ザナックが生き返ってからニヤニヤが止まらんアインズ様
誰にもバレない
転移先の食堂では、元王国貴族達がスープの味見を終えていた。かぼちゃのスープはなかなか好評のようだ。ナザリックの異形のNPCたちでは、人間好みの味は分からない。ましてや俺には舌すら無い。
食事をとることも出来ない存在だ。だからこそ、人間である彼らに味見を頼み、試行錯誤を繰り返した。それに、貴族であったのなら彼らも舌は肥えているはずだ。
(ザナックに、最高の食事を。)
俺は湯気が立ち上るスープを受け取り、コップに水を注ぎ、スプーンを静かにトレーへと置いた。
すると、メイドから
「───アインズ様っ……ザナック様が、アインズ様のお名前を呼ばれていました。寂しそうに…!」
(……何? 寂しそうに…?!)
それは───まずい。酷く心配だ。
彼の蘇生直後の精神状態について、俺は完全に見落としていた。確かに、死んだはずの人間が突然蘇生され、見知らぬ部屋で、しかも体すら自由に動かせない状態で放置されれば──当然、混乱するに決まっている。なのに、俺はそれに気付かず……いや、気付こうともしていなかった。
自分の都合で彼を起こしたくせに、彼の気持ちに寄り添うという責任を果たすこともせずにいたのか。
……俺は、ただの愚か者だ。
(とにかく…急がなくては)
俺は、スープを乗せたトレーを手に取って急いで
─────再び私室に戻ると、小さくつぶやいた彼の横顔が、ふと視界に入った。
「……ア、インズ様……。」
「なんだ?」
心の中で息をついて、穏やかに彼に声をかけた。
「ふぎゃっっ…!?」
すると、こちらに全く気付いていなかった彼が奇妙な鳴き声を上げた。と、同時に体を勢い良く起こした。元気があって大変よろしい。
「なんだそれは、蛙の真似か?」
真っ赤な顔をした彼は、すぐに目を逸らした。
からかいすぎたか?
「そんなに驚かれるとはな」
俺はそっとトレーを置き、冷めないうちにスープを混ぜる。
「……いえ……違い、ます……しつれいしました……」
しどろもどろに否定する彼は、チラリと俺を一瞥し、また視線を逸らして顔を赤らめた。
……まったく、嘘を吐くのが下手な男だ。
一泊置いてから、口を開く。
「私の名を呼んでいただろう?」
「……練習、をしていました……次に呼ぶ時に噛まないように」
(あぁ、やはり君は本当に───。)
口元にやんわり手を添えながら素直に答えたザナック。その姿がいじらしく見えて、笑うのをこらえるように噛み締めた音が、カチリと小さく鳴った。
「腹が空いているだろう? スープを持ってきた。冷めないうちに食べるといい」
「はい、喜んで頂きます」
ザナックははっきりと喋れるようになってきていた。しかし、その手つきにはまだぎこちなさが残っている。かぼちゃスープに、スプーンをすっ、と差し入れた彼は俯いた。金色の髪が顔にかかり、表情が見えなかった。けれど、一瞬だけ肩が小さく震えていたように思えた。少し心配になったが、彼は「いただきます…」とつぶやいて顔を上げる。本当に美味しそうな表情で食べるので、何だか見てるこちらまで嬉しくなった。
「もっとかきこんでもいいぞ、食欲がないのか?」
だが、彼は一口が小さくてゆっくりとした所作でスープを口に運んでいた。少食なのか?それとも食欲がない?
「いえ、食欲は、あります。ご心配には及びません…」
「……口に合うか?」
「えぇ、こんなに美味しい食事をご用意いただき、ありがとうございます」
元々着ていた服と変わってることを疑問に思ったのか、彼は衣服の匂いを嗅ぐと、首を傾げながら頬を赤くしていた。何だろう……ハムスターっぽい。
「……そうか」
そして、彼は何事も無かったかのように再びスープをゆっくりと口に運んだ。どこか遠い目をしている。この男は本当に面白いな。くるくると表情が変わる。そして何より、所作が美しい。長年の習慣により身についた、流れるような動き。
「綺麗な食べ方だな。……参考にしていいか」
「……んぐ! ……アインズ様が私を、何故ですか?」
彼は驚いて目を見開き、言葉を詰まらせながら咳き込んだ。
「落ち着いて食べろ」
「うっ、ん゛、けほっ……大丈夫です」
目尻に涙を浮かべる彼の姿に、背中をさすってやりたくなる衝動を抑える。彼はそっと食器を置き、コップの水を飲み干した。コクコクと音を立て、喉が上下する様子を静かに見守る。
「ほう、食器を置く所作までもが優雅だな…」
「……ありがとうございます、……身に余るお言葉です」
その早口な返答が、慌てて否定しているように聞こえた。
「謙遜するな、私は嘘を吐かない。」
そう伝えると、彼の翠玉の瞳が細められた。
「ええ、陛下が嘘を吐くなどと思っていませんよ」
これは……完全に警戒されてるな。
無理もない。俺が彼を殺したようなものなのだから。何か裏がある、と疑われるのも当然か。
「……そうか」
(ただ、友人になりたい……きっと、そんな考えすらおこがましいのだろう)
胸の奥にひっそりと渦巻くその思いを、自嘲気味に飲み込んだ。だがその直後、彼はスプーンを口元に運び、スープを嚥下した後───ふっと首を傾け、穏やかに微笑んだ。
「陛下は、やはり優しくて親身なお方ですね。私は感謝しています、あたたかくて美味しいスープや、こんな上質な衣服に、さらにベッドに寝かせていただいて……」
彼の声には、少し震えるような揺らぎがあった。言葉を選びながら、それでも真っ直ぐに感謝を伝えようとする姿がまたいじらしい。
「……ふ、そうか……お前には、私がそんな風に見えているのだな。」
思わず笑みがこぼれた。嘘では無い。
彼の瞳は澄んでいて、言葉に裏があるようには見えなかった。
(……本当に正直な男だ)
「えぇ……」
その返事は小さく、少し戸惑いを含んでいた。肯定とも、照れ隠しとも取れる曖昧な響き。再び彼はスプーンを持ち直し、黙々とスープを口に運んだ。だが、その表情は次第に硬くなっていく。
(ああ……少し馴れ馴れしくし過ぎたか)
わずかな希望が胸の奥で冷えていくのを感じながら、俺は彼の横顔を静かに見つめ続けた。