※この作品はR-18です。

ザナック蘇生if/アイザナ   作:アイザナ大使

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アインズ視点。


殺した

 

 

……俺は、今、

ザナックに依存しているのかもしれない。ザナックと過ごす時間は、心地良すぎた。言葉を交わすたびに、柔らかな熱が胸に宿り、名前を呼べば、誠実な瞳がこちらを向いてくれる。信頼。献身。無垢な好意。あたたかさ。それらすべてが、俺を……甘やかす。

(……これで、いいのか?)

そんな感情は、

至高の四十一人と呼ばれた、かつての仲間への裏切りではないか。この世界で彼らを探すことを、諦めてなどいない。今もなお、どこかにいる可能性に縋っている。

けれど、同時に──

(ザナックを、手放すなんて……できるわけがない)

失うことが怖い。

もう二度と、あのぬくもりを失いたくないと、

心が勝手にそう叫んでいる。まるで、俺が「恋をしている」かのように。

(……恋?)

そう思った瞬間、心の奥で何かが軋んだ。

俺が? この俺が? アンデッドのくせに、俺が、恋を?

不快感にも似た自己嫌悪が、背骨を這い上がってくる。滑稽だ。馬鹿げている。至高の存在でなければならないはずの自分が、一人の、小さな……だけど愛おしい人間に縋っている。

(……やめろ)

そう思った瞬間だった。

「っ……あ──」

視界が、ふいに歪んだ。

頭の中で、何かが崩れる音がする。

そして。気づけば、俺の手の中には、あの日と、まったく同じ皮袋。重みと、感触と、強く香る鉄の匂い。

「……!」

"また"だ。このところ見る、幻覚のようなもの。皮袋を開けるまでもなかった。知っていた。理解していた。

これが──ザナックの首だと。

「……魔導王陛下に……これを……」

そう言って差し出してきた、王国の貴族達の顔が脳裏に浮かぶ。命乞いの震えた声。血で濡れた手。アインズ・ウール・ゴウンという存在に、媚びるような目。これは、夢ではない。

過去に、確かに起きた、現実の記憶。

随分前の……戦場で。

王国軍の天幕の中へ向かう俺の姿が、意識の中で浮かぶ。幕の中、倒れていた、赤い鎧の男。

ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。

首を失い、仰向けに横たわる、その肉体。

思わず、ゆっくりとその体を抱き上げた。

重いはずなのに、軽かった。

(……そうか……)

彼は、もう──命を失っていたのだ。

なのに、今、俺の元にいる。

ナザリックで、笑っている彼。

(あの時……俺は……)

視界が霞む。骸骨の目には、涙など流れはしないのに。それでも、苦しくて息が詰まりそうだった。ナザリックに戻って、俺はその"過去の彼"の首を、魔法で縫合した。

血に濡れた鎧を脱がせ、まだ温もりの残るシャツと、肌と、首筋を見つめる。無言で、ただ静かに、棺に横たえる。

その姿が──初めて見た、礼儀正しく勇気ある王子と重なって見えた。あの時、交渉に来た彼は、堂々としていた。命の危険を承知で、覚悟を決めた目をしていた。あぁ、もうそこで既に、俺は彼を、

……なのに俺は、

結局、その彼を──殺したのだ。

(俺が、殺した)

俺が殺した、殺した、殺した、殺した、殺した

殺したんだ

何度も、何度も、頭の中で繰り返した。

言葉に出すこともできないまま、胸の奥で呪詛のように。

(触れる資格など……最初から、無いはずだった)

彼を蘇らせ、どれだけ愛したとしても。

俺の手は、最初から彼の命に血塗られている。

それなのに。それでも。彼の笑顔は、俺を赦す。それが、いちばんの地獄だった。気がつけば、俺は執務室に戻っていた。記憶が、また途切れていた。最近、こんなふうに"意識の飛ぶ時間"が増えている。頭を抱える。指先に、骨の冷たさが触れる。

「……ふ、はは……」

声が漏れた。

それは、笑いにも、泣きにも似た、自嘲の声だった。

「……はぁ……」

ため息が、部屋に静かに落ちる。彼に触れる資格は無い。だが、手放すことも、もうできない。それが、俺の罪。

そして、俺が背負った、呪いだ。

 

翌日の昼頃。俺は、ザナックを膝の上に乗せて執務をこなしていた。この業務形態は俺が命令したものだ。そう、彼はこれに慣れてしまっていた。まだ、少し照れてる部分もあるが。そんな彼を、いつもの流れで、俺も乗せてしまっていた。今更、降りろとは言いづらい……。こう、密着していると、否が応でも彼の匂いが香ってくる。項と、金髪の間から。これがどうにも俺の理性を溶かす。気付けば、彼のお腹に手を回して抱き寄せて金色の髪を鼻で押して、うなじを嗅いでしまっていた。

(汗っぽい匂い……)

