お風呂ネタが大好きなんです
ナザリックに戻ると、俺はザナックの手を握ったまま、執務室を素通りしてそのまま浴場へ向かった。その手はまだ冷たい。指先がかじかんで、わずかに震えていた。濡れた服が身体に張りついて、歩くたびに水音を立てる。俺はアンデッドだし骸骨だし何ともない。気になるのは、ザナックの体温だけだった。浴場にはすでにタオルと替えの衣服が用意されていた。俺の意図など説明せずとも、全て整っている。ザナックの分も。なんて有り難い。浴場の手前で、メイドたちが恭しく控えていた。
「アインズ様。お召し物をこちらへ」
「ああ、ありがとう」
ずぶ濡れのローブを脱いで手渡す。
その横で、ザナックも黙ってフード付きのローブを脱いでいた。バサ、と音を立ててローブを落とすと、彼はその下に着ていた白いシャツだけの姿になる。
──と。
俺は、そこでふと、違和感に気づいた。
(……ん?)
(……なんで、俺、一緒に入ろうとしてるんだ……?)
別に必要はない。むしろ、個別に入るべきだったかもしれない。ザナックは一言も拒まなかった。俺も、「そうしよう」と自然に思っていた。今さら引き返すこともできず、視線が、ふと彼の姿に吸い寄せられた。濡れたシャツが、彼の身体にぴったり張りついている。小柄でふっくらとした体つきが、その布越しにくっきりと浮かんでいた。胸も腹も、思っていたより柔らかそうで。体温を取り戻しつつあるのか、ほのかに赤みを帯びていた。シャツの下から肌の色が透けて見えている。そして何より。彼自身が、それを全く気にしていなかった。ザナックはズボンの紐をほどきながら、ぽたりと前髪から水を滴らせる。恥じらう様子はない。ただ、濡れて冷えた服を脱ごうとしているだけ。
それなのに。
(……これ以上見ていたら、まずい)
俺はそう思った。
本気で、まずい。すぐにでも転移して逃げたいレベルだった。だが、ザナックは何の躊躇いもなく、シャツの裾を掴むと、肩から滑らせて脱ぎ始めた。濡れた生地がするりと滑って落ちていく。その下から現れた、白い肌。
まだ水に濡れているせいで、肌がしっとりと光を含んでいて。鎖骨のライン、肩先の丸み、肩甲骨の起伏。見てしまった。
(……駄目だこれは……)
声を出そうとした。止めようとした。だが、ザナックの方が先に振り向いて、何の悪気もない顔で、言った。
「お背中、お流ししますね」
その声が、やけに澄んでいて。喉がぎゅっと締めつけられる。
「……ああ」
結局、止めることなどできなかった。
────────
─────
「では、失礼します……」
と、ザナックが静かにタオルを手に取り、俺の背後へ回った。本来なら、ここで「いや、それはさすがに…」と断るべきだった。
なのに俺は何故か、止めることができなかった。
(大丈夫だ、俺は骸骨だ。何も感じない……)
思考が甘かった。背後から近づいてきたザナックの指が、そっと俺の肩甲骨をなぞる。
ぬるま湯で温めた布で、優しく、丁寧に。擦るでもなく、撫でるように。
(うおおおお…やめろ、考えるな、無になれ…)
ありもしない感覚神経が、警報を鳴らしはじめる。そして。
「石鹸、どこだったかな……あ、」
ザナックが屈もうとした瞬間、彼の小さな体が、俺の背中に寄りかかった。
ふにゅっ。
(……っ!?)
背中に、確実に"何か柔らかいもの"が当たった。
(ま、ま、まさか、今のは──)
(胸──!?)
