この日常感を永遠に見てたい
カスタードアップルパイ
「ふふ、ふふふ……」
早朝。ザナックをそろそろ起こそうと扉の前に立っていると、部屋の中からそんな笑い声が聞こえた。彼は寝起きが悪いというか、起きてしばらくは真顔でぼーっとして口数が少なくなるタイプだ。今までの数回の添い寝で理解している。だからきっと今日は早起きだったんだろう。扉を開けるとザナックはベッドの上に女の子座りしていて、今まさに髪を梳かし終えたようだ。髪を指にかけ、薬指に光るソレを見詰めていた。すると──彼は目を伏せて、指輪に口付けた。その瞬間、大きく風が吹き、彼の背後のカーテンが波打つように揺れて太陽の光が部屋に入って来る。それが彼の睫毛や髪を黄金に輝かせた。後ろから吹く風に驚いてハッとして目を開けた彼と、バッチリ目が合った。
「あ、アインズ……様」
「すまない……覗いたみたいになってしまって………君を起こしに来たんだが」
「………おはよう、ございます」
ザナックは左手を後ろにやって布団で隠した。その動きまで含め、愛おしくなり、彼にずいっと近づいて左手首を掴んだ。
「え」
胸の奥から喜びが溢れ、ザナックの耳の後ろにキスをする。彼の身体を傾けさせていく。
「あ、ちょっ……来ちゃダメ」
流れるように押し倒すと、また涼しい風が骸骨の肌を撫でた。
「ご、ごめんなさ……アインズさま、」
「君にあげた婚約指輪にこっそりキスしてたことか?」
「あっ、う……」
俺が囁くと、ザナックはバツが悪そうに眉根を寄せた。
「もう…………君はほんとに可愛いなぁ……」
「うわぁっ!?」
ゴソゴソとシャツの中に手を入れた。ザナックが驚いて俺の下で脚をバタつかせて暴れる。まん丸でぷにぷにのお腹を揉むと、ザナックは目に涙を溜めて抵抗する。
「な、な、なぜ、腹をぉ……?」
「……かわいい」
「ええ? 聞いてます?」
「俺のお嫁さんはかわいいな」
震える耳朶に噛み付いて、軟骨をこりこり舐めながら、すべすべの太ももに手を這わせた。
「っ、ふ……あ」
「もちもちで美味しそうだな」
「あ、アインズさまぁっ……朝から、やめてください……!」
切実な声が振り絞られ、俺は残念に思いつつ彼を膝に乗せてベッドに座った。
「あの……変なことしてたから、お仕置きですか……?」
と、ザナックは小動物みたいに震えている。
「君にはそう思えたのか、可愛いからやってたんだけどなぁ」
「あ……そ、そうなんですね……伴侶のスキンシップ的な?」
「そうだ。結婚すれば毎日激しいスキンシップがもっとあるんだからな?」
試しに適当な事を言ってみた。
「へぇ……俺にはこれでも刺激が強すぎです………アインズ様と結婚したら、俺、毎日ドキドキして休まる気がしないですよ……」
ザナックは真剣に悩んでいるようだ。
彼は頭が良いが、こういう……友人、家族、恋人あたりの実践知識は全くと言ってもいいほど無い。俺を信用してくれてるのもあると思うが、だからこうやって簡単に騙せてしまう時がある。
「……嘘だよ、ザナック。」
「……………え?」
「いや、君があまりにもかわいいから抑えきれなくて………別に結婚したからと言って毎日激しいスキンシップをしなくてもいい」
「な、なんで嘘つくんです!!」
ザナックはぎゅっと俺のローブを握った。
「ごめん………無知な君がかわいくて」
「う…ぐっっ………絶対に騙されないように勉強しますから!」
頬を膨らませたザナックは意気込む。
「たぶん本で学んでも足りないと思うな。こうやって、実践で教えて貰わないと、ふふ……俺は毎日教えてやれるぞ?」
親指で彼の下唇をふにふに押すと、はむっと咥えられた。震えてしまいそうになる。甘えてるようにしか見えないこの動きは彼にとっては威嚇なんだろう。だって、眉間に皺を寄せて険しい顔してるし。ここで歯を立てて噛んだりしないのが無意識の気遣いで、彼のかわいいところであり魅力だ。
(噛んだって痛くないのにな)
俺は人差し指を代わりにザナックの口に少しづつ入れていく。
「ん、ぐ……ぁ」
彼の目に、生理的な涙の膜が張る。
(ほら、噛まないと入って来るぞ……)
「ふ、あ……」
ザナックは震えてるだけで抵抗しようとしない。そっと指を抜いて、彼の涙を拭った。
「ふふ……なんで抵抗しないんだ?」
「きもち、よくて……」
彼は目を細めてウットリしながらそう言った。
「す、すみません………俺ばっかり」
「……君も俺に触っていいんだぞ」
「えっ、あ……でも、どこをどんな風に触ったらいいか分からないし、嫌な気持ちにさせてしまったら」
ザナックは初めての体験に怯えているようだった。
「君に触れられて嫌に思うなんてありえない。伴侶なんだ、君からも遠慮せず触れてほしい」
「は、はい………! では、アインズ様の腕を……触りたいです………大きくて逞しくて……ずっと触ってみたいと思ってたんです」
「あぁ、喜んで差し出すよ。」
袖を捲り、左腕を目の前に差し出すと、ザナックはびくりと肩を揺らした。
「失礼します………」
遠慮がちに、でもその小さな手は骨の腕に確実に触れた。そこからじんわりと彼の体温が広がる。そっと関節まで降りて、指でなぞって、また下に降りて繰り返しさする。
「………俺、この腕が大好きなんです。いつも、皆の為に頑張ってて、もちろん俺を守ってくれるし、抱き締めて囲ってくれる、この力強くて頼れる腕が……」
ザナックはそう呟きながら、俺の左腕に頬擦りする。……そんなに褒められると赤くなるぞ。
「ふふ、これで俺を……ふふふふふ」
呟いたザナックは急に息を荒くしだした。
「……ざ、ザナック……他には無いのか? 触りたいところ……」
「え? ………と、特には。ですが、思いついた時はまた言いますね」
彼は眉をキリッと吊り上げて言った。
「そうか」と返事しながら、軽く"朝のキス"を交わした。
「んむ、アインズさま……」
俺が離れようとすると、ザナックは骸骨の歯を追いかけるようにキスをしてきた。俺は目を見開く。舌を絡めようとしてくるので抵抗するが、怪我をさせるのが怖くて口を緩めた瞬間にぺろぺろ舐められる。思わず「うぐ」と声が漏れた。
「ザナック……んッ………」
彼が口を離すと、ぷつっと唾液の糸が切れた。
「朝食が……冷めるぞ」
息を荒くしたザナックがゆっくり瞬きをする。
「はぁ、はぁ……今日はなんですか?」
俺は、ザナックの頭に手を置いて、乱雑に動かした。
「アップルパイだよ、」
「へへ………ありがとうございます、アインズ様の料理、好きです」
「君が昨日、りんごを煮詰めてくれたから簡単だったぞ」
「そうですか? 一緒に食べましょうね」
手を握られながらそう言われた。
「……うん。カスタードも入ってるんだぞ?」
「ええっ? 美味しそうです……早く食べたい……」
ザナックは目を瞑って頭を傾けた。