくない。ただ、"安置"するのではなく、"迎える"空間にしたい。
────────俺はその夜、眠れなかった。
というか、この体には睡眠は必要無いが。
礼拝堂を改装していくうちに、楽しくなってきてしまったのだ。部屋に戻った今も、自分の想像の中の彼と話をし始めるという、バカげた妄想が止まらない。
ロウソクの小さな明かりの下。
机に広げた本を読んでいるフリをしながら、
トントン……と人差し指でページの表面を叩く。
(なぁ、ザナック……俺はNPC達が君と共存できるようになれるか不安だ………。俺の命令で君の待遇を良くすることなんて、きっと簡単なんだろうけど……NPC達には、心から笑っていて欲しいんだ。もちろん、ザナック……君にも)
俺の想像の中のザナックは、困ったように眉を寄せて、それでも俺の目をまっすぐ見つめて、身振り手振りで一生懸命励まそうとしてくれている。
何も言葉をくれないのは、
君の魂が存在しないからか、俺自身がその答えが分からないせいか────。
「フッ、ハハハ………俺、疲れてるんだな……」
そう、軽く笑い飛ばすと、一般メイドのインクリメントが「アインズ様…大丈夫ですか、少しお休みになられては?」と真剣に心配してくれた。メイドに心配されてどうする俺。ちゃんとしなければ、彼らに相応しい主として。
───────翌日、朝早くから礼拝堂に行って、未だ眠るザナックの棺の隣に腰を下ろす。
「……おはよう。脳内で話すだけじゃなく、直接会って話をした方が、気が楽になるな」
眠る彼の髪が、朝の光を受けてほんのりと金色に染まり、輝いている。
その前髪に触れてしまいたくて、でも、それは許されない気がした。伸ばしそうになった手をぎゅっと握りこんだが、視線は彼の金色の髪から離せなくなる。
「ふ、何故って? ここでは、メイド達の目を気にする必要も無いしな……こんな独り言を、しかも死体に話しかける様子など見られては……」
朝日に明るく照らされた彼の顔から視線を外し、
ふと気配を感じた。
礼拝堂の入口を見ると──────。
「あ、アインズ様……!……お話し中すみません!」
「ごめんなさい! あの、僕……止めたんですっ! お姉ちゃんがどうしてもって……」
そこには、一昨日礼拝堂を掃除してくれたアウラとマーレ。姉の後ろで、マーレがしょぼくれている。
それに、
俺は、何事もなかったように平静を装いながら、双子に向き直る。
「───それで、何故ここへ来た。」
「申し訳ありません……! 私がどうしても、彼に会って欲しくて……三人を連れて来ちゃいました…」
しょぼん、と弟と似たような表情で落ち込むアウラ。そんな姉を元気づけるように、肩を撫でてあげているマーレ。
「……ほう、アウラ、お前のしたかった事は理解した。……だがな、次からは私に一声かけてくれ」
アウラは本当にいい子だな……。ザナックを皆で受け入れようとしてくれていたのか。
だが、無い心臓が止まるかと思ったぞ。
ザナックに話しかけていたのは引かれてないっぽいが。
それに、連絡はしっかり出来るよう教育しないとな。
「は、はい…!」
「そうだな、アウラの気持ちは嬉しい、だがプレアデス達を無理矢理連れて来るのは………その」
咳払いをして、話を続けようとするとナーベラルの声で制止される。
「アインズ様。恐れながら、発言してもよろしいですか」
「許可する。なんだ、ナーベラル」
「私は、アウラ様に無理矢理連れて来られた訳では決してありません。自分の意思でここへ参らせていただきました。」
彼女の漆黒の瞳には、まっすぐな光が宿っていた。
ソリュシャンが、カツリ、とヒールを鳴らして一歩前に出る。
「私も、宜しいですか? アインズ様」
俺が頷くと、ソリュシャンは目を伏せて頭を下げた。
「……アインズ様のご命令であればどんな事でもお聞きする私達に、アインズ様は仰られました。ご自身で責任を負うと、私達が受け入れられるように努力をすると、それでは、私達が受け入れる努力をするのも必然ではありませんか?」
「私も……自身の死の直前であっても矜恃を持って戦った元王子という、ザナック様にお会いしたく存じます」
ユリも、深く頭を下げている。
NPC達がプレアデスが……自分自身で考えて行動するなんて…………まるで子供が勉強をひとつ覚えた時のように喜ばしい。それに、俺が大事にしていることを同じように扱おうと、理解しようと歩み寄ってくれた事が何より嬉しくなる。
一瞬だけ、胸の奥が熱くなる感覚があった。
「そうか、では……私からも、歩み寄らないとな……」
フッ、と笑って彼女達を礼拝堂の奥へと迎え入れ、俺が棺の蓋に手をかざすと、魔法が反応して開かれた。