「あ……ぅ……んん」

ザナックが腰を跳ねさせたところでハッとした。俺は何をしてるんだ。

「あ、すまない……っ」

「……いいんです、お好きなだけどうぞ」

彼は振り返って、誇らしげに微笑んだ。

翠玉の目が細められた。

ああ。ああ。

なんで、そんな、顔を……

好きだ、ザナック、好きだ。俺は、君を殺したのに……君から何もかも奪って、

当たり前のように恩人の顔をしていたくせに。

君を、好きになんかなって。

なのに、そんな目で、俺を赦さないでくれよ。

好きだ、好きだ、好きだ、好きだ

ザナック、ザナック……

好きだ、大好きだ……愛してる……

「……アインズさまっ? ど、どうですかね」

「すごく、いい匂いだ」

「ふふ、ありがとうございます」

ザナックが薔薇の花が開くように笑った。

かわいい、かわいいかわいい……っ

すうっと上品な甘い香りが、鼻腔を抜けた。

食べて、しまいたい。

「っ……ザナック」

ずっと、この匂いを嗅いでいたい。ザナックを俺のものにしたい。閉じ込めたい。俺だけが彼に触れられるようにしたい。

「んっ、や……あいん、ずさま……」

駄目だ。我慢しなくては。

でもこれが、本当に──最後だから。

だから少しだけ。

(もう少しだけ……っ)

彼の項に鼻先をぐりぐり押し付け、

馬鹿になった頭で、そう言い訳した。

 

 

──翌朝。

「アインズ様、おはようございます!」

いつも通りにザナックは明るく笑っていた。

あの柔らかく芯のある声で、挨拶をくれる。

俺の胸の奥に、甘く響く……それは、かつて何よりも心地よいものだった。だが──俺は、

「……ああ、おはよう」

それだけを返して、視線を逸らした。

ほんの、わずかな間だった。だが、それは明らかに"避けた"とわかる仕草だった。

ザナックの笑顔が、ふ、と曇る。

それを見た瞬間、喉の奥が焼けるような痛みに襲われた。けれど──それでも、俺は視線を戻さなかった。触れてしまえば、壊してしまう気がした。彼の手に触れれば、もう二度と離せなくなる。微笑みを返せば、罪の記憶が喉元に込み上げてくる。

(……俺は、君を殺した)

夢ではなかった。幻覚でもなかった。

あの皮袋。赤い鎧。落とされた首。血に染まったシャツ。あれは、確かに現実だった。なのに今、彼は目の前にいて、笑っている。まるでそれを忘れたかのように。まるで、何もなかったかのように。

「アインズ様……? あの、今日は……お膝の……」

「……ああ。今日は執務が立て込んでいる。……会議に先に行っていてくれ」

ザナックの表情に、明らかな戸惑いが浮かんだ。けれど、彼は頷いた。

「……はい。では、行ってきます。アインズ様、気をつけてくださいね……あまり頑張り過ぎずに。」

ああ、その一言さえ。

俺を気遣うその声すら、優しすぎてまるで罰のようだった。

(君にとって、俺は"恩人"なのだろう)

(君を救い、蘇らせ、手を取ってくれた──そう思っている。だが、それは違う)

(本当は俺が君の命を奪った)

その日から、俺は徐々に、ザナックと距離を取るようになった。仕事中は、返事だけで顔を合わせなかった。一緒に食事をする時間も減らした。廊下ですれ違えば、わずかに歩幅を速めた。ただの気まぐれだと、彼は最初そう思っていたのだろう。けれど、三日目についに 

「……アインズ様…っ」

背後から、そっと服の袖を引かれた。

「あの……俺、何か……してしまったでしょうか」

その声が震えていた。泣きそうになるのを、堪えているのがわかった。

「……いや。君は何も悪くない」

「でも……アインズ様が、俺のこと……」

「……ザナック、今日は帰って、休んでいてくれ」

口にした瞬間、胸が裂けそうになった。

ザナックが、あんなにも寂しげな表情をするのを初めて見た。目の前で、俺の為にと一生懸命だった青年が、どうしていいか分からず、手を宙に彷徨わせている。

(……触れるな。今ここで、彼を抱きしめてはいけない)

(謝っても、慰めてもいけない。俺には、その資格がない)

それでも、気づけば、手が──

骨の指先が、彼の頬に触れそうになっていた。ザナックが、ぱっ、と目を見開いた。

(やめろ……やめろ……)

俺は、その手を引っ込めた。

「……すまない。……俺には、今、君を……」

最後まで言えなかった。

言葉にならない想いが、喉元にせり上がり、

けれど、声にならずに消えていった。

ザナックは、俯いて、ただ「……はい」とだけ言った。それから、音も立てずに去って行った。

彼の背が、廊下の向こうに小さくなるまで、

俺はただ、立ち尽くしていた。どうして、こんなにも。好きなのに、触れられない。大切なのに、遠ざける。罪を悔やんでも、償っても、

それでも"なかったこと"にはできない。

ならば、いっそ……このまま、彼が俺を嫌ってくれたら、どれほど楽か。けれど、彼はきっと、明日もまた笑ってくるのだ。

「アインズ様、おはようございます」と。

その優しさこそが、最も恐ろしい。

 

 

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