ちなみに、婚約と結婚は完全に別で、今回はお付き合いの告白。プロポーズはもっと情けなくしたい
ザナックと手を繋いで歩く帰り道。
「あの、少し道をお聞きしても?」
赤髪を巻いた若い女の子が尋ねてきた。妙に頬を染めていて、その後に続くように、何人かの女の子が押し寄せ、完全に囲まれた。
「ええと……どこまで案内しようか?」
と聞いても、「そんな事より」と遮られ、名前や年齢を逆に聞き出そうとして来る。すると、少し後ろに佇むザナックの目からハイライトが消えた。「アインズ様がせっかく足を止めているというのにアインズ様の話を遮るなそもそも困っているのが分からないのかどこに目をつけて…」とぶつぶつ言い出してるのを見て、俺はやっと理解した。この催眠魔法の顔が、モテてるのか。と。いつもの骸骨をベースに適当に作っただけなんだが………骨格が良いんだな。妙にアンデッドにモテる理由が分かった。しまったな、もっと汚めのおっさんぽくすれば良かったか。いやでも、ザナックの隣を歩くのにそれはちょっと失礼だな。"鈴木悟"の顔をイメージすればマシだったかな……。声をかけられたのはたぶん高身長だし目立つから、というのもあると思う……そしたら顔がいいか良くないかは関係ないかぁ……。それはともかく、ザナックの視線が痛い。暗殺者、狩る者の目をしている。早く抜け出さなくては。
「あの、この後お茶しませんか?」
申し訳ないが君たちは彼の足元にも及ばないし、お茶はちょっと……なんて、正直に言ったら大事になりそうだし。可哀想だ。
(けど……邪魔だなぁ。)
「すみません、私は予定があって……」
──ぎゅっ。
「"旦那様"っ……さ、御屋敷に帰りましょう?」
やわらかい感触。腕を組まれた。ザナックの低く甘く、芯のある声が通った。そして、彼女らにトドメを刺すかのように、ザナックは背伸びをして、俺に口付けた。深く、長く。あんなに、人前でキスするのを恥ずかしがっていたのに。唇が離れると、ザナックは横目で彼女らを見て、ぺろりと唇を舐めた。声をかけてきた彼女達は怒りか何なのか分からないが真っ赤になってわなわなと震えていた。俺はそれをぼーっと見ているしか出来なかった。そして、その場所を少し離れてから、ザナックの顔を見ると、ぷくーっと頬を膨らませて、明らかに不機嫌で怒っているように見えた。
(か、かわいい……嫉妬してくれてる、そんなに俺の事好きなんだ……かわいいいぃ……)
「ザナック………すまない、怒ってるよな……」
「いえ、怒ってませんよ」
ふいっとザナックが背を向けた。
「でも………不快な思いをさせたと思う……」
「全く。お気になさらないでください」
「ザナック、こっちを向いて」
「どうしてですか」
「いいから、君にお礼がしたいんだ。助けてくれただろう」
「違いますっ、アレは……」
半ば強引に肩を掴み、振り向かせると、彼はまだむっとしていた。
「アインズ様が困ってそうだったので、」
そんなふうに言った小さな彼を、俺は大切に抱き締めた。
「な、えっ……? アインズ様……?」
俺の腕の中で、ザナックがわたわたと暴れる。
「君はかわいいな………小さくて、なのに頼りになって、かっこよくて、それでいてすごく表情豊かで……………すごくかわいくて、愛おしい」
「あ、ちょっ、あいんずさまっ、静かにッ……というか、こんな人が多いところで」
「大丈夫。今だけ透明化してるから。」
ぐりぐりとザナックの首筋に頬擦りした。
「ん、そういう問題じゃ……ないです」
彼は赤くなって、目を逸らす。
「じゃあ、帰ってからたくさんしようか、ハグ。」
ザナックはこくりと頷く。腕を解くと、小さな体がふらついて、胸に飛び込んで来た。
「っ、すみません……歩き疲れてしまって……気合いで何とかしますので。」
