痕つけたてほやほや
朝食を終えた後、アインズ様は窓辺の机で書類を整理していた。俺は、アインズ様のローブが風に揺れる様子や、判子を押す仕草に見惚れつつ、今朝の食器を片付け終えて、ひと息つく。
(アインズ様のお手伝いをしたいけど、今、凄く集中してるんだよな……声掛けたら邪魔してしまうかもな)
すると、アインズ様は顔に手を当てて天を仰いだ。
「はぁ…………」
と重いため息も吐いて。
俺は、良いタイミングだと思って、声をかけた。
「アインズ様…お疲れですか? 俺に手伝えることがあれば……」
「あぁ……頼む」
アインズ様はそう言って、左手を俺に伸ばした。
「はい……!」
エプロンを脱いでアインズ様に近づくと、ぐいっと骨の腕に抱き寄せられる。
「……?」
膝の上にストンと降ろされて、彼はなんでもないような態度で書類をめくり始める。
「え? アインズ様?」
俺が見上げて目を合わせると、大きな手が髪を撫でる。
「あの、俺…お仕事を手伝っ……」
「ここに居てくれ。温かくて…気持ちいいんだ。集中できる」
「は、ハイ……。」
──十分後。
(本当に集中できてるのか……??)
アインズ様は、俺の頭に頬擦りしている。
痛くはない、けれどくすぐったい。
(アインズ様の腕の中……なんか、ドキドキする……。でも、アインズ様は真面目にお仕事をされているんだ。変なことを考えるな、俺。)
そう心がけてはいるけど、首筋に鼻を埋められて、思いっきり吸われては、冷静になんてなれるはずない。
「ん……あっ、ふ……ぅ……」
手で口を塞いでみるが、声は止められない。
「はぁ、可愛い…………。かわいい…」
耳元で呪文のように何度も囁かれる言葉。
(可愛い……?)
紙面を覗いてみるが、どの行にもそんなことは書かれてない。
「ザナック……可愛いな……」
(え? 俺? 俺か……? かわいいって……)
「そうだ、ザナック。少し、外に出かけようか」
ふと、ペンを走らせる手を止めて、アインズ様が言う。
「い、今ですか? お仕事は……」
「あぁ、丁度終わったところだ。いい天気だし、"ふたりきり"で出かけないか?」
「…はいっ……では、着替えてきます!!」
急いで支度をしようと部屋に戻ろうとすると、手首を引かれる。
「いや、少し待ってくれ。」
「どうされました?」
「君にプレゼントしたい服がある。今日はそれを着て行って欲しい」
「え……い、いいんですか?」
「一目見たときから君に似合うと思っていた服だ。君にだけ着せたい」
「ふへ、ありがとうございます……!」
やばい、にやけてしまう。アインズ様が……俺のことを考えて選んでくれた服。もし、俺が似合っていなくても、毎日でも着たい。
「じゃあ、さっそく……"ここで"着替えてくれ」
アインズ様はニコニコと……骸骨なので表情はいまいち読めないが、嬉しそうに言い放った。
「はえ? え、いや……その、」
(別に男同士なんだから恥ずかしがる必要は無いか……。でも一応その……パートナーだし、いや逆にか? パートナーだからこういう距離感なのか?)
「し、失礼します……?」
目が、合わせられない。
ボタンに指をかけていく、視界の端でアインズ様が俺の手の動きを追っている。今朝、適当に羽織ったシャツを床に脱ぎ捨てた。アインズ様が先程よりじっと見てくる気がする。すごく、視線を感じる。俺は、もちろん彼を見れる訳もなく、完全に床を見つめていた。
「ほら、これを着るといい」
低い声が頭上から降って、ぱさりと滑らかな生地のシャツを渡される。
「すごい……触り心地良い……」
「そうか、良かった。俺が触った感じだと分かりにくくてな」
アインズ様は、右手を軽く上げてぐっと拳を握ったり開いたりしながら言う。
(その動き、かわいい……)
シャツを頭から被ってみると、肩を出すスタイルで涼しそうだ。胸の前で紐を結び、とりあえずくるりと回ってみる。
「…………可愛いな。やっぱり君に似合ってるよ。」
「ふふ……はい、アインズ様の目が良かったんですよ。」
「そうだな。そのおかげでこんな素敵な伴侶ができた。」
「な、え……!?」
俺は返す言葉に詰まった。
(なんでそんな口説くんですか……!)
