ザナックの方が料理できる。けどアインズ様と僅差。
元王子様なので家庭料理とか作れない。何故かお菓子は得意。味付けが濃くなってたり切られた野菜はいびつ。
まだ薄暗い早朝。
「…………はぁ」
俺は洗面所の鏡の前で、
何度目かのため息を吐いた。
昨夜の、痕……いや、"キスマーク"。
嬉しい、すごく嬉しいけど……これ、本当に日中見せてなきゃいけないのか? そんなの恥ずかし過ぎる。どうにか、髪で隠したり出来ないものか。痕を何度もなぞり、髪を手で梳いて、首元に持っていったりする。
「はぁ……。」
また、ため息。
「──あまりため息を吐いていると、幸せが逃げるぞ。」
「逃げるって……俺の"幸せさん"は、むしろ独占欲が強すぎて離れてくれな、い……」
とそこまで言いかけて、固く首を動かして見上げた。
「アインズ様……っ?」
「嫌なのか? 俺の"印"が。」
そこには、明らかに圧を放っていたアインズ様が佇んでいた。一般人なら泡を吹いて倒れそうなほどの。
「嫌、じゃ……ありません……。」
こんなのずるい。無理矢理言わせてる。
しかも、本当に嫌だと思わせてくれないから……困る。声色だけは妙に明るくて、穏やかなものだから、それが余計に怖い。
「そうか……」
アインズ様は声を弾ませて、俺の髪を弄り出した。頭の後ろから、首、肩。毛先のところまで、骨の指で撫でるように梳く。
「髪、結構伸びたな。」
「変、ですか……?」
「いいや、かわいい。」
即答。
「アインズ様は、長い髪、好きですか」
髪を触りながら、何となく聞いた。
(シャルティア様や、アルベド様は……髪が長いし、アインズ様はもしかしたら……長髪の方が…)
「まあ……どっちかと言えば……。あ、……俺は、君が好きなんだ。だから、長くなくても……」
やはり、アインズ様の好みは長髪か。髪が伸びた自分を想像してみる。
(長い方が女性的でいいのかもしれん……)
「分かってます、でも、伸ばしたら……もっと、好きになってくれますか」
自分で言った言葉のくせに、顔が熱くて、目を合わせられなくて、俺は俯いた。無言。もしかして、調子に乗ってしまった? 俺なんかに長髪は似合わないから? それとも、しつこく聞きすぎた? 嫌われる。
(……俺の馬鹿野郎……!)
「ぁ、……あいん、ず…さま……」
声が、震えた。だが、俺が振り返るより前に
項にふっと、くすぐったく息がかかる。
「へ?」
そして……心地良い加減で、噛み付かれた。
「あ、やんっ……んぅ、なん、ひぁ……っ!?」
(なに、なんで……?)
