レエブン視点から。
おっさんに恋路を応援されるザナックが好きだ。
昼下がりの廊下は、静かで、どこか懐かしい。
──否。懐かしさなど、許されるものではない。私は、すれ違うナザリックの住人たちに軽く会釈しながら歩いていた。
この身がこうして無事に在ること自体が、奇跡であり、赦しの果てだ。
そして。廊下の向こうから、あの姿が見えた。
白いシャツに黒いベストを身に纏う。
あの日、裏切るような形で、王子に背を向けた。自らの保身のために。
だが──生きていた。彼は、生きていたのだ。
幻かとも思った、だが、こちらに気づき、歩みを止めるザナック殿下の姿に、私は、思わず足を速めていた。言わなければ。この身で、彼に。
「……ザナック──殿、下……」
伸ばした手を、止めたのは。
その手が、彼に握られたからだ。
驚きに言葉を失う私に、彼はふと笑って──
「……エリアスか? ……生きて、また会えてよかった」
その言葉が、胸に突き刺さる。
温かくて、優しくて。痛いほどに。
「ザ、ザナック殿下……、私、私は……っ」
嗚咽が漏れた。情けない。膝をつき、廊下の真ん中で、二十も歳下の彼に、慰められる立場にあるとは。それでも、彼はその手を離さずにいた。
「おいおい……泣くほど俺に会いたかったのか?」
片眉を上げて、ふっと笑った彼。
皮肉めいたその言葉に、私は少し顔を伏せる。
だが、痛みを与える意図は感じなかった。
ただ、今の私を気遣うように……突き放しすぎず、優しすぎもしない。それが、ザナックという男の優しさだ。
「……あなたは、やはり強い方ですね」
私のその言葉には、答えず。
「……茶でも飲むか?」
そう言って、彼はなんでもないような顔で私を自室へと誘った。
───────
────
部屋に入ると、少し気まずい空気が流れる。
私がした事を思い出せば当然のことだった。
「……ザナック殿下」
私はそう口に出す。
すると、彼は紅茶に砂糖をドバドバ入れた。
スプーンでかき混ぜながらふっと息を吐いて、
「もう"殿下"ではないよ」
「……では、ザナック様」
「"様"付けされるほど偉い立場でもなくなったがな」
自嘲気味な笑みに、私は首を振る。
「ですが、ご自分をあまりに低く見すぎです。
蘇って、この過酷な環境で生き抜き、魔導国の信頼を得て、アインズ様の側にいる。
あなたほど、……誇るべき才と人徳を備えた人物を、私は他に知りません」
思いを込めて言った。
それが、本心だった。
すると──
「ふっ、おいおい、やめろ。男色の趣味はないぞ、俺は」
言葉の裏で、照れくささを隠しているのは明らかだった。思わず私も笑ってしまう。
「ふふ、失礼。それは存じております。……ザナック様には、アインズ様が居られますからね」
──ブフォッ。
ザナックの口から、紅茶が盛大に吹き出された。
「なに!? なっ…にゃ……。なにを言って!」
真っ赤な顔で咳き込む彼に、私はナプキンを差し出しながら微笑む。
「そんなに動揺されるとは……そこまで深い意味は込めてなかったのですが……どうやら、ザナック様は違ったようですね?」
(なるほど………)
紅茶で濡れた口元を慌てて拭きながら、ザナック様は
「違っ…! くそ、おまっ……なんだその顔!!」
と、必死で否定する。
その姿は、もはやかつての"王族"などではなく、年相応の──恋する青年のように見えた。
私はこらえきれずに、また笑った。
「いつからお好きだったんですか?」
「ち、違うって言ってんだろうがあ!!」
「陛下のどこがお好きですか」
「好きじゃ、ない! いや、嫌いという意味ではっ……王として尊敬して……」
「なるほど、陛下のカリスマ性に惹かれてるのですね」
「あ、だっ……黙れ!」
「お仕えしたいという気持ちが、愛に変わったのはいつでしょうか……?」
「うるさいっ!!!」
勢いよく立ち上がった彼が、顔を真っ赤にして指差す。
「では、恋ですね?」
「やめろ!! 帰れ!! エリアス帰れ!!!」
「ははっ……」
私は立ち上がり、扉へ向かう。
背を向けたまま、笑みを浮かべながら、
「……では、また来ますね。アインズ様のことで相談があれば」
「違う!!! 本当に違うからな!」
その怒鳴り声に笑いながら、私は部屋を後にした。廊下に出た瞬間、
思わず天を仰いで笑ってしまった。
あぁ──生きて、また彼と話ができて、
本当に、よかった。
─────────『ザナック視点』
昼の廊下は、妙に眩しかった。