「じゃあ、街へ行こうか。俺も少し片付けをしてから準備する」
「あ、っ…はい…俺も、準備、してきますっ!」
顔が真っ赤なのを誤魔化したくて、部屋に急ぐフリをして顔を背けて走った。背後から、小さく笑みを漏らす声が聞こえたのは、気のせいだと思いたい。
未だに顔が熱いような感覚に悩まされながらも、俺はアインズ様と手を繋いで魔導国の街を歩いていた。昼食を終え、ひとつの商店に入ると、アインズ様抱き枕が堂々と売られていた。
「なんか……改めて見ると、自分の抱き枕なんて恥ずかしいな………?」
居心地悪そうに、彼は頬を指で掻いていた。言えない……。
(その抱き枕、所持済みで部屋に置いてあるなんて、絶対に言えない。)
「そう言えば、ザナック。俺の"ぬいぐるみ"は持ってなかったか?」
「そ、そー、うでしたっけ……?」
(ナザリックに戻ったら絶対に、アインズ様ぬいぐるみと抱き枕を隠さねば……!)
そこで、野菜も売っていたので、夕食の分だけ購入。
(アインズ様のために、香りだけでも楽しめそうな献立を考えないとな……)
(喜んで、くれると良いな……)
店から出て、チラッとアインズ様を見上げると
彼はこちらを凝視していたようで、目がかち合った。思わず目を逸らしてしまったけど、嬉しかった。そういえば。別荘を出てからずっと手を繋いでいるけど、これ……他人からはどんな感じに見えてるんだろうか。一応彼はこの国の王だし……俺は表向きは外交補佐官とだけしか……。でも、手を繋いで歩いてるなんて、上司と部下ではありえなくないか!?
(もし……この関係が公になったとして、俺は、彼に相応しい人間なのか?)
「ザナック、君は綺麗だな」
「ぐえっ……!? な、何、ど、どういうことですか?」
「え、あー……そのままの意味だが。金髪が陽の光に照らされて、まつ毛もキラキラしてるな……と。もちろん目も綺麗だし、肌も本当に白くて」
「そ、それは……ただの、親の……い、遺伝です!? 妹のラナーだって、いえ……ラナーの方が、髪も柔らかい色合いで綺麗だし、目も澄んでて」
「でも、俺はザナックの方が好きだな。君は見た目だけじゃなくて、頭脳面でも素晴らしいし……外交前に、俺が分からない単語を夜遅くまで教えてくれるじゃないか」
(アインズ様は、もしかして俺の心を読んでるのか!? そういう魔法か??)
「い、いや……!それこそラナーの方が……頭脳面ではアインズ様のお力になれます! 俺のは、アインズ様の部下として、外交補佐官として当然の!」
慌てて否定すると、アインズ様は悲しそうなオーラを骸骨の表情から滲ませる。
「部下だからなんて、突き放さないでくれよ。俺は、君を好きな男として、伴侶として、褒めてるつもりなんだけどな」
「す、すみません……。」
(不安になったそばから全肯定の嵐……! やはり……心を読まれてる!!)
(……ほんとに、本当に心を読まれてるなら……キス、とか………したい……。って何考えてんだ!! 本当に読まれてたら恥ずかし過ぎるぞ?!!)
まぁそんなこと無いだろう、と考えていると、背中に大きな手が回る。
「え?」
「ザナック。おいで」
そのまま軽々と抱き上げられて、アインズ様は路地に歩き出す。
「え、アインズさま?! どこに行くんですか?」
抱き上げられたまま、暗い路地の壁にそっと押し付けられた。
「あの、あいん、ずさ………ま」
俺の言葉を遮るようにアインズ様がつぶやいた。
「俺は、君が好きだ。」
「はへっ……!? あ、あ、おれも…アインズさまが好きですっ……」
突然告白され、俺も咄嗟に返すと
「だから君に謝りたい。君に初めてキスした時の事を」
「あ、あれは……その……嫌じゃなかったし、痛くなかったですし」
「違う。無理矢理したことも、もちろん、すまなかった。一番は君の心を踏みにじった事を……謝りたい。」
「本当に、すまなかった」
彼は、そう言って俺の頬を撫でた。
「いいんです、もう。これからは、アインズ様が仰ってくれたように、ふたりで話し合いましょう? すれ違うことがないように。」
頬を撫でる骸骨の手を、俺は包み込んだ。
「……ザナック。また、深いキスをリベンジしてもいいだろうか?」
首を傾げて聞いてくる彼の姿に俺は胸を打たれた。
「は、はいっ……。よろしくお願いいたしします!!」
俺が頭を下げると、彼はクスリと笑った。
(……キスしたいって、俺の思ってた事を……。やはり、絶対……アインズ様、たぶん魔法で俺の心を読んでる!!!)
