星を見たりお酒飲んだりしてます
─────夕食後、俺はシャワーを浴びてからリビングへ出た。アインズ様が食器を洗ってくれているので、俺は本を読もうとした──が、やはりエプロン姿のアインズ様が格好良すぎて何もかもに集中できない。直視もできないし、かと言って見ないこともできないし……そわそわしていると、その気配を感じ取ったのか、アインズ様が振り返った。
「ザナック………どうした? 寂しいのか?」
「い、いえッ……お気に、なさりゃずッ!………うっ」
盛大に噛んだ。
「………そんなに慌てるほどか」
違う違う。そうだけど違う。
アインズ様はエプロン姿のままこちらに来る。しゃがみ込んで俺に目線を合わせてくださった。重厚な漆黒のエプロンがほんのちょっと揺れた。
「ちょっと待っててな、ザナック……」
そう言われ、頬に骨の手がさらりと触れた。親指がすりすりと撫でてくる。
俺も思わず目を細めて、……ハッとした。
(いや、猫扱い……!!)
「大丈夫……もう一人にさせないからな」
別に、寂しかった訳じゃないが………
まあいいか。再び台所に立つ背中を眺めつつ、俺は本を読んでいるフリをすることにした。アインズ様は相変わらず真剣なお顔で食器を洗っている。骸骨だが。
(あんなに凛々しくて強くて優しい人が俺の旦那様なのか……?)
(これは夢か? 俺を……か、可愛いとか好きとか、頼りになるとか言ってくれるんだぞ!? 有り得ない幸せ過ぎるッ! )
きっとこんなふうに言ってくれる人はもう現れない。いや、この人以外は嫌だ。この人じゃなきゃ駄目だ。絶対に離しちゃいけない。全力で繋ぎ止めなくては。大丈夫だ。落ち着け俺。今のアインズ様にはアレも生えてるんだし、率先して性処理道具としてでも御奉仕できれば俺も必要とされるし、魔導国やナザリックに戻れば仕事だってあるはず………アインズ様のお役に立って、何としてでも彼にとって重要な人間にならなくてはいけない。
「……ザナック、本が上下逆だぞ?」
「ふぉえッ………!?」
いつの間にか目の前に来ていたアインズ様が、指で本を下げて俺をじっと見ていた。
「あ、食器…は……?」
「終わったぞ」
「それは……ありがとうございます………」
「うん、気晴らしに外に行かないか? 夜は寒いから少しだけ」
アインズ様はマフラーとコートを腕に抱え持っていた。
「え、えぇ………」
俺は、アインズ様の用意したクリーム色のコートを着る。紫色のマフラーをアインズ様に「葡萄色だ」と嬉しそうに巻かれた。
「あの、重装備過ぎじゃないですかね?」
「いや、ここは山の中だし、標高も高い。暑ければマフラーは俺にくれ。」
「は、はい………」
それと。アインズ様がどうしてもと言って聞いてくれなかったので、俺はアインズ様に横抱きされたまま外に出た。外に出るとアインズ様の言った通り、肌寒くて、俺は身震いした。
「見てみろザナック、今日は満月だぞ」
「えぇ……本当だ」
アインズ様の腕の中で、
白く遠く光る月を見上げた。
「………少しは気が楽になったか」
見惚れていると、こちらの様子を窺うような慎重だが、暖かい気遣いの声がかかる。
「え?」
「君が……寂しそうな顔をしてたから」
アインズ様は振り返らず、夜空を見上げたまま言った。
「そんな顔してました……? すみません、変に心配させてしまって………特にそういう訳じゃ、ないと………思うんですけどね……。」
王族は、私的な感情はすぐに抑え込まないと、冷静に物事を判断出来なかったり、誰かにつけ込まれたりする。
そうやって、抑えて、塗り替えて、普通のフリをしてきたからか、自分でもよく感情が分からない時がある。
「………隠さないでくれ」
「隠してたつもりはなかったんですが………アインズ様は、俺のことをよく見てらっしゃいますね」
「……全然だ。もっと君を知りたい」
「………」
俺は誤魔化すように目を逸らした。
空に手を広げた。濃紺の空に光る星が、パッと宝石がばら撒かれたみたいだった。掬おうと指を曲げると、その隙間から光が漏れる。
「……星は……綺麗ですね、アインズ様」
「………欲しいのか?」
その言葉に、ひゅっと一瞬で肝が冷えた。この人には、それを実行出来る程の力がある。そして、割と本気で言っているのだ。眼窩の中で一切揺れない赤い光がそれを語っている。
「えっ、あ……欲しくは無いです!!