「ーーーっ!!」
(いや、落ち着け。俺は一国の王なんだ。大人なんだ。冷静に──)
「……アインズ様、背中、すみません。くすぐったかったですか?」
「問題、ない……ッ!」
(た、助けてくれ誰か、俺の理性が持たん)
ザナックは、無邪気に湯桶の泡を手に取り、今度は肩から肘、腰のラインへと洗っていく。
ついでに、ついでにとほとんど触れられてしまい、もう本当に、どこに意識を置けばいいか分からない。何も感じないはずなのに、頭蓋の内側だけが、沸騰するように熱い。その後も、何度か胸やお腹が当たり、数え切れない程感情抑制が働いた。そして、ようやく湯船に浸かった時。俺は、ザナックを直視できなかった。広すぎる湯船。しかし、なぜかザナックは隣にぴたりと座った。肌を寄せ、肘と肘が触れ合い、温もりが隣から伝わる。俺は湯の中に深く沈みながら、天井だけを見つめていた。
(おかしい、何もしていないのに……なぜこんなに…………俺がおかしいのか)
ザナックが、ふいに口を開いた。
「……あの、アインズ様」
「……ん?」
「俺も、もう一度ちゃんと……お伝えしておきたくて」
ゆっくりとこちらへ身体を傾け、湯の波が揺れる。囁くように、小さく。
「アインズ様が、好きです。優しくて、すごく人間くさいところもあって、でも冷静で、ちゃんと俺のことを考えてくれてるって、ずっと感じてました」
「……そんなつもりじゃ……」
「でも、伝わってました。……それに、ずっとひとりで、全部背負ってたんですよね」
俺の手が、そっと握られる。湯の中で交わる、指と指。
「そういうところも全部、……好きです」
「……ザナック」
「あったかくて、強くて、ちょっと子供っぽくて……たまに慌てるとこも、可愛くて」
「や、やめてくれ、可愛いのは君の方だろう!?」
湯をバシャリと跳ねさせて腕を振った。
「………いや違う、今のは──」
「ふふ、俺は本気ですよ?」
体がぴたりと密着する。温もりと、柔らかさと、湯気と、愛情が押し寄せてきて、俺の精神は限界を迎えようとしていた。
(待ってくれ、もうダメだ。耐えているのが不自然なレベルだ。俺の魂が、消し炭になりそうだ……)
なんとか浴場から脱出するように、湯を上がる。身体を拭き、髪を乾かし、白い布をまとったザナックの横顔を盗み見ながら、俺はほっと息を吐いた。やっと、やっと終わった。
と思った──その瞬間。
「アインズ様」
「な、なんだ?」
「……今夜は、一緒に寝ましょう?」
その笑顔は、ただの提案だった。悪意も、下心もない。ただ、安心したいという純粋な気持ちだけなのに。
(……………………………………)
ズガン、と音を立てるほどの衝撃が頭蓋に走った気がした。もう、耐えられない。支配者だろうが、骸骨だろうが、もう知らん。
今だけはこの愛しさに、永遠に囚われていてもいいと思った。
着替えを済ませ、ザナックは俺のプレゼントした紫のネグリジェを着て、俺の私室に来ていた。部屋の扉が、音もなく閉じられる。
「では、おやすみなさい──アインズ様」
そう言ったザナックは、まるでコレが毎日の習慣のようにベッドの端へ腰を下ろし、布団の端を持ち上げた。俺も当たり前のように隣に腰を下ろす。骨の手が、布の温もりを少しずつ拾う。最初は、ただそれだけのはずだった。
ふたりで、同じベッドに入って、静かに眠る。
温もりを感じながら、静かに夜を越えるそれだけ、のはずだった。
だが、隣で横になったザナックがふいに言った。
「……アインズ様」
「……ん?」
「さっきの、"一緒に寝ましょう"って……その、"そういう意味"だったんですよ?」
「………………」
(………………え?)
思考が、一瞬で止まった。
動けなかった。動けるわけがなかった。
俺の全頭蓋内は、「まさか」「本当に?」「夢か?」の三語で埋め尽くされていた。
その間に、ザナックはひょい、と俺に跨っていた。ネグリジェの薄い生地と、ふわふわしたフリルの感触。
「ふふん」
どこかいたずらっぽい笑顔。悪びれた様子もなく、無邪気で、どこか勝者の風格さえあるような顔。
「アインズ様のそういうところ、好きですよ」
そう言って、ザナックは俺の手をそっと掴んだ。
(ど、ど……どういう!?)
