ザナック視点から。
お兄様を抱き締めるのは計画に無かったラナーちゃん
アインズ様の匂い。
好き。
好きだな。
冷たくて、暖かい、大きな手。それがまるで、猫を撫でるみたいに髪を滑る。はぁ、はぁ……と荒い呼吸が、緩やかになっていく。
(眠い…………)
呼吸音が、いつの間にか寝息に変わる。
(俺、アインズ様の膝の上……すきだなぁ)
──────
────────ぼふんっ。
息が、苦しい。
呼吸出来ない。喉元を固く締める手。
ギリギリと力が入っていく。
真っ黒な空間。
───目の前には、俺。
白いクラバットを巻いて、青い上着を揺らし、片眉を釣り上げた"王子"だった俺。
「ふふふふっ、状況が理解出来てないです、って顔だな」
もう一人の俺は不遜に笑う。
「っぐ、う……お前、誰、だよ」
「……本当は、誰かなんて分かってるんだろう? なんでこんなことになったのか、知ってるだろう?」
「……はぁっ?」
「ふ、俺はお前さ! ずっと、ずっと、一緒にやってきた仲じゃないか、なぁ?」
俺のような、何かは、パッと後ろに下がり、大仰に両手を広げた。
「お前は、偽物だ。お前は俺じゃない、それは演技だろ……」
「違うな。お前は、妹に嫉妬してたし、誰かに承認されたかった」
そんなはずはない。
「それは、俺の被ってたガワだ……!」
「何が悪いんだ? 嫉妬も、承認欲求も、あったらなんでダメなんだ? まさか、聖人君子にでもなりたいのか!」
「嫉妬してた、だけど今は妹が生きていることに安心してる。誰かに承認して欲しかった、だけど今はちゃんと見てくれる人がいる。」
「………だから、何が、言いたい。お前はなんで現れた。何が目的だ。」
「お前は自分のことが好きだろ? 俺も、お前は好きだよ。だから心配してきてやったんだ」
偉そうに、もう一人の俺は鼻を鳴らした。
「何を言って……。俺は、俺のことが嫌いだ………。お前も、嫌いだ……!」
「そうカッカするなよ。俺もお前が嫌いで好きだ。」
「ど、どっちだよ……」
「どっちかなんてどうでもいいさ。とにかく、俺は助言をしに来た。まぁとりあえず、お前。アインズ様のこと好きだろ?」
「〜〜っ!?」
「恋愛的に。と言っても俺もお前もそんな経験ないから、気付くのに時間がかかったけどな。」
顎に手を当てて首を傾げるもう一人の俺。
「な、なっ……」
そして、気味の悪い笑みで続けた。
「何だよ。アインズ様の声を思い出して勃ってたくせに。何度も想像したろ?」
「本当はアインズ様が好きで好きでたまらなくて、アインズ様の手も、声も、性格も、見えないはずの表情の機微も好きで、首に痕をつけられた時も嬉しすぎて内心ずっと興奮が───」
「黙れ! だまれ、だまれ!!」
「何だよ。主に興奮してるド変態。」
「う、うるさい! お前が俺だって言うなら、お前だって変態だろ!」
「そうだ。俺だってアインズ様が好きだぞ?」
「……お前に恥は無いのか!?」
「ふっ、自分に対して恥ずかしがるとか……意味が分からないだろ」
もう一人の俺はケラケラと笑う。
(意味が分からないことなんてもう十分起きてるが……)
「まぁ、落ち着け変態よ。とにかくアタックしてこい。そうだな、アルベド様やシャルティア様みたいな感じで。裸……えぷろん?をするといいって言ってたぞ。」
