アインズ視点。
デート回です
これは、視察だ。断じて。そう何度も心の中で唱えながら、俺は装いを整えた。黒のローブは避ける。今日は威圧ではなく安心を与える姿でいたかった。白を基調にした簡素な衣装。襟元に控えめな銀糸。布地は軽く、動きやすい。
支配者ではなく、ただ隣に立つ者として。鏡の前で整える必要もない骸骨の顔を眺めながら、俺は僅かに頷く。
「……これで、いいだろう」
そして、
待ち合わせ場所に現れた俺の大切な友人──
ザナックは、驚くほど……緊張していた。
「……っ、あ、アインズ様……おはようございます……っ」
背筋を伸ばしすぎて、むしろ固まっている。
だが視線だけは頑なにこちらを向かない。ついには舗装された石畳の模様を凝視しながら、ぽつりぽつりと返答をしてくる。
「……それは私じゃないぞ、ザナック」
思わず、そうツッコミを入れてしまった。
「っ……っし、失礼しました……!」
耳まで赤い。
「地面とばかり会話されては、少々寂しいのでな」
「……! は、はい……!」
顔を真っ赤にして、なおも視線は足元に貼りついたまま。胸の奥が静かに熱を帯びる。
今日のザナックは、黒いシャツに白いベスト。
肩にかけた淡い色のローブが金の髪を引き立て、深緑の瞳を宝石のように見せている。
整っている。だが、それ以上に。
(……俺のために、選んだのか)
その考えが浮かんだ瞬間、心が僅かに揺れた。
俺は主で、彼は臣下だ。本来ならば、この関係に余計な感情を混ぜるべきではない。だが。
彼を見つめていると──その理屈が、ひどく脆く感じられる。並んで歩き出す。すぐに気づく。ザナックが小さな歩幅で、必死に俺の速度に合わせていることに。
(……ああ)
衝動が胸を満たす。
気づけば、歩みを止めていた。
そして──手に触れる。
「っ……ア、アインズ様……?」
「……迷子になられては困るのでな。手を、繋いでも?」
問いながら、すでに答えは決まっていた。
温かい。ひやりとした骨の指の間に収まる、小さな掌。一瞬遅れて、ザナックがきゅ、と握り返す。拒まないどころか、逃がすまいとするように。
(……危険だな)
このままでは、どこまでも欲が深くなる。
(……だめだ……ああ、愛おしい)
並んで歩けば、目線は常に俺の腰より下にある。何かを説明すると、彼は上目遣いでちら、と見上げてきて──そのたびに俺の思考は軽く数秒間、停止する。こんなにも近くにいるのに。
こんなにも、ふたりきりで歩いているのに。
俺はまだ、「友人関係」だと定義する。
だが、それでも。
「……アインズ様」
「ん?」
「その……今日の、装いが……とても……素敵です。」
ついに、彼が顔を上げた。
照れながら、それでも真剣に真正面から。
その一言で、俺の自制心が限界を迎えるのを感じた。 このまま、不意に口づけてしまいたい。このまま、膝に抱えて撫で回したい。
でも──それができないのが、俺の弱さであり、強さでもある。代わりに、俺はこう言った。
「……ありがとう。ザナックも、とても似合っているよ」
再び逸らされる視線。赤い耳。
──好きだ。
その言葉だけが、胸の奥で形にならず沈んだ。
手は離さなかった。
視察が終わるまで、ずっと。
───────
「……アインズ様、今夜……お時間、いただけますか…?」
夕暮れの廊下。
その小さな囁きは、静かに火を灯した。
仕事ではないと、すぐに分かった。
彼の部屋に入った瞬間、空気が変わる。ほのかな香り。清潔な布と、微かな体温の気配。
(思い切り吸い込みたい…………いや、変態かよ……落ち着け)
アンデッドであるはずの精神が、妙に騒がしい。
「どうぞ……ここに」
促されたのはベッドの縁。
ザナックは白いネグリジェを纏っていた。
胸元が少し開いた柔らかな生地が輪郭を曖昧にし、昼とは違う無防備さを漂わせている。
そして。ためらいなく、俺の膝の上に座った。
そして、俺の胸に両手をついた。ふに、と沈む柔らかなお尻、太ももの感触。
(あぁ。)
(──据え膳……)
思考のなかで、変な語彙が飛んできた。
「……ザナック?」
軽い重み。
触れ合う体温。
思考が一瞬、止まる。
「今日は……俺からも、していいですか」
「……何を、だ?」
彼はわずかに躊躇い──それでも言った。
「……あなたがしてくれたみたいに。俺も、あなたに印を残したい」
何を言っているんだこの子は──などと考える前に。次の瞬間。首元に触れる、柔らかな感触。息が詰まる。唇をつけ、ちゅ、と吸ってくる。
「……っ、ザナック……」
骨には何も残らない。だが、それでも分かる。これは所有ではない。ただ、繋がりを確かめたいという、ひどく純粋な願いだ。だがその試みに、彼の温度に、想いに、俺の精神は確実に蝕まれていく。
(……参ったな)
無垢すぎる。彼を抱きしめる。それは衝動ではなく守るための腕だった。
「……ザナック」
「……はい?」
「ありがとう。とても嬉しかった」
声がわずかに低くなる。
「だが……君の優しさに甘えすぎるわけにはいかない」
きょとんとした瞳。邪気がない。ただ、俺を喜ばせたかっただけ。だからこそ踏み越えない。
額に、そっと口づける。それだけで、ザナックは花が開くように笑った。
(……本当に、敵わない)
「おやすみ、ザナック」
「おやすみなさい、アインズ様」
ベッドに寝かせ、布団をかける。
彼は満ち足りた表情で目を閉じた。
静かな寝息。その温もりの余韻だけが、俺の中に残る。
(……こんなにも満たされる日が来るとは)
知らなかった。孤独とは、慣れるものだと思っていた。だが違う。分け合える相手がいるだけで、世界はここまで変わるのか。扉を閉めながら、俺は初めて理解する。
もう戻れない。
ザナックのいない日々には。