ザナックのあくびとか聞きたい
穏やかな風が、鼻先を撫で、俺は目覚めた。
「ん………」
昨日よりは体が軽くなっているなと思いつつ、
のそりとシーツから起き上がると、俺はまだアインズ様のワイシャツを着ていた。だが、若干洗いたてのような匂いがする。新しいものに変えてくれたのか。わざわざ。足元には、ズボンが置いてあった。それを引っ張って、ベッドに腰掛けながら脚を入れる。
(まだ、暗い……早い時間っぽいな…朝食何にしようか……)
まだ、まどろみのなか。ズボンのボタンをとめてから、脚をパタパタと動かしてしばらくぼーっとする。ベッドから降り、思いきりのびをした。
「んーーっ……あぁ……ふう」
まだ少しふらつくような気もするが、壁を伝って安全に移動した。
──台所。
「アインズ様……おはようございま、す……」
「あれ? アインズ様……?」
シン………。広すぎるリビングに、俺の声が虚しく落ちた。
「まだお部屋か………そうだ、挨拶がてら朝食は何がいいか聞こう……」
二階への階段を上って、アインズ様の部屋の前。コンコンとノックをした。
「アインズ様……おはようございます。今、大丈夫ですか?」
答えない。
(忙しいのか……)
そうだよな、昨日は俺につきっきりだったし……そもそもこの旅行自体、アインズ様の仕事を邪魔してるんだし。そうは思った、が……俺はいつの間にか扉を開けて部屋に入っていた。
「あ、アインズ様………っ、あの」
そこには、誰も居なかった。
机の上は綺麗にまとめてあって、ベッドもきちんと整理されていて。それを見た瞬間、俺はギュッと胸が潰れるような苦しさを覚えた。
「ここにも……居ないのか」
俺は焦った。早すぎる判断だが、捨てられたと思った。婚約破棄という言葉も脳裏をよぎった。だが、余った部屋、俺の部屋やアインズ様の部屋、風呂場も庭中までも探した。居なかった。鍵のかかった門に額をつける。カシャンと、音が鳴り、錆びた臭いが鼻をつく。真っ黒な森がざわついている。体が冷えていく。
「………アインズ様……」
思い出す。彼に貰った大事な言葉。
『ザナック……』
『君が好きだ』
『好きで好きで、たまらない』
『好きだ』
「俺も………大好きです……………アインズ様」
捨てられるわけ無い。一生懸命、自分を励まして、涙を拭った。彼のことだ、伝言無しに居なくなることはない。だからどこかに手紙があるはず…。
(リビング……ちゃんと探してないな)
───別荘の中に戻り、リビングで温かい茶をいれて、机にコトンと置くと。メモ書きにしては大きめな紙があった。
「これ…………」
上部には、ザナックへ。と書いてあった。
「あいんずさまっ………や、やはり、手紙があったのか……」
ふう、と息を吐いて、落ち着いてソファに座った。ごくりと生唾を呑む。手紙を手に取り、読み上げていく。
そこにはこう書いてあった。
〖 ザナックへ。
先ずは、この手紙を読んでいる君に、少しでも寂しい思いをさせただろう。すまなかった。そして、さらに申し訳ない、俺は公務で夜まで戻れない。だが安心してくれ。君を捨てたりなんて絶対にしない。必ず帰ってくる。危ないから外出せず、いい子で待っていてくれ。それと、昨夜買ったプレゼントがあるから探してみてくれ。
愛してるよ。 アインズより。〗
「は、えっ……あ、あ、あい、愛しっ!? 愛してる……!?」
ぶわわっと顔が熱を持った。思わず大声をあげた。立ち上がって、咄嗟に口に手を当てて座り直した。"愛してる"という文字の下には、同じ言葉を何度も書き直した跡がある。
「アインズ様……」
その筆跡が愛おしくて、俺は手紙を抱き締めていた。
「よし……飾ろう。」
数分後。
リビングの壁に、額縁に入れて手紙を飾った。
踏み台にしていたソファから降りて、スリッパを履き直す。
「…ふふふ。」
腰に両手を当てて、鼻を鳴らした。
愛してる。愛してる…かぁ……。
これを見ながら、家事を頑張るとしよう。今は丁度三時半。外は暗い。
「とりあえず、洗濯物と掃除を終わらせてから朝食にしようか」
まだ眠気があるが……
脱衣場には服を入れたカゴが置いてあるので、取りに行こうと一歩踏み出すとガサッとつま先に何かが当たる。足元を見ると、ソファに立て掛けてあった大きな紙袋が倒れて、床に布が出ていた。その中には、ピンク色で、フリフリの
「────えぷ、ろん………」
膝をついて袋をよく見ると、こちらもフリルとリボンの装飾がたくさん散りばめられた淡いブルーのドレスも入っていた。
「もしや……これが、プレゼント?」
ピンク色のエプロンを手に取って、ひろげた。
これで、裸エプロンを────いやいや、アインズ様は料理の時にと贈ってくださっただけだろ……!!! お、俺は何を考えてるんだ……??