ナザリックの内部に太陽などないというのに、そこはやたら明るく、静かで、ひどく落ち着かない。俺は、少しだけ用事を済ませに外に出た帰り道だった。
(昼寝日和だな)
廊下の先に、見覚えのある長身の人影が見える。
(……エリアス)
彼は、目を見張って、こちらを凝視していた。一瞬だけ、逃げようかと思った。
だがそれは──彼も同じだったのかもしれない。足が止まり、互いに距離が縮まっていく。
見えたその顔は、以前より明るく見えるが相変わらず痩せていた。
思わず俺は、手を伸ばしかけた彼の手を、逆に握ってしまっていた。
「……エリアスか? ……生きて、また会えてよかった」
それは、心からの本音だった。
皮肉も怒りも、何も浮かんでこなかった。この人もまた、生きるために選んだのだ。まぁ、それを少し寂しく感じてしまうのも、それもまた仕方ないことだ。
「ザ、ザナック殿下……っ、わ、私は……」
目を潤ませ、必死に言葉を繋ごうとする彼の姿に、俺はふと気が抜けた。
「おいおい……泣くほど俺に会いたかったのか?」
意地悪く言ってやったつもりだった。
けど──その声に、自分でも驚くほど、優しさが混ざっていた。
(演技、なまったかなぁ……)
エリアスは、涙を拭いながら微笑み、震える声で言った。
「……あなたは、やはり強い方ですね」
俺は、その言葉に返事をしないまま、口を開いた。
「……茶でも飲むか?」
ほんの、数年ぶりに心の底から誰かを誘いたいと思った。それが、彼だった。
───────
「ですが、ご自分をあまりに低く見すぎです。蘇って、この過酷な環境で生き抜き、魔導国の信頼を得て、アインズ様の側にいる。あなたほど、誇るべき才と人徳を備えた人物を、私は他に知りません」
まったく、褒め殺してきやがった。
「ふっ、おいおい、やめろ。男色の趣味はないぞ、俺は」
咄嗟に茶化してしまったが、顔が熱い。
エリアスはにこりと笑い──
「ふふ、失礼。それは存じております。……ザナック様にはアインズ様が居られますからね」
盛大に、紅茶を吹いた。
「なに!? なっ…にゃ……。なにを言って!」
声にならない悲鳴をあげ、俺はテーブルの上で口を押さえる。
「そんなに動揺されるとは……そこまで深い意味は込めてなかったのですが……どうやら、ザナック様は違ったようですね?」
「違っ……くそっ、おまっ、なんだその顔!!」
エリアスの笑顔が、妙に優しくて、どこか"分かってる"顔で、なぜか俺は、王族でも貴族でもない「ただのザナック」に戻された気がした。
「いつからお好きだったんですか?」
「ち、違うって言ってんだろうがあ!!」
「お仕えしたいという気持ちが、愛に変わったのはいつでしょうか……?」
「うるさいっ!!!」
立ち上がり、真っ赤な顔で指差す。
「では、恋ですね?」
「やめろ!! 帰れ!! エリアス帰れ!!!」
「……では、また来ますね。アインズ様のことで相談があれば」
「違う!!! 本当に違うからな!」
ニコニコと出ていくエリアスの背を見送り、
俺は全力でドアを閉めた。
──ばたんっ。
部屋にひとりになって、テーブルに突っ伏す。
(……くっそ……死ぬほど恥ずかしい……)
本当に違う。本当に違う、はずなのに。
──俺は、アインズ様を"尊敬"してるんだ。
だって、あの人はナザリックの皆のために日々努力をして……弱音も吐かずここまでやってきて、常に油断することなく行動出来て。
俺も、ああなりたい。強い魔法詠唱者になりたい、という意味ではなく……あんなふうに自然と人が集まるような。それだけじゃない、あの人の為ならなんでもしたい。支えたい。
それは─────俺があの人のことが、
ことが………………
(が、なんだ………?!)
違う、これは敬慕だ。そして忠誠心だ!
だからその、エリアスが言うようなそういう"好き"とか"愛"とか"恋"とかとは全く違う!!
だから…………頭を撫でてほしい、って思うのは違うよな。抱きしめてほしい、って思うのも別に好きとかじゃないよな、大丈夫だ。
ちょっとだけ……アインズ様に父性を感じてるだけだ。…………それすら不敬だが。
(……俺が恋とかおかしな話だよ。)
ラナーだって失笑しそうだ。
だけど頭に浮かぶのは、あの骸骨の姿と、俺のお腹をふにふに揉まれて、恍惚とするアインズ様の顔────じゃなくて!
「……っ、ちが……ッ!!!」
どうしようもない自分の心に、顔から火が出る勢いで叫んだ。