ザナック視点。
もう一人のザナック再来
……ぺちぺち。
ベチンッッ!!
何かを引っ叩く音。
「痛っ、だあああああっ!?」
瞬間、頬が熱くなってヒリヒリした痛みが襲う。
「あ、すまん。力加減間違えた。」
微塵も「すまない」とは思ってなさそうな顔の"もう一人の俺"が、手をひらひらとさせて
──何故か体に跨っていた。
「お前、暴力を振るわないと人を起こせない呪いにでもかかってるのか?」
「俺はお前の為を思ってしか行動しないぞ?」
「……ほう。」
「"自分を律したい、ぶん殴ってやりたい"と思ったこと、あるだろう? 俺はそれを叶えてやってるんだ。自分が分裂することなんてそうそう無いからな。」
奴は自慢げに笑った。
「それスッキリするのお前だけだろ。というか……今回は何の用だ?」
「だから、お前の為を思って助言をな。」
「簡潔に話せよ。そして早くここから出せ。」
「おまえ。そんなんだから友人が出来ないんだぞ?」
眉間に皺を寄せ、奴は俺を指さした。
「余計なお世話だ。誰がお前なんかと友人になるかよ。」
「俺はお前なんだぞ。それ、自分で言ってて悲しくないのか……」
俺の上から退いた奴は哀れみの目を向けてくる。
「ならない。お前の方が性格悪いからな」
埃を払いながら、鼻で笑ってやった。
「お前が能天気なだけだろう。」
「おお、なんだ? 喧嘩するために俺を呼んだのか?」
「お前毎回短気だよなぁ……眉間に皺寄ってるとブスだぞ。」
「毎回イラつかせてくる奴がいるからな。あとお前も不細工だ。」
「まぁ、俺もお前と仲良くお話がしたかったわけじゃない。──簡潔に言うと、アインズ様との婚約おめでとう。」
目を伏せて、パチパチパチと拍手して、奴は嬉しそうにしている。
「そんなに嬉しいのか? お前も……」
「だって俺は、アインズ様を大好きで愛してやまないお前だぞ? 嬉しいに決まってるだろ」
奴はカッと赤くなった俺の顔を眺めてからケラケラと笑う。
「ぐぬぬ、お前……恥はどこに置いて来た!?」
「あははっ……たぶん、全部お前の中だ!」
「はぁ………それで、出口は?」
キョロキョロと見渡しても、辺りは真っ暗闇。
「そう焦るなって……お前、貧血で半日以上寝てて、アインズ様を放置してるんだから」
落ち着け、と奴は手でジェスチャーする。
「はぁ!? そんなに!? というか、なんでお前そんなこと分かるんだよ!!」
「寝てる時にアインズ様の独り言が聞こえてな………もちろんお前は寝てたから知らないが俺はお前の脳内にいるわけだから……」
奴は、こめかみを指でトントンと叩きながら言った。
「説明されても意味不明だ……どういう理論だよ………全く」
そもそもコイツは……どういう存在なんだ?