ああいうのは……遠くにあるから綺麗なんですよ」
「そうか? 俺は君を一番近くに置いておきたいけどな。」
アインズ様はさらっと軽く言った。
「へっ……? あ、あぁ………そ、そうですか」
決してその言葉は軽くなんてないが。
こんなの告白と同義だろ。
「……じゃあ、俺だけで我慢してください、俺はずっと……貴方の一番近くに居ますから………」
「あぁ、君だけがいい」
ぎゅっと包み隠すように抱き締められた。冷たくて柔らかい、漆黒のローブに包まれた。
リビングへ戻ると、俺は蔵から赤ワインを引っ張り出し、二人分、グラスに注いだ。
「良い香りだな」
「……ですね、流石ナザリック産です」
照明を透かして見たグラスの中には、鮮やかな赤みがかった紫色のワイン。
「乾杯しましょうか」
「うん。魔導国と……俺達の未来に」
そう言って、アインズ様はグラスを差し出した。俺はたぶん、一瞬、目を見開いた。
「………! あははっ、乾杯」
カツンッ……。グラスが弾けるようにぶつかり合った。
─────『アインズ視点』
「………」
俺はワインを飲んだ。……フリをした。
数週間前に試した一時的に人間になる魔法によって発現した舌はあるが、その先は骸骨なので飲食したところで上から下まで落ちるだけだ。
「しかし……もったいないな………どうしようか、コレ」
俺が小さく呟くと、ザナックがグラスを置いてこちらを見た。
「よろしければ……俺がお飲みしましょうか?」
「いいのか? ありがとう」
既に自分のグラスを空にして、ほんのり頬が染まったザナックが俺のグラスを受け取ってふちに唇をつける。間接キスだな、なんて馬鹿なことを考えつつ。彼が目を伏せ、優雅に飲み干す様子を眺めた。こく、こくこく。喉の音すら可愛い。
「………っは、」
ザナックはどこかぽやんとした瞳で、空にしたグラスを机に置いた。
「………大丈夫か?」
俺が声をかけてもぼーっとしていて返事が無い。
「……体調が悪いのか? 水を…」
「アインズさま。」
立ち上がろうとすると、小さな手が俺の手を包んで止めた。エメラルドグリーンの瞳が潤んでいる。顔を火照らせ、不規則に息を吐くザナックの顔が徐々に近くなる。言葉を失った俺は、押し付けられる柔らかな体の感触をちゃっかり味わいながらも正気を保とうとする。
「………ザナック、当たって…る……ぞ……胸が」
「……………当てて、みてるんです…」
ザナックは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「こんな小さくて無に等しい胸肉でも……アインズ様は、好きって仰ってくれたので、」
顔を上げ、眉を下げて自信なさげに彼は笑った。
「………」
「ここで……………します、か?」
いつの間にか下腹部が熱くなっていて、彼にも俺の興奮が直に伝わっていたようだった。
「リビングで……子作り、するんですよね」
つつ……と小さくて丸い指が胸骨をくすぐった。確かに、リビングで交合いたいとか何とかほざきましたけども俺。
そこまでは言ってない。でもニュアンス的には同じか?!
「……俺、子供は二人が良いです」
ザナックが指を二本たてて、目を細めた。
「男女ひとりづつが理想です……アインズ様が魔法を教えてくださるんでするよね? あ、俺の低身長とか目付きが遺伝したら可哀想ですね………でも、それでも………絶対、かわいいですよね」
そんなふうに暖かく語りかけられ、気付けば彼と両手を恋人繋ぎしていた。
俺の、ゴツくて生気のない骸骨の手。
ザナックの、柔らかく温かい人の手。
握りあって、撫でて、全部溶けて混ざり合いそうになる。
「………そうだな」
俺は胸がいっぱいで、そうやって答えるのがやっとだった。
「……分かってます、アインズ様とこうして触れ合うだけでも、俺を抱いていただけただけでも、子種をくださるだけでも、光栄なことだって。だけど、男の俺が貴方の妻でいいのかとか、俺に長く構われてるせいで側室を作り辛くさせてしまっていたらとか、それこそ期待されているお世継ぎとか、考えてしまうんです………めんどくさい男だと思われたくないのに、こんなこと疑いたくないのに、貴方のこと信じてるのに…………本当は、好かれてすらないと………全部俺の…勝手な独りよがりだと…………」
彼はまるで当たり前のことを言うように吐露した、否、彼にとっては当たり前の価値観なんだ。そういう環境で、立場で、人生を過ごして来た彼の淋しい"当たり前"なんだ。自分の価値を低く見ていて、現実主義な彼が考えそうなことを予測出来なかった俺はなんて愚かなのか。こんなにも愛している彼を泣かせて、君と対等になりたいとか、君だけを愛してるとか、側室なんかいらないとか、子供を作らなくていいとか、ちゃんと好きだとか。言葉が出なかった。その場しのぎの嘘にしか聞こえないのが悔しかった。言えなかった。自分は悪くないと安心したいだけなのが分かってしまったからだ。何度俺の薄っぺらい言葉で伝えようと、今の彼には、届けられない。ただ、彼の肩を抱くしか出来ない。彼に触れることすら、躊躇ってしまう。自分自身が、愛する人の痛みの原因なんだと認めたくないと喚く屑のように思えて……駄目だ。そうやって、潔白で居たいと思ってる自分も嫌いだ。
「………アインズさま、そんな顔、しないでください…………苦しそうです」
彼の白い指先が頬骨に伸びる。すぅっと撫でられてしまう。赦されたくない。
「あは………すみません、変なこと言って。俺、お先に寝てますね」
視界の端でザナックが顔を背けた瞬間、ここで止めないと何かが壊れると思って、彼の腕を掴んだ。
「ッ………? あ、の」
彼は一瞬目を見開き、ポーカーフェイスを作り、微笑む。
「どうかされましたか?」
「君を、抱きたい」
彼は自分を守るように、また仮面を付けたように微笑を携えたままこくんと頷いた。