「気合いって、……無理をするな。俺が腕力で何とかする。」
「はえ?」
彼をぐっと横に抱き上げて、持ち運んで行く。
「あ、あのッ、こんな道の真ん中で、」
「透明化魔法をかけてるから安心するといい。」
「そうですけどッ………!」
ザナックは居心地悪そうにしながら、抱えられていた。──近くの公園のベンチに、ザナックを降ろした。辺りは少し暗くなり、人っ子一人居ない。
「ここなら誰もいないし、静かで休めるだろう……」
「ありがとうございます……」
「…………なぁ、ザナック。君は、俺が君をどういう存在だと思ってると思う?」
「え、と、それは……その、」
「……………」
しばらく、沈黙が落ちる。
「俺が伝えることを疎かにしてしまってすまなかった。」
膝をついて、頭を下げた。
「ち、違っ……やめてくださ、そんな事しないで、頭を上げてください!」
ザナックは叫んだ。
「俺が君をどんな存在だと思ってるか、今一度伝えよう。君は俺にとって何よりも大切な伴侶だ。婚約者だ。尊敬する人で、愛してて、毎日抱きたいほど好きな人だ。」
「あ、ふぇ……」
俺は、顔を上げて、彼のシューズを脱がせながら、目を合わせた。そして、真っ白な靴下に包まれたつま先にキスをした。指ひとつひとつに丁寧に。
「ひゃえっ!? な、な、なななッ……何をぉ!? あの、汗がっ、いや、臭いですよっ……」
「いや? 全く。花みたいないい匂いがする。舐めれるくらいだ。むしろ舐めたい。舐めさせてくれ」
彼の返事を待たず、指先をちろりと舐めた。
「あひゃっ…!」
ドレスの裾を握り、擽ったさに身を捩るザナックの脚を片手で支え、キスを交えながら舐め上げていく。
「ん、ふ……あんっ……!」
ザナックは片手で口を押さえる。睫毛を濡らし、震えている。舌を太ももに這わせ、カリ、とガーターベルトの金具を噛んだ。肌とサイハイソックスの境目を舐めて、吸って、甘く噛み付いて、歯型を残した。
「あ、アッ……んゃっ、あいんず、さま……」
無意識なのか、俺の後頭部に手が添えられ、ぐっと引き寄せられた。俺はそれに応えるように、金具を外し、ソックスと彼の生肌の境目に舌をぐりぐり入れ、純白のサイハイソックスを滑らかに下ろしていく。
「ひ、あぁぁんっ……」
ザナックは切なげに鳴いた。腰をくねらせ、彼の身体から力が抜けてくたりと身体が倒れそうになったので、すぐに腕で支えた。
「……これで、少し分かってくれたかな、ザナック。」
「んっ、んっ……」
彼はこくこくと頷いて、小動物みたいに目を潤ませている。
「少しでいいんだよ、無理に全部理解しようとしなくていい……だからその分俺は、全力で君に向き合いたい」
そっと、彼の隣に腰を下ろすと、彼はハーフボンネットを外してぎゅっと抱き締め、甘えるように頭をこちらに傾けた。
「なぁ……ザナック。ひとつ、聞いて欲しいことがある」
「はい………」
「俺は、君に信頼して欲しい………」
「してます、よ?」
「……だから、俺が君を信頼する事にした。」
「………?」
俺は意を決して、ザナックに向き合った。
「ザナック。これは、君にしか言えない。聞いてくれ……」
「……はい」
彼も背筋を伸ばして、覚悟を決めたようにきゅっと口を引き結んだ。
「俺は─────元、人間なんだ」
ザナックの口が驚きで少し開かれる。
「信じられなくてもいい。俺は、元は君と同じような、いや、ただの人間で………今持っている地位や力や魔法も無く、なんの取り柄もないただの男だった。むしろ、真逆とも言える立場だった。……だから────」
いつの間にか、俺は俯いていた。結構勇気出したのに、格好つかないな。ふと、顔を上げて彼の顔を見ると、目を見開いて口をポカンと開けたまま。涙を流していた。
「え? ザナック………?! な、泣いてッ……お、俺のせいかッ?!」
