ザナック視点。
朝チュン。
(眩しい……)
薄く瞼を開く。窓から射した朝日の光の中で
埃が舞い、オーロラのような形を作りあげていた。
「朝……か…………」
体には布団がかけられていて、少し重たい。
アインズ様がやってくださったのかな? と思いつつ上半身を起こすと、その布団は肩から落ちることも無く、俺の体を包んでいる。
(いや……違うな……?)
「なんだ、これ……服……?」
俺が纏っていたのは、"布団"ではなく。随分とオーバーサイズな"ワイシャツ"だった。
「俺の、じゃないよなぁ……」
昨日俺は、アインズ様に………抱かれて。
それで、風呂にも入れてもらった。そこまでは覚えてる。だけど、風呂場で連続で二回もイかされたものだから、疲労と眠気でその後のことは記憶が曖昧だ。──確か、ベッドの上で……
ほぼ寝ていた状態の俺に、アインズ様が何か話しかけながら、服を着せてくれてた……気がする。
(でも……なんで、こんなデカいんだろ………)
頭が回らない。微睡みの中、懸命に昨夜の記憶を探りながら、眉間に指を添えた。うーん、と唸りながら何度も首を傾けて。
何を思い出したいのか、何を忘れたのか、俺は何がしたかったのか……
よく分からなくなってきたけれど、この朝の空気が……ただそれだけが気持ちよくて、また寝てしまおうかという考えが頭に過ぎる。
(それは良くない……)
だって俺は、早く起きて
この間まとめた王派閥の貴族についての資料が整理せずに……机に…あって。エリアスと会談する約束も……。って違う、違うな。これは違う記憶だ。俺は、今……ナザリックに、魔導国に所属している。それで、えーと……ここはどこだっけナザリックの離れにある別荘だ。そこに、アインズ様との"新婚前旅行" として来ていて。
「はっ。……………………アインズ様!」
(アインズ様はどこだろ?)
目を見開き、ゆっくりとベッドから降りた。
ギシィッと大きめな音。体の重さのせいか。足元が覚束無い。シャツの裾を引き摺り、朦朧とした頭でドアを開けた。ふらふらとリビングダイニングへ向かう。
「アインズさま……」
呼びかけながらぺたぺた歩いていると、ジュー……と焼けるような音が遠くから聞こえる。
少し開いた扉から覗くと、リビングの窓から陽の光が射していた。
「ザナック、起きたのか……?」
グレーのエプロンを着たアインズ様が、台所から振り返ってこちらを見た。
俺は壁に手をつきながら、リビングへ入る。
「おはようございます……アインズ様……」
シンク越しにアインズ様と見つめ合う。
「声がまだ掠れてるな……水を飲むといい」
アインズ様はそう言って、コップを持って来て、リビングの机に置く。そして、俺の背を支えながら椅子に座るよう誘導してくれた。
「わざわざありがとうございます……」
「……体調はどうだ?」
「今のところは、特に何も……」
俺はそれだけ答えて、水を一口飲んだ。後ろから、ふっと息を漏らすような笑みが聞こえた。
俺の全身をまじまじと見るような視線を感じる。
(もしかして心配してくれてるのか……?)
「──本当に可愛いな……ザナック」
肩と腰を大きな骨の手が包む。
ふわりと後ろから抱きしめられ、そっと骸骨の歯が頬に触れた。
「ん……、アインズ様……?」
全身を撫でくりまわされてる。頭を下りて頬、肩、胸、腰まで。
(いや、マッサージか……?)