そんな、アインズ様が俺の裸エプロンを見て喜ぶなんて………!
そ、そんなわけ─────
「ぐふ、ふふふ……」
『可愛いよ』……なんて、
裸エプロンをした俺の耳元でアインズ様が囁いて、あの大きな骨の手がエプロンに潜って俺の……。
「〜〜〜っ……。ッだぁああああああああ!!」
ゴンゴンゴンゴンッ…!!
俺はその場の壁に、激しく頭を打ち付けた。
「な、なな……何で俺はこんな淫らな妄想を………くっ、
壁に向かって叫んだ。
「あ、アインズ様は仕事で疲れて帰ってくるんだ……そんな、ふざけた格好した俺に付き合ってなんかいられないんだぞ……しゃんとしろ、俺。」
パチン、と頬を叩いて立ち上がる。
紙袋を自室へ運んだ。ベッドの上に置いておく。
「まぁ……でも、とりあえず、せっかく貰ったものだし………。後で、着てみるか。」
脱衣場。桶を抱え、風呂場へ入ろうとするが、俺の服だけが、無い。
「ん……?」
見渡すと、洗面台横の棚の上に、綺麗に畳まれた衣服があった。
「は、え……? 俺の服……!?」
(もしかして、アインズ様……自分の服だけ後回しで………俺のだけ洗ってくださったのか?)
持ち上げると、ふわりと石鹸の香り。
ほんの少しだけ、アインズ様っぽい匂いも。
「自分は後回しでって………アインズらしい……」
「……アインズ様の服、洗わないとな。」
石鹸と洗濯板を桶に入れて、風呂場の扉を開けた。一人では広過ぎる風呂場に、ぺたぺたと足音が響いた。カタンと桶を置いて、蛇口を捻って水を溜めていく。水が少しづつ溜まっていく音を聴きながら、石鹸を片手にため息を吐いた。
「ふう、…………なんかこう、一人だとブルーになるな……」
アインズ様に好いていただいて、婚約までして、アインズ様の為に尽くせて。
こんなに幸せなのにな。泡立てた石鹸を手に付けてアインズ様のローブを擦りながら、じっと手元を見つめる。
(何が……足りないんだろうか……)
「や、やはり……俺は……………」
「せ、性的に欲求不満なのかっ……?」
夢の中で、あ…アインズ様のペニスがあればとか………裸エプロンしろとか……俺はそんなことを考えてばかり……。
「でも……アインズ様に、あれば……どのくらいだろうか……やはり大きい、かもな…」
「って……お、俺は何を〜〜ッ………」
ごしごしごしっ!