手の甲に、唇が触れる。
(お、おい待て……それは……)
次に、首筋。頚椎のラインに、かすかな吐息がかかる。
(──っ!)
そして、何より。骸骨の口元に、彼の唇が近づいて躊躇うことなく、歯に、そっと──キスを落とした。
「……っっっっ……!!」
ザナックと、キスをしてしまった。
世界が、止まった。心臓があれば、ばっくばくと鼓動を打ち鳴らしていただろう。脳があれば、蒸発していた。
(……こ、これは……これは……)
(天使!? いや、小悪魔!? どっちだ!!)
「アインズ様、固まってます?」
「…………問題ない、ぜんぜん大丈夫じゃない」
俺は頭を抱えて答えた。
「ふ、どっちですか?」
必死に反撃のように、俺は体を起こし、くすくす笑うザナックをそっと押し倒した。
「……ザナック」
金色の髪がシーツに広がり、翠玉のような瞳が不安げに揺れる。
「──仕返しだ」
「……えっ?」
耳元で囁いてから、俺は骨の腰をザナックに密着させてみた。これで、怖気付いてくれたら……と思った。
「あ、っ……アインズ様……」
か細い喘ぎ。
柔らかい。温かい。あまりに、反則的な温度と質感。そして、彼の丸い尻のラインを、手のひらでなぞるように撫でる。しっとりしていて、桃のような綺麗な形をしていた。
ザナックは「んっ……」と小さく喉を鳴らしただけで、特に抵抗もしない。頬は真っ赤に染まり、目元はとろりと揺れている。それでも逃げない。
(やばい、これ……。これ以上やったら、俺、絶対──)
言葉が出なかった。でも、頭の中では、もうわかっている。だが…
「……ザナック」
彼の髪を撫でながら、俺は囁く。
「まだ……早い」
「……え?」
「君の気持ちが、愛しい。……俺も、君が大好きだ」
「でも、だからこそ……焦らず、ちゃんと……ひとつずつ、進みたいんだ」
ザナックの目が、見開かれる。
そしてすぐに、ふわりと切なそうに笑って──
「……ふふ。アインズ様。やさしいんですね」
「ち、違うんだザナック……これは、君を抱けないという事ではなく、むしろ抱きたいが……色々!! じゅ、準備とか、あるだろ……?! 心の準備もあるし、知識とか環境も整えたり……」
大きく身振り手振りで伝えた。
「君は正直すごく魅力的な身体をしているぞ!? 胸は、ふわふわしてて、頬擦りしてみたいし! 太ももとかお尻も柔らかくてあったかくてむちむちしてて、いつも膝に乗せてる時に骨にくい込んでて……興奮してしまうから毎回揉みしだく妄想してるし……!とにかく君はすごく可愛いくて魅力的な体をしてるから落ち込むことは無い!! …………分かったか!?」
「ええ、ええ。十分分かりました……アインズ様が、どんなふうに俺の身体を見ているのかも」
ザナックはこくりと嬉しそうに頷き、妖艶に口元を歪めた。ネグリジェとシャツをそっと捲って、布を口に咥え、胸元をガッツリ見せてきた。
(あぁ……乳首、見え…………)
「───だッッ……から、そ、そういうことは簡単にしちゃいけません!!」
「んふふっ、ふ……ろうしてれふか?」
彼の口元を見てもダメ、下に視線を移したらもっとダメ。俺は、顔を背けて答えた。
「君の目の前に居るのは、君の事が好きで好きで仕方がない男なんだぞ……?! そういう目で見てるし乱暴されてしまうかもしれないから……」
「簡単じゃないし……そうして欲しくてやってるんですがね……あははっ」
ネグリジェを直して、首を傾げて、
彼は無邪気に笑った。
(頼むから反省してくれ……)
「アインズ様、こっち見ないんですか? もう肌は見せてませんよ?」
「…………目に焼き付いた。しばらく君を見れそうにない……」
「ふふ、」
月明かりの差す寝室。静かな夜。
隣にいるのは、誰よりも愛しい存在。