「すごく可愛い」
そう、はっきりと囁かれて微睡みの中でも顔が熱くなるのを感じた。アインズ様からの視線が背中に注がれる。幸せ。暖かい。溺れてしまいそうだ。
「どこか、痛いところは? 飲み物は何が飲みたい?」
「え、えと……痛いところは無いです。それと飲み物は………コーヒーで」
「そうか…………俺も同じものにしようかな。」
アインズ様はそう言って、また俺の額にキスをしてから台所へ戻って行った。彼が背を向けると、思わず手を額に当ててしまった。頬が、目頭がじんわり熱くなる。
(こんなに幸せでいいんだろうか……)
「──ザナック、少し待っててくれ。今、サンドイッチを作ってるからな。」
台所から、そんな声が聞こえる。そう言えば何で俺は当たり前のように座って朝食を待ってたんだ。
「あ、ありがとうございますっ……! すみません、昨日も作っていただいたのに……!」
申し訳なくなり、立ち上がった。
「俺も、何か手伝っ──」
ドスン。
「…………はへ?」
だが、次の瞬間、
俺は床に座り込んでいた。
「──ザナック!?」
「アハハッ、すみません……なんか、脚が体を支えられなくて……太り過ぎですね」
「いや多分、絶対違うと思うぞ!?」
アインズ様は、直ぐにこちらに向かって来た。
「え……そう、ですかね?」
そばにあった机の足に手を伸ばし、掴んで、脚に力を入れた。立ち上がれない。
「俺の手を掴んで」
「あ、はい……」
俺がアインズ様の手を固く握ると、彼は俺の背中に手を回して起こしてくれた。
だが。
「──い゛、痛……いたたたたっ!?」
下半身、主に腰と脚の関節に激痛が走った。
「大丈夫かっ……ザナック……!」
「っすみません! すみません! これ、無理かもしれません……!! あの、少し倒れても!?」
「た、倒れ……っ!? え、あ……受け止める! というか、俺が抱くから力を抜いていいぞ!」
俺はもちろん混乱していたが、アインズ様もパニックになっていて。朝のリビングは一瞬、騒がしくなった。
「し、失礼しますっ………」
俺が彼の胸に倒れ込むと同時に、骸骨の手が背中と太ももに回って、横向きに抱き上げられた。
「す、すみません………」
「謝ることはない。……俺のせいだしな」
「……アインズ様のせい、ですか? そんなことありませんよ、俺が太ってるせいで……」
「違うんだ、ザナック。昨日、俺が無理な体勢をさせたせいで……」
昨日……?
その瞬間、昨夜の自分のあられも無い姿が頭に過ぎる。確かに、脚を開いたり、普段しない様な体勢をした。色々……そう、色々したな……。
「あ………落ち込まないでください。俺も、その、腰動かしてましたから……………っ」
アインズ様は項垂れる。
「俺のせいで……痛い思いを………」
「あ、アインズ様?」
「俺が……ザナックを傷つけた……」
「あの、大丈夫ですから……」
「そこまで考えが至らなかった俺の落ち度だ……」
俺は、アインズ様の頬にそっと指先を添えた。
「アインズ様。」
「……っ」
その眼窩の赤い光が細く揺れた。
「俺は……後悔してませんが、アインズ様は……後悔してますか? 俺に触れた記憶は嫌なものでしたか?」
「……そんな事は無い! だが、すまなかった」
「アインズ様……謝らないでください、その代わりと言ってはなんですが、今日は甘えさせてくれませんか……?」
「もちろんだ……! 朝食も作るし、洗濯も、食器も…………着替えも手伝う!」
アインズ様は涙声で何度も頷いた。
「あははっ……ありがとうございます」
(俺が運動不足だったせいもあると思うが…………たぶんこの人はそれでも自分が悪いと言うだろう……)
俺は、ソファにゆっくりと降ろされ、膝の上と体の横にクッションが置かれる。
「痛いか……?」
「いえ、こうしてると楽です」
「よし、腹が空いてるだろう? サンドイッチはもう出来てるから、食べてくれ」
アインズ様はそう言って背を向けて台所へ向かった。まだぼんやりとした意識の中、彼の背を眺めながら。
(愛されてるなぁ)
自覚する。もう本日何度目かの顔の火照りに焦って、急いでクッションに顔を埋めた。
「──ザナック、具材はベーコンとたまごとトマト……あとレタスだが……苦手なものはあるか?」