奴を見ると薄ら寒い笑みを貼っつけている。
「はぁ、気持ち悪い………」
「大丈夫か? ん、吐くか?」
口角がつり上がった、不気味な笑顔。
少し前まで、鏡の前では毎日見ていた顔。
「お前の顔を見てると……吐き気がしてくる。あと頭痛と胃痛とめまい」
「くっ、ふふふ………俺だって、いつもお前の乙女ちっくな反応を我慢して見逃してやってるんだ。我慢しろ」
「いちいち余計な一言が多い……というか仲良くお話する気はないんだろ?」
「あ、そうだったな。……お前、今日は立てるくらいには体調が回復してるだろうし……アインズ様の"嫁"として働いた方がいいぞ。お前が軟弱なせいでここん所、嫁というより子供みたいに世話されてたからな……」
「ウグッ、それは………」
コイツは痛いところを突いてくる。性悪。
「だから、嫁らしい良い所を見せないと、
お前……………………」
「………?」
「──子供扱い……いや、最悪……婚約破棄の可能性がある!」
奴は俺の眉間を指さした。
「はぁ!? ……大げさだろ」
「いやいや、仕事も家事も出来ず可愛げも無くて性の対象になりもしないやつは嫁とは言えんだろ……せめてアインズ様にペニスがあれば口で奉仕出来たのにな………」
奴は真剣そのものの表情で、頭を傾けてサラッと爆弾を投下した。
「は、おまっ、何をっ、あばばばば……」
「想像したのか? 変態。それともアインズ様のモノは咥えられないのか?」
奴はクスッと笑った。指で口元に輪っかを作り、舌をべえ……と出す。
「よ、喜んで咥えられるわっ……!!」
「って、ななななな、何言わせんだ、お前ッ……!!! ッしかも、なんてことを、この! ふ、不敬だぞ……!」
「いや、お前が勝手に答えたんだろ。あと、この知識はお前がこの間読んでた本に書いてあっ………」
「ぐああああああ!! だ、だまれぇぇぇ!!」
「まぁ、そんなド変態なお前にもうひとつ。」
奴は神妙な面をして、淡々と呟いた。
(ド変態って言うな………)
「な、なんだよ……?」
「───裸えぷろんだ。」
奴は神妙な面をして言い放った。
「お前、ほんとそれ好きだよな。」
「だからそれもこれも全部お前が頭の片隅で考えてたことなんだって。」
うるさい。知りたくない。そんなこと。
「新婚の妻がよくやる行事らしいぞ。」
「いやいや、俺は女じゃないし」
「文字通り裸になってえぷろんをその上につけるらしい。」
「いやいや、昼間からそれをやれと? 俺の裸なんて流石にアインズ様でも明るいところで見るのは……」
「それで子作りを迫るらしいぞ」
「いやいや、子作りって……俺は産めないし、孕むことすら…………って、最後のは絶対間違った知識だろ!?」
「別にいいだろ迫ったって。お前だってアインズ様に、孕むくらいめちゃくちゃにして欲しいって思ってるだろ?」
その瞬間、物凄くよくない妄想が頭を駆け巡った。
「………。お前、一回黙ることは出来るか?」
「無理だ。お前が今、ムラムラしてるのもぜんぶ、──」
俺は奴の口元を手で雑に掴んだ。
「そうか分かった。俺の拳でもお前はくわえてろ。」
反対の手で拳を握る。
「ひゃめろ、おまえはそうやって、いつもじぶんのきもちにふたをしゅる。」
「…………見ていて、見苦しいんだよ。」
「なんれら……?」
「はぁ………………必死で……彼を繋ぎ止めようとする様子が……目も当てられない」
手を離すと、鋭い三白眼が見詰めてきて、目をそっと伏せた。
「そうだ。俺には、アインズ様しかいない………必死で意地汚く…みっともなく彼に縋るしかない。でも、悪いことじゃあないだろ? ふふっ」
奴は自嘲気味に、笑った。
「……そもそも、俺にそんな価値は」
「価値がないからこそ、アインズ様につけてもらうんだろ? ソレはお前が決めることじゃない。それに……醜男のくせに受け身過ぎると飽きられるぞ?」
──奴がニヤリと笑うと、俺の背後から光がさし、カチャッ……とドアが開く音がした。
「お前は…………………やっぱり…………」
「悪態つかないと死ぬ病気なんだな。可哀想に。」
同情した。
俺が、ぽんと奴の肩に手を置くと、
「だぁから! 俺はお前なんだって!!てかもういいから早く行け!!!」
初めて奴がキレた。
「キレたりするんだ。お前も人間なんだなぁ……」
「当たり前だろ!! 同一人物なんだから!!」
ぎゃいぎゃい言いながら、もう一人の俺は、真っ白な光を放つ扉の向こうにまで、背中をぐいぐい押して俺を締め出そうとする。
「……ありがとう」
俺が呟くと、奴は一瞬手を止めた。
「はっ、自分にありがとうとか……変人だな」
「そうか? 俺は自己愛が強いからな、たまには労いたいじゃないか」
「そうかよ……まぁ、せいぜい頑張ることだなぁ? ……お嫁さん」
後ろから、懐かしい、フッと皮肉めいた笑いが聞こえた。