「変態呼びやめろ。あと、その、裸えぷろん?は……"裸"が入ってる時点でろくでもない予感しかしない。それに……俺がアルベド様やシャルティア様と並べるような存在に見えるか? 場違いだし、身の程知らずだ……実際に忠告されたし。」
「はぁ? 身の程知らず? 今更何を言ってるんだか。アルベド様とシャルティア様は日々正妃争いをしてるぞ? 彼女たちもアインズ様に好かれる為に努力をしてる。確かに"努力も何もしてないお前"は、場違いかもな。」
正論過ぎて背筋がヒヤッとした。それと同時に胸に重いものが落ちる。
「俺がそんなことをしたら、おふたりに処刑されかねないぞ……」
「じゃあ、死ぬのが嫌だから諦めるってのか。お前いつの間にか、"覚悟のない奴"になってるぞ。」
ビシッと指をさされる。
「お前のソレは全部言い訳だ! そうやってうじうじしてるならアインズ様に見合うようになる日は来ない! 分かったか? まぁ……俺はお前に直接干渉は出来ない、あとはお前次第だ」
そう言って、もう一人の俺は満足げに笑った。
「そんなこと言われてもな……」
「うだうだ言うな。それじゃ、行ってこい。」
もう一人の俺は、俺の背中をぐいぐい押している。
「行け、ってどこに……」
辺りを見渡すが真っ暗闇だ。
───ドカッ。
「───はっ?」
突然奴に背中を蹴り飛ばされ、足下の床が消えた。
「結局、俺に殺されるのかよ」
俺は、暗闇に落ち続ける。
うっすらと地面が見えて、
死を覚悟したその時───
急に目の前が明るくなった。
俺は、がばっと"ベッド"から起き上がった。
それと同時に、俺の顔から落っこちたアインズ様ぬいぐるみが太ももの上でぽよんと跳ねた。
「夢…………?」
窓の外では、小鳥がさえずっている。
窓の隙間が開いていて、夏の涼しい風が髪を揺らした。
「これが顔に乗ってたのか……」
俺はとりあえず、アインズ様ぬいぐるみを抱きしめて状況整理をする。
さっきのはただの悪夢だったとして、
アインズ様の執務室に居たはずの俺がベッドにいるということは、アインズ様が運んでくれた?
(寝てる俺とかめちゃくちゃ重いだろうに、あー、ほんと……優しいな。)
てか、途中で寝るなよ俺。
「ちょっと待て……アインズ様ぬいぐるみはなんであるんだ? しまっておいたはずなのに……。」
いや、違うな。
確か、昨日……アインズ様ぬいぐるみ相手に、ご本人とお話する練習をしてて……。そのまま、ベッドサイドに置いて、……出しっぱなしだった。
アインズ様は俺をベッドまで運んでくれた。
アインズ様ぬいぐるみはベッドサイドに置きっぱなし。
「み、見られたああああああ……!!!!!」
やばい、終わった、死ぬ……。引かれたか?
あーもう、隠し持ってたのがいけないよな!!
最初から言えば良かったのか?
貴方が好きすぎてぬいぐるみを購入しました、
…………なんて言える訳ないだろ!!
どう言い訳しよう、次はどんな顔して会えばいい?
時を戻りたい。自室を出る前に戻りたい。
それか、アインズ様の記憶を消したい。
というか忘れててくれ、無理だろうけど!
コンコンッ。
突然、低いノックが部屋に響き渡る。
「は、はいっ……!」
慌てて返事をしたが、声が裏返った。
「ザナック、おはよう。起きたのか?」
「はい! あの、どうぞ入ってください!」
咄嗟にそう返した。
が、ぬいぐるみ仕舞うの忘れてた。
たぶん今見られたら、俺は終わる!