(でも……俺ばかり、恥ずかしいな……)
「そんなに気合いを入れなくていい。力を抜いて、大丈夫だから。優しくするよ」
(や、や、…やさしく……)
想像だけで気を失いそうになっていると、骸骨の顔が近づいて来る。
ドッドッドッ……。心臓が耳元で鳴っているような感じがする。もしかして、彼にも聞こえてるんじゃないか?
(俺、こんな外で……人に見られるかもしれないのに……初ディープキスを…! あぁもう、阿呆みたいな感想しか出てこない! 頭が、回らない!)
「大丈夫。」
優しい声が聞こえて、頭をゆっくり撫でてくれる。力を抜いて、受け入れようとすると、ふにっと骸骨の歯が唇にほんの少しだけ当たる。
(ほんとにやさしい……。ああ、キスとか、全然やり方分からない……勉強しておけば良かった……!)
何度も、啄むように、歯が触れる。
「ん、ふは……んん……んっ」
だんだんと、だが確実に"深く"なっていくキス。わざと唇を歯で挟まれたりするけど、痛くない。くすぐったい。
「ふふっ、…はぁ…ん……」
「好きだ…………ザナック………ん、ふ、……」
腰をがっしり掴んでいた手が、骨の指をバラバラと動かしたり、ぐにぐに揉まれたり。アインズ様の手は想定より大きくて、俺の太い腰に両手が回るほど。
(気持ちいい……)
もっとして欲しくて、俺は舌を出して、アインズ様の歯を少しだけ舐めてみた。
「ン、んぐ!?」
アインズ様が唸ったのが面白くて笑う。アインズ様は俺の舌を甘噛みした。
「あ、あぐっ……ん、んッ……。もっと……」
優しく、優しく噛まれて、くすぐったくて、嬉しくて。ふざけたのを構ってもらえて、楽しい。俺の唾液で、くちゅくちゅといやらしい音が路地に響く。
「ん、あ……ふ、……ンむっ……あう、」
歯の内側や、表面を舐めたりしていると、アインズ様も負けじと俺の舌を捕まえて、歯でそっとなぞったりしてくれる。
(ぞわぞわする……)
(すき……。幸せだ……)
しばらくそうやってふざけあって、深くキスをしていた。アインズ様が離れると、歯が触れるだけのキスだったとはいえ、俺は流石に酸欠になっていた。
「…はー、はーっ……。」
だけど、嬉しい。目の前が霞んで、脳みそがふわふわする。そんな感覚さえ愛おしい。ゆっくりと息を吸い込んで、吐く。
「すまない。ザナック……」
さっきまで俺の腰を強く掴んでいた手が、背中をさする。
「大丈夫ですよ、だって俺が望んだことなんですから。アインズ様、魔法で俺の心を読んでたんですよね……?」
「え? 何のことだ……?」
「はい……? だって……俺がキスとか、したいな……って思ってたら、こうやって人目をさけて路地裏で……沢山キスしてくれたし……違うんですか? 魔法じゃ、ないんですか?」
「はぁぁぁ……。君は……ずっとそんな事を考えてたのか、本っ当に────可愛いな。」
アインズ様は頭を抱えた。
(あ、墓穴掘ったな、俺。)
「え、あの……ちがいます! やっぱり、うそ、嘘です!」
まだ酸欠で頭が回らなくて、そんな馬鹿みたいな誤魔化ししか出てこなかった。
「ザナック。そんな、かわ……バレバレな誤魔化しやめてくれ。これ以上耐えられない……」
アインズ様は顔に手を当てている。
「え……どうかされました? アインズ様、体調が悪いんですか?」
「ああそうだな。君の可愛さにやられてる。」
「か、かわっ……だからかわいくなんかないですよ! ほら、よく見てください! 目つき悪い太った男ですよ?!」
眉間に皺を寄せて抗議した。
「あぁ、分かった」
そう言ってアインズ様は顔を近づけて、じっと俺を見つめた。 沈黙。
「む…………」
「ふむ…………?」
(は、恥ずかしい……あぁ、アインズ様……綺麗だな……。それに比べ、俺はやはり……見ていて楽しい顔では無いだろ……!)