─────俺は、プレアデスが去った後、アウラとマーレだけをそっと引き止めた。
「まずは、アウラ……ザナックの事やプレアデス達のことを想って行動してくれて私は嬉しい、感謝する」
「えっ、えへ……そんなアインズ様が感謝されるほどのことでは……! アインズ様が信頼する人のことだし、なんだか不思議だけどザナックって人が気になって……」
アウラは、さっき叱られたことを反省しているのか、椅子から下ろした足を小さく揺らしながら、頬を染めて嬉しそうに首をかしげた。
「マーレも、アウラを止めようとした事も、偉かったぞ」
「っ……でも、僕……結局なにも……」
「マーレ、お前が一昨日丁寧に掃除してくれたお陰で、礼拝堂の改装がしやすくなったし、お前が変えた花も綺麗に飾ってあって……私やザナックを想って一生懸命働いてくれた事が分かる」
俺が言葉を紡ぐほど、マーレの瞳が潤んでいく。思わず焦って、双子の頭にそっと手を置き、誤魔化すようにわしわしと撫でた。
「あ、アインズ様っ……?!」
「わっ、な、なんですかぁ……?」
「気にするな。」
骸骨であるはずの顔が、どうしてもニヤけているような気がして────
見られたくなくて、撫でるふりをしながら、双子を俯かせた。
───────翌日。
アウラがルプスレギナ、シズ、エントマのプレアデス三人を彼に対面させたいと言う。
シズ…は大人しくしてくれるだろう、エントマ…は言うことをよく聞くから心配は無いな。
問題はルプスレギナ───────
彼女は独断で動いてしまう事が多々ある。性格にも少々難ありだ、上げて上げて落とすという…ドSというか嗜虐的な。
(行かせる前に注意事項を聞かせないとな………もう、いっその事こっそりついて行くか…?)
「いいだろう。だが、いくつか重要な注意事項がある。」
「では……これから、ザナックと対面するにあたって──いくつか、大切な心得を伝えたい。」
「まず一つ目、彼の姿を見て、無闇に声をあげたり、驚いたりしないこと。……彼は、今も静かに眠っている。だから、その静けさを乱さないように。」
「二つ目、彼に対して、できる限り"敬意"を持って接してほしい。それは、私の命令だからという理由ではなく……"命を懸けて信念を貫いた者"として、だ。」
「三つ目、……彼に、触れることは控えて欲しい。当然、彼の尊厳を守るためだ。」
───礼拝堂の奥、棺の前に来て、俺は念押しをした。
「これは……命令ではない。来るか来ないかは、お前たちの意思で選べ」
「はいっす!」
いつもの軽い調子で返事だけするルプルレギナ…大丈夫か?
(何か問題を起こしたらつまみ出す。そうしたら礼拝堂は出禁にするか……)
「私…ザナックさんに会いたくて…来た」
シズはゆっくり言葉を紡いで、自分の意思を示してくれた。
「わたしも、彼に少し興味がありますぅ」
エントマの"興味"って…食欲じゃないよな?
軽快に靴を鳴らしながら、ルプスレギナはニコニコのまま棺に近づいていく。だが、棺の中のザナックを一目見た瞬間、ぴたりと彼女の笑いが止まる。
「……へぇ。これが……アインズ様が"拾いたい"って言った人、なんすね……」
ルプスレギナは不意に真顔になり、言葉少なに見つめ続ける。
「……おにーさんと、ずいぶん面構えが違うっすね。」
彼女の言葉の意味がよく分からないが、とにかく想定より大人しくしてくれてるし、ザナックを認めてくれたようで良かった。
シズは表情は相変わらず無機質に
ただ、棺の側に立ち、数秒の沈黙の後にぽつりと
「……この人、悪い人の顔じゃない」
シズは、ザナックをそのままじっと見つめたあと、「目を覚ましたら、何食べたいかな」と小さく呟く。
「一緒に…ご飯食べたり…もふもふする」
既に彼を蘇生した後のことを考えてくれてるとは…もふもふ?とは何なのか分からないが。もしかしていつもエクレアを撫でまくってるいつものアレのことか?
最後にエントマは静かに棺の前に進み、
「アインズ様が大事にしている方……ようこそ、ナザリックへ」と言った。
恭しく頭を下げる様子に、驚きを隠せない。だが…真面目な性格な彼女らしい。
三人とも、それぞれのやり方で──俺の気持ちをちゃんと受け取ってくれたんだな。
NPC達が、変わり始めている。俺も…見習わないとな。
─────そして、三人は礼拝堂を離れる前にザナックへ挨拶をした。
「次来るとき、面白い話を持ってくるっすね」
「……目が覚めたら……一緒に書庫に本を借りに行く」
「次は、お花を持ってきますねぇ」
仲良く語らいながら帰っていく、姉妹たちの背中を見送りながら、俺は思わず、この骨の体から、涙が出るかと思った。