アインズ視点。
ザナックのもちもちお腹。揉みたい。
静かだった。
まるで外の世界など存在しないかのように、部屋の中は静まり返っている。耳を澄ませば、布の擦れる音と、彼の浅い呼吸が聞こえる。
俺は、ザナックを抱きしめたまま、数分──いや、もっと長くそうしていたかもしれない。
でも、ようやく心が少しだけ落ち着いて、俺はそっと腕の力を抜き、彼の身体を離した。
「……すまない、ザナック」
謝った。反射だった。何に対してかは、すぐ言葉にできなかったが──謝らずにはいられなかった。
「驚かせた。……勝手に、気持ちがあふれてしまった」
そう口にすると、ほんの少しだけ、彼の肩が揺れた気がした。ベッドの上、正面に向き合うように座り直す。彼は俯いたままで、金髪が顔を隠している。表情は、見えない。
彼は、静かに呟いた。
「……疲れてしまいますよね」
その言葉が、心の奥底に触れた。
何も責めず、問い詰めず、ただ肯定してくれるようなその声音。誰にも言えなかったことを、言葉にしてくれたような、その一言。
俺は、ただ──
(……ああ、救われた)
そう、感じた。
ようやく、息ができた気がした。その時。
ザナックが、ゆっくりと顔を上げた。
真っ赤だった。耳の先まで、首筋まで、まるで湯気が立つほどに。そして、決意を固めたような真剣な眼差しで、彼は口を開いた。
「……俺のお腹、揉みますか?」
「………………え?」
理解が追いつかず、俺は素で声を漏らしてしまった。だが彼は、逃げずにまっすぐこちらを見ている。真っ赤な顔をしてるくせに、その目だけは本気だった。
「アインズ様を……癒したいんです」
その言葉に、また心臓が掴まれる。いや、心臓はもう無いはずなのに。
「アンデッドであっても、支配者であっても……疲れますよ。精神は。魂は。だったら、少しでも……俺に何かできることがあるなら……」
ザナックは、そう言って自分の腹部あたりを片手で押さえ、まるで差し出すように、ゆっくりとシャツの前を指でなぞった。その仕草に、目が釘付けになる。
(や、柔らかそう……いや違う、何を考えてるんだ俺は……)
だが止まらなかった。
ザナックの小柄な体型に合った黒いベスト。その下の、白いシャツ。ボタンの隙間からちらりと覗く、ほんのりとした肌色の気配。そして……その下にあるであろう、あの"柔らかい"お腹。
かつて俺が、本気半分に「そこが魅力だ」と言ってしまった部分。まさか、本人がこんなにも真剣に、それを俺の"癒し"として差し出してくるなんて。
「……い、いいのか……?」
声が震えたのは、明らかにこちらのほうだった。ザナックは、顔を赤らめたまま小さく頷く。目の前にいる彼は、黒いベストを脱ぎ始める。
(あ、やばい………鼻血出そう。)
(血、通ってないけど)
ふっくらとしたお腹と胸を包んだ白いシャツが見えてくる様子が、まるでスローモーションに見えた。ぱさりとベストが床に落ちた音だけがした。そして、彼は小さな手でシャツの前を少し緩めていく。
「暑いので、へへ…………お気になさらず」
(お気になさるが?)