擦られた光沢のある黒い布が波打つ。
「あ、や…優しく優しく………シワが残る……」
十分ほど服を洗ってすすいでを繰り返し、丁寧に水気を切り────庭に運び出す。物干し竿にローブを掛けると風に大胆に翻る。
「おお………。よし、次は………」
各部屋のほうき掃きと、雑巾がけだ。
「ふっ、エクレアさんに掃除方法を叩き込んで貰ったのが役に立ったな………あの人?が居なかったら……メイドがやっていたのを見聞きしたのを真似るだけで、きっとマトモに掃除なんて出来てなかった」
「今では、知らなかった自分が可哀想に思える……」
二階の廊下でほうきを持ち、独り言を吐く。
やはり、勉強というのは奥深い。誰に評価されなくとも、良い結果にならなくても。自分の武器が増えていくのが少しづつだが、目に見えるとそれだけで楽しい。
「……掃除の後は、そうだな、花の水やりと……少し休憩して、そういや昨日入れなかった風呂に入っておくか」
ガチャッ……ガタンッ、!
さっさっ……パタパタパタ……。
忙しなく二階と一階を行き来し、ほうきを持って隅から隅まで移動し、雑巾がけで廊下を駆け回った。
「ふう……暑くなってきた……」
そこでハッとする。
「自室とアインズ様の部屋……忘れてたな」
──自室をいつものように掃除し終えた俺は、胸を高鳴らせてアインズ様の部屋の前に立っていた。
「ッ……俺は乙女かよッッ!!」
「………落ち着け俺大丈夫だろアインズ様だってメイドに部屋を掃除させるくらいしてるんだから、伴侶の俺が入ったってきっと怒ったりはしないはずだ、埃も少し積もってたしな、そもそも別に下心とか無いし部屋に入るだけだぞ!? 掃除するだけ掃除するだけだ……!!」
ぎゅっと清掃時用の手袋を握り締めながら、扉を開放した。
「ふあ……あいんずさまの、におい……」
彼の匂いが風に乗って、鼻腔を抜けた。インク。紙。布地。そして淡い石鹸の香りまで。
黒と紫色が基調の高級感溢れる内装。豪華過ぎない、だが…ここにはこの内装に相応しい高貴な人物が生活をしてるんだという実感。
キングサイズの天蓋付きのベッド。整理された机の上の書類。クローゼットに整然と並ぶ大きなシャツ、ローブ。アインズ様をこれでもかと感じられる。膝から崩れ落ちそうだった。
(ダメだ俺しっかりしろ)
雑巾を絞り、窓拭きを始める。
「んん? ……高くて届かないな」
「すこし椅子をお借りして、と………」
スリッパを揃えて、椅子に乗り、窓の上から拭いていく。彼の生活がより良くなるように。
拭き終わると椅子を戻し、
「次は、床かな」
軽くほうきで掃き、雑巾がけ。
床が光を反射させるほどピカピカに磨いたあと。俺は掃除道具を片付け、ベットメイキングにうつる。
バサッ!と布団をめくると、脱いだ後のようなローブがあった。
「こんなところに………。意外と、だらしないところもあるのか…………
ふっ、まぁ…俺にとっては、脱ぎ捨てられた服なんて"ご褒美"以外の何ものでも無いがな。」
俺は変態発言をしながらローブを畳んで椅子にぽんと置いた。シーツのシワを伸ばし、枕を真ん中に揃えて、かけ布団を丁寧に整える。
手を動かすたびに、ふわりとアインズ様の匂いが………。
「ふう………」
(新手の精神攻撃だなコレは……)
振り返り、ローブを手に取ってクローゼットの前まで運ぶ。が、足が止まる。俺は、大きなローブをそっと広げた。これは、いけないことだと解ってはいるけれど。
(もう、我慢、できない……っ)
ぽふっ、と。顔を埋めた。埋めて。抱き締めて。鼻を押し付け嗅ぎまくった。
「ふっ、ぅ……ん、んむ」
すーはー。すーはー。
チラッと整えたばかりのベッドを見る。そのまま布団に腰を下ろした。
「アインズ様……アインズ様…すき、」
罪悪感と幸福感で心がぐちゃぐちゃになる。
ああ。甘い。脳みそに刻まれたこの匂い。
頭の中がぼやけて、目の端から熱い滴がほろほろと落ちる。
「ごめんなさ……アインズ、さま」
叱ってくれるひとは居ない。
「俺、役に立ちたい……アインズさまだけですよ……だから、必要として………ちゃんとするから…………あなたのためなら、なんでも…………」