ナザリックの書庫は変な本が置いてありそう。
太ももにキスしてるだけ。
「……ザナック、話がある」
まだとろんとした寝ぼけ眼のザナックにそう告げたのは、朝食の後の静かな時間だった。
彼は、ほのかに赤くなった頬を隠すようにコーヒーカップに口をつける。
「……何か、昨日のことですか?」
「あれは……いや、それも、含まれるが。もっと大事な話だ」
ザナックがこちらに向き直る。
どこか不安げな瞳。誤魔化すわけにはいかない。
「俺は……アンデッドだ。君もそれは理解しているだろう?」
「はい。俺なりに……」
「そして、アンデッドであるが故に、感情の"抑制"がある。……厳密には、一定以上の感情の高ぶりが起こると、それを打ち消すように……ゼロへ戻されてしまうんだ」
ザナックの瞳が、はっきりと揺れた。
「ゼロ、って……その、全く感情を感じられない……?」
「そうだ。普段は……小さな幸福や、君の笑顔で浮かぶ喜び……そんなものは感じられる。だが、それが一定値を超えると、突然、冷水をかけられたように……何もなくなる」
自嘲気味に笑う俺に、ザナックは言葉を失ったように口を開いたまま、じっとこちらを見ていた。
「そうなるのが怖くて……俺は、君に触れすぎないようにしていたんだ。拒絶じゃない。……本当は、俺も、君を抱きしめたいし、もっと近くで、君を感じたい」
ザナックは数秒沈黙した後、そっと立ち上がった。
「分かりました」
そのまま、一礼をして「話してくれてありがとうございます」と言い──部屋を出て行った。
……逃げた? いや、違う。ザナックの顔は……何か、決意を秘めていた。
そして、その夜。
部屋の扉が、静かにノックされた。
「アインズ様、よろしいでしょうか」
「……ああ。入っていいぞ」
扉が開いた瞬間──俺は思わず、ガタッ!と大きな音をさせて椅子から立ち上がってしまった。そこには、フリルと薄布の織りなす、眩しいほどに純白の花嫁風のランジェリーに身を包んだザナックが立っていたのだ。
「え、ええと……勉強してきました」
彼はきゅっと口を引き結び、真っ赤な顔で見つめてくる。首元に、リボンで結んだチョーカー。そして、沢山のフリルがあしらわれた
ブラジャー。ショーツから、サイハイソックスにガーターが繋がっていて……
(え、エロッ……かわ、可愛い………!)
彼が太ももを擦り合わせる度に吸い込まれるように視線が行ってしまう。
「勉、強……?」
「書庫で……。心理療法と、人間とアンデッドのスキンシップに関する文献を……あの、ナザリック、変な本も多くて……で、ですが! これは真面目に、俺なりに考えてきた結果なんです!」
必死に訴えるザナックの目は真剣だった。
ザナックが震えると、黄色の薔薇を飾った長いベールが、一拍遅れて彼の動きに合わせてゆっくりと揺れる。そして──恥ずかしさを我慢するように、両腕で胸元を隠す仕草が、逆にとても色っぽい。
「アインズ様が……その、"感じられる"ようになるまで、俺が、何度でもリハビリに付き合います。あの、性的な意味じゃなくて! いや、あるかもしれないですけど、そういう意図だけじゃなくて、こう、心から──!」
真っ白なウェディンググローブをつけた手を、必死に振って説明をしてくれるザナックの姿に
俺は、もう黙っていられなかった。彼の手を取って、もう片方の手で腰をぐっと引き寄せる。
「ザナック……」
「は、はい……!」
背筋を伸ばして、眉間に皺を寄せたザナックがまた、真剣に答えた。
「可愛いぞ。……たまらなく」
「ほぇ………!?」
その瞬間、感情抑制が警告のように機能しかけたのを、必死に食い止める。
彼の姿に、心がかき乱されるのは当然だろう。
だって──
「ザナック、君は今、本当に、……天使みたいだ」
「な、な、なんで!? こんな露出して、変な格好しているのにですか!?」
自信なさげにもじもじする姿も可愛いらしい。
「変じゃないし、それがいい。」
「嬉しいよ。俺の為だと思うと、余計に。」
抱きしめた。薄い布越しに感じる体温と、柔らかな肌。彼が小さく息を呑む。
「俺は、君のすべてが……欲しい」
「………だったら……全部、あげます」
目を細めて微笑む彼に、もう一度、俺は心を奪われた。今この瞬間だけでも──この感情が、"祝福"に思えるように。
─────
「……ザナック」
「はい、アインズ様……なんですか?」
名前を呼ぶと、白いベールがふわりと揺れた。
彼は今、目の前にいる。甘い香りを纏って。全身を晒し、俺だけを見つめている。俺のために、ここまでしてくれる彼が。
「触れても、いいか?」
途方もなく愛おしい。
「……はい。アインズ様が、触れたいなら、お好きなところを──」
ザナックは震えながらも、真っ直ぐに頷いた。
声が、少し掠れているのは……恥ずかしさか、緊張か。それとも、期待か。その一歩を踏み出した瞬間。俺の手が、彼の柔らかな腰に触れた瞬間だった。
「ん、んんぅっ……」
