ラナー様お守りしなければモードなクライムくんが絆される話
何日ぶりだろうか。ラナーと顔を合わせるのは。ナザリックでの生活にも慣れつつあったが、彼女と対峙するたびに、妙な緊張が走るのは昔から変わらない。しかも今日は、ラナーが"あの"クライムを連れて来た。俺にとっては、妹の騎士。だが、クライムにとって俺は──「不遜で冷たい第二王子」以上の印象など、未だに無さそうだ。朝っぱらから、ラナーが柔らかな笑みを浮かべて扉の前に立っていた。
「お兄様、お久しぶりですね。今日は、ちょっとした勝負をしませんか?」
「……勝負?」
「ええ。つまらないものですが、少し遊びたい気分でして」
その笑みに隠された刃を、俺は知っている。
ラナーは"俺と"遊びたいのではなく、"俺で"遊びたいのだ。昔からそういう女だ。それでも、今日の彼女はどこか柔らかかった。傍らに立つクライムをちらりと見て、理由を悟る。
(……クライムの前では、"ラナー様"なんだなあ)
確かに可憐だ。気品と知性に満ちていて、まるで昔の王宮の庭で遊んでいた頃のラナーを思い出す。
「ふふ、お兄様が勝ったら、クライムを一日お好きに使ってくださいな」
ラナーは人差し指を上げ、目を細めて、パアッと明るく笑った。
「……は?」
陽の光まで、ラナーを照らしていて、まるで後光がさしているようだ。それにすらイラつく。
(なぜクライム?)
ラナーの発言に、クライムの眉もぴくりと跳ねた。
「逆に、私が勝ったら──お兄様にはアインズ様に恋心を告白していただきます。」
そして次に、ラナーは爆弾発言を落とした。
「ちょっ……!? はっ? なん、なっ」
完全に、からかってる。嫌がらせだ。
クライムの前でわざと直接的な言葉で言いやがった。
「何故かって? だってお兄様はアインズ様に"好意"を寄せているんでしょう?」
楽しそうに、わざわざと、デカい声で答えたラナー。
「はっっ!? くだらない事を言うな、こっ…好意なんか……いや、好意がないわけでなく、尊敬はあるが……。って、お、お前不敬だぞ!!」
声を荒げた瞬間、自分の失態に気づいた。心臓が、跳ねる。顔が熱い。咄嗟に否定しようとするも、ラナーの顔は変わらない。いたずら好きの少女そのままに、静かに笑っていた。
まるで、「不敬な念を抱いているのは貴方の方でしょう?」と言いたげ。
「お兄様。もしかして図星、ですか?」
「だから、ちがっ、なにを、言ってんだ、そんな、わけ──!」
やばい。完全に顔が熱い。なによりクライムの目がこっちを向いているのが、死ぬほど恥ずかしい。
(見るなよ! お前!! さっきまでは目を合わせようとしなかったクセに!!)
しかも、その視線が「この人……アインズ様に恋してる……?」みたいな、憐れみ混じりに変わってるのがキツい!!
「なにを見ている!? お前まで変な誤解するな!!」
「……あ、いえ。私は……その、失礼しました」
(いや、いま完全に納得した顔してたろ!?)
(くそ、くそぉ……否定する暇さえ与えられない)
俺は顔から火が出そうなまま、地面に目を落とした。……最悪だ。最悪の茶番が始まる。
いや──始まる前に、勝たなければならない。
そう。あくまでこの遊びは、ラナーとの頭脳戦。真剣勝負である。
「……分かった。買ってやるよ、その勝負」
─────────『クライム視点』
私は目の前の二人のやり取りを、ぽかんと見つめていた。ザナック様が、あんなに顔を真っ赤にして動揺するなんて、正直、初めて見た。あの"不遜な第二王子"という印象からは程遠い。
(……なんだか、人間らしい人…だな)
(……こんな顔も、するのか。この方は、本当に冷たい王子だったのだろうか)
ラナー様は、庭園に用意したテーブルに数枚の書類を並べた。どうやらこの勝負、"これからの魔導国の外交体制についての理論戦"……というものらしい。もう既に意味が分からない。
私は静かに「お茶をすすり飲むだけ係」に徹することにした。
おふたりの会話に、最初こそ混乱していた私だった。が──
今、目の前で繰り広げられているのは
完全に戦いだ。
それも、言葉の。
「魔導国が多種族国家である以上、文化摩擦は避けられない。だが、それを"統一"に持ち込もうとするのは支配であって共生ではない」
「確かに統一という言葉に支配を重ねるのは危険ですわ。ですが共通の価値基盤が無ければ、国としての一体性を失います。平和的分断が進みますわ」
「なら、多様性の維持とは、"ある程度の無秩序"を抱き込む覚悟でもあるということか?」
「無秩序ではなく、調和の形を模索するのです。声を与え、それを拾う仕組みを構築する。それが真の外交でしょう?」
──すごい。
もう何を言っているのか、私には正直分からなかった。語彙が呪文のように降り注ぐ。
それでも、どこか懐かしいような気持ちになるのは何故か。言葉を交わし、考えを戦わせながらも、言葉は鋭いのに、空気は不思議と穏やかだった。
(……仲が良いんだな)
まるで、本当の兄妹みたいで。いや、血は繋がってるのだけれど、あの王都で見ていた頃の冷たい距離感は、もうどこにもなかった。
「……はい、私の負け、ですわ」
ついにラナー様が両手を挙げて降参した時、
ザナック様はうっすら笑って、
「約束は約束だ。クライム──明日一日、付き合ってもらうぞ」
「え……?」
私は思わず硬直した。
「な、何を──」
「なにって、雑用でもなんでも。使い倒すって約束だろ?」
にやりと笑うその顔は、やっぱりちょっと不遜なところがあって。
でも、なんだか悪くないと思ってしまった。
その時、ラナー様が思わせぶりな声で囁いた。
「じゃあお兄様、アインズ様にはまた今度……ですね?」
「ぶほぁっ……!! だ、だから違うって言ってんだろがあッッ!!」
赤くなって叫ぶザナック様に、私はまた思わず笑ってしまった。
(……この人、いい人だな)
心の底から、そう思った。