「あぁ──やっぱり君は可愛いし、魅力的だ。自分で"よく見て"と言い出したのに顔赤くしてる所とかもな。」
そんなことを囁かれた俺は動けなくなってしまった。
「こ、こんなに近ければ赤くなりますよ…! 俺ばかり恥ずかしくて、なのに、アインズ様は全然そんな素振りを見せてくれない、」
「貴方は"アンデッド"だから[[rb:人間 > おれ]]なんかのことなんとも思ってなくとも、俺はっ……。」
「あ……。」
「………………」
「す、すみませ………」
つい、口からこぼれた言葉に後悔する。
(アインズ様を、侮辱した。こんな俺を、"友人"だって…"好きだ"って拾ってくれた人なのに…。きっと、こんな自分の事しか考えていない男だから………)
そっと、手をとられて大きな骨の手がそれを包む。
「…………俺は……顔が熱を持つことも、感情が高ぶることも無い。だが、そんな"錯覚"が、君と出会った時からあったんだ。君のおかげだ……ありがとう、ザナック。」
アインズ様は少し首を傾げて、ふんわりと笑ったように見えた。
「すみません、ごめん…なさ……アインズさま……っ」
彼の腕の中でみっともなく泣き崩れる。
情けない。全部。アインズ様は、寄り添おうとしてくれてるのに、俺はひとりで事を完結させてしまっていた。差し伸べられた手に、見向きもしてなかった。
「も、申しわけ…、ううっ……ひっ…うあぁ…」
気持ち悪い。だばだばと涙が流れ出る。
きっと俺は今、鼻水に、よだれも垂れて……とても他人に見せられる顔じゃない。なのに、そんな俺の目の前に最愛の人が居る。逃げることもできない。
「謝らないでくれ、ザナック。な、泣くのはもっと困る……。君が泣くと……俺も苦しいから…」
「ひぐ、っうう……しゅみません、いまとめますっ……!!!」
「き、君は悪くないし、無理に泣き止まなくていいから……! ただ、何故泣いてるのかだけ教えてくれないか? どうしても話したくないのなら仕方ないが……」
「だって……おれ、アインズさまのこと……侮辱して……! アインズ様だって……ちゃんと感情があって、おれは、分かってたのに……アインズさまは、寄り添ってくれてたのに、おれ……」
「うん……」
低くて優しい声。背中をさする、ひんやりした大きな手。
「おれ、優しくしてもらってるのに…それを無視して……!」
「君は無視してない。俺が分かりにくいのが悪かった」
「うっ…………ぅぅ……そんなこと、ありません。俺が…悪いんです……。」
アインズ様の胸に縋った。頭を擦り付ける。
「いいや、君は悪くない」
子守唄のような穏やかな声でそう言われて、俺は納得するしか無かった。
「アインズ様、好きです……」
思わず溢れた思い。彼も困惑した、がすぐに嬉しそうに雰囲気を綻ばせる。
「んっ、? あぁ。ふふ、……俺も、君が好きだよ……」
「俺も、本当に、すきです………」
目頭が熱い。一度引っ込んだ涙がまた出そうになる。つぅ……と片頬に温かいものが伝って、風がそれを撫でて冷たくなる。抑えきれない感情に任せて、アインズ様の唇。いや、歯の端に少しだけ口付けた。
「んっ!? ザナック……」
「アインズ様……別荘に戻ったら、沢山撫でてください…」
「ふふっ……分かった。暗くなってきたし、帰ろうか。」
「はい……」
慎重に降ろされて、目尻の涙を骨の指がそっと拭う。手を繋いで、だけど、行きの時より密着して歩いた。胸にほんの少しの期待を抱いて。
我慢なんかしない、誰に見られても、何を言われても、もう、この時間は止めたくない。