「いえ、ないです……ありがとうございます! 美味しそうですね……」
アインズ様は両手に皿を持って戻ってくる。
「味見はできないが……教えてもらったレシピ通り作ったから美味しい、はずだ。」
ことり、と机に置かれた皿には、たまごの黄色にトマトの赤、黄緑のレタスが色鮮やかに映えたサンドイッチが乗っていた。ベーコンは少し焦げていたけど…………うん、このくらいが香ばしくて美味しいからな。
「ほら、コーヒーも……熱いから気をつけて……な?」
コーヒーのカップからは、湯気が立ち上っている。
「はい、いただきます。」
ふーっと何度か冷ましてみる。
「ふーっ、ふーっ…………あ、つッ」
カップに触れると、コーヒーの温度で表面が熱くなっていた。
「うぅん……」
どうしようかと唸って首を傾げると、向かいに座ったアインズ様が眉間に指を当てた。
「どうされましたか、アインズ様? まだ、昨夜の疲れが?」
「いや……本当になんでもない……」
「そうですか……」
(また、無理してらっしゃるのか……)
余りが多いシャツの袖を使い、カップを安全に持って、コーヒーを一口含んだ。
「ん…………あち……」
(苦っ………………まぁ、これがよく目を覚ましてくれる。我慢だ我慢……)
ズズ、
カップを傾け過ぎて、ドバッと熱々のコーヒーが口に入ってくる。
「あちっっ…………ぐえ…………!」
念の為の確認に舌を出して指で触ってると、目の前のアインズ様がいつの間にか頭を抱えていた。
「あ、あの……本当に大丈夫なんですか?」
はぁ、とため息をついて、アインズ様が呟いた。
「大丈夫だ。」
「お、俺でよければ……アインズ様の疲れを癒しますよ!」
「大丈夫だ。もう五回ほど癒された。」
「え……五回!? まだ何もやってませんが!?」
「…………君は存在してるだけで可愛いということだ」
「……な、なるほど?」
(よく分からん……)
「それより、舌をやけどしたんだろ? 見せて」
「え? は、はい…………」
恐る恐る舌を見せると、骨の指がそれを捕まえて軽く引っ張った。
「もっと出して」
「ふぁい…………っ」
自分の精一杯で舌を伸ばした。
アインズ様に凝視されている。
何かコレ、めちゃくちゃ恥ずかしいのでは?
「……どこをやけどした?」
すりすりと舌先を擦られる。
「あう、そこ……れふ…………」
「…………そうか、分かった。
……
「───どうだ?」
「ん…………痛く、ないです」
「……それは良かった。……私は少し外で頭を冷やしてくる」
椅子から立ち上がり、アインズ様は突然そう言った。
「分かりました……? 俺、ここで読書してますから……行ってらっしゃいませ」
アインズ様は、「あぁ」とだけ返事して、転移で消えてしまった。一人残された俺は、サンドイッチを食べ始める。
レタスもシャキシャキしてるしトマトもみずみずしいし、たまごも甘くて、ベーコンはやけにザクザクしてて炭っぽいけど……これも、サンドイッチの味を深めている気がする。ソファの横。ブックシェルフに置いておいた本に手を伸ばす。
(頭を……冷やす、か…………?)
「ほっ、よっ……っと」
指先で掛けて本を引き寄せた。開いて、時折サンドイッチを口に入れながら、文章を目で追う。しばらくすると、窓の外からブツブツと何か聞こえてくる。見ると、アインズ様が頭を抱え、天を仰いで何か呪文のように呟いている。晴天の空と、色鮮やかな花々と、真っ黒なローブを羽織った骸骨。そのミスマッチさが、余計にその姿を可笑しく見せている。
「ふっ……ははっ……………可愛い」
なんだか苦しんでるようにも見えるが。
声をかけた方がいいのか。今度は深呼吸をしだした。呼吸、してないのに。まぁ……そんな気分の時もあるか。きっと疲れてるんだな。
よし、帰って来たら……癒してさしあげよう。
────数分後。
アインズ様は、玄関からとぼとぼとリビングまで歩いてきた。
「おかえりなさい……アインズ様……!」
「あぁ。」
片手を上げたアインズ様。どこか沈んだようなオーラを感じる。
「アインズ様……! 少し、いいですか? こちらへ」
手招きすると、アインズ様は小首を傾げる。
「どうした……?」
アインズ様はソファの側までくると、膝を着いて目線を合わせてくれた。少しだけ身を乗り出して──彼の歯にキスをした。