俺がオロオロしてるとザナックが語り出す。
「俺……アインズ様のこと、知ってるつもりでいたのに………本当は何にも解ってなくて、俺が想像してた何倍も、何倍も……ずっと辛くて、寂しくて、」
嗚咽を漏らし、ザナックは口を押さえながら肩を揺らした。
「ザナック…………俺は今は、幸せだ」
「今は幸せでも………過去に辛かったことが誰にも分かって貰えなくて、話せなくて、その度に我慢して、それを抱えて生きていくなんて…………もっと残酷じゃないですかっ」
きっと、ザナックのその言葉は自分に重ねた部分もあるのだろう。エメラルドグリーンの瞳から流れ落ちる涙が、まるで俺自身のものようにも思えた。
「……俺は、信じます、もっと貴方のこと知りたい………少しづつでいいから」
「……そ、そうか。」
彼が泣く姿を見て、感情抑制が働いた。何の感情が高ぶったのかは抑制された後ではよく分からなかった。
「………」
ザナックもそれに気付いたようで、手の甲で涙を拭って、はにかんだ。
「アインズ様、例えば見た目とか…身近なことでいいので、貴方のこと、少しだけ教えてくれますか」
「……そうだな、俺は……昔は黒髪で…………37のおっさんだったな、おっさんは今もか。」
「いやぁ、こんなにツルツルになって」とおっさんギャグを披露しつつ、頭蓋を指で撫でると、ザナックがクスリと笑った。愛しい!
「今のこれもかわいいですけど」
小さな手が頭蓋を優しく撫でる。
「え? かわ……?」
「黒髪のアインズ様も見てみたいですね……」
ザナックが目を細めた。
「……催眠魔法で元の顔再現できるぞ?」
横顔に語りかけると、目を輝かせてこちらに振り向く。
「え? ほんとですか!?」
「あぁ。今度やってみようか? だが、まぁ……老けてるし、あまり良いとは言えない顔立ちで……君には見せにくいというか……」
「ん、? どうしてですか?」
ザナックはにんまりと笑ったまま首を傾げた。
あぁ、この子はそんな事気にしない。顔の善し悪しとか、立場とか。面倒臭いことを気にしていたのは、自分だけだったんだな。
「やっぱり、なんでもない……。」
「暗くなってきましたし、そろそろ帰りましょう。夕食も遅れますし」
ザナックの言う通り、寒い時期なのでもうすっかり辺りは真っ暗で、街の灯りだけが俺たちを照らしていた。
「もう腹が減ったのか?」
「ええ。」
ザナックは即答した。
「ふふ、そうか………でもまだ、少しだけ待ってくれ」
「はい、?」
ザナックは手を両膝に置いて首を傾げた。俺は懐から、宝石店で作られたての、俺の色を映した指輪を取り出した。
「あ……それ、綺麗ですね………」
金色の輪は太めで、細かく彫刻されていて、中心には深紅の宝石。
「ザナック……手を出して」
「はい……!ありがとうございます」
彼は右手のひらを差し出した。
「そうじゃない。……こっち」
俺はザナックの左手を取り、薬指に慎重にはめた。
「ピッタリだな。」
「……え、」
顔を上げると、ザナックがいちごみたいに真っ赤になっていた。
「こ、これっ………け、結婚、」
「あぁ、改めて言おう。俺と婚約してくれ、ザナック」
「ぐえっ!? なんでぇ!? これ、普通に買ったんじゃ、」
……は?
「えっ? 逆になんでだ……!?
い、一緒に買いに行って、"奥様"って言われて君照れてただろう!?」
そうだ。俺も完全に合意だと思っていた。
「そ、それは……でも、えぇ!? そんなっ……あ、嫌ではないですけどッ……」
と、付け加える彼の優しさにまたグッとくる。
「………ちゃんと婚約指輪だ。すまないが、正式な結婚は、まだ待ってくれ」
「じゅ、じゅうぶん幸せ過ぎますッ」
ザナックは、ぽすっ……と俺の胸に飛び込んで、抱き着いた。ああ。俺も。幸せだ。