「は、あっ……ん、アインズ様あ!?」
俺は、目尻から涙が頬に伝うのを感じながら、アインズ様を振りほどこうと抵抗した。
「すまん。君の項を見てたら、ここにも痕をつけたい、と思ってしまって…………我慢できず」
「なんでこのタイミングで……!?」
「……俺は、君が好きだ。好きで好きで、ずっとこうやって俺のものにしたかった。絶対に離さない。……もし、喧嘩したり、意見が割れたり、そんなことがあっても……話し合おう。」
「っ……だから、何故今、それを」
突拍子も無い告白。
だけど、俺の全部を肯定してくれる。
「違ってもいい、ただ、一緒に居たいから、君のことをもっと知りたい。教えてくれないか? 明るいことでも、不安に思っていることでも……」
そう、優しく囁かれて、俺は堰を切ったように話し始めた。
「……俺、……俺は……アインズ様に、ご迷惑を、かけて、ないですかっ?」
「どうして、そう思った?」
「だって……俺、男だし…太ってるし、なのに、女性みたいな大きく柔らかい胸も無いし、髪も短いし、声も低くて性格も可愛げがないし……身長も、小さくてまるで威厳がないし……アインズ様の隣に並べるような人間じゃ、きっとアインズ様の好みじゃないですよ……」
「それは、君が決めることじゃあないな」
項を再び噛まれる。
「アっ……ふあ、んっ……で、でも!!」
「そもそも、俺は理想の女性像も元々無かったしな。俺は、君が君だから好きになった。好きになるのに性別を意識したことも無かった。だから、」
ふに。
「ふおっ!? ちょっ、アインズさま…」
突然、お腹に大きな手が回された。
「君の一部である、君のお腹も好きだし。胸も、すごく柔らかいし手の中に収まるサイズが堪らない……髪も、長さなんか気にしなくていい。明るい金色が、花弁みたいに滑らかで綺麗な、君の髪が好きだ。小さな体も、こうやって包むと温かくて、一生懸命俺のために働いてくれてた、」
「う゛っ……あの、も、もういいです…恥ずかしいです。それに、そこで……喋られると、くすぐったくて」
「ああ。すまない。だが……もう少しだけ。痕がつくまで、いいだろ?」
(結局、つけるんだ。優しい声色なのに、やはり少し強引だ。なのに、この強引さが、"君を全力で愛してる"って言われてる気がして……)
何度も、何度も、角度を変えて噛み続けられる。
「ん、んっ……!」
朝から、パートナーに後ろから密着されて、項を甘噛みされてる。
こんなに幸せな状況、数ヶ月前は、考えられなかった。
(いや……夢にも、思わなかったな。)
「あ、アインズさま……まだ、ですか? そろそろ、朝の支度を、…んッ……しないと」
「まだ、だな。難しいなあ……痕をつけるの。もう少し強くしてみようか…」
わざとらしい、艶っぽい低音。
絶対嘘だ。もう、俺の項には、くっきりと痕が残ってるはずだ。さっきより強い力で噛まれる。脚が……がくがくして、もう限界だ。
腰が抜けそうで、思わず洗面所に手をついた。
ぽたっ、と涙が台に落ちる。口をだらしなく開けて、よだれを垂らす。顔を真っ赤にして、そんな情けない男の顔が鏡に映る。
(見たくない…恥ずかしい……。アインズ様が、こんなに強引で…………少し変態だとは想像できなかった)
チクリとした痛みと、脚が震える程の快感。
「くっ……んう、あ……や、ぁ、あっ」
(そんなこと思いつつ、それを指摘出来ない俺も……やはり変態だ。)
アインズ様の猛攻が終わった後。俺は、全身の力が抜けたようにへたりこんでしまい、そうっとソファに座らされた。そして、アインズ様が台所に立ち、朝食を作ってくれているのをぼんやりとした視界で見詰める。開いた窓から流れる風が、白のカーテンを揺らす。
森の木々のざわめき、鳥のさえずり、
とんとん、という包丁の音、ジュゥ…と何かを焼く音。それを子守唄に
俺は二度寝を決め込んだ。
────────
大きくて、ひんやりした手に、優しく揺さぶられる。
「ザナック。……ザナック。出来たぞ…朝食。」
「……ん、ほえ?」
俺は、慌てて口を拭って、目を擦る。
「ふっ、かわいい寝顔だったぞ? 寝起きの顔もなかなか可愛いがな」
「えっ、アインズさま……?」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
はっきりとしてきた視界。カラフルな花柄のお皿に盛り付けられたベーコンエッグ。
「あ……アインズ様が?」
「あぁ、うん。……料理は、その、簡単なものしか……だから、」
「ありがとうございます!! アインズ様の作ったものを食べられるなんて……幸せです。」
「っ……そうか、うん、こちらこそ……ありがとう」
アインズ様は、骨の指で頬を掻きながら、どこか照れたようにそっぽを向いた。
(アインズ様だって可愛いらしいのに……。本人は気づいてないのか……)
「冷めないうちに、食べてくれ」
「はい。……では、いただきます。」