白くてぷよぷよしている顎、首筋のお肉が……何と言おうか……食べてみたい。
ザナックは無防備に腹部を俺に向けた。
その瞬間。俺の理性は──静かに、そして甘やかに壊れた。
「じゃあ……少しだけ……触れるぞ……」
手を伸ばす。おそるおそる、丁寧に、彼の腹部に。ふに、と。……なんて、柔らかいんだ。
布越しでも分かる、温かさと、たゆたうようなやわらかさ。ふにふにふに……。
たったそれだけの触感が、どうしようもなく愛おしくて。何かが、胸の奥で崩れて、流れていった。ぷにぷにとつつく。ザナックが、びくりと体を震わせる。でも、逃げない。むしろ少しだけ、腰を近づけてくる。
「……どうですか?」
「……すごく、癒される」
俺は正直に答えた。
もう、支配者でも、ギルド長でもない。
ただ、寂しくて、疲れてしまった男として──
彼の柔らかさに、救われていた。そんな俺を、ザナックはそっと見上げて、微笑んだ。真っ赤なまま、でも確かに嬉しそうに。
「良かったです……」
吐息混じりのその声が、とても小さくて、とてもあたたかくて。これは、癒しなんかじゃない。俺はもう、それ以上の感情になってしまっている。
「……っ……ザナック」
言葉にならなかった。
もう十回以上は揉んでいる気がする。
それでも、手を止めることができなかった。
ふにっ。ふにっ。揉み続ける。
いや、もう。この手触り、あまりに幸福すぎる。布越しに伝わる温もり。絶妙に沈み込む柔らかさ。そのくせ、芯にはうっすらとした弾力があって…。彼は以前よりは、痩せていた。だからこそ、このやわらかさが……貴重な宝石のように感じる。
(俺が初めて見た時はもっとふんわりしていた。でも…本人は"あの時は過食で太り過ぎてた"と後ろめたそうにしていたな……)
この柔らかさ。もっと味わいたい。
「あ、……アインズ様?」
「ん……?」
夢中で揉んでいた俺に、ザナックが声をかける。その顔は──なんというか凄く嬉しそうで、誇らしげなドヤ顔だった。
「どうですか? ……癒されてますか?」
その目は真剣だ。本気で、お腹の柔らかさが俺を癒していると信じている顔だった。
なんだこれは。こんなに無垢で、こんなに自信満々で、可愛いくて。癒し効果が本物なわけがあるか。
いや、ある。あるんだよ……。俺はもう、否定できない。
「……すごく……癒されてる」
小さく呟いたその言葉は、心からの本音だった。そして次の瞬間。
「……あの、アインズ様」
ザナックが少し体勢を変えて、太ももに手を置いた。
「もしよかったら……次、太ももを揉みます?」
「…………は?」
「え、ほら、俺の太ももも柔らかいですよ? 男ですから多少筋肉もありますけど、でも脂肪で柔らかさもあって、きっといい感じです。癒し効果、高いと思います」
俺をもっと癒したい、という真っ直ぐな思いが、そのエメラルドグリーンの瞳に詰まっていた。彼は自分で制服のズボンの太ももあたりをぽんぽんと叩く。アピールしている。完全に、揉んでくださいと。
「………………い、いいのか?」
「もちろんです!」
ザナックは、本当に誇らしげに鼻を鳴らした。
まるで「この俺の太ももを、使ってください」とでも言わんばかりに。
だめだろ。
心の中で、俺は即座に叫んだ。
何が"もちろんです"だ、だめだろ。
そんな、すごくすべすべしてて柔らかそうな……
それをこんな骸骨に差し出していいのか。
というか俺も断れ、何してるんだ。いや、でも揉むけど。
「じゃあ……失礼する……」
言いながら、手を太ももに伸ばした。
……ふにっ。
(……っ)
柔らかい。
想像以上に、心地よい。
ふにゅふにゅと。厚みがありつつ、しなやかで、手が吸い込まれていくような質感。
他人の太ももなんて、初めて触る。
あたたかくて、包み込まれるようで、
(いやいやいや、だめだろ!?)
遠くで自分の理性が警鐘を鳴らす。だが、俺の手は止まらない。ふと、ザナックがこちらを見た。
「……どうですか?」
聞いてくるな。
いや、聞いてくるのは当然かもしれないが、その表情が無垢すぎる。本人は完全に"健全な癒し"だと信じて疑っていない。でも、この状況を、外から見たらどうだ。ベッドの上で、年若い臣下の太ももを両手で揉みしだく骸骨の支配者。顔を赤らめ、けれど拒まない小さな青年。
どう考えても、雰囲気も構図も、アウトだ。犯罪の香りがする。だが、やめられなかった。
むしろ、もう、太ももの柔らかさを測っている自分がいた。内ももが柔らかい。
(……俺は……もう……だめな大人かもしれない)
心の底からそう思いながら、それでも、彼の温もりに手を委ねてしまう自分を、止められなかった。