急いで布団の中に押し込めて、正座で待つ。
ガチャリと扉が開いて、アインズ様が一歩、部屋に入る。
「ザナック。おはよう。よく寝れたか?」
「はい、ぐっすりです。おはようございます……アインズ様」
そう答えると、彼は屈んで、ベッドに片手をついて俺の顔に近づいた。
「っ……あ、あの」
息を飲んだ。
「寝起きの顔もかわいい……」
小さく呟いた彼は、俺の額に骸骨の歯で口付けを落とした。
「へ、あっ、なん……で、」
顔が茹だる。熱い。
「一緒に朝食をとろう。食堂で待ってる。」
また、囁かれた。
最後に、「小さい俺にもよろしくな。」と彼は付け加えた。そして、パタンと扉が閉まる。
「…………」
小さい、俺?
小さい、アインズ様?
(あ…………)
ぬいぐるみ!?
………………やはり、見られてた!?
俺は再び顔が熱くなるのを感じながら
「────はぁぁ…………好きだ、」
枕に顔を埋めた。
─────
──────アインズ様との朝食、
夢のような時間を終えたあと。
俺は少しだけ帝国に外交会議に出て、丁度帰って来たところ。
「ありがとう、アルベド。」
廊下の角を曲がった向こうでそんな声が聞こえて。アインズ様が、アルベド様の頭を、撫でて……撫でて。骨の指が綺麗な黒髪の隙間を通る。アルベド様は目を細めて、淡く頬を染めていた。そして、アインズ様に抱きつく。彼女の腰には、アインズ様の手。まつ毛が瞬く様子が、目を惹き付けて、「うふふ」と控えめに、
だけど少女のように心から嬉しそうに笑う顔が、可愛らしい。白と黒。そのコントラストが美しくて、いや───おふたりが並んだ姿がまるで夫婦のようで。
その瞬間。
『俺はなんてちっぽけで、醜くて、汚いんだ』と思った。
(いやぁ、邪魔だな。俺。)
(うん、よし! なるべく空気になろう。)
好かれないのなら、せめて邪魔をして嫌われたくない! 空気になるのは得意だ。王国時代のあれが練習になってて良かったな。
そう言えば、この間……コキュートス様がアインズ様のお世継ぎの事を楽しそうに話してたなぁ。女の子か男の子かで教育方針も変えていくらしい。もう、服まで作り始めてるとか。気が早すぎる。だが……話を聞いてるだけで、俺もワクワクした。もし、アルベド様か……シャルティア様がお世継ぎをお産みになったら……
コキュートス様、喜び過ぎて倒れるんじゃないか?
俺は足音を立てないように自室の前まで歩き出す。
(俺も、"爺"って呼ばれたりな……。いや、おじさん……? まぁ……俺もコキュートス様も話が飛躍し過ぎだが。)
(ふふっ、まぁとにかく、野郎がこういう話に割り込むのは良くないよな。)
俺は───歩きながら巻襟を外し、畳んでポケットにしまってから、
だらしなく垂れた涙と鼻水を、
乱暴に拭った。
─────────『ラナー視点』
上司と実兄が、最近妙に仲が良い。
アインズ様に尋ねてはみたけれど、
『ザナックをどう思ってるかって? そうだな、よく頭が回るし、人間にしかない価値観で意見を言ってくれて人間と関わる上で助かるし、私にとっては優秀な補佐官で……良き友人だな。』
と。
相対的にお兄様の慌てっぷりが、怪しい……というかほぼ自白のような戯言を言ってたような気がするけれど。
(そうなると……お兄様の片思い?