「貴方が居なかった少しの間……寂しかったですよ…………」
「な────にを……!?」
アインズ様は、口を押さえて後ろに身を引いた。
「キス、ですよ…………」
「そ、そうではなくてだな?! 何故こんなことを」
「アインズ様……挙動が可笑しかったので……何か独りで抱え込んでたり、我慢してたりしたんじゃないかって…………」
「だから、その…………癒したいんです……余計な、お節介ですかね?」
俺が苦笑すると、
「いや……すごく、良かったが…………吃驚したな……」
そう言いながら、両腕で俺を包んでくれる。
「アインズ様……我慢しないでくださいね。心配ですよ」
アインズ様の耳元でそう囁きながら、大きな左手をとって俺のお腹に押し付けた。
「────ッッ!?」
彼の歯に吸い付き、キスを落としていく。
「ザナック、ザナック……。ンッ、だめだ、これ以上は……ふ、はぁ……溢れそうに、なる……」
「何が……ですか……?」
「分から、ない…………だが、多分、気持ちが…………」
「溢れたら、何でだめなんですか?」
アインズ様の歯を吸うと、ちゅうっ……と音が鳴った。
「ウグッ…………とにかく、駄目だ。きっと……君に嫌なことをしてしまう」
「俺は、何をされても嫌じゃありませんよ……」
広いリビングにちゅっ、ちゅっ、といやらしい音が反響する。
「んっ……ザナック、そういうことを軽く言うのは、良くないぞ……?」
「この気持ちが"軽く"なんてないのは、アインズ様だって分かってますよね?」
「……っ。痛くて、怖い思いをしても、か?」
俺の腕を掴む骨の手に、グッと力が入る。
逆に俺は体の力を抜いて、わざと倒れ込んだ。
行き場を失った彼の手を掴み、胸へ沈めた。
「んっ、ふ………」
冷たくて、硬く太い指が俺の肉に食いこむ。
「………………」
アインズ様は一瞬黙ると、
……子供を諭すように真っ直ぐな声で言った。
「……こら、ザナック…………また、そんなことを。」
先程まで揺れていた赤い光が微動だにしない。俺の胸に置かれた手からは優しさだけが感じ取れた。
「では、お願いです…………触ってください……"旦那様"。……伴侶の我儘だと思って」
断られることを覚悟して言った。
(俺、こんなに駄々を捏ねたのいつぶりだろ。)
「まったく……可愛い我儘だ。だが、すまないな…………君の体調も心配だし、そろそろ洗濯をしないと」
毅然とした態度でそう答えられ、
「分かりました……」
折れるしかなかった。自分で自分を納得させた、つもりだが。どうしてもむくれてしまいそうになる。
「また、今夜も添い寝しよう」
彼は、そう約束してはくれるけれど
(そんなんじゃ足りない…………)
欲深い俺はそんなふうに思ってしまう。
アインズ様が去った後も、あの匂いが濃く漂っていた。
(寂しい……)
それは彼の残り香ではなく、俺が今朝からいつの間にか着ているオーバーサイズのワイシャツからだった。
「今更だがこれ、……アインズ様のワイシャツなんじゃないか…………?」
そう確信した瞬間、布をぎゅっとかき集めて鼻に押し付けた。すうっ……と肺に全部を取り込む。
「なるほど、やはり…………アインズ様の、匂い。」
なんでアインズ様はこれを俺に?
まさか、独占欲? マーキング?
所有欲……!?
そんなことをぐるぐる考え出すと、体が自然に火照ってくる。
「はぁ…………」
まるで、アインズ様にずっと包まれてるような感覚。
(体、熱い……っ、頭がぼんやりしてきた。……アインズ様に触られた時の事、思い出してしまう…………)
「アインズ様………っ、アインズ様……」
あ、やばい…………興奮してき────
ガチャッ……!
「どわあああああ!?」
ドアノブの音に反射で叫ぶ。
リビングの扉が突然開き、アインズ様がカゴを抱えて出てきた。
「───あ、ザナック。どうした? 変な声を上げて」
「あ、あ……アインズ様こそ」
ばくばくと暴れる心臓を抑えつけて、後ろに振り返る。
「あぁ。さっき、台所で使ったタオルも洗濯しようかと……」
「そ、そうですか……!」
声が裏返った。
「じゃあ、安静にしてるんだぞ?」
「は、ハイ……」
ワイシャツで隠れてたから、自慰しかけてたことはバレてない……はず。