彼の甘い喘ぎに、何かが熱く昂っていく。
だが。頭蓋の奥で、何かが切れるような感覚。
さっきまで胸に燃えていた熱が、嘘のようにすぅっと、冷えていく。
(……ああ、また、だ)
思考が、まるで霧の中に沈むように遠ざかっていく。視界の色が薄れていく感覚。
ザナックの表情さえ、よく見えない。
(せっかく……こんなにも俺のためにしてくれてるのに……)
自分の心に、強く叩きつけるような怒りが湧く。でも、湧いても、また消えていく。その感情すら、消される。もう何も、感じられない。
もう俺は。彼を愛する資格なんて。
「アインズ様」
その瞬間、耳元で低く甘い声が囁いた。
「あきらめないでください」
目を伏せていたザナックが、俺の首元に腕を回す。吐息が、肌のない頬をかすめる。
「俺、……ちゃんと考えてきたんです。こういう場合も加味して……どうすれば……戻せるか」
柔らかな胸元が俺の胸骨に押し寄せる。
「うーん、あの……あまり温度、感じにくいかもしれないですけれど……」
「でも、……視覚的に、どうですかね?」
ザナックが、自ら胸を押し付けてくる。
布越しに、鼓動が伝わってくる。俺の骨には熱いくらいの肌。控えめな圧。じんわり滲む汗と甘い香り。そして、彼の手が、俺の腰をそっと撫でた。それだけで俺の輪郭が溶けていきそうだった。
「アインズ様はどうか分からないけど、俺はここ……触れられたら、気持ちいいので」
手が、滑り込む。口元には小さな笑み。だけど、目は真剣で。薄いベール越しに俺だけを見つめていた。ザナックの瞳。彼の真っ直ぐな祈り。それが、俺の核に、熱として染み込んでいく。ザナックがいる。俺を愛してくれる。俺を、"求めて"くれる。今度は逆に心臓の奥で、熱い何かが破裂した。
「ザナック……」
俺の手が、彼の背を強く抱き寄せる。
「戻ってきた……感じる。君の温もりが、今、確かに」
「アインズ様……」
彼の声が甘く震える。
俺の肩に腕を回し、丸い指が俺の背を探る。一瞬、彼の脚がふらついた。その隙を狙って、抱き止めるように、そのままベッドへ押し倒す。彼の金色の髪が、ベッドに散る。ベールが広がって、まるで花か。祝祭の中にいるようで。
「君は……本当に、たまらない」
「……嬉しいです」
俺の手が、彼の太ももを撫でる。 ガーターベルトを少しずらす。白い肌が火照って、綺麗な桃色に染まっている。
(美味しそうだな……。)
そこに歯を寄せる直前。ザナックが、目を伏せて呟いた。
「どうぞ……お好きに味わってください」
その一言に、もう限界だった。
俺の理性が、すべての制御を超えて彼を、喰らうように求めてしまう。歯を優しく、押し付けるだけ。
「あ、んッ……」
だけど、何度も何度も俺の感触を彼に刻みつけるように。
「やっ……あ、アインズさまぁ……あっ、あ、んんっ……ふああッ、くっ」
この快感を覚えてもらいたい。俺だけを見て、感じて。彼の全部を俺で染めたい。そんな醜悪な感情を、ザナックに向けてしまう。だから、気持ちだけが先走って……やり方すら知らないのにこんなとこまで来てしまった。俺は怖気付いた。
「ザナック……俺は見ての通り骸骨だ……体温も肌も、内臓も、何も無い。」
「え……? はい、知っていますよ……。」
彼は片眉を上げて、平然と答えた。
「それに……その、恥ずかしながら経験が全くない……」
この国を支配する絶対者の"童貞"告白。ザナックはどう反応するか。俺は、息を呑んだ。
「そうなんですね…! 実は、というか分かってたと思いますけど……俺も、女性経験が無いんですよ……。それに嬉しいです……アインズ様の初めてをいただけるなんて」
彼はパアっと表情を明るくして、手を合わせて喜んだ。彼も初めてだと聞いて、俺は心の中で拳を握った。
「……初めてと言っても、俺のこの身体では限界があるけどな。」
「そうですね、でも、アインズ様が知らない限界を探してみたいです……。俺、アインズ様の頸椎をよく見たいです! あ、あと仙骨部分と……」
ザナックはベッドに押し倒され、骸骨の手で脚を開かされている状態。にも関わらず、眉をキリッと上げて目を輝かせている。色んな意味で目が眩みそうだ。
「……君、それは"性欲"というより、"知的好奇心"じゃないか?」
俺がそう指摘すると、ザナックは慌て出す。
「え? す、すみません! そ、そんなつもりは……。ただ、アインズ様の体に前から興味があって……あ、もちろんアインズ様自身についても! でも人体の構造は知っておいて損は無いというか…」
「でも、アインズ様が嫌なら……俺は……!」
ザナックはコロコロと表情を変える。口に手を当て、目尻に涙を溜め。ほんと可愛い過ぎか。
「嫌ではないよ。俺も、君の体に興味がある。だから順番に触れ合おうか」
「ふへ、ありがとうございます!」
彼は涙を拭いながら、首をこてんと傾げて微笑んだ。この笑顔だけでもう満足してしまいそうだ。
(俺、もしかしてザナックに甘い…?)