でも、アインズ様の口調に、隠しきれない好意を感じる。)
見ていて焦れったいし、お兄様のあの反応は面白いから、ちょっと背中を押してあげようかしら。私はそう思って、お兄様の自室を再び訪れた。
「お兄様、いらっしゃいます? 少し、"遊び"ませんか?」
「今……取り込み中だ。あと、そうだな………………一時間後に、出直してくれ」
ぽつりぽつりと、しょぼくれたような声が扉の向こうから聞こえる。
(声が掠れてる、それに鼻をすする音が微かに……。
もしかして、"事後"──!? いや、違うわ……まだ"泣いてる"のね)
「お、おいお前……入ってくるなよ……? き、聞こえてるのか……?」
「はい、聞こえていますよ。お兄様」
カチャリ。扉を開けて堂々と部屋に入る。
「え、あ……おまっ…………!」
お兄様は床に座り込み、ベッドにしなだれかかってシーツに顔を埋めていた。それも、外交時に着ていくベストと、手袋もつけたまま着替えずに。
「う……なんなんだよ、お前には、常識が……通用しないのかよ……っ」
私はストンと床に座り、ハンカチをお兄様の鼻に押し付けた。
「うふふ、今日は床でお茶会をしますか?」
「何の用だよ……」
お兄様は、赤い目元をごしごし擦り、精一杯の虚勢を張った。
「お兄様、アインズ様のこと、お好きですよね? 正直にお答えください……あ、鍵は閉めてますよ」
「───おっ、まえなぁ…………。」
お兄様はぐっと眉間に皺を寄せた。
「ふふ、そんな顔なさらないで、私はおふたりの恋を応援したいんです! なので、今日はお兄様にアドバイスを!」
「帰れ。」
「ちょっと! 少しくらい聞いてくださってもいいんじゃないですか!」
「帰れよ。」
ぷくっと私が頬を膨らませると、お兄様は動じず。しっし、と手を払っている。
「お兄様、自分の気持ちに正直になってください。ほら、アインズ様のこと、どう思ってらっしゃるんです?」
私は、お兄様の太ももの横に手を付く。
「くっ……近づくなっ……!」
そして、そのぷにぷにした顎を引き寄せた。
「…………んふふ」
震えた唇、潤んだ瞳。まるで、怯えた子犬みたいだわ。
「───みんな、みんな……しつこいんだよっ。わ、分かってるさ、そんな……言われなくたって…………!」
お兄様は唇を震わせ、目尻から一筋、涙をこぼした。
「好きだよ、アインズ様が好きだ。最初は、あの人と居るだけで嬉しかった。隣に居るだけでよかった。……だけど、こんな、苦しくて……! 俺、いつの間にかこんなに傲慢で、強欲で………好きだ、好きだ……アインズ様が…………っ」
そして、ぼろぼろと泣き出した。
「うふ……ありがとうございます。私としては、お兄様の泣き顔も可愛らしくて……こんなに懸命に告白する様子もいじらしくて…………アインズ様がこの顔を知らないのは少し残念ですね」
私が離れると、
「ハハッ、馬鹿に、するなら……そんなに茶化すなら……………お前がどうにかしてくれるのか? 違うんだろ? どうせ、俺を嘲笑いに来ただけだ……」
お兄様は薄く笑った。
「"お前はいいよな"……欲しいものが手に入って、頭が良くて……綺麗で、何でも───」
腕を伸ばし、ぎゅうっ……とお兄様を抱き締める。
「何だよ…………」
「お兄様を肯定します。お兄様は人としての優れた感性を持ってる。優しさを持ってる。私と似た金髪も……向日葵の花弁みたいで鮮やかですし、お兄様は私よりまつ毛が多いですし可愛らしいですよ。」
「お前に言われても嬉しくない……。というか、何でひっついてるんだ……それが知りたい」
そう言ったお兄様は、頬がほんのり桃色に染まっていた。
「昔、バルブロお兄様が泣いていました……その時、お父様がこうしていると、少しづつ泣き止んでたんです」
「ふっ、俺でも、そうなるか……実験ってことか?」
「ええ。クライムも、こうすると喜ぶんです。ハグは一般的な愛情表現として効果的ですよ。」
「お前、愛情とかあるのか。」
「さあ……? 感じます?」
私が笑うと、お兄様も乾いた笑みを漏らした。
「…………分からん。」
お兄様は、私の腕の中で震えていた。
抱き締めて、時間が経つほどに肩が涙に濡れて、少し冷たい。それに相反して、お兄様は私よりずっと温かかった。