日常生活を共にするアイザナは見る人の健康に良い
ナザリックの夜は静かで、月光だけが執務室を照らしていた。俺は、机の前で深く息を吐き、書類を片付けながら──ふと、隣の席を見やった。そこで熱心に地図を眺めているのは、ザナック。今ではほぼ当然のように俺の隣に座っている。
「アインズ様」
「ん?」
顔を上げると、ザナックがまっすぐこちらを見ていた。目元は柔らかくて、けれどその瞳は真剣で。
「……あの。俺たちって、今、もう……夫婦、ですよね?」
「……え?」
一瞬、頭蓋の中が真っ白になった。
「だって、両思いで、
一緒に暮らしてて、キスもしたし──」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
手を挙げて慌てて止めた。ザナックは小首を傾げている。
「……俺は、段階を踏んで、少しずつ関係を育てていきたいと思っていて……だから、その、結婚前というか、パートナーシップというか、前段階だと……。その……お付き合いというやつだ。」
「……ああ」
ザナックは小さく頷いて、そしてふっと笑った。
「……なるほど。段階を踏む……良いですね。アインズ様らしいです」
「……受け入れてくれるのか?」
「もちろん。俺、アインズ様の考え方、好きですから」
そう言って笑うザナックの目の輝きは、まるで陽の光のようだった。
「ですが、……すみません、王族間だと政略結婚しかしないので、俺……お付き合いについては王国民から聞いたことはありますけど、あまり知識がないんです」
そんなふうに正直に、恥じらいながらも告白され。この子を、大切にしよう。心の奥に、そう強く思った。
数日後。
ふたりで向かったのは、ナザリックから離れた、魔導国の森の向こうに広がる静かな別荘地。辺りには寒々しい絶景が広がっていた。
「実は、君のためにこっそりつくっていたんだ」
「えっ……!? じゃあ、ここって──」
「新婚……いや、じゃなかった、あー、パートナーとの、こう、旅行の……」
「つまり新婚前旅行ってことですよね」
「っ……そ、そういうことだ」
ザナックは嬉しそうに笑い、紺のローブのフードを目深に被ったまま、森の中へと駆けていった。この旅行は、確かにお付き合いの記念にという意味も込めているが──彼の心身の為でもある。彼はここに来てからは笑顔が増え、柔らかい表情もよくするようになった。だが、彼が倒れた時にかかった医者には、強烈なストレスが原因でもあると伝えられた。
そんなふうには見えなかった、分かってやれなかった。きっと尋常ではない精神力で隠し通していた。心を病むのも、当たり前だろう。地位も仲間や家族も、帰るところすら失い、生き返ったところでも、俺を含めた化け物に囲まれて……。きっと、俺が見れないところで少なからず彼に嫌な事が降りかかっていたかもしれない。──だから、ここで静養してもらって、心も休めて欲しいのだ。もしまた、彼が倒れたら……と思うと、全身が凍てつくような恐怖を感じた。木々の間から降り注ぐ光。秋のひんやりとした空気。足元に咲く色とりどりの小花。
俺はただ、ザナックのその後ろ姿を、じっと見つめていた。嬉しそうにしゃがみこみ、小さな花をひとつひとつ観察している。
「おお……可愛らしい色ですよ、アインズ様」
その横顔は、まるで無垢な子供のようで──でも、確かに俺の伴侶で。
(本当に、愛おしい)
かわいいきみを、幸せにしたい。
─────『ザナック視点』
別荘に戻ると、俺ははりきってキッチンに立っていた。エプロンをキュッと締めて、少し伸びた髪が邪魔なので後ろでひとつに束ねる。
(ふふ……こういうの、ちょっと憧れてたんだよな)
たったふたりきりの家で、自分が料理をして、洗濯をして、掃除もして……
普通の家庭のような、穏やかな時間。
それが、こんなに胸をあたためるなんて王国時代の俺は思いもしなかった。
「よし、煮込みから始めよう」
鼻歌まじりに台所に立つ。
次に、洗濯物を集めに行く。
アインズ様の服も、俺の腕の中に。
(……あ、これ……アインズ様が着てたやつだ)
少し湿った生地の匂いが、自然と鼻先に届いて、
(……あ……)
気づけば、俺は抱きしめるようにそれを胸に押し付けて、思わず、ゆっくり、深く──すん……と、匂いを吸い込んでいた。
(な、何やってんだ俺……!?)
でも、止まらない。脳が痺れるような、落ち着くような、やめられない香り。
「あ、んん……いい匂い」
(……あったかくて、ちょっと炭っぽくて……でもなんか、アインズ様の匂い……)
「アインズさま……アインズさま……すき……」
そう呟きながら、服に顔を擦りつけていると
「……あの……ザナック?」
背後から、ご本人の声が
「──ふぉぇっ!?!?!?」
声にならない声が喉から飛び出た。
俺の全神経が一瞬で石化する。バチン、と空気が固まる。
「い、いやっ、ちが……ちが……違わなくはないけど違うんです!! 変態なわけじゃ……いや、完全に変態ですけど! ですが!!」
早口で言い訳しても、頭が真っ白すぎて言葉が迷子になる。アインズ様は……ただ、少しだけ照れたような声で言った。
「……そういう君も、好きだな」
「………………………………」
俺はしゃがみこんだ。顔が火照り耳まで熱くなる。
「……あの……反省してマス……」
「ああ。いいんだ。嬉しかったから」
「へ?」
「だって、俺の服をそんなに大事に抱えて、匂いまで嗅いで……それ、君が俺をすごく好きだって証拠だろう?」
……ずるい、アインズ様。
そんなふうに真顔で言われたら、ますます顔が熱くなる。そして、ふわっと。唇に、甘いキスが落ちた。
「……!」
やさしい、あたたかいキス。俺の罪を、すべて赦してくれるみたいに。
「……ほんとに、貴方はやさしすぎですよ」
「そうでもないさ。君が好きだから、甘くなるんだ」
「……お、俺も、アインズ様が大好きです」
───────
別荘の台所に、温かな香りが満ちている。
テーブルの上には俺が作った料理が並んでいた。シチューに、焼きたてのパン、サラダにデザート──完璧な献立だ。
アインズ様は食事を摂られないけれど、それでもこの時間は大切だと思ってる。
「……どうですか?」
「完璧な見た目だ。美味そうだな、ザナック」
その一言に、胸がふわっと温かくなった。
アインズ様は席に座って、俺が口に運ぶスプーンを静かに見つめている。本当に食べられないなんて、信じられないくらいだ。だって、表情はないはずなのに、あの眼窩の奥から、あたたかな眼差しを感じるから。俺は食事を進めながら、ふと思ったことを口にする。
「……こうして好きな人と食卓を囲むの、ずっと夢だったんです」
「夢?」
「はい。普通の、何気ない日常。……俺には、遠い話だったから。今は、幸せです」
その言葉に、アインズ様はそっと俺の手を取った。白く、骨ばったその指が、優しく俺の手を包む。
「……俺も、君とこうしていられることが、幸せだ」
その手が、俺の頬に触れる。
「……ザナック、可愛いな」
不意打ちだった。
胸の奥がぎゅっと音を立てて、顔が熱くなる。
「あ、あの……もう、アインズ様……っ」
「ふふ。君のそういう顔を見るのも、楽しみのひとつになってきた」
その目に、悪戯っぽい光が鋭く浮かんでいて──俺はもう、顔から火が出そうだった。
夜。風呂を終えて、ネグリジェに着替えると、寝室にはもうアインズ様がいた。
俺のために用意された広いベッド、その片側に、静かに横たわる黒衣の姿。俺はふかふかの布団の中に潜り込んで、そっとアインズ様の胸元に顔を埋めた。
「……すきです。アインズ様」
「ん……」
「だいすきです。アインズ様、あったかい……」
ぎゅうっと腕を回して、体ごと抱きつく。脚を絡めて、頬をこすりつけて、全身でアインズ様を感じる。
「……ザナック、君、今日は……随分、甘えてくるな……」
「ふたりきりだから……です」
小さな声で言った。そっとアインズ様の骨の手に俺の手を滑らせる。そのまま指を絡めて、恋人繋ぎ。
「……すき。……ほんとにすきです……」
「……俺も、だ」
その言葉とともに、アインズ様の手が俺の頬を撫でる。そして、唇に……骸骨の、歯が、そっと触れた。骸骨のはずなのに、どうしてこんなに甘くて、温かいんだろう。歯に触れるたび、背筋が震えて、心臓が跳ねる。
「ん……っ」
皮膚がないはずなのに、なぜか、どこかが柔らかくて、優しくて、唇に感じる"熱"に、腰が抜けてしまいそうになる。
「……アインズさま……っ、ん……だ、だめ、もう……んむっ……」
「ふふ……そうか?」
アインズ様の手が、
俺の耳にそっと添えられ
「じゃあ───これは?」
甘く噛まれた。
「ひあ、ゃっ……ああっ……」
耳朶に走る熱と疼き。びくんと身体が跳ねる。逃れようとしても、離れられない。次の瞬間、首筋に、骨の歯が。甘噛みではない。確実に、痕を残す強さで、食い込んでくる。
「……あぁっ、アインズさま……っ、そこ……あとが、ついてしまいます……」
「ザナック、君はほんとに……可愛いな」
「……っ、もう、ひどい、です……」
「ひどい? 俺が?」
首筋を舐めるように、痕に触れてくる。
歯が、今度は喉元を辿って、顎のラインに触れて。
「数日は、ここでふたりきりで過ごす。日中も……その痕、見せてくれよ?」
「そ……そんな……」
恥ずかしくて言葉が出ない。
でも、俺はちゃんと、うなずいた。
「……わかりました。アインズ様のものって…印、ですから……」
「うん。ありがとう。大好きだ、ザナック」
もう一度、唇が重なる。
俺はアインズ様の腕の中で、身体をくしゃくしゃに抱きしめられながら、嬉しくて、愛しくて、たまらない夜を、ひとつずつ、味わっていた。ただ、アインズ様がそばにいてくれれば
それだけで、俺